第18話 協力と約束
けっきょく実力測定だけで終わってしまった『実践剣術』のあとはお昼休憩となる。
アルフェはフリエとともに昼食を摂ったが、フリエはわざわざ腕輪を袋に入れて携帯しているので、そこでも色は見られなかった。
「……」
さして気にしていたわけでもないが、そこまでして隠されると気になるのが心情というものである。
どうやら銅色でも選べる無難なランチメニューにしたようだが……
「どうかした?」
「……いえ」
それに、ここ最近のフリエから感じるなにかの片鱗が、アルフェにある疑念を持たせていた。
もしかしたらフリエは、銅色ではないのではないか。
そしてもっと言うなら、彼女もまた以前は最速で青色を目指していたような意欲的な生徒だったのではないか、と。
だから彼女は一学期で青色に進むための条件を詳細に把握し、そしてほとんどの講義のS評価条件を知っている。
それがなんらかの理由で挫折し、そのことで腕輪の色にコンプレックスでも持っているのではないかとまでアルフェは勘ぐっていた。
もしもそうなら使える知識をまだ隠していそうなので、あるいはもっと親交を深めて聞き出すべきかもしれない―――
「……」
と、そこまで考えて、自分で否定する。
フリエが実際何色なのかは不明だが、それがなんにせよ、すでに最速で青色に上がるには十分なだけの知識をもらっている。
これ以上はおんぶにだっこ、そんな有様ではとても白色など目指せないだろう。
《んめぇーなコレ!》
「さ、さすがに学食ではもうちょっと控えめにしたほうがよくないかな?」
《げはは! ンなこと知るかよ!》
「声は聞こえないけど聞く耳持ってないことはすごいよく分かるね……もうちょっと距離詰めとこうか」
隣に座っていたフリエがさらにアルフェに近づく。
アルフェは壁と向き合うカウンターの席の端っこに座っていて、フリエは自らベルの食事を隠す壁役を買って出てくれているのだった。
「……ありがとうございます」
「ううん。ボクも見ていて気持ちい食べっぷりだから」
腕が振れるほどの近くにやってきたフリエにアルフェはひとときフォークを止めて、しかし何でもないようにまた食事を開始する。
フリエもまた気にした様子なく首を振って、それから小さく笑いをこぼした。
「まあ、おかげでキミが食いしん坊さんみたいになっちゃってるんだけど」
なにせアルフェはベルの分まで注文しているから、テーブルには二人前の食事が並んでいる。
食堂のおじさんにも驚かれたものである。
そんな彼女のからかうような言葉にアルフェは小さく笑う。
そして改めて思った。
やはりフリエとは、これくらいの関係で十分だと。
そもそもベルのおかげでこれまで人間関係というものを華麗にスルーしてきた彼女には、いまいち親交の深めかたもよく分からない。
親切な先輩を今は利用させてもらって、どのみち青になればそれでさよなら。
彼女がもしも青色以上の持ち主だったとしても、銅色寮に残るのには理由があるのだろう。
上を目指すアルフェには全く関係のないことだ。
―――さて。
早々に食事を終えたアルフェはフリエと別れ、ひとり『カーテシーを極める部』の部室にやってきていた。
ノックをすれば相変わらず三つ巴の声が入室を許可し、互いに礼を交わす。
「ふふふ」「あいかわらず素敵なお辞儀だわ」「ようこそいらっしゃいましたアルフェさん」
《ぐぅ……やっぱなんか気持ちわりぃぜコイツら》
にこやかに笑うドリー、アインズ、ツヴィアの三姉妹。
アルフェは席に招かれ、ちょっとしたティータイムが始まる。
「さっそく来てくれて嬉しいわ」「あなたが加入してくれるなら喜ばしいことね」「もう加入するクラブや委員会はお決めになったのかしら」
「そうですね。先輩方がお許しくださるのでしたらぜひこちらに入部させていただきたいと思っています。ただ、委員会の方も加入したいものがあるので掛け持ちとはなりますが」
アルフェの言葉に三人は目を合わせる。
「あらそう」「随分と意欲的なのね」「もとより
「「「どちらの委員会に加入なさるのかしら」」」
「今のところは『風紀委員会』に目をつけています。一斉加入日までにもう少し考えてみるつもりですが」
《生徒会は向いてねぇとか言われちまったもんなぁ》
「あら」「まあ」「そうなの」
