第14話 お食事パーティ

「おぉー」


 青色のカードを見上げて歓声を上げるフリエ。

 アルフェはじゃれつくベルを膝の上でなでながら、穏やかにジュースを飲んでいた。


「おめでとう。さっそく大活躍だ」

「この程度はあたりまえでなければなりませんので」

「ふふ、そうだとしても称えさせておくれよ。賞賛を受け取らない理由にはならないだろう?」


 にこにことカードを差し出してくるフリエにアルフェはぱちくりと瞬く。


《ふぐ……?》


 手が止まったことを不思議がったベルに見上げられて再起動したアルフェは、ぼんやりとフリエを見つめながらカードを受け取った。


「……ありがとうございます」

「うん。……なんか今の催促したみたいで性格悪かったかな」

「いえ。先輩を感じましたよ」

「えぇっ、それは大げさだよ」


 くすくすと笑うフリエ。

 アルフェはそっと口元を緩めてまたカップに口をつけた。


「ああそうだ、せっかくだし祝勝会でもしようか!」

「そうお気を使っていただかなくとも結構ですよ」

「んっんー、そうじゃないんだなー」

「……ピアレスク先生の模倣かなにかでしょうか」

「ンンッ、そンのつもりは、ンあァりませんっ」


 むむんっ、と胸を張るフリエ。

 ちょっぴり過剰なピアレスクのモノマネにふたりは笑いあった。


「えっと、それって飲食に関しては青色と同じに使えるんだよね」

「そのようですね」


 カードの裏にはこまごまとした字で、要約するとその通りなことが書いてある。あとは今日から一学期中という使用期間と、学園長の記名があった。


「だったらお取り寄せもできるはずなんだよ。青色だとそう多くないんだけど、街にあるような屋台とかも対応してたりしてね」

「そうなのですか」

「そうそう。だからお昼ついでに使ってみようよ、なにせボクはちょっとした事情通だからね、美味しいお店を紹介するよ」


 パチッ☆ と星の舞うウィンクを見せるフリエに、アルフェはきょとんと瞬いた。


 ―――というわけで。


「アルフェさん、おめでとー! カンパーイ!」


 コン、と重なるマグカップ。

 テーブルの上には湯気立つプレートがところせしと並んでいて、ちょっとしたパーティ気分である。


 パスタに焼きそば(?)、ピザなどの主食。

 くしやき、ステーキ、フライものなどの主菜。

 プリンやケーキに饅頭なんかのデザート系。


 配達用のゴーレム君がものの30分で運んでくれた料理たち。

 なんとも無作為によりどりみどりなそれらを前に、ひとまずジュースで口を潤したふたりはうなずいた。


「うん! 多すぎたね!」

「多すぎましたね」

「ごめんちょっと調子に乗ったよ」

「いえ。私もお止めしませんでしたから」


 祝勝会とはいえどう考えてもお昼ごはんの分量ではない。紙を原料にしているという軽い器は保温にも優れているので夜に回せば問題はないのだが―――


「それにしたって多いね。美味しいけど」

「夜でも食べきれるでしょうか。こちらのポテトフライもおいしいですね」

「あ、でしょー? フライドポテトはここのが最強なんだよ。揚げたてを片手に街を散策するんだ」

「ふふ、それは素敵ですね」


 くすくすさくさく。

 ストレートカットのフライドポテトは、塩味だけのシンプルな味がたまらない。


《むぅ……ワタシにかかりゃあぺろりだぜ?》


 美味しそうな料理をふぐふぐ匂って物欲しそうにするベル。そうは言ってもフリエの前でベルにものを食べさせるのも難しい。

 見えないところでポテトの数本くらいなら渡せるが、もちろんそんなものでは満足してくれないのだ。


 配達だとこういうリスクもあるのかと、アルフェは申し訳ない気分だった。


 そうしていると、何かしらの鳥類っぽいくしやきをもぐもぐしていたフリエがじぃと視線を向けてくる。

 さりげなくハンカチで指をぬぐってごまかすアルフェに、彼女はなんとなくバツが悪そうな表情になった。


