第32話 人が体を震わせるときは2パターンある。寒さか、恐怖である。

一日目の修学旅行を振り返るとしたら、怒涛の一日と言う言葉が適切だろう。


皐月のやつ、まじで分刻みで計画を立てやがったのだ。


スケジュールが明らかに詰め込みすぎというのに、電車の乗り換えがとても絶妙ぜつみょうだった。


駅で電車を待つ時間がほとんど存在せず、移動するか、観光地を見て回るのかの二つの時間しか存在しなかったと言えば皐月の凄さがわかるだろう。


しかし、そんな俺も体力は無尽蔵ではない。ホテルの夕食を食べる直前で無事息絶えてしまった。


「お~小鳥遊、めっちゃ疲れているな?」


テーブルに伏せて死んでいる俺に話しかけてきたのは最近意気投合し、話すようになった山本 大吾やまもと だいごだ。


「その声は、山本か…めっちゃ疲れた。死ぬ」

「ガチで疲れてるじゃん…これからご飯だけど、お前食える?」

「山本キュン、いたいけな僕に食べさせて?」

「おk-じゃあフランスパンとプルダックポックンミョンどっちが食べたい?」


こいつは瀕死の俺に何を食べさせる気なのだろうか?喧嘩を売っているのだろうか?


いいだろう。そっちがその気ならばこちらも相応の対応をしてやろうじゃないか!


視界の隅に映った人を見てむくむくと悪戯心が起き上がる


俺は偶然通りかかった坂下 麻衣さかした まいに泣きついてみせる。


「うわーん、坂下さん! 大吾がいじめるよ~」

「え!? おま!」


いきなりの事態に困惑し、テンパり始めた山本。


え? なんでこの人を巻き込んだかって?それはのちにわかるさ。


「え~ダイゴっち、コトリをいじめてるの?さいて~」


ナニカ面白い電波を受信したのだろうか?俺がいきなり話を振ったのにも関わらず乗っかってきてくれた


山本を某卵のアイテムのように呼び、そして俺の小鳥遊たかなしから省略して小鳥ことりと呼ぶギャルが坂下麻衣である。


ギャルであるのにもかかわらず髪は金髪ではなく薄い水色である。


「いじめてねえよ!」

「瀕死の俺に、フランスパンとプルダックポックンミョンを食わせようとするなんて…」

「ダイゴっち…ウチは悲しいよ…およよよよよよ」


今ではこんな戯けおどけられる位、仲がいいが俺がこんなギャルと知り合いになった経緯はとても恥ずかしいものだった。


それは学生の今後を決めるといっても差支えの無い行事、席替えにさかのぼる。


席替え、それは交友関係を作る大事な出来事である以上に、クラスでの自分の評価が如実に表れるイベントでもある。


例えばくじ引き。それは表面上は公平性を保っているかもしれない。しかし、俺は見てしまったのだ。女子がくじ紙を交換する現場を。


俺は透視なんという超能力は持ち合わせていないのだが、その紙に書かれた隣の席は俺だという法則が成り立つ。


これは、クラスの女子に話しかけるたびに、さりげなく会話を中断される定理から簡単に証明される


故に毎回毎回、同じ人が隣になるのは偶然ではなくて、必然なのだ。それを嘆いていると、毎回同じになる隣の子に鼻で笑われるおまけつき。


つまり俺はクラス中の女の子に嫌われていたと導き出されるのだよ…ワトソン君


嫌な記憶さておき、要するに、俺はくじ引きで窓側の一番後ろの席をとれたのにもかかわらず、3方の席をギャルに囲まれるという、運のより戻しを喰らったのだ。


でも、だが、しかし俺は努力を怠らない男でもある。「雄ザルでもわかるギャル語」という本で日々必死に学んだ。そして事件は起こった。




§




それはある日の昼休み。


ツンツンと肩を付かれ顔を向けると、横には坂下 麻衣さかした まいが立っていた。


クラスの陽キャが話しかけてくるなんて珍しいな。


「どうしたの? こんなじめじめとした日陰に何か用事でもあるの?」

「いや…いきなりの自虐だね…ウチはなんて反応したらいいのさ?」

「質問を質問で返さないでください!!」

「うぇ!?どうしたの?!情緒不安定なの!?いきなり怒られたからからびっくりしたよ!」

「あ、ツボはいりませんよ?十二分にありますので」

「いや、お局でもねえし!!つうか、もうすでに騙されてるじゃん!!」


やはり、世界を超えてなお世の中のギャルは煩いと再確認される。やれやれだぜ。


「いや…やれやれみたいな顔してるけどマジでそれ、うちのセリフなんだけど…まいいや、暇だから話し掛けただけ」

「??つまり、クラスの陰キャをおもちゃにして遊んで、暇をつぶそうとしているわけですね?わかります。」

「ウチそんな性格悪くないし!!その前に小鳥遊君って陰キャじゃないでしょ!!」


余談だが、真の陰キャは自分自身のことを『陰キャ』とは呼ばず『陰の者』と呼ぶ。陰の者にとって陰気とはキャラではないのだ。個性では決してない。


日の光から必死に逃げて、たどり着いたかげなのだ。


しかしまあ、顔だけを見ればそのように思われても仕方がない。しかし、俺のコミュ力は、話す人数に反比例する。


誰もいなければ、ぶつくさぶつくさと無限に話せるが、人が5人も集まれば、赤ベコのようにただ首を振る置物に成り下がる


そんなくだらないことを考えている俺になお、話しかけてくる坂下。


「小鳥遊君って、いつも本読んでるじゃん?だから話しかけにくかっただけだし。」

「あ~ね」

「それに、あのアオアオと付き合ってる噂もあったし、手出せないじゃん?」

「それな」

「…もう!人の話を聞かないでな~に読んでるのっと」


適当に聞き流しているのが悪かったのだろう。俺の読んでいた本を取り上げられてしまった。


まずい! これは非常にまずい!!!


