第13話 勝利

《んで次どこ行くんだよ。別の委員会か?》

「いえ。次はクラブ活動のほうです」


 うきうきるんるんといった様子のベルに首を振る。

 迷いのない足取りのアルフェはすでに目的地を定めている様子だ。


《委員会にあんじゃねーの?》

「そういう訳ではありません。クラブ活動においてもスタンプ報告は聞こえてきますから」

《ヴルゥ……たしかにな》


 ふむふむと考えこむベル。

 アルフェは顎をくすぐってやりながら続けた。


「生徒会と風紀委員会。どちらも特別なスタンプがあるのを納得できる場所だとは思いませんか?」

《んー。まそぉだよな。特別って感じだぜ》

「思うにそれは偶然ではありません。ピアレスク先生はスタンプのありかを秘密とはおっしゃいましたが、無作為であるとは明言されていません。であればなにかしらの根拠があって置かれているのだと考えたくなるのは自然でしょう……だから

《んで、めでたくビンゴだったわけか》


 納得するベル。

 それならばと目を輝かせる。


《んじゃ次はどこ行くんだよ。どこにならありそうだって思うんだよえぇ?》

「もちろんそれは特別なところです。他にはない特色を持っている場所」

《でもよ、だったら目立つんじゃねーの? けっこー時間経ってんだから先に取られててもおかしかねぇぜ》

「ええ。ですので目立たない特色に目を付けました」


 ぱちくりと瞬くベル。

 アルフェは階段を上がっていく。


「ところでこれは上級生との交流会でもあります。交流とは相手を知ること。だからどれほど目立たない特色だとしても―――知りさえすれば簡単に納得できるような場所にあると考えました」

《つってもじゃあなんだ、地道に情報収集ってこたねぇんだろ?》

「もちろん。そういう意味では昨日掲示板を見ていたのは幸運でしたね。資料にはあまりにも情報が少なすぎますから」


 出発地点から遠くも近くもない微妙な位置感のおかげか、新入生の数もやや少ないフロア。


 その片隅に、部屋はある。


「ここは部員数3人という最少人数のクラブなのです。最も人数の少ないクラブ……目立たず、かつありえそうないい読みだと思うのですが」

《……や、つってもマジでここか?》

「さて。ほかにも候補はありますから」


 アルフェはドレスを軽く整え、そうして扉をノックした。


「「「はぁい」」」


 折り重なるような三つの声。

 アルフェは礼とともに入室すると、窓際のテーブルでティータイムを過ごしていた彼女らを見回して。


「お初にお目にかかります、先輩方」


 片足を斜め後ろの内側に下げ、ドレスをわずかにつまんで持ち上げて、目礼とともにもう片方の足をわずかに屈する―――それはもう見事なカーテシーを披露した。


 彼女らはぱちくりと瞬くとそろって立ち上がり、


「「「ようこそ『カーテシーを極める部』へ。歓迎いたします」」」


 そして、惚れ惚れするアルフェの振舞いよりもなお高貴に、その背後に後光さえ幻視するほどに華麗なカーテシーを見せる。


 ―――勝てない。


 そう直感したアルフェの首元を冷たい汗が伝う。


《お、おぉ……》


 ベルもよく分からないながら威圧されているようだった。 


「それにしても」

「とても素敵なお辞儀ね」

「感動しましたよ」


 口々に告げる三人の女生徒。

 青、緑、ピンク、のパステル色違いドレスを着た彼女らは、揺らめくプラチナブロンドの編み込みからバレッタの形まで同じで、しかもまるで着せ替え人形みたいに顔が誰も同じに見える。


 三つ子だろうか……と思いつつ、アルフェはしとしとと彼女たちのもとに歩み寄る。


「こちらの催し物は、どういったものでしょうか」

「あら」「まあ」「うふふ」「もっと素直に仰って?」「これを求めてきたのでしょう?」「秘められた欲望ほど美しく輝くものはありませんよ」


 真ん中に立っている青ドレス先輩が4つ分の大きなスタンプを揺らす。

 目を細めたアルフェは、ひとつ吐息すると応えた。


「はい。そのスタンプのためにここに来ました。どうすれば頂けますか?」

「どうしましょうアインズ姉さま」「さきほどのお辞儀は見事だったわよねツヴィア姉さま」「あそこまでのものを披露していただいた以上勿体ぶる必要もないでしょうねドリー姉さま」

