第4話 歓迎
白がひしめくパーティ会場はまったく白い。
着用義務がないとはいえその白の制服は学園のシンボルだ。その場にいるのが新入生ばかりだというのもあって、多くが制服に身を包んでいた。
制服にはいくつかの種類があって、生徒たちは事前の注文で各々にあったものを仕立てることができる。
上はシャツとジャケット、下はパンツスタイルかスカートが基本。長さも自由に選べるし、ミニスカートにハーフパンツを合わせるようなスタイルも可能だ。
ほかにもローブやマントみたいなものまで種類はあるが、そのあたりは事前注文に対応していないらしい。
ただどれも共通して白い。
金だったり青だったり、縁取るような刺繍の色があってなお白い。
だからその中で赤いドレスに身を包むアルフェはひどく目立つ存在だった。
ベルの威圧感によって無意識に見ないふりをする者は多いが、それでも少し視線が集まる。
もっとも、制服を着ていないものは彼女だけではなかったが……それでも、彼女ほどに鮮烈な者はいない。
さて、そこは新入生歓迎会の会場だった。
並べられた円卓の上で湯気立つ料理を囲むように新入生たちが座り、それぞれの卓に教員がふたりついている。
乾杯のあいさつを務めるという女生徒が壇上に立ち、集まる視線を冷ややかな無表情で受け止めていた。
純白の髪に、ルビーのような瞳が美しい女性だ。
きらりと光る白色の腕輪が、彼女の威容を語っている。
「紹介に預かったグレナドだ。生徒会会長の役を賜っている」
印象にぴたりとハマる凛とした声が響く。
まるで上から圧されるような高貴が彼女にはあった。
「生徒会とは貴殿らの中心組織であり、学園全体の秩序の維持と生徒の学園生活の援助のためにある。困りごとがあればぜひ生徒会役員に気軽に相談してほしい。……少なくともこの私よりは話しやすい、気さくな先輩方が力になってくれることだろう」
ふ、とほんのわずかに目元を緩めるグレナド。
ぽかんとする生徒たちを見回して、それから彼女は杯を掲げた。
「長旅ご苦労だった。腕によりをかけて用意した催しだ、ぜひ存分に楽んでくれ―――乾杯」
チィン。
ところどころから鳴り渡る乾杯の音。
アルフェは微笑みとともに杯を掲げて、酸味のあるジュースに舌を濡らす。
《げぇ。すっぺぇなコイツぁ……》
身体の一部を垂らして味わったベルが顔をしかめる。
甘党な彼女の好みではないらしい。
アルフェがそっと笑っていると、ちょうど向かい側に座っていた人物がぱんぱんぱんと手を打つ。
「はいちゅーもーく。ハラペコなとこわりぃが、ちょいとオレにも時間をくれよ」
そう言ってニヤリと笑うのは教員のひとりだった。
後頭部のほうまで二段に刈った灰髪から覗く耳元にはピアスが光り、紫色の瞳をからかうように細めている。
「オレはラヴ。軽く説明は受けてると思うが、この円卓に座ってるヤツらがこれからオマエたちのクラスメイトになるわけだ。んでオレがその担任、こっちのちっこいのが副担任だな」
もふ、と茶髪に手をのせる。
ラヴと名乗った女性の隣に座っている小柄な女性は冷ややかにその手を振り払い、
「ちっこいは余計です」
としっかりラヴを睨みつけてから生徒たちをやさしく見回す。
「ホリィといいます。クラスを受け持つのは実は初めてで緊張していますが、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるホリィ。
よくできました、とばかりにその頭に手をのせてすげなく振り払われつつ、ラヴは新入生たちに言う。
「まあクラスだ担任だっつっても行事ごと以外じゃほとんど顔合わせねぇからなぁ。せいぜい忘れちまわねぇようにこの機会に仲良くしとけよー」
「なに適当なこと言ってるんですか……」
