第15話 始業
学内ガイダンスという新入生歓迎イベントが終われば、ほどなくして始業式がある。
その日からが正式な一学期の始まりで、校舎の裏手にある『大討議場』に新入生のみならず在校生の全員が集められていた。
ドーナツ型の客席と、見下ろすような広い舞台からなるコロシアムみたいな建造物が大討議場である。
その名の通り討議をするための場所で、かつては学園裁判などという一大イベントもあったようだが、廃止された今では生徒会選挙や学内闘技大会の舞台となっている。
ちなみに、それもはや闘技場では? と尋ねた生徒はもれなく学園長に「我の名づけに文句でもあるのか」と凄まれるので今やだれも口にしない。
新入生にも厳重な注意がされているほどだ。
学園の歴史を思えば建造から少なく見積もっても百年は経過しているはずのその名づけに関与している―――全く謎の多い人物である。
さておき。
「おはよう生徒諸君ッ! 怠惰に自堕落の学期休みから抜け出しよくぞこの場に集まった! これは祝いだ! 受け取るがいい!」
全校生徒のひしめく客席に肉声を轟かしたと思えば、生徒たちの上空からなにかが降り注ぐ。
見上げればそこには光をはじく―――金銀財宝。
降り注ぐ金属の雨に対する生徒たちの反応はグラデーションになっている。
《うぉお!? 下手したら死ぬだろこれ!?》
「恐らくは問題ありませんよ」
「あ、きれい……ぅ、え? え? でもこここれれ!?」
「くッ! ロイネ!」
「きゃあああ!」
新入生たちはてんやわんやとおおわらわ。
「きれいだなぁ」
二年生はわずかに緊張して、中には身を守る者も。
「おぉー、ぜっけーッスねー」
「我々にもああいう時期があったね」
三年生は一瞬身構えたもののすぐに落ち着いて。
「まあまあ」「素敵だわ」「ドラちゃん様はいつも趣向を凝らしてくださいますわね」
「ふむ」
四年生はまた驚かせられたと笑い。
五年生はどんだけレパートリーがあるんだと呆れ。
そして六年生は無視していた。
四年間の在籍が卒業要件である学園においては、五年生からガクッと生徒数が減る。
さらに在学者は卒業できなかった者か、あるいはさらなる学習を求める者たちなので反応も薄い。
そんな色々を見回して、半分くらい満足したっぽい表情になった学園長が指を鳴り響かせたその瞬間。
ボッ!
と弾ける金銀財宝。
わぁーと広がった黄金の雪が揺らめき降って、生徒たちにたどり着くと光にはじける。
「―――改めて再会を喜ぼう生徒諸君。今学期もせいぜい励むがいいぞ」
威風堂々たる雰囲気から一転、柔らかな笑みを浮かべる学園長。
まるで我が子を見守るかのような慈母のまなざしに、特に上級生たちからどよめきが生まれる。
「……恐ろしいお方ですね」
《きめぇ》
「あはははは! びっくりした!」
「な、なにか良からぬことでも企んでるッスかね……?」
「今我々は、歴史の転換点を目にしたのかもしれない」
「まぁ!」「驚きだわ!」「あのようなお顔は初めて拝見いたしましたね」
「ふっ、波乱の一年になりそうだ」
「……釈然とせんぞ我は」
ぶぅと口を尖らせてめらめらと燃える学園長。
「……あ、え、えーと、……、あっ。ありがとうございました。では次に生徒主任の―――」
唖然としていた司会の生徒が慌てて会を進行させることで学園長を教員席へと追いやって。
それからはつつがなく続いた始業式が終わると、六年生から順に退去していく。
新入生たちはその場に残されて、この後の教科書配布についての説明を受けた。
上級生たちは前日までに時間を分けて行っているが、新入生たちは別らしい。
「……トランクケースを持ってきてよかったですね」
《げはは、センパイ様々だぜ》
今回もフリエのアドバイスに従ってトランクケースを持ってきているアルフェである。
