第9話 ガイダンスガイダンス
2020/09/01 文章の重複を修正しました。ご指摘ありがとうございます。
以下本編
―――
きたる翌日―――新入生たちは講堂に集められていた。エントランスから二階に上がった先にあるその場所は、先日パーティ会場にもなったところだ。
壇上に立つ黒鎧の騎士は高らかに靴を鳴らした。
「新入生諸君ッ! 今より始まるはただならぬ騒乱ッ! 諸君らが行く末を別つ仁義なき戦乱ッ! さらばろりめけ若人よッ! 今ぞ動乱の幕は上がるッッッ!」
吹きすさぶ風が純黒のマントをはためかせ、流る黒髪を夜と撒く。
獰猛に閃く紅で新入生らを睥睨し、
そして彼女は宣言した。
「―――学内ガイダンスを始めよう」
「……はい。学園長ありがとうございましたー。では次に生徒会顧問のピアレスク先生より今回の学内ガイダンスについてのご説明です」
慣れた様子で粛々と進める実行委員会の女子生徒。
ぽかんと見上げる新入生一同に満足したらしい学園長はがしゃがしゃと鎧を鳴らしながら壇上を譲る。
このためにわざわざ用意したのだろうか、ピッカピカの鎧である。
《げははは、なにかしねぇと気が済まねぇのかよドラちゃんはよぉ》
うねうねと身体をよじって大喜びなベルにつられるように、深緑ドレスのアルフェはなんとなく学園長を視線で追う。
彼女は脇でぼぉーっと立っているラヴの隣に立つと、ニマニマしながら肘で小突いた。
「むふふ、どうだ格好良かっただろう我は」
「まよかったんじゃねーですか。目赤いまんまですよ」
「ふむ。後で取ってくれラヴ。我目触るのコワい」
「カラコンなんですか……?」
こそこそと聞こえてくる学園長とラヴの会話。
しかしふとラヴと目が合ってすぐにそらす。
「ンンっ。皆さんお手元にレジュメはありますかンなっ」
くるるんとした口ひげを伸ばしながら問いかけるのは壇上の教員ピアレスク。
入室の際に手渡された書類は見覚えのあるものだ。
「ルール表と委員会・クラブの紹介文、ンそして学内マップがそろっているか、ンンっ。キチンと確認するようにっ」
でぽん、と恰幅のいい腹を揺らして見回し、満足げにうなずいた彼の頭上に大きな映像が出力される。
「皆さんにはこれより自っ由に! 学園を回っていただきます。委員会やクラブの先輩方の催し物を楽しみながら学園のことを知っていくことこそがっ、この学内ガイダンスの目的なのであります―――しっかしそれだけではァありません。まずは1ページ目をンご覧ください」
彼の頭上にでーん、と掲げられる箇条書きのルール。
それは手元の資料にあるものと全く同じだ。
「さ、て。ン皆さんには後ほどこのスタンプカードをおォ配りさせていただきます」
掲げるのは手のひらサイズの青い金属カード。
「学内ガイダンス中にスタンプを集めた生徒にっはっ。 ンなんとそれはもう豪華な特典が進呈されるのでァありますっ」
ざわざわとざわめく生徒たち。
そわそわするベルの毛皮でふさふさされながらアルフェも興味深げに目を細めた。
「ただし特典が得られるのは先着二十名のっみっ。しかも最も早くスタンプを集めた生徒にはさらに特別なご褒美もン用意してあァります」
《げはは、特別だってよ! 楽しみじゃねぇか!》
ベルはやる気満々らしい。
ざわざわとざわめく彼女のせいで、アルフェの周囲の生徒たちが無意識にさらに距離をとった。
「スタンプは催しに参加することでひとつ押下されます。これを12集めることが目標とンなります。なんとこれは今回のために作られたスタンプなのです! 委員会やクラブごとの特色を示すような図形とンなっておォりまして、素敵な記念品にもンなりますよっ」
むんっと胸を張るピアレスク。
アルフェは素直に感心する。
委員会はともかくクラブというのは極めて多岐にわたるのだ。彼女が見た時点よりもチラシがあふれているだろうはずの掲示板は今どうなっているのやら。
フリエによると、最少で3人の小さなものから100人以上が在籍するものまで―――その数は余裕で三桁に至るという。
それだけのスタンプを作る……まったく無駄な労力としか思えない
「ンしかぁしっ」
でぽんと腹と口ひげが揺れる。
「スタンプの中には特別なものがあぁりますっ! なんとこれはひとつで4つ分とンなぁるのですっ!」
ざわざわざわ。
ひとつで4こ分の特別なスタンプ。
つまりそれだけを巡れば3つでクリアということだ。
「どこにこの特別なスタンプがあるかはもちろん秘密……さらにこのスタンプを押せるのは先着一名のっみっ! 早い者勝ちのスタンプ争奪戦なのでっすっ」
なるほど学園長の演説はただ格好つけるためのものでもなかったらしい。
アルフェは手元の資料に目を通す。