「何々…雄ザルでもわかる…ってこれ、ぶっふう!!!!!!あははあっはは!!!!」

「あ……」


俺の無力な「あ」が口から吐き出される。

はーーーい、終わりデーーーす(桃)


「やばいって…やばい、マジ爆笑なんだけど!今までこれ読んでたの!??マジウケる!!!」

「そうだよ…もういいだろ。返せ!」

「あ!アオアオじゃん!!ねえ!!アオアオの彼ピ、マジおもろすぎるんだけど!!!」


返してもらおうと催促するが、坂下は教室に帰ってきた百合草に向かって突撃していった。


………


坂下から全てを聞き出した百合草は俺に侮蔑と嘲笑とかわいそうなものを見るような視線を向けてくる。


その横で、俺から取り上げた本を読んで、げらげらと笑っている坂下。


「なるほど、状況は理解しました。そんなものに縋ってでも話したかったんですか?下心が見え透いて滑稽ですね」

「あははは!アオアオ毒舌!!見てみて!チョベリグが載ってる。めちゃくそ古いじゃん。」

「なるほど、本のチョイスのセンスも壊滅的と…手に負えませんね」


俺は、敗北者じゃけぇ


顔から火が出るくらい恥ずかしいとはこのことだろう。体が火照って熱い。


「アオアオ。ウチ、コトリのこと気に入ったんだけど。絡んでもよさげ?」

「構いませんよ。」


坂下は百合草のその言葉に少し驚いた顔をし、腑に落ちなさそうな顔で尋ねる。


「いいの?アオアオって気にしないタイプだっけ?」

「私たちは、別に付き合ってる訳じゃありませんし」

「あちゃ~。それなら大丈夫か!という訳でよろしくね!コトリ!!」


斯くして俺は坂下と話す仲になったのだ







§







修学旅行一日目の夜ご飯を食べ終わり、各々が自由時間を思い思いに過ごす


ある人は、ホテルに備え付けられてる遊び場で遊んだり、ある人は死んだようにピクリとも動かず布団にうつ伏していたり…


しかし、そんな楽しい時間に水を差すようにホテルのアナウンスで、大広間に集合するように指示が入った。どうやら緊急集会を開くようで、すぐに集まるようにと、何度も繰り返されていた。


俺も、疲労の体に鞭を打ち大広間に向かうためエレベーターのボタンを押し、ぼんやりと待つ。


横に設置されている自販機がブーと機械音を響かせているだけで、あたりは静寂に包まれている。周りには生徒一人も見当たらない。修学旅行で部屋に籠って死んでいるのは俺一人だけ…か……


その事実になぜか悲しくなってしまう。


チンっと音がなればエレベータの扉が開く。


先に乗っていた人がいたらしく、中に人影が見ええた。


「………」

「あはっ♪ 君も部屋で休んでたのかい?」


気まずいな…なんて考えていた矢先、身に馴染んだ声が聞こえたので、顔をあげてみると桜 彩さくら さや百合草 葵ゆりぐさ あおいであった。


二人とも浴衣を着ており、髪はしっとりと濡れている。彩のフローラルな香りが直に鼻をくすぐる。いつも以上に色香があるように見えてしまう。


それもエレベータという個室であるためか香りがダイレクトに伝わてくる。


一方で百合草はロングの髪をお亜団子にして、新鮮さがある。やはり外面はいいのだと感心させられる。率直に言うと可愛い。


「うん、本当に疲れすぎて、遊ぶ元気もなかった。」


とりあえずエレベータに入り込む。


「あれだけ動き回ったらそれも無理ないね。一つ付け足すとしたら、英梨は遊びに出かけたよ。」

「あの体力バカめ…」


俺は、明日筋肉痛で死にそうだというのに、流石としか言いようがない。それよりさっきから、黙っている百合草が不気味で仕方ない。


いつ火山弾のように毒が降り注ぐのか。ゴムパッチンがいつ離されるか分からないに似た恐怖が漫然と襲う。


チラチラと視線を向ければ、さっき殺気から体を震わせている。


そんなに寒くはないが、湯冷めでもしたのか?


それから、どの階にも止まることなくエレベーターは二階に着き、3人とも降りる。


大広間は別館に存在しているようで、ホテルと別館をつなぐ通路を歩いて渡らなければならないようだ。


「……」

「それにしても、緊急集会ね…なんの要件か君は聞いているかい?」

「いいや、とくには聞いていないな」

「……」

「ふ~ん、でも君はある程度は知っているようだね」


やっぱりこいつは人の心を読めるのではないだろうか?隠し事がまるでできないんだが…


口角を吊り上げながらこちらを見てくる彩に若干の恐怖を覚える。


流石魔素操作能力の最頂点、人の感情を読みとるまでに研ぎ澄まされた技術。


今ここで惚けてもいいが、すぐに知る事になるだろうしなあ。ここは信用を買うためにもある程度ゲロっちまうか。


「ある程度はな…今日の夕食の時、何人か席についていなかっただろう?何人かがホテルに帰ってきていないんじゃないか?」

「……」

「なるほど、なるほど」


これを聞き、思案顔になり何度も頷く彩。

全てを言ったわけじゃないが、ウソを言ったわけでもない。いわばグレーゾーンだ。


しかし、ついに始まったか…俺もそろそろ舞台整理をしないとな。


隣で色々考えているであろう桜を横目で見ながら、今後の展開について脳みそを回転させる。











そして、案の定、先生たちから修学旅行中に生徒が消えてしまったという旨が伝えられた。

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