第7話 実績

 青を目指す、といってもアルフェの目的はなにも一人部屋などではない。

 青の次に金、そして白を目指すのならば『実績』に関しても早い段階から動いておく必要がある。


 そんなわけで、アルフェは校舎のエントランスにやってきていた。

 フリエから教わった情報をもとに書いた受講申請書を寮のポストに投函したその足で。


 ふたつ並ぶ真っ白な金属門をくぐった先は広々とした空間だ。城をめぐる廊下がいくつもあって、奥のほうには踊り場から左右に分かれた階段がある。


《ケッ。ガキどもがうようよしてやがる》


 うっとうしそうに吐き捨てたベルがアルフェの肩に顎をのせてぐぅと唸る。その頭をふさふさ撫でてやりながら、アルフェはきょろきょろと見まわした。


 そこにはたくさんの掲示板が立っている。

 なにせ学内のお知らせのすべてが掲載される場所なのだ。おかげでまだ始業式もやってないのにそこそこ生徒がいて、ホールはがやがやと騒がしい。


 目的の掲示板に当たりをつけたアルフェは、クリスタルのヒールをかつかつと鳴らしながら人込みを割っていく。


「こういうときには便利ね」

《げはは、任せろ》


 ちょっと褒められただけで上機嫌になったベルがアルフェに頬ずりしながら身体を膨らませた。

 無意識にその気配を感じ取った生徒たちはアルフェたちから距離を開けたり、首筋を抑えて首を傾げたりする。

 中にはアルフェに視線を向ける者もいたが、そういった者は彼女に目を留めるとすぐに顔をしかめた。


《かぁー懐かしいなぁこのカンジよぉ》

「そうね」


 目をそらしたくなるベルの存在―――その強烈な忌避感は、直視すれば嫌悪感につながる。

 なんとなくこの人嫌だな、という感覚の上位互換みたいなものだ。


 ベルを従えるようになった初めのころはよくこういった注目を浴びたものだ。

 やがてそれさえも遠ざかり、誰とも目が合わないほどに孤立したが。


 さておき。


 こじ開けた空間を悠々歩き、アルフェは委員会やクラブ活動に関する学生用掲示板の前にやってきた。


 『実績』を得るために、そんな活動に精を出そうというわけである。


 ちなみにこれもフリエから教えられたことだ。

 例によって彼女は、やけに詳しく学園における『実績』というものについて教えてくれた。


『金や白を目指すのなら実績がいる。分かりやすいのが委員会とか、あとはクラブだね。委員会なら活動自体が、クラブならコンテストとか研究成果なんかが『実績』として認められるんだ』


 委員会なら所属しているだけで『実績』。

 クラブならそこで立てた結果が『実績』。


 そう見ると委員会のほうがチョロそうだが、必ずしもそういうわけではない。


『ただしどっちも一長一短だ。委員会は入会自体に条件がいるし役職によっても『実績』は違う。そしてもちろん役職なんてもらえるのはその時点で十分な実績を持ってる生徒だけだ。ポストにも限りはあるしね』


 一方のクラブ活動。


『クラブには特に条件とかないけど、やっぱり結果を出さないといけないっていうのが難しいところだね。大体のコンテストって学外のやつだし、研究成果だって一日二日で実を結ぶものじゃない。その分、対外的なだけあってひとつでも大きな成果を出せばそれだけで莫大な『実績』と認められるんだ』


