第25話 迷宮学

 講義日五日目。

 この日には、多くの新入生が待ちに待っていただろう迷宮学の講義がある。


 『迷宮学』と『迷宮学実践』の講義は少々特別で、必ず二つをセットで受講することになっている。

 しかも講義があるのも二週に一度だ。講義日五日目の選択科目にはそういうものが多い。

 4限が『迷宮学』、そして5、6限が『迷宮学実践』という計3コマにわたって迷宮について学び、そして迷宮を実際に探索する。


 迷宮への入場はこの講義を受けることが必須条件となっていて、だからほとんどの生徒は一年の一学期にこれをとるのだった。


「たのしみだな」

「ええ。そうですね」


 隣の席できらきらと目を輝かせるロコロコもそんな中のひとりだ。アルフェと同じように、討伐技術と迷宮学のどちらもを履修しているらしい。


 迷宮学は討伐技術と同じく、講義室が地下にある。

 とはいえこちらは講義室自体は普通のものだ。


「アルーは迷宮って入ったことあるか? ロコはないな」

「私は少しだけ」

「ほんとか! じゃあアルーセンパイだな」


 ロコロコと迷宮のお話をしていると、扉が開いて教員たちがぞろぞろと入ってくる。


「よう学生ども。オレはメイプル。迷宮学の主任講師なんざ任されてる。よろしく頼むぜ」


 教壇の上に立った男性教諭が、いかつい顔に似合わない気安さでニカッと歯を見せて笑う。

 座学の時間なのに革製の鎧を身に着けているのは、次の実践にも参加するからだろう。


「んでこっちのデカ男のがカシス、ちっこいのがモリガン、中くらいのがサリーだ」


 そんな紹介に応じる三人の教員たち。


「ボクがカシスだよ。みんなよろしく」


 どう考えても普通の人より2倍くらいのサイズ感があるカシスは、重そうな鉄の鎧を身に着けているのに普段着くらいの気軽さで手を振る。


「……モリガン……ちっこくはない……」


 ローブに埋もれる少女めいたモリガンは、そんな彼の後ろからひょこっと顔をのぞかせて生徒たちをにらんだ。


「そしてこのオレサマがサリーだ」


 ででん、と平らかな胸を張るのは比較的軽装に身を包んだサリー。ひらっと揺れるミニスカートの下にはショートパンツをはいている。


「コイツらは、まあオレと入れ代わり立ち代わりになって講義とかやるんで顔覚えとけ。んでそこの学生どもは……手伝いみたいなもんだから紹介はいいか」

「先生それはないですよ!」

「知るか。適当に仲良くしろ」

「えぇ……」


 ぺっ、と切り捨てられて落ち込むのは、教員たちに並ぶ上級生。

 ほかの上級生たちはいつものことだとでも思っているのか苦笑している。


 そんな彼らは本当に紹介だけだったらしく、挨拶が終わると退出していった。後ほどの現地実践ならともかく、講義にはそう大人数もいらない。


「さって。んじゃあお勉強のお時間だぜ。なにせ探検家には知識が重要だからな、テメェら死にたくねぇなら真面目に聞くよーに」


 口調は冗談めかしているが、生徒たちを見回す彼の視線は真面目そのものだ。

 居住まいをただす生徒たちにメイプルはくくっと笑って、それから講義を開始する。


「まずそもそものハナシ迷宮ってなぁなにもんだってこったがな、コイツについちゃあまだ分かんねぇことが多い。誰が作ったのか、あるいは自然に発生したのか? どう作った、どう出来た……むしろなんもかんも分かんねえってくらいだな。探検家はそれを調べる研究者でもあるわけだ」


 見るからに知的そうだろ!

 と胸を張って見せるメイプル。

 残念ながら生徒は誰一人として共感していない様子だった。


「迷宮は外部とは全く異なる環境で、独自の生態系を持ってる。ヤツらは総じて異常でな、だから迷宮の生物は『魔物』だなんて御大層な名前で呼ばれるわけだ」


 つい先日見た迷宮産の青モルフォル。 

 あれも確かに、とても普通とは言い難い存在だった。


「だが、だからこそ迷宮産の素材ってのはオレたちにとっちゃ規格外に有益だ。この学園を囲む虹晶鉄なんかもその産物でな。あらゆる魔力を遮断するうえに上等な鋼よりずっとかてぇ……んなもんこの世にゃありえねえが、迷宮にならあっちまう―――異世界だなんざ呼ぶやつもいるくれぇだぜ」


 からからと笑うメイプルだが、あながち冗談で言ってるわけでもない。それほどまでに迷宮というのは特別な場所なのだと、新入生だって知っている。


「さてそんな迷宮が、なんとこの学園の地下にもあるわけだ。学園にあるから『学園迷宮』だなんて呼ばれてる。こいつは比較的規模も小せぇうえにおおむね探索し尽されてるもんだから、テメェらみたいなガキどもでも降りられるってこったな」


 まったく贅沢なこったぜ、とメイプルは呆れて見せる。

 けれど次の瞬間には表情を引き締め、わくわくと浮足立った生徒たちを視線で冷えつかせる。


「だが、迷宮である以上テメェらは常に死ぬ可能性と隣り合わせだ。オレたちはそうならねぇように全力でバックアップしてやるが、最終的に自分の身を守るのは自分自身だ。……ってことで講義の終わりに記述テストやって不合格になったヤツは迷宮は入れねぇからそのつもりでしかと聞きやがれ」


 唐突に落とされる爆弾に生徒たちがざわめく。

 しかしメイプルはそれ以上の説明もなく早速本格的な講義に移り、生徒たちは慌てて筆記具を走らせるのだった。

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