第11話 生徒会

 どうやら大型スタンプの獲得情報は開示されるらしく、広報部の生徒が声を張り上げて廊下を回っていた。

 それによるとどうやら、アルフェ以外にもすでにスタンプを得た生徒がいるようだ。


《げはは、そうじゃねえと面白くねぇぜ》


 さて風紀委員会からのスタンプを得たアルフェは、次に生徒会室―――そのとなりの会議室にやってきた。


 講義室ふたつぶんほどのスペースがある、広々とした会議室だ。テーブルは取り払われ、そこはちょっとした休憩所のようなところになっている。


 生徒会の催しはこの場所。


 出入り口にはカウンターのようにテーブルが置かれて、そこでは自分たちでスタンプを押せるようになっているのだ。


 ふと視線を向けると、なにか生徒たちが固まっている一角がある。生徒会のメンバーらしき生徒もいるのをみると、なにかちょっとしたハプニングでもあったらしい。


 ―――その中心に、桃色の生徒がいた。


 ついでにあの無礼な男子生徒も。

 彼女はアルフェに気が付くと目を見開いたが、アルフェの視線はひとときも彼女に留まらず、スタンプを押している生徒たちを眺めた。


《おいおいハズレじゃねぇかよ》


 しょんぼりとしぼむベル。

 しかしアルフェは迷いなく、ひとりで窓際にたたずむ生徒会長―――グレナドのもとへと向かった。


「ごきげんよう、グレナド先輩」


 振り向いた彼女に一礼すれば、手に持ったグラスを窓枠に置いて真正面から見下ろされる。


 ざわ、と。

 生徒たちの視線が集中する。

 ただ彼女は振り向いただけで、ベルの忌避感さえ飛び越えて注目をかき集めた。


 その真ん中でアルフェはあっさりと言う。

 

「単刀直入に―――どうすれば特別のスタンプはいただけますか?」

「……」


 グレナドは問いかけに表情ひとつ変えず、ただおもむろに懐から真四角のスタンプを取り出した。


「問わらば答えよう。それこそが私たちの在り方ゆえに」

《げはは。さすがだなぁオイ》


 それから彼女はアルフェの脇を通り抜けて、会議室の中央に立つ。

 扉が閉ざされる。

 騒然とする生徒たちを見回して彼女は告げる。


「生徒会へと問いかけがあった。この印を得るにはどうすべきかと。故にこれよりその回答を貴殿らに示す」


 彼女の言葉に従って、生徒会メンバーたちが用意されていたものを新入生たちに配っていく。

 受け取ってみればそれは紙と鉛筆のようだ。

 そこにはふたつの空欄があって、『立候補者』『推薦者』とある。


 そして彼女は宣言した。


「これより生徒会主催、簡易模擬選挙を開催する」


《……ムリじゃね?》


 模擬選挙。

 縮こまるベルの一方でアルフェは興味深そうに目を細めた。


「生徒会とは学園生徒の中枢組織である。故なれば特別たるは選ばれし者でなければなるまい。今この部屋に居る新入生57名を全校生徒と見立て、その総意でもって選出する」


 彼女は傍らの生徒会役員から紙を取り、それをひらりと振って見せた。


「印を求めるものは『立候補者』の欄に名を。ちなみにあだ名でも構わない。下の『推薦者』の欄には自分が投票する者の名を。これは『立候補者』の欄の名と同じ場合にのみ計上されるので、あだ名を使う場合には留意してほしい」


 ……なぜあだ名を強調するんだろう。

 新入生たちがひそかに困惑する中で、それを察したらしいグレナドはそっと頬を緩めた。


「あだ名とは親しみの証なのだろう? これは新入生歓迎行事の一環だからな」


 グレナドの言葉になんとなく弛緩する雰囲気。

 彼女は懐から砂時計を取り出し、傍らの生徒会役員が差し出すお盆に置いた。


「期間はその砂時計が落ちきるまで。各々で交流を深めて推薦を得るといい。投票用紙は近くの生徒会役員に手渡しするように。これは顔と投票者名を一致させる目的もある」


 彼女が示した先にいた生徒会役員は白いボックスを掲げる。視線が一度集まって、それからまたグレナドに向かった。


「最も票数を集めた者にこの印を与えよう。……またその間は会議室の出入りを禁止とさせてもらう。不正防止のためだ、承知してくれ」


 最後に彼女は砂時計をひっくり返す。

 白銀の砂がゆっくりと落ちていく。


「第一回簡易模擬選挙は開始された。楽しんでくれ生徒諸君」


 そして彼女はまた窓際に戻った。


 新入生たちはしばらく困惑していたが、ほどなくして近くの生徒に話しかける者が出てくる。

 どこぞの男子生徒など特に盛んだが、どうもそれなりの生徒がその周辺に集まっているようだ。

 桃色を中心にざわざわと話し合っている。


 他方、自分からは積極的に話しかけるでもなく所在なさげにする者や、端から関わるつもりを見せず壁際に寄る者、そして近くの生徒会役員に退室できないかと相談する者もいた。