「「「では差し上げましょうか」」」」

「……あ。え。よろしいのですか?」

《ぐぅぅ……頭痛くなってきたぜ……》


 けっきょく誰が姉なのだろうと困惑しているところにあっさりとスタンプを差し出されてびっくりするアルフェ。

 けれどにこにことほほ笑む彼女たちは本気のようで、スタンプカードを差し出せばぽんっと軽く押印された。


 カーテシーをするデフォルメされた人型のスタンプだ。だろうな、という感想しかなかった。


「さて」「それでは」「お紅茶でもいかがかしら」「ちょうどアルベレオからお取り寄せできたの」「クッキーもあるのよ」「カップはどのお色がお好きかしら」


 にこにことティータイムに誘ってくる彼女たちにアルフェは危うく引き込まれそうだったが、ひとつ呼吸をして振り払う。


「ええぜひ。けれどその前に、やるべきことを済ませてまいります」

「あら」「そうだわ」「そういえば」

「「「おめでとう」」」

「ああそのまえに」「自己紹介もまだだわ」「それくらいの時間はあるでしょう?」「私はドリー」「アインズ」「そしてツヴィアと申します」

「「「よろしくね」」」

「私はアルフェと申します。よろしくお願いいたします」


 華麗な礼を交わす面々。

 あまりの華やかさにベルが《うぐぅうう……》とすっかり縮こまってしまっていた。


 さてそんな彼女たちに別れを告げて。

 

 アルフェとベルは、スタンプカードの提出場所である始まりのホールに戻ってきた。


 大きな扉を開けば、実行委員と教員たちの視線が集まる。


 新入生らしき人影は―――ない。


「ほっほう!」

《んぬぉおお!?》


 と目を輝かせて目の前に出現するのは学園長。

 走ってきたでもない、檀の脇でぼぉーっとしていたのに、次の瞬間にはアルフェの目の前にいたのだ。


 驚愕に目を見開く彼女に、学園長は食らいつく勢いで顔を寄せた。


「おうおうおう! なんだなんだまさかもう終わったのか!?」

「……ええ。はい。こちらに」

「ほっほぉー!」


 アルフェが差し出したカードを持って学園長は飛び跳ねる。

 なぜかアルフェよりずっとうれしそうである。


「ふはははは! 驚いたぞ! よもや一人でこれほどはやく集められるとは! ……むむっ! この印はぴかぴか三姉妹ではないか!? これまた驚かされる! 彼奴らは最難関だと思っておったのだが」


 見せろ見せろー! とせがまれるのでカーテシーを披露すると、彼女はまた目を輝かせて踊りだした。


《な、なんだコイツヤベェな》


 まったく同意したいのをすんでのところでこらえる。


「学園長は、あまりこういった所作が得意ではないのですか?」

「我が頭を下げてやる相手などこの世にはいないからな」

「……なるほど」


 それは無理だろうな、とアルフェは思う。

 納得しかない。


「それにしてもまったくもって驚かされた。ずいぶんと本気でやったようではないか。うん?」

「白を目指していますので」

「ほう」


 興味深げに目を細める学園長。

 そうかと思えばにぱっと笑う。


「そうかそうか。ならばこの催しに力を注いだことは間違っておらん。よくやったと言っておくとしよう」

「ありがとうございます」

「ふむ……しかし白を目指すか。それもその面はただ目指しておるだけではなさそうだな」

「はい。可能な限り、早く」


 堂々と宣言するアルフェに、学園長はすんと視線を冷やした。


「で、あればソレごときでどうにかなるほど甘くはないぞ」

「!」

《あぁん?》


 薄ら笑みが明らかにベルを見やっていた。

 警戒するアルフェを彼女は笑う。


「そう身構えずともお前のような小娘がなにをしようとも我は歯牙にもかけんよ」


 ―――ざわ。

 アルフェは全身の毛が立ち上がるのを感じた。

 学園長の姿が一回りも二回りも巨大に見えて、その背後に、竜の威容を幻視する。


 彼女はただ笑っているだけだ。


 牙をむき出し。


 獰猛に、愉快げに。


「我はすべてを許容する―――代わりに驚かしてみろ。お前の持てるあらゆる力をもってこの我を」


 ごくり、と唾をのむ。

 そして瞬きの向こうには、いたずらめいた笑みを浮かべるだけの学園長がいる。


 アルフェは沈黙を挟み、そうして言った。


「……目、充血していますよ」

「むむ? むぅ。ラヴのやつが無理やり指を入れるからだ……彼奴めびっくりするほどヘタクソでな。とても痛かったぞ」

「生徒相手にとんでもないこと言わないでくれませんかね!?」


 突然矛先を向けられて絶叫するラヴ。

 くすくすと笑うアルフェに、学園長もまた楽しげに笑った。


 ―――バァンッ!