「あの、もしかしてさ、キミのお友達もご飯食べるのかい?」

「……」

《コイツ……ッ!》


 表情が抜け落ちるアルフェと膨らんで威嚇するベルにフリエは慌てる。


「ごめんやっぱり隠してたよね? でもここにはほかにもそういう人いたりするし、それにボクは何かを感じてるとかじゃないんだ」

「……見えていないのならどうして分かったのですか」

「キミは見えてるから」


 目を細めるアルフェに、フリエは困ったように眉をひそめて笑った。


「単純な話なんだけどね。キミにとってその子は当たり前だから気が付かないかもしれないけど、それでも外から見ていると『誰かがいるとしか思えない』ような動きっていうのは結構あるんだ。歩き方とか視線の動きとかで分かっちゃうんだよどうしても」


 フリエの指摘はアルフェとて理解していることだ。

 ベルを隠すと考えた時点で思い当たった。


 だからこそ。


「そのあたりは気を付けているつもりなのですが」


 アルフェはベルを隠すためにかなり心血を注いだ。

 傍らに誰かがいるという違和感をはたから見て感じさせないようにと、これまでの数年で常に意識してきた。


 それをフリエは肯定する。


「ああうん、それは見てると分かるよ。だし……だから隠してるのかなって」

《マジかよコイツ……?》


 まるでほかの同じような相手は『初見で分かる』とでも言いたげな口ぶりである。

 唖然とするアルフェに、フリエは真剣なまなざしを向けた。


「キミが隠したいのならボクはなにも言わない。だけど、見抜かれてしまったからにはボクの前では隠す必要がないとも考えられるはずだ。それはキミにとってかならずしもデメリットだけではないと思う」

「……」

「キミはボクの口を塞ぐこともできるだろう。理由をつければ部屋の交換だってできるだろう。どうするかはキミに委ねるよ」


 まっすぐな眼差しを受け止め、アルフェは冷ややかに思考する。


 ―――この方はどこまで信用できるでしょう。


 アルフェとてベルとの付き合いは長いから、ベルに向かう視線には敏感なほうだ。アルフェがベルを前提とした動きをしてしまうように、見える者は見えるようにふるまってしまう。


 だがフリエにそれは感じない。

 アルフェの感覚的には見えても聞こえてもいない相手だ。むしろ驚くほどに感覚が薄い。そういう意味で警戒が薄かったのは事実。


 だが、それが演技である可能性が浮上してしまった。

 少なくとも、彼女がベルの存在を感知していたことにアルフェは気が付いていなかったのだから。


 そんな相手を傍らに置く。

 見聞きできないのならば、なるほどメリットのほうが強いだろうが、そうでないのならば危うくもある。


 拒絶するか、それとも脅しでもかけるか。


 ベルは号令があればその瞬間に襲い掛かってやるとばかりに牙をむきだし、侵食するように部屋を闇に落としている。


 ……やがて。


 アルフェは目を開き、まっすぐにフリエを見返した。


「―――ひとつ、おたずねします。どうして今それを打ち明けたのですか? 私は気が付いていなかったのに」

「キミのお友達に、あまり不便をかけるのは申し訳ないからね」


 あっさりと笑って見せるフリエ。

 アルフェはその笑みをじぃぃ、と見つめて。

 それからベルを引き寄せると、まるで見せつけるみたいにその顎をなでてやる。


「……この子は食事をしなくとも存在できるのですが、どうにも食欲旺盛でして」

「そっか。それはなんとも頼りになるね」

《いいのかよ》


 にこやかに笑うフリエの一方で、ベルはギロリと鋭い視線をアルフェに向ける。


「ええ。どんなにたくさんあってもぺろりと平らげてくれますよ」


 そう言って頬を裂くアルフェに、ベルは牙を鳴らして小さく笑う。


 腹ペコの獣は、さっそくテーブルのご馳走に牙を向けたのだった。

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