第21話 言葉の壁
講義日三日目―――この日はすべてが必修科目という日である。
そもそも学園は生徒の自主性を重んじているから、ひとりひとりが自由に講義を選ぶような形態をとっている。
だからこそ一年生の一学期は、学園の生徒として最低限の教養を詰め込んでやろうとばかりに必修科目が盛りだくさんなのだ。
二学期以降からは打って変わって選択科目中心になる―――それこそ極端なまでにがらんどうのスケジュールに苦慮する生徒もちらほらといるくらいなので、せめて一年間くらいかけて教養をやってくれよと思う者も多い。
さておき。
そんな三日目ではあるが、かといって油断はできない。
選択科目におけるS評価はもちろんのこと、他教科のオールAがなければ一学期で青色には上がれないのだ。
そういう意味では『古代言語Ⅰ』『古代言語A』『全世界史』『共通語』『パリティア共和国憲法』『アルベレオ帝国法』というザ・座学の集合するこの日は必修科目における最難関と言ってもいい。
特に古代言語の講義では積極的な発言が求められ、もちろん貪欲に点数を狙うアルフェは問いかけのたびに挙手をするのだが―――
「―――ではマクスウェル君」
「はい。この文は『かつてこの大陸には大いなる神の一族が栄え、輝かしき文明を築いていた』となります」
小柄でよぼよぼなおじいちゃん先生に指されて堂々と答えるのはひとりの男子生徒だ。
理知的な目つきで、黒髪を後ろで小さく一つ結びに垂らしている。制服の上からマントを羽織っていた。
発言が終わるとアルフェに視線を向け、くいっと眼鏡を持ち上げてみせるしぐさはどこか挑戦的でもある。
アルフェは苦い顔をした。
「ふむ。ではアルフェ君」
「……はい。『かつて輝かしき文明が築かれていたこの大陸には、大いなる神の一族が栄えていた』と訳しました」
「ふむふむなるほど。……今回はマクスウェル君の翻訳を採用するとしよう。大いなる神の一族が文明を築く、という主従関係が明確である。この石碑の残る南方諸島においてはあらゆる文明は神の一族によって創造されているとされ、したがって―――」
教員の言葉に勝ち誇った様子で鼻を鳴らして着席するマクスウェル。
《んっだアイツはよぉ……!》
アルフェも粛々と着席し、膝の上でうなるベルをそっとなだめる。
マクスウェル―――彼はこれまでの講義においてもちらほらと存在感を見せている生徒だった。
とはいえどの講義も初日、あまり発言が多いわけではなく普通に無視していたが、発言機会が多くなるにつれて意識せざるを得なくなった。
なにせ、彼も毎回毎回手を挙げる。
今の翻訳問題のように、アルフェとマクスウェルだけが挙手している光景などすでに三度目だ。
そのたびに教員はふたりからの回答を求め、現時点では1勝2敗。
白を目指し、だからこそトップであるべしとそう思うアルフェにとってはやや看過しがたい事実だった。
それに。
「さすがだなマックス! あのいけ好かない女に負けるなよ!」
などと潜めているにしてはやや大きすぎる声で聞こえてくる歓声。
どうもマクスウェル、ロイネの一派であるらしい。
おかげで勝っても負けてもあの銀髪の男子高生がやかましい。
思い出してみると、学内ガイダンスの場にもいたような気がする。
ともあれそんな敵意に反応してベルが威嚇するので、アルフェは講義に集中しながらもあやしてやらなければならないのだ。
率直に言ってひどく目障りな集団である。
古代語Ⅰ・Aともに担当するおじいちゃん先生は、古代語に関すること以外には極端に耳が遠いという性質を持っているので注意もしてくれない。
しかも彼らに対する迷惑感情が、ちょうど嫌悪感を向けやすいアルフェ(あるいはベル)に向いたりするので視線も痛い。
もっとも悪感情を向けられるのには慣れているのだが、その理由がいわれのない上にそも自分へのものでさえないとなると多少腹に来るものもある。
これもまた白を目指す上での障害なのだろうと、そう思うことでため息を抑えているようなくらいだった。
しかも、まだ一限目だ。
どうやらあの男子生徒に触発されたか、あるいは下手に競いあってしまったせいか目をつけられてしまったようなので、今後の講義でも似たようなことになるだろうと思うと今からおっくうになる。
「ではこれを古代語に翻訳してくれる生徒は挙手を」
それでもアルフェは手を挙げる。
もちろんマクスウェルも手を挙げる。
そろそろふたりの独壇場だと思い始めている生徒たちはそれを見守り、おじいちゃん先生は気にした様子もなく二人を指す。
1勝3敗になった。
度し難い。
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