第24話 精霊
全ての講義が終わったあと、アルフェは校舎の奥、研究棟にやってきた。
ミリオネアの部屋を訪れると、彼女は講義のときと同じような笑みでアルフェを迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞおかけください、今お飲み物をご用意しますね」
「ありがとうございます」
ミリオネアの部屋は、クリスタルみたいな鉱石の塊や、小さな鉢植えなんかが至る所に転がっている。
その真ん中あたりにふかふかの回転座椅子が埋もれていて、ミリオネアはその上に座ったまま、後ろの冷蔵庫から飲み物を用意する。
おかけください、と言われてしまったアルフェは、どこに座るべきかとしばし迷い、とりあえず一番座りやすそうな鉱石の塊の上に座ってみる。
「どうぞ。ごめんなさい、少し散らかっていますね」
《すこしだぁ? なにいってんだコイツ》
どうやら座る場所は問題ないらしい、差し出される使い捨てコップを、アルフェは礼を言って受け取った。
「さて、ではご用件をお伺いしましょう」
「はい。……お話というのは、精霊講義のS評価についてです」
まっすぐに見据えて言えば、ミリオネアはそっと吐息する。
「これは質問があればお答えすることですが、精霊学のS評価条件は『精霊と契約すること』としています。精霊を見つけ、知り、そして契約するためには十分な知識が必要ですから。学園で教える精霊学の内容は、自力で精霊と契約できるのなら当然学んでいるでしょう」
《げはは、かしこいからな!》
彼女の宝石の瞳がベルを見やる。
きらりと怪しげに光るそれに、ベルの姿が映っていた。
「その子は、見た限りでは精霊のようですね。触れてみても?」
「……」
「詳細についてはお尋ねしません。もちろん、なにを理解したとしても他言無用としましょう。必要があればこういったものもあります」
そういって差し出されるのは契約書のようなものだ。
機密情報を秘匿するという約束が記載されていて、すみっこにはミリオネアと学園長のサインが入っている。
「……承知しました」
アルフェはそれにサインを書き、そのうえでミリオネアの提案を許す。
彼女はうなずき、そうしてそっと、『ベル』の占める空間に指を差し入れた。
《むぐっ》
「我慢してちょうだいね」
不快そうに眉をひそめるベルをなでてなだめる。
一方でミリオネアは、指を引き抜くと、ひとつ吐息した。悲しそうに眉をひそめて、口を開く。
「この子は……」
しかし言葉を噛み、飲み込むと首を振った。
「いえ。確かに、間違いなく精霊であると確認しました。あなたにはS評価を差し上げます」
「ありがとうございます」
「ただ、ひとつだけお願いがあるのですが、いいでしょうか」
「お願い、ですか」
問い返すと、ミリオネアはそっと笑みを浮かべた。
「次回以降の講義について、あなたに出席理由はありません。けれどどうか、これからもご出席していただけませんか」
「……」
「あなたにとって得は少ないと思います。それでも最後まで、せめてこの一学期……あなたを見守らせてください」
《んだそりゃめんどくせぇ》
ベルは顔をしかめるが、まっすぐな視線を、アルフェはただ静かに見据えていた。
「聞いていただかなくともSを取り上げたりはしません。これは単なる、わたし個人からのお願いです」
「……分かりました」
「ありがとうございます」
《むぅ。ま、オマエがいいならいいけどよ》
深々と頭を下げるミリオネア。
アルフェはそっとひとつ吐息をして、微笑みを向けた。
「もとより今後も参加させていただくつもりでした。ミリオネア先生の教本や論文には、ずいぶんとお世話になりましたので」
「……そうでしたか」
わずかに痛みを覚えたように、あいまいな笑みを浮かべるミリオネア。
アルフェはコップの水を飲み干すと立ち上がった。
「ではこれにて失礼いたします」
「はい。またいつでも……相談事があったりしたら、気軽に訪ねてください」
「ありがとうございます。ぜひまた」
にこりと笑って去っていく、獣を連れた少女。
ミリオネアは彼女の姿が消えるのを見届けて、それから深く、吐息した。
身体を丸め、顔を覆い、ぎり、と歯を噛む。
「わたしは……あまりにも優れすぎている……そしてあなたも……アルフェさん……」
ああ。
ミリオネアは、自らの嘆きに苛まれた。
この世界で、彼女以上に精霊を知る者はいないのだ。
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