第12話 結果発表

「―――バンダル、1票。グラセム、1票」


 淡々と集計結果が開示されるたびにあちこちで声が上がる。それを意に介した様子もなくグレナドはさらに開示を続けた。


 この会議室にいる新入生は全部で52名である。

 5名が退室、さらに三分の一程度がアルフェの提案直後に票を投じており、また立候補者を考えれば浮動票は半分ほどだろう。

 実際にフロアの動きを見ていたアルフェはその推測がおおむね正しいことを見抜いていた。


 選挙は主に、その浮動票の奪い合いのようだった。


「だ、だれになるんでしょう、ね」

「さて。勝負はもう終わっていますので」

「そう、ですね」


 わずかな時間とはいえ一対一で話した効果か、ミーティアは多少アルフェに慣れている様子で、口調が比較的定まっている。

 興味深そうにじぃぃと見つめる彼女の隣で、アルフェもまた同じようにグレナドを見つめていた。


《ケッ》


 一方のベルはどこかつまらなさげだ。

 アルフェはさりげなく彼女の背に手を乗せて、なだめるようにさすってやった。


「―――オクセム、4票」


 そこで言葉を区切ったグレナドはひとつ呼吸を置き、それから告げた。


「そしてヘイロン……12票」

「えっ」


 目を見開くミーティア。

 ざわざわと広がる動揺。

 一桁単位の得票数が多い中で突然の二桁だ、驚きは当然のことだった。


 その中で某男子生徒の一派が歓声を上げ、桃色もまた微笑んでいる。

 男子生徒は桃色を連れて人垣を抜けると、グレナドの前で堂々と胸を張った。


 そして。


「もう十分か」


 歓声とざわめきが収まったころ、グレナドが冷ややかに問いかける。

 自信満々にうなずく男子生徒をまっすぐに見据え、それからグレナドは


「では最後に……ふむ……」


 言いよどむグレナド。

 困惑が広がる中、ようやく彼女は歩み出た。


、とでもお読みください」

《おいおいマジか? マジかよ!?》

「よかろう。ではクロス―――13票」

「はぁああ!?」

《おいおいおいおいおいオイ! げははははひゃあははははは―――!》


 傍らの男子生徒が理解不能を叫ぶ。

 桃色も見開いた眼を動揺させていた。

 生徒たちにも困惑が広がる中、アルフェだけがまっすぐにグレナドと向き合っている。


「そして無効票が3票。つまり今回の選出者はお前だ。……が、よくぞ選ばれた、と口にするのはいささか白々しいか」

「そうかもしれません。ですが結果は結果でございます。約束の通り、ここに印を」

「おいちょっと待てよ!」


 アルフェはスタンプカードを差し出したが、横ざまから伸びた手がそれを掴み止めた。


「インチキだ! 無効票3!? 嘘つけよそんなわけないだろッ!」

「先輩にその口の利き方は無礼ではありませんか?」


 がなり立てる男子生徒を冷ややかにはねのけるアルフェ。

 睨み合うふたりを、グレナドの言葉が遮った。


「事実、13票はどれもクロス―――つまり、バツ印の投票だった」

「それは無効票だろ!?」


 グレナドは首を振る。


「確かに白票だけでなく関係のない文字や記号は無効票と扱う。だが……事実として

「なん……!?」


 生徒たちの視線がアルフェに集中する。


 それらに囲まれながら、彼女は当たり前のようにうなずいて見せる。


「あだ名は禁止されていません。むしろ推奨されているくらいではありませんか」

「あだ名、だとぉ……ッ! ふっざけるなッッ!」


 ダンッ!


「そっ、そんな意味の分からないあだ名があってたまるかッ!」

《おいおい失礼なヤツだぜ! かっけぇじゃねえかよ! げははははは!》


 吠える男子生徒だが、グレナド認めている以上もはや結果は揺るがない。

 冷やかに見下ろすアルフェ。

 そしてグレナドは、深々と頭を下げた。


「これは明らかに今回の簡易模擬選挙における欠陥だ。意図せぬ形での勝敗となったことを謝罪する」

「……」


 生徒会長グレナドの謝罪に水を打ったように静まり返る会議室。

 アルフェはひとり、静かに彼女を見つめていた。


「しかし結果は結果だ。ルールに不備があったとてルール上の行いであることに変わりはない。であればこの選挙において、選ばれたのはこの者である」


 故に。


 グレナドは懐からスタンプを取り出すと、アルフェのカードに押印した。

 風紀委員会とは裏腹になんともシンプルな、点線で描かれた球体の模様だ。


 グレナドは会議室の床を指で示した。

 よく見ると、床にも大きくその模様は記されている。


 沢山の点で描かれた、まん丸。


 拡大されたその図形だと、円を構成する小さな点が微妙に円系じゃなくてむずがゆい。


「私たちのシンボルは『集合の完璧』―――無欠の真球、純粋の円。それを繋がりによって描いている。純粋の形というのは誰もが同じように想起できるものだ。されど私たちは人間である。実際の形は欠け、はみ出し、どうあったとて歪にしかなれん。それでも理想を目指し、手を取り合う。それこそがこの学園に生きる生徒の姿であると思うが故に、我らはこの完璧を掲げるのだ」


 紅玉の瞳がアルフェを見やる。

 それこそ『完璧』と呼びたくなるほどにまっすぐの瞳。


「だからこそ貴殿の行いもまた正しく、私たちの不足をこそ罪と背負おう。だが―――」


 一歩。

 歩み寄ったグレナドの吐息が耳元に触れる。


「貴殿は、生徒会には向かんだろう」

「……ええ。言われずとも、生徒会に入るつもりはありませんので」


 あっさりと告げたアルフェは、スタンプカードをひらりと振って身をひるがえす。

 そして、壁際でぽかんとしているミーティアのもとへと歩み寄った。


「ミーティアさん。お手をいただいてもいいかしら」

「ひぇ? あ、えぅ、」


 困惑しながらもおどおどと手を差し出してくるミーティア。

 アルフェはそっとその手を取り、甲に口づけた。


「もぴょお!!!???!!?!?」

「あなたの1票が私を選びました。感謝致します」

「は、はにゅ……?」


 呆然とする彼女に背を向ける。

 手を離されたミーティアはそれだけで支えを失ったみたいにぺたんと座り込んで、ただ茫然とアルフェを見上げた。


「皆様の催しを踏みにじりましたこと、ここにお詫びいたします。申し訳ありませんでした」


 ぺこりと頭を下げた彼女は、そして鮮やかに、軽やかに、華やかに、にっこりと笑う。


「では、失礼いたします」

《げはは! あばよぉ負け犬ども!》


 もちろんベルの言葉が届いたわけでもないが。


『ふぅウざけやがってあの女ァアアアッッ!!』


 颯爽と去っていったアルフェの耳に、そんな遠吠えが届いたのだった。


 ―――これで、ふたつ。

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