「とはいえあくまでもこれは学内ガイダンッス。スタンプラリーはその余興に、ン過ぎません。そこでいくつかの注意事項や禁止事項を設定してあァりますので、皆さんにはそれに従って仲良くっ! ン先輩方との交流を楽しんでいただきたいっ」
それが手元にもあるルール。
そこにはピアレスクが紹介したスタンプのことももちろん載っている。
さらに下には注意事項や禁止事項が羅列してあって、ピアレスクが説明するのを聞きながらアルフェは資料を読み込んだ。
こまごまとあるが、中でも重要な事柄は三つほどだ。
まず第一に、学内ガイダンスの舞台は『中央棟』と、その左右の渡り廊下からつながる『第一講義棟』『第二講義棟』の三か所となる。
奥の『研究棟』は範囲外であり、渡り廊下は風紀委員会によって封鎖されている。
「風紀委員会は特別にっ、ン治安維持のために校舎内の見回りに励んでくれています。そのため委員会室は不在となっておりますのでっ、ンお気を付けを」
第二にスタンプの押下には各委員会やクラブごとに自由に設定した条件があり、いずれにしても催しに参加しなければ獲得できないことになっているようだ。
「学内ガイダンスの目的の一つは上級生との交流とその活動の紹介……部屋をのぞいてスタンプだけを押すような! ン不届きなことはできません」
ノンノン。
指を振るのに合わせて揺れる腹肉。
《……にしてもアイツ食いでがありそうだな》
「!?」
じゅるりと舌なめずりするベルの邪な気配に気が付いたのか周囲を見回すピアレスク。
もちろんその正体は分からず、額の汗をぬぐった彼は周囲に警戒しながらも説明を続ける。
「さ、さて……ン最後にっ。スタンプカードは最終的にここで受付となっております。12個のスタンプを
―――つまり提出しようとする者をから奪えばいいのでは?
当たり前にそう思うアルフェだったが、もちろんそううまい話はない。
それはルール表にも記載があることだ。
不正行為は、その時点でスタンプカードの没収となる。
「もちろんそうでなくとも原理上、ン不、可、能! ですが。……実際にカードをお配りしたほうが早いでしょう」
ぱんぱん、と手をたたくと、それに合わせて実行委員の生徒たちが新入生にカードを渡していく。
しばらくは来ないだろうと思っていたアルフェだったが、思いがけず一番近くにいた生徒が一直線に彼女のもとにやってきた。
「お取りください」
「……ありがとうございます」
眼鏡をかけた怜悧な印象の女生徒だ。一つ結びのおさげがぷらぷら揺れている。
差し出されるボックスからカードを受け取ると、彼女は一転ふにゃりと柔らかな笑みを浮かべて次の生徒へと向かった。
《げはは、けっこーいるもんだなマシなヤツがよ》
楽しげに揺れるベルにアルフェは小さくうなずく。
その視線は女生徒の腕に光る金色を見つめていた。
「さて皆さんにカードは行き届きましたかな? ンン、届いていない者は挙手するようにっ。……よろしい。それではカードを学生証にかざしてみなさい」
指示されるままにカードをかざす。
すると宝石が光を放ち、カードの左下に焼き印のように文字が―――アルフェ、と名前が浮かび上がった。
「このようにカードは個人のものになります。見えないだけでIDも登録されているので同名の生徒でも交換は、ンできまっせん」
だから不正はできないということらしい。
ざわざわとカードを見せ合ったりする新入生たちを見回したピアレスクは、それからパンッとひとつ手を打った。
「皆さん、重ねて言いますがこれはあくまでも学内ガイダンッス。上級生はもちろん新入生どうしの交流も大切な目的……競争ばかりに目を取られず仲良く健やかに! ン楽しんでいただけることを祈っておりますよっ」
にこりと人当たりのいい笑みで締めくくって、ピアレスクは壇上から降りる。
そして新入生たちは解放され、我先にと駆け出していくその後ろをアルフェは悠々と歩いていく。
《おいおい余裕じゃねぇか。もちろん勝つんだろ?》
「ええ。ガイダンスとはいえ学校行事……小さなものでしょうが『実績』に変わりはありませんからね」
《げはは、なんか考えがあるわけだなオイ》
ぎらぎらと目を輝かせるベルに、アルフェはそっと笑みを浮かべる。
「私が一人である以上手当たり次第に巡るのは得策ではありません。狙うのは特別スタンプだけでいい」
《場所が分かんねぇじゃねえかよ》
「あるではないですか、少なくともひとつ、特別だと明言されたところが」
《……ほぉん?》
ぞふ、とのしかかってのぞき込むベル。
アルフェはただ悠然と笑んでいる。
―――そして学内ガイダンスは始まった。
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