第23話 礼儀作法

 講義の終わったあと、アルフェたちはミリオネアに声をかけた。

 彼女はまるで待ち受けていたように……いや事実待っていたのだろう、にこやかに笑った。


「講義後にわたしの講義室におこしください。お茶でも飲みながらゆっくりとお話ししましょう」


 それを了承したアルフェは、次に礼儀作法の講義へと向かう。


 礼儀作法は特別に『礼法室』という場所で行われることになっていて、そこは他の講義室とはまったく雰囲気の異なる場所だ。

 そのまま要人をもてなせそうな煌びやかなカーペットに、棚の中にはティーセットなんかも用意されている……というのもそうだが、なぜか燕尾服を着た女性使用人までいる。


 扉の脇に控えている彼女は、おそらくこの講義の補助員か何かなのだろうが、入室の際に必ず生徒はぎょっとした。


 そんな礼儀作法。

 どうやら生徒数はそう多くないようで、男女比は半々ほど。新入生の姿は、アルフェが見た限りでは少ない。


 そしてこれはアルフェにとってさほど興味のあることでもないが―――その中にはロイネがいた。


《ケッ、ムカつくぜ》


 ロイネのことが嫌いらしいベルはガルルゥと威嚇していたが、アルフェとしては至極どうでもいいので、なにやら視線を感じたとしても無視だ。

 どうも厄介な人物を取り巻きにする才能でもあるようだが本体にはあまり害がない、というのが彼女の評価である。


 けっきょくロイネは、講義が始まるまで特に声をかけてくることもなく。


 そして講義は、トトトン、と続けざまに鳴る三回のノックから始まった。


『礼儀作法講師、ルール様がいらっしゃいました』


 扉の向こうからの声。

 これに、控えていた使用人が応じる。

 それに合わせてアルフェやロイネを含む数人の生徒が立ち上がり、慌てて他の生徒も続いた。


「ようこそお越しくださいました」


 扉を抑えているため簡易的な礼で迎える使用人。

 彼女が開いた扉を通ってキビキビと現れるのは、背筋の伸びきった女性教員ルールである。

 糸で吊り上げられているのではないかと思えるほど引き締められた表情に、堂々たる佇まいからは苛烈な印象を受ける。


 彼女は生徒たちの前で立ち止まり、それに合わせて 生徒たちがそろって(一部はやはり遅れて)カーテシーを披露する。

 その一方でアルフェはひとり、おなかに両手を当て、ぺこりと頭を下げるような礼でもって迎えた。


 ルールは片眉を跳ねさせたがなにも言わず、片手を挙げて挨拶をする。

 そこでアルフェは頭を上げたが、わずかに目を伏せた。


「……そこの貴女。説明を」

「かしこまりました」


 ルールに声を掛けられるアルフェに視線が集まる。

 アルフェは頭を下げると、それからつらつらと答える。


「入室の際に素早く三度のノックを行い名前を告げ、内に控える使用人が扉を開く形は旧正教会式の儀礼となります。その場合上位者はより神のお声に近い存在となり、下位者は深く頭を下げてそれをお迎えするのが作法でございます。また、ご尊顔を直視することは非礼に当たるため控えました」


 よどみない答えに生徒たち、とくに上級生からわずかに吐息が漏れる。


「それは自ら考え、実行したのですか」

「はい。……ただし貴女様がそういった『茶目っ気』をなさる方だとはお伺いしてありましたので、心構えは事前に」

「……あの三姉妹かい」


 澄まし顔から一転忌々しげに舌を打つルール。

 アルフェは顔を上げてほほ笑んだ。


「先輩方にはお世話になっておりますので」

「このアタシに『茶目っ気』だなんて戯れるヤツはそうはいないさ。だからこそアンタは言うべきじゃなかったね、アタシは今最高に不機嫌ってやつだよ」

「ええ。先輩方からもそう言付かっておりました」


 アルフェが告げると彼女は眉をひそめる。


「ならいったいどういうつもりだい」

「宣戦布告にございます」

「……あんだって?」


 ごう、と気迫をまとう彼女にベルは身体を広げて牙をむくが、アルフェは表情ひとつ変えず宣言した。


「私はS評価をいただきたく存じます。そのためには先生から認められる必要がある。先輩方にご指導いただいているとお伝えすれば自ずと評価は厳しくなるでしょうから、つまりそのうえで上等と認められればそれ以上のことはありません」

「アンタ、ずいぶんな口を聞くじゃないかい、ええ?」


 ドッ、ドッ、とカーペットを突き抜ける足音を立てながら歩み寄る。

 そして真正面からアルフェを見下ろした彼女は、


「アタシはアンタみたいな生意気な奴が大好きなのさ。せいぜいいじめ倒してやろうじゃないかい」


 ぎらりと牙をむいて笑い、そうかと思えばアルフェの肩をぐいっと抱き寄せて生徒たちを見回す。


「さて遅れたね、アタシゃルール。この礼儀作法の講義を取り仕切る者だ。そしてこっちはたった今から助手になった、」

「……アルフェと申します」

「だそうだよ。これからはこのとっても礼儀作法に詳しいアルフェに手本役をやってもらう。もしもコイツが少しでも間違えようものならどんどん指摘しな、そのたびに加点してやるよ。もちろんアンタの持ち点からね」

「かしこまりました」


 ひどく横暴なことを言い出すルールだったがアルフェはおとなしくうなずいて見せる。

 もともとそれくらいのことは覚悟していた。

 さすがに助手にされるとは思わなかったが……


『あなただったらあの方に気に入られるのはそう難しくないわね』『ですがあの方は少々茶目っ気が過ぎるところがあるのであまりお勧めはしません』『もっとも、そうした方がS評価に近づくのは間違いありませんが』


 カーテシー三姉妹からはそう言われているので、もちろんチャレンジャースピリッツの持ち主であるアルフェは挑むのだった。


「さて始めようかね。いつまでぼさっとしてるんだい、このアタシを生徒を立たせたまま講義する性悪講師にするつもりかい!」


 ぱんぱんと手を叩けば慌てて座る生徒たち。

 もちろんがっしり肩を組まれているアルフェは座れない。助手なので。


 そんな彼女に、ルールはにんまりと笑顔を見せる。


「じゃあ今日は入退室についてみっちり仕込んでやろうかね。ええ? せいぜい立派にやるんだよ」

「よろしくお願いいたします」


 かくしてアルフェの礼儀作法サバイバルが始まることとなる。

 S評価を得るためには今後さらなる努力が必要だろうと、なんとも気が引き締まる思いだった。

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