 それらを見回し、アルフェはパンッ! と手を打った。


「提案がございます」


 集まる視線。

 某男子生徒がなにか声を上げようとしたが、興味深げにアルフェに注目したグレナドに気圧されて引いた。


「この簡易模擬選挙は突発的なもの。本来の選挙とは異なり事前通知も準備期間もありません。であれば参加することが本意ではない方もいらっしゃることでしょう。もともとここは休憩室だったのですから」


 ちらりと視線を向けると壁際の生徒たちは顔を見合わせる。彼らは彼らで雑談に花を咲かせていたようで、こくこくと頷く者もいた。


「であればどうでしょう。『参加者』と『非参加者』を区別するというのは」


 にこりと笑うアルフェ。

 集まる興味を見回して彼女は続ける。


「選挙に関与せず交流を求める方、または退室を求める方。そういった方は、そうですね……適当にバツ印でも書いて無効票でご提出ください。そうすれば選挙に参加する方々への意思表示にもなる」


 それから彼女はグレナドを振り向いた。


「グレナド先輩。そしてこの投票用紙を持たない生徒に限り、退室の許可をいただけませんか? たとえば投票用紙と引き換えに退室するというように。再入場を禁止すれば問題はないかと存じますが」


 グレナドは無言で目を細める。

 まるでその真意を見通すように彼女を見つめ、それから生徒たちを見回した。


「貴殿らに問う。この者の意見に反対意見を持つ者はいるか」


 その問いかけに生徒たちはざわついたが、誰の手も上がることはなかった。


「ではこの者の意見に賛成の者はいるか」


 その問いかけには数人の手が上がり、グレナドはしかりと頷いた。


「よろしい。では退室を望む者はあちらの出入口で投票用紙を渡すように。ただしこの用紙は完全に無効とし、投票総数には含めない。再入場は不可能だ」


 ちらりとアルフェに向けられる視線。

 アルフェはただ静かに笑んでいる。


「そうでない者が無効票を投じることについては私の関知するところではない。実際の選挙においても有効票だけに価値があるわけではないのだから。……ではこの件については以上とする」


 そうしてまた沈黙するグレナド。

 彼女の様子を気にしながらも、壁際にいた何名かの生徒が用紙に鉛筆を走らせて提出した。すでに出入口で用紙を渡している者もいる。


「あ、あのっ」


 そんな中で声をかけてくるひとりの女子生徒。

 長い前髪で顔の半分が隠れて、大きな眼鏡の形に滝が生まれている。


「わた、わたくし、あの、」

「いかがいたしました?」

「あああああのっ、その……お、お名前を教えてもらえ、ますか……?」


 鉛筆と紙をぎゅうと握りしめて見上げる女子生徒。

 見上げる、といってもやはり視線は遮られて表情もわからない。


 首をかしげるアルフェに、彼女はおたおたしながらも言葉を続けた。


「だっ、あの、っ、お、おきれいな人だなってっ、でも近づきにくくてっ、思ってたんですけどっ、いっ、いまの、あの、助かって、わたっ、わたくし話すの苦手でっ、だからっ、ありがとうって、」


 話すたびに混乱するようなありさまで涙目になる彼女に、アルフェはそっと笑みを浮かべた。


「つまり、あなたも参加するつもりはなかったということかしら。それで、助かったと」

「っ! っ! っ!」


 ぶんぶんぶんと勢いよくうなずく。

 そして彼女はグバッ! 《うぉビビった》と思い切り用紙を差し出した。

 あまりの勢いにベルがとっさに臨戦態勢を取りかけるほどだったので、さすがのアルフェも目を丸くする。


「だっ、あの、だから名前っ、かく、かきますっ」

「……そう。けれどその必要はないの」


 アルフェは彼女に見せつけるように自分の用紙にバツを描いた。


《むぅ……諦めんのかよオイ……》


 ぶぅ垂れるベルをしり目に、唖然とする彼女にぺろ、と舌を出して見せる。


「私も不参加のつもりなのです。そのための提案なのですよ」

「そ、そょんな……」

「ですので―――」


 アルフェは彼女の手を取り、こくんと首をかしげる。


「それとは関係なく、お名前を伺えるかしら。私はアルフェと申します」

「ある、ふぇ、さん……」

「あなたは?」

「ぁ……あひゃい! えとあの、あ、み、ミーち、ミー、ミーティア! です……」

「ミーティアさん。素敵なお名前ね。良ければあちらで話しましょう? あなたもこうして、ね」


 ひらひらと紙を見せるアルフェ。

 ミーティアはまたぶんぶんと頷くと、用紙にバツを書いた。


 用紙を提出したふたりが壁際でなにげない雑談に花を咲かせる間にも時計は時を積む。


 そして―――


「時間だ」


 グレナドのつぶやきがざわめきを消し去る。

 某男子生徒が勝ち誇った顔をアルフェに向けていたが、あいにくと彼女の眼中にはない。


「これより投票の集計を行う。もうしばらく待て」


 そう言って生徒会役員たちとともにボックスを開封する彼女を、新入生たちは固唾をのんで見守るのだった。

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