「ええ。事情があってより大きな実績が欲しいので」
アルフェは香り立つ紅茶をひとくち味わい、それから三人を見回した。
「そして本日は、その件に関してご相談があってまいりました」
「相談?」「なぁに?」「
「ええ。あなた方でなければ頼れません」
アルフェは一度テーブルを離れる。
改めて三人を見回し、そうして力強く宣言した。
「私に、礼儀作法をお教えいただきたいのです。確実に『礼儀作法』のS評価を取るために、ぜひ」
「礼儀作法のS評価」「どうして?」「……もしかしてあなたは、一学期で青色に上がろうとしていらっしゃるのかしら」
「はい。そのためにできうる限りの努力はしたいと思っています」
改めて礼をするアルフェに、三人はまた目を見合わせる。
「確かに
《は? 全員S……? マジでかよ》
唖然とするベルだが、アルフェも内心で動揺していた。
もしかしたら、と思って訪ねたあのガイダンスの日、彼女たちこそが光明だとそう思いはしたが、しかしまさか実際にS評価を、しかも三人そろって獲得しているとまでは思わなかった。
こうなれば是が非でも協力を得たいと、がぜん声にも力が籠る。
「そうだとしてもこれ以上の手本となる先輩は他にいらっしゃいません。指導というのが難しいようであれば、こうした茶会などを通してご参考にさせていただきたいのです」
「なるほど」「だからこうしていらっしゃったのね」「どうやら本当に、あなたはS評価を目指しているようですね」
口々にうなずく三人。
そうかと思えば三人ともが緩やかに立ち上がり、そうしてアルフェを取り囲んだ。
立ち上がると彼女たちはみな身長が高く、それにあまりにも居住まいが正しすぎるので、見下ろされるとなみなみならない威圧感がある。
そして彼女たちは言う。
「「「では、ひとつ条件を課しましょう」」」
そっと左右から肩に手を置かれ、左右の耳元に声が触れる。
まっすぐ目の前に立ったツヴィアが、きらきらと光る碧眼でアルフェを見透かした。
「
―――
ぞわぞわと背筋を凍らせるささやき。
ごくりと唾をのむアルフェから一歩距離を開けて、三人はまるで花弁のように指先を絡ませる。
そしてその手中に、見る見るうちに呪文の羅列が形成されていく。
花の中央に、実をつけるように出現した魔術。
それはうぞうぞとうごめく『虫』だ。
ハリガネムシのような細やかな身体を持った真っ白の虫が四体、身を絡ませて球体のようになっている。
《な、んだコイツ……!》
「……」
牙をむき出して威嚇するベルの一方で、アルフェはその正体を明確に理解していた。
だからこそ彼女の心臓は警鐘のように鳴り響き、冷や汗が首を伝っている。
「この子は契約」「ひとつ、
「「「簡単なことでしょう?」」」
笑う。
その非道を、まるで当たり前のように。
「もっとも、いつまでも、という訳ではありませんよ」「期間は一年間」「その間あなたは
ひとつ目を閉じ、吐息して。
そしてゆらりと頬を裂く。
「みっつめ、です」
アルフェは絡み合う虫たちに手をかざし、告げた。
「もしも私がS評価を得た暁には皆様が私に屈服してください。それを飲んでいただけるのでしたら、ええ。いつまでも凛々しく、華々しく―――あなたがたの望む私のまま、永遠でさえも誓いましょう」
虫の周囲を新たなる呪文が取り囲み、そしてにじむような黒が虫を侵した。
その一匹がアルフェの指先に頭を這わせ、そして爪の隙間から体内へと潜り込む。
痛みはない。
ただ強烈な脅迫感がある。
絶対に破ることのできない約束は、ただそれだけで精神を圧迫するのだ。
それでもなお表情ひとつ変えず笑うアルフェに。
「「「やっぱりあなたは、素敵だわ」」」
ひととき呆然とした三人は、しかしまた笑う。
虫たちが彼女の指から体内へと潜り込み、そして四人の心臓にそれは巣くう。
「では先輩方。ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします」
「「「こちらこそ、全力で励ませていただきましょう」」」
一対三の礼が交差する。
かくしてアルフェは、強力な助っ人とともに凶悪な契約を得たのだった。
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