 とそのとき勢いよく扉が開け放たれる。

 振り向けばそこには桃色と、彼女を連れた男子生徒、そしてあと二人知らない顔があった。


 桃色はアルフェに気が付くと目を見開き、一方で男子生徒はアルフェがカードを持っているのを見るや勢いよく駆け出した。


 そして向かう先は―――壇上のピアレスクの元。


「おい! これでいいはずだ! 俺たちが一番乗りだろう!?」


 バンッ! と何かを壇上に叩きつける男子生徒。

 彼はアルフェを振り向くと、にやにやとイラつく笑みを浮かべた。


「お前がどんな卑怯をしたか知らないが俺たちには仲間がいるんだ! ピアレスクは12点を持って来いと言ったが一枚のカードとは言ってなかった! 四人分で12点! これこそロイネが思いついた必勝の策! 俺たちの勝ちだ!」

「……」


 ―――そんな自慢げに言われても。


 それがアルフェの率直な感想である。

 というかなぜそこまで敵対視されているのかもよく分からない。


 そもそもそんな当たり前のルールをひけらかされたところで知ったことではないのだ。なんのために特別のスタンプだけで埋めるなどという面倒なことをしたと思っているのか。


 しかしそれでも、アルフェは何も言えない。


 カードの提出先はピアレスクだ。

 学園長に絡まれたとはいえ、それでももっと早く渡せたはずなのに。


 アルフェはそれを油断と断じ、ただ冷ややかに自らの敗北を受け入れた。


「―――残念だがそれは勘違いというものだな」


 と。

 学園長がアルフェの肩に手をのせる。


「カードはすでに提出されておる。それを我がパクってきたというわけでな。のうピアレスク」

「ンン。そうなりますなっ」


 うなずくピアレスクに男子生徒は愕然とする。

 それから学園長を見て、頷かれると今度はアルフェを睨みつけた。


「ヘイロン様、勝負は勝負です……決まってしまったものは仕方がないではありませんか」

「ああロイネ……君は優しいんだな」


 桃色に慰められて力なく笑う男子生徒。

 とはいえ、アルフェに向かう刺々しい視線に変わりはなかったが。


「この短期間にずいぶんと嫌われるものだな」

「……ドラちゃん学園長」

「そこまで言うならいっそドラちゃんでよかろう……? まあアレだ、我が興味を持ったのだ、お前が逃げようとしても捕まえておったからな。ふっはっは」

「……」


 高笑いして見せる学園長だったが笑いごとではない。

 ないが、かといって文句のつけようもない。


《ケッ、最後の最後でケチつきやがった》


 ガチンと牙を鳴らすベル。

 アルフェはひとつ吐息して、それから学園長を見返した。


「次は完膚なきまでに魅せましょう。ぜひ期待してくださいませ」

「くはっ。言うではないかアルフェよ。では我からそんなお前にプレゼントをやろう」


 くいくいと求められるのでまたカードを渡す。

 学園長はそれをくるりと回して返してきた。


 受け取ってみるとその裏面に、なにやら文字が浮かび上がっている。


「学内ガイダンスの景品は例年青色食事券なのだが、そのカードは特別にこの一学期ならば何度でも繰り返し使えるという驚きの逸品である。有効に使え」

「青色食事券、ですか」

「うむ。食事に限定すれば青色と同じだけの権限が使えるという訳だ」

「なるほど。……ケーキバイキングはもちろん120分ということですか」

「そのとおりだ!」

《ひゅうー! やったじゃねぇか!》


 カードを天井のシャンデリアに照らしてみるアルフェに、ベルはなんとも上機嫌でじゃれついてくる。


 ちなみに二番目以降は青色食事券10枚組である。


「この作戦を考えたのはロイネだからな、ロイネがもらうといい。お前たちも文句はないな?」

「そんな! ……あ、でしたら皆さんで一緒にお食事に行きませんか? 私だけでは使いきれませんから」

「なに? ロイネ、お前は中庭に咲く花のように可憐な心を持っているのだな!」


 向こうでわぁわぁ盛り上がっている面々。

 学園長はしみじみとつぶやいた。


「我めっちゃ吹っ飛ばしたが。花」

《ぐはっ!》


 たまらず噴き出すベル。

 そんな彼女にアルフェも笑みを浮かべて。


 そんなこんなで、アルフェは学内ガイダンスを制したのだった。

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