第2話 ドラちゃんはサプライズがお好き

 ―――羽ばたき。


 吹き荒れる暴風が色とりどりの花びらを巻き上げる。

 学園校舎、その中庭。

 真っ白の建材に囲まれる花壇と水路の庭園。

 電車による長旅を終え、入学式を行うからと集められたその場所で、少女と獣はそれを見上げていた。


 厳しい鱗に包まれた、黒鎧の竜がそこにいる。


 それは噴水の上に四肢で降り立ち、二対四枚の翼を折りたたむと、唖然とする新入生たちを睥睨する。

 ひとりひとりをその目に焼きつけるようにじっくりと見回して、それからは口を開く。


『ようこそ新入生諸君。このような素晴らしき日を迎えられたこと、我は誠に喜ばしく思っているぞ』


 カッカッカ。

 竜は笑う。

 唖然とする生徒たちの目前でそれは、まるでその巨体を煙に巻くように飛び降りた。


 渦巻く黒を豪奢なドレスへと変貌させ、彼女はたゆんと胸を張る。竜の尾のように黒髪が揺れて、黒の瞳がきらりと光った。


「驚いてくれたようでなによりだ。我は若人を驚かせることがなによりの娯楽でな。とても良い反応にゾクゾクしておるぞ」


 にぃんまり。

 女は笑う。

 大体の人間は見下ろせそうな高身長の女である。

 頭上に浮かぶ不定形の円環が、瞬きの度に色を変えた。

 

「改めてようこそ新入生諸君。我はドラウディア=ヴァルハレイン。この学園の長をしている者だ。親しげにドラちゃんとでも呼ぶがいい」


 ドラちゃん……?


 困惑が広がる。

 そんな様子でさえ彼女は楽しげに見回していた。


「うむうむ、今年の新入生はみな素直で良い。素直であることは学ぶ上でとても大事なことだ。その調子で励むと良いだろう。ドラちゃん応援しておるぞ」


 いぇいいぇいとピースサイン。

 なんともノリの軽い学園長である。


《げはは、意味分かんねーなあのオンナ! 気に入ったぜオレぁよ!》

「……」


 らんらんと目を輝かせるベルに横目を向ける。

 影のようにまとわりつく彼女は他の誰にも見えないし聞こえない。それでも少し静かにしてくれないかとアルフェは思った。


 そこへ聴こえる、ぱん! と乾いた音に視線を戻せば、学園長は両手を合わせて多少真面目っぽい表情をしていた。……気のせいかもしれなかった。


「さて。我としては諸君らのびっくり顔を堪能して満足しておるのだが、しかしこれについてだけは我直々に説明をする決まりでな」


 そう言って彼女は腕を見せる。

 それと同時に頭上にはまるで鏡のようなものが浮かび上がり、拡大した彼女の腕が映し出された。


《へぇん》

「……」


 アルフェは無意識に笑みを浮かべる。

 視線の先にあるもの、学園長の腕に着けられたそれ。

 息吹のような模様で編み込まれた黒の腕輪に、煌めく宝石がはまっている。


「『学生証』―――といっても我のこれは特別製で、諸君らのはもっとちゃっちいがな」


 冗談めかしてみせる学園長。

 彼女が指を鳴らすと頭上の像が切り替わる。

 そこに写るのは四種類の腕輪の鮮明な絵。

 右から銅色、青色、金色、白色の順番で並んでいる。

 左に行くほど目に見えて細工が増えて豪華になっているようだ。


「知っておる者の方が多いだろう。『学園』の生徒であることを示す証だ。これがなければ多くの施設が利用できんので無くすと酷いぞ。我など三日くらい学園長室に入れんかった……もちろん学食も利用できんからな。湖から魚を取って食いつないだものだ」


 やれやれと肩を竦める。

 それでよく学園長やれるな、と生徒は思った。


「新入生である諸君らはまず最下位……つまり『銅色』からのスタートとなる。学園での活躍と成績によって位を上げられるので気張って上を目指すが良い。せめて『青色』は目指すといいぞ。いいスイーツビュッフェの店があるのだが……銅色だと時間制限60分なのだ。全然足りん」

《げはは、こりゃがぜんやる気が湧く話だぜ》


 それは確かに、とアルフェは頷く。

 60分ではじっくり迷うことも出来ない。

 せめて120は欲しい。


 それを第一に挙げるとはなかなか侮れない。


「他にも位が上がることで得られる特典は数え切れん。その辺は学生手帳にも詳細が記されておるから要チェックだ。もちろん卒業後の進路にも大活躍でな、本学でいえば……教員資格か研究院を目指すのなら『金色』まであればずいぶん有利になる。『白色』にはこっちから声をかけることもあるぞ。卒業後の進路と腕輪の色別割合が資料室にまとめられておるから気になる者は目を通すがいい」


 学生証というのは、この世界においてひとつのステータスである。

 学園に入学すると支給されるそれは生徒一人一人のIDでもあり、卒業後にも学歴証明として使用出来る。

 学園を卒業したとあればそれだけで一定の能力を認められているようなもので、更に色によっては引く手あまただ。


 王族や貴族でさえ、優秀な色を得るためにこぞって学園に子女を送り込む。 


 生徒たちの多くが、きっと『白色』に憧れていた。


「……」


 そしてアルフェの視線もまた、白に向けられている。

 ただ真っ直ぐに、さながら標的を狙う猛禽のように。


「諸君らが最後にどこにたどり着くのかはこれからの頑張り次第だ。だがひとつだけ指針を与えてやる」


 身をひるがえす。

 舞い上がるドレスがみるみると膨れ上がる。


『―――意志を。なにがあろうと揺るぎなく、汚れなく、犯されぬ、純潔たる意志を持て』


 黒き竜は翼を広げる。

 羽ばたきがまた色を散らす。


 色めく世界の中で、黒は堂々とそこにあった。


『さすれば自ずと相応しき場所にも至るだろう』


 そして彼女は飛んでいく。

 ドームによって散乱する虹色の空を軽やかに。

 そのアギトから放たれた色とりどりの火球が空に大輪を咲かせ、新入生たちを祝福した。


 彼ら彼女らは自然と手を打ち鳴らし、黒い翼を見送るのだった―――


「―――ちゅーわけで次業務連絡な」


 その後ろから当たり前のように歩いてくる学園長。

 未だ花火を咲かせる竜を見上げて「我ながらイカすのぉ」なんて笑った彼女は、噴水に腰掛けて新入生たちを見回した。


 そしてにんまりと、それはもう楽しげに。


「まったくもって、新入生は脅かしがいがあるのう」

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