第3話 ふたつの色
学園長の劇的な挨拶から始まった入学式はつつがなく終わった。
新入生初日の日程はあと入寮と歓迎会だけになる。
ところで学園は全寮制だ。
寮はそのほとんどが城、つまり校舎の敷地を囲むように並び立っている。全校生徒はもちろん教員をはじめとした職員たちの寮も同じ区域にあった。
新入生が入寮するのはその中でも『銅色寮』と呼ばれる類のもので、呼び名通りに銅色の生徒証でも入寮できる。全部屋が二人部屋で、個室を希望できるのは『青色』以降からになっていた。
《ワタシと相部屋たぁまったく不運なもんだぜ》
「そう思うのなら少し圧を秘めたらどうかしら」
《げはは、ンな疲れることしねぇよ》
あっさりと笑い飛ばすベルに肩をすくめる。
目にも音にも捉えどころのない彼女ではあるが、それでも人々は無意識に避けてしまう。
列車の客室は貸し切りにできるし、並んで座っても隣前後と距離が開く。
アルフェとしては便利に思っているが、二人部屋となるとまた話が違うだろう。
貰ったばかりの銅色の腕輪に触れて、そっとひとつ吐息した。
「あまり怯えさせてしまうようなら、ここは寝室と考えましょうか」
《イイコちゃんだな》
さてそんな会話をしつつ、ふたりは与えられた部屋の前に立った。扉のわきにはネームプレートをかけるところがあって、既に片方は埋まっている。
どうやらすでに同室の生徒は部屋にいるらしい。
アルフェは自分のネームプレートを差し込むと、その下の端末に学生証の宝石をかざす。
端末が緑に光って解錠を示した。
それからノックをすると、
「はぁーい」
扉が開いて、きらめく翡翠色の瞳がアルフェを迎える。
エメラルドを飴細工にしたみたいに白みがかった、短い髪の女生徒だった。
着ているシャツとスラックスはどちらも学園の制服のようで、まばゆいほどに真っ白だ。
「どうもはじめまして。キミが新しい子かな?」
「はい。アルフェと申します。よろしくお願いいたします」
ドレスの裾を広げてしゃなりとお辞儀をすると、翡翠色―――フリエは「おぉ」と目を見開く。
それから慌ててお辞儀を返して、苦笑とともに顔を上げた。
「ボクはどうにもガサツというか、こういった礼儀が苦手でね。ああ、でもキレイ好きだから部屋の方は心配しないでも大丈夫だよ」
どうぞ入って。
ドアを抑えながらアルフェを部屋に招き入れる。
《へぇん。ワタシにビビってねぇな。げはは、なかなか面白そうじゃねぇかコイツも》
にこにこと無邪気な笑みをじぃと見つめ、それからアルフェも笑みを返した。
「それでは、お邪魔いたします」
「いらっしゃい。歓迎するよ」
入ってみれば、部屋はとてもシンプルだった。
奥には窓があって、その下にベッド、左右に大きなクローゼット。手前側にはちょっとした冷蔵庫やシンクやコンロまであるようだ。
部屋は左右で鏡合わせになっていて、大きなカーテンで分割できるようになっている。
どうやらフリエは左側を使っているらしい。
小さなテーブルとクッションなんかが置かれていて、ベッドにはウサギっぽいぬいぐるみが布団をかぶっていた。そして壁には布に包まれた棒のようなものが立てかけられている。
なるほどキレイ好きというのは本当のようで、丁寧に掃除された部屋は、さっぱりとした清涼感のある匂いがする。
「あー、えへへ。実家の裏庭で秘密に飼ってた子に似てるんだ」
アルフェの視線に気が付いて、恥ずかし気にぬいぐるみを布団で隠す。
にっこりと笑って見せれば彼女は耳まで赤くして、えふんえふんとせき込んだ。
「ああえっと、ボクはフリエ。これからよろしくね」
差し出される手を握る。
フリエはそれからベッドのほうを指さした。
「キミの荷物はそこに届いてるよ。すぐ必要なものがあるなら取り出しておいて、あとは歓迎会の後がいいかな」
振り向けば、ベッドの横に古めかしいトランクケースがひとつ。
入学に際して送ったアルフェの荷物だった。
「それにしてもずいぶんと荷物が少ないようだけれど、あとでまた来るのかな」
「いえ。これだけですよ」
そう言ってアルフェはあっさりとトランクを開く。
開かれたそこには丁寧に折りたたまれた布がしまってあって、フリエは首を傾げた。
「服だけかい?」
「ええ。生活には困らないと聞いていますので」
「しかも制服はなさそうだね」
「着用義務はないのでは?」
「まあそれはそうだけど……なるほど」
うむうむとうなずくフリエ。
それからおもむろに自分のクローゼットを漁ると、にこやかな笑顔で振り向いた。
「ぱんぱぱーぱぱーんぱー」
きわめて適当な歌声とともにアルフェの前までやってくると、彼女は後ろ手に隠していたものを「ぱぱぱぱーん」と差し出してくる。
「はい、入寮祝い」
「?」
受け取ってみると、もちふわとした心地よい手触り。
青色のカバーのまん丸クッションだった。
「あんまり大したものじゃないけどね」
ぱちんとウィンクをするフリエ。
《げはは、もらっとけよ》
「……ありがとうございます」
ぱちくりと瞬きながらも胸に抱く。
とてももふもふだ。
「気持ちいだろう? 裁縫部がたまに売り出してるんだけど、これがまた大人気商品でさ。なかなか手に入らないんだ」
「そうなんですか」
ふむふむとうなずいて、それから首をかしげる。
「フリエさんは、先輩なのですか」
「うんそうだよ」
微笑むフリエは学生証を着けていない。
アルフェがちらりと視線を向けると、彼女はぺんと手を叩いてそれから困ったように腕を背に回した。
「あまり好きじゃないんだ」
苦笑するフリエにアルフェはなにを言うでもなくうなずく。
ここは『銅色寮』だ。
つまりそういうことなのだろうと納得しておく。
フリエはそっと目を伏せて、そうかと思ったらまたなんでもないみたいに笑った。
「歓迎会まではまだしばらくあるし、一足早く親睦会といこうか」
誘われるままにテーブルにつく。
もらったクッションを下に敷けば、座り心地は抜群だ。
一方のフリエは冷蔵庫を開いてごそごそ。
「ところでキミは緑と青ならどっちが好きかな」
「……そうですね。青色でしょうか」
「あいあーい」
振り向いた彼女は二本のビンを抱えて、二色のマグカップを指に引っ掛けていた。
「生きるのに困らなくても、せっかくの学園生活にはいろいろ物足りないものでね。ボクも先輩に教わったんだけれど」
テーブルに並ぶ飲み物。
アルフェの前には青色のカップが置かれた。
学園の寮には無料の学食も洗濯サービスもあって、衣食住に困ることはない。
しかしこういう『生活必需品以外のもの』はまた別だ。
アルフェはカップを手に取り、つるりと取っ手をなぞった。カップくらいは自室にもあったほうがいいかもしれないとそう思う。
向かいに座ったフリエは慣れた手つきで王冠を弾くと、ふたつのカップにジュースを注いだ。
「改めてよろしくね、アルフェさん」
「はい。よろしくお願いいたします、先輩」
《よろしく頼むぜぇ、センパイさん》
カップを重ねて、それからふたりはちょっとした歓迎パーティを楽しむのだった。
―――
さっそくブクマとか星とかありがとうございます。
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