「いんだよベツに。大切にすべきは同じ講義のヤツだな。優秀なヤツだとなおよしだ」
「アナタの自堕落学園生活に新入生を巻き込まないでください! ……いいですかみなさん、新入生はみんな仲間なんです。成績だとかなんだとか関係なく全生徒と仲良くするべきです。まずは同級生の顔と名前をすべて覚えるところから始めましょう!」
《コイツの言ってるのもたいがい極端じゃねぇの?》
鼻息荒く熱弁するホリィだったが、アルフェもベルと同意見だった。
「ま、要するにつるみてぇやつとつるんどけってこったな。以上教員による自己紹介アンド貴重なアドバイスでした、ってな感じでもう食っていいぞー」
最終的に適当にまとめたラヴは誰よりも早く食事を自分の皿と、ついでにホリィの皿に取り分けはじめる。
「あ、ありがとうござ―――なんでそんな執拗に細切れにするんです?」
「うん? 近所のガキのためによくこうやってな」
「誰がお子様ランチですかっ!?」
ぷきーぷきーと抗議するホリィとそれをあしらいからかうラヴ。
そんな教員たちの姿に戸惑いながらも、新入生たちはそれとなく食事を取り分けたり、となりの生徒に話しかけたりする。
もちろん避けられがちなアルフェは気にした様子もなく肉料理をとりわけ、さりげなくベルに食べさせたりしていた。
《うめーぇなこりゃもっとくれ! あとあっちのゼリーも取ってくれよ! クリーム乗ってるやつだ!》
わいわいとにぎやかなベルにそっとほおを緩めつつ。
言われるままに無秩序な皿を作るアルフェは、ふと視線を感じて見上げる。
ラヴの紫色と、目が合う―――いや。
その視線はわずかに彼女を外れて、まるでそう、ベルを見つめているような……?
《―――気づいてんなぁ、アイツ》
「……」
もぐもぐと肉を咀嚼しながらさりげなくささやくベルに、アルフェは小さくうなずく。
見つめ返してみるとラヴはすぐに視線をアルフェに合わせ、それからなにを思ったか円卓を回ってやってくる。
テーブルに肘をついて、アーフェの顔を覗き込んだ。
「よぉ楽しんでるかい」
「はい。どのお料理も美味しいです」
「そりゃよかった。ちなみにオレのおすすめはあの魚なんだがな、噂じゃドラちゃんが直々にとってきたらしいぜ」
「まぁ」
鮭をとるクマみたいなジェスチャーをするラヴにアルフェはくすくすと笑う。
そんな彼女の前に、皿が置かれた。
「ほい。ぜひご賞味あれだ」
「!」
それは魚料理が取り分けられた皿だった。
魚料理はアルフェの場所からは手が届かないのだ。だから目をつけていても、なかなか機会がなかった。
いったいラヴは、それをどうやって手にしたのか。
「ま、あんま詳しいこたわかんねぇが……相談くれぇには乗ってやれるぜ、アルフェ」
「……ありがとうございます、ラヴ先生」
ひらりと手を振って戻っていく彼女を静かに見送る。
それからちらりとベルに視線を向けると、彼女はぐるぅと喉を鳴らした。
《皿がひとりでに飛んでったんだ。オマエは見逃したみてぇだったがな》
「……」
皿が飛んで行って、勝手に料理を取り分けてくる。
そんな光景を見逃すなどあり得ることだろうか。
まるでそう、無意識に目を背けてしまうみたいに。
《げはは―――要注意だな、あのオンナ》
アルフェは応えず、魚料理を口にした。
確かに味はよかったが、少々小骨が目立つ。
彼女はそれを丁寧に噛み砕き、すりつぶして、飲み下した。
ぺろりと唇を舐めて、ほかの生徒にちょっかいをかけているラヴを見据える。
「いずれ……ご相談させていただく機会があるかもしれないわね」
呟くアルフェは、静かな薄ら笑みを浮かべていた。
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