 安定した実績を得られる分、制限が大きいのが委員会。

 大きな実績を狙える分、結果がなければどうにもならないのがクラブ。


 それを踏まえたうえで、アルフェはクラブ活動の募集チラシを重点的に眺める。


《お、これ面白そうじゃねぇか。『拳闘同好会』だってよ。こっちの『アフタヌーンティー研究会』ってのもシャレてるぜ》

「あなたの趣味は変わっているわね。……拳闘同好会は少し面白そうだけれど」


 ふむふむと眺めつつ、いくつかの情報をメモメモ。

 『バトルクラブ』『魔獣研究対策部』『魔術師連合』『ダンジョン攻略部(※DAとは別です!)』『ダンジョンアタック同好会』……などなど。

 ベルが目を付けた『アフタヌーンティ研究会』だの『カーテシーを極める部』、『学園広報部(非公式)』なんかもいちおうメモメモ。


「まあこんなところかしら」

《全部物騒なヤツばっかじゃねぇか》

「そうかしら」


 一通りクラブの情報をピックアップしてみたところで、今度は委員会のほうに目を向ける。

 そんな彼女にベルは首を傾げた。


《んだよクラブにすんじゃねぇのか?》

「クラブには所属しません」


 掲示板を眺めたままさらっと告げる。

 どういうことかともふもふしてくるベルを片手であやしつつ、チラシの文章を視線でたどった。


「クラブの実績には外部の催しも多いですから。やろうと思えば個人でも参加はできるのですよ」

《ほぉん》

「中には団体競技もあるでしょうが、個人の方が実績としては大きいはずです。後ほど詳細を調べて参加するものを選びましょう」

《げはは、ワタシがいりゃあなんだって一等賞だぜ》


 自信満々に言って髪に顔をうずめてくるベルに苦笑する。


「頼りにしていますよ。……やはりこの中だと風紀委員会、それに生徒会に目が惹かれますね」


 煩雑なクラブ活動とは違って委員会は学園主導なので数はそう多くない。

 ひととおり眺めたアルフェは、その中でも一番目立つところにでかでかと掲載されるチラシに目を留めた。


 生徒会―――この学園の生徒たちを取り纏める委員会組織だ。


「実際の白腕輪を見てしまったというのもあるのでしょうけれど」

《なんか普通のヤツだったがなぁ》


 もぐもぐと髪を食みながら首をかしげるベルだったがアルフェは首を振った。


「実質的に生徒の頂点です。ただならぬお方なのでしょう、おそらくは」


 ひやりと視線を細めるアルフェ。

 うっすらと滲む警戒に、呼応するように牙が鳴る。


「―――興味があるか」

「……!」

《んだとッ!?》


 とっさに振り向くベルをすり抜けて、彼女はアルフェの肩越しに掲示板をのぞき込んだ。


「生徒会は志ある者を望んでいる。腕輪の色に貴賤なくな」


 視界の端で揺れる白い髪。

 アルフェは穏やかな笑みを浮かべる。


「惹かれもします。白になれるという事実を目にしましたから」


 そして黄金と紅玉が重なった。


 堂々と見返すアルフェに、生徒会長グレナドは静かな表情で瞬いた。


「白を欲するか、貴殿は」

「はい。ぜひとも秘訣をお教え願いたいものです」

「ふむ」


 思いがけず真剣っぽい表情(といっても微動くらいしかしていないが)で考え込むグレナド。

 いったいどんな言葉が放たれるのかと目元を緊張させるアルフェだったが、そこに割り込む声があった。


「か~いちょ~、はやく~」


 妙に間延びした声に振り向けば、そこにはぽえっと眠そうな生徒がいた。

 ひどく小柄で、ダボっとした丈のあっていない制服や顔を隠す前髪のせいで性別がいまいち分からない。


「失礼。要件があったのだった」

「いえ。ご苦労様です」


 にこりと笑いかければ、グレナドは身をひるがえす。

 そうかと思えば「ああ」と足を止めて、


「ひとつだけ言えることがある。もしも可能な限り早く白を目指したいだけならば―――『会長』の役割が欲しいのならば、生徒会はやめておけ」

「……それは、なぜですか」


 問いかけにグレナドは首だけで振り向いて。

 そしてあまりにも当たり前みたいな表情で告げた。


「私は六年間在籍するつもりでいる。今年含め、あと三年は席が空かないのだよ」


 そして彼女は去っていった。


 その背が見えなくなるまで見送ったアルフェは深々と吐息する。

 傍らのベルは牙をむいて威嚇した。


《ンだアイツ。牽制でもしてんのか?》

「……恐らくは、本心からの忠告なのでしょう。生徒会長の任期は一年だと聞いていますから」

《あぁん?》


 怪訝に眉を上げるベル。

 アルフェは笑った。


「再選出されるつもりなのですよ、当然に。自分の地位がゆるぎないことをあの方は露ほども疑っていない」


 アルフェは彼女を、ひいては白の腕輪の持ち主を、やはり底知れない人物だと改めてそう認識した。


 卒業すればそれだけで選ばれし者と認識される学園の中で、最も優れた者の証。


 選ばれし者の中の選ばれし者―――白色。


 口ぶりからして四年生だろう。

 六年かけてなお届かない生徒が大半という中で、当たり前のようにそれを腕に通す生徒がグレナドなのだ。


 なるほど自信を持つには十分な実績だろう。


「……少し、あの方についても調べてみましょうか」


 もしかすると、目指す理想は彼女なのかもしれない。

 そう呟くアルフェの傍らで、ベルは面白くなさそうに鼻を鳴らすのだった。

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