第20話 悲しみの向こう、さらに向こうへ
彩が取る行動はある程度予測することができる。百合草が惚れた相手である先輩から直接説得してもらおうとする算段だろう。
よくある物語で見かけるような展開だな、悪役が惚れた相手を仲間に取り込む。そして、その人の前で悪事を暴くことで悪役は惚れた相手に完全に愛想を尽かされ、悪役にざまあを執行し、ヘイトを解消する。
まあ、実際、現実はそんなうまくいかないし、物語と違って、その後も人生は続いていく。これが何を表しているのかというと…
この方法はあまりにも劇薬であるのだ。一瞬で相手のすべを破壊する威力を持つ。
まあなんだ、彩はやりすぎてしまったのだ。過剰に防衛をしすぎると、それはただの攻撃と変わりはない。そうして、必要以上に傷を負った人は、これ以上失うものが無くなった人は、どういう行動を起こすのかなんていうのは容易に想像できる。
某2chの人も言っていたように、無敵な人ほど厄介なものはない。なんせ、これ以上失うものがないんだからな。
そんなことを思いながら家庭科室で物色している百合草を眺める。
包丁なんて物騒なものを取り出そうとして…まあ、殺気が高いこと高いこと。
ここ数日百合草を見ているんだが、まあ酷い。
一気に生気はなくなり、日に日に目が据わってきている。いつこんな突飛の行動に移しても不思議ではなかった
こんな朝早くから学校に来たかと思えば凶器の調達とは、恐れ入るよ、まったく
この世からいじめを無くすなんてことはできないと誰かが言ったように皐月に向いていた敵意は今度は、百合草に向かいつつある。
要するにただ、いじめの転嫁が起こっただけなのだ。
だからこそ使える。こいつは、悪役キャラとして成り上がるポテンシャルを持ち合わせている。
やったね、こんな簡単に悪役キャラが見つかるなんて思いもしなかった!
さあ、さっそくコンタクトを取ろうかな。
「百合草、こんなところで何をしているんだ?」
「………」
俺の言葉に反応して振り返ってくるが、その目にはハイライトが無い。怖!マジで怖いんだけど!限界って感じがする。
「とりあえず、その物騒なものを置こうな?な!?お願い、なんでもしますから!」
俺を視界に捉えた瞬間、包丁を順手に持ち、いきなり走ってきたと思ったら、包丁を横に凪いでくる。
「ちょっ! 危ないって!!!!」
包丁をただ力任せに振っている。うわ!髪の毛が切れたーー!!
咄嗟にしゃがみ込み、間一髪で避ける。包丁が頭上ギリギリを通過して行った
そして俺は凪いだことでできた隙を見計らって、百合草を押し倒した
「……」
押し倒したというのにも関わらず、反応がない。
悲鳴の一つや二つ上げてもいいと思うんだが…
とりあえず手から包丁を奪い取ろう。刺されたらたまったもんじゃない。俺はまだ悲しみの向こうには行きたくないぞ。
§
「で、あんな物騒なものを取り出してどうするつもりだったんだよ…」
そのあとは、人目につかない体育館裏で話し合いをしようと試みる。もう殺し合いなんて懲り懲りだ。あんな怖い目で包丁を向けられたら寿命が縮むわ!
「桜 彩の付属品がなんか御用ですか?あいにく私は人間ですので…」
「……」
俺はどうやら人間ではなかったらしい。もっというと無機物であったらしい。
なんで俺の周りの女子はこんなにも攻撃的で毒を含んでいるんだろうか?
いい加減にしないと目覚めるぞ!?
「あなたも知っているでしょう?桜 彩のひっつき虫。あなたの寄生先の、ご主人様のおかげですよ。あなたは笑いにきたのですか? 殺しますよ?」
「確かに彩と絡んでいるが…俺、そんな風に見られてたの?え、マジ?あと、殺すなんていうな、怖くて、ここで失