もっとも生徒たちの多くも新入生ガイダンスの反省を活かしていかつい入れ物を持ってきていたが。
そんなわけでえっちらおっちらと寮に戻ってきたアルフェは、整理した教科書を読んでのんびり過ごした。
「勉強熱心だね」
「いえ。軽く目を通すだけのつもりですから」
「十分立派だよ。S評価、頑張ってね」
「ええ。といっても大半は実技ですから」
「だからって座学をないがしろにしていいわけじゃないさ。あ、ところでなに取ったかって聞いてもいいのかい?」
興味津々にのぞき込んでくるフリエ。
アルフェの講義決めの際には彼女のアドバイスも取り込んだが、最終的に決めたのはアルフェだ。
少し悩んだが、彼女は答えた。
「選択科目は『実践剣術』『迷宮学』『迷宮学実践』『討伐技術』『礼儀作法』『精霊学Ⅰ』にしました」
「……なるほど」
フリエは真剣な表情で顎に手を当てて考える。
「……剣術はまあ取るだろうなと思ってたし、迷宮と討伐も納得っていう感じだね」
「予想通りでしたか」
「うん。うまくやれば一挙両得だからね。どうやら強さには自信があるようだし」
迷宮学も討伐技術も、ともに力さえあればS評価をとれるような条件になっている。
フリエはちらりとアルフェの手の先―――つまりベルのいる場所を見やった。
「それに詮索するわけではないけれど……『精霊学』っていうことは?」
「ええ。詳細は省きますがまず間違いなくSをいただけるはずです」
アルフェは頷き、得意げにのどを鳴らすベルを撫でた。
精霊学に関しては、ベルさえいればそれだけでS評価をとれる可能性があるのだ。
そしてフリエはひとつ吐息する。
「それならやっぱり最大の難所は『礼儀作法』だね」
「ええ。ですが、講義時間の都合も考えると最も可能性のあるのがこれでしたから」
アルフェもフリエには同意するようで、眉をひそめて重々しくうなずく。
フリエ曰く『礼儀作法』は最も難易度の高い講義の一つなのだという。
なにせS評価条件は礼儀作法において教員を認めさせることなのである。
かつて某王家の指導係も務めたという教員を。
なんなら王族とかも生徒にいる学園で。
そのなかでも特別の証を与えるに相応しいと。
そう、認めさせることなのである。
それでもアルフェは不可能ではないと判断したし、そうした以上は落とすつもりなどない。
それに。
「ちょうど理想的な手本となる方たちともお会いできました。可能性はあるかと」
「手本?」
「ええ。カーテシーを極める部というクラブの先輩方がいらっしゃるのですが―――」
「まさかあの三姉妹と面識を持ったのかい?」
「ご存じですか?」
ぱちくりと瞬くアルフェに、フリエは驚きながらも頷いた。
「彼女たちは有名人だよ。そういえばあのカードのスタンプって、もしかして彼女たちのものだったのかな」
「はい。そのご縁がありまして、またお伺いさせていただく約束を」
「なるほど……彼女たちに気に入られるほどならもしかするかもしれない……」
うむむ、と考え込むフリエ。
どうやらあの不思議な三姉妹にはそれだけのネームバリューがあるらしい。
彼女らのカーテシーを一目見た瞬間に迸ったあの衝撃は間違いではなかったのだと、アルフェは瞳に力を宿した。
《むぅ……ぶちのめせばいいだけならラクなのによ》
それは全くその通りだと内心でうなずく。
しかし白を目指すからには泣き言など吐いてはいられない。
「いずれにせよ、選んだのならやるしかないね。礼儀作法はちょっと無理だけど……迷宮くらいなら多少はアドバイスできるから」
「ありがとうございます」
その通り、アルフェはすでに選んだのだ。
であれば勝つ以外の選択肢などありえない。
最速で青を目指すアルフェの挑戦は、明日からが本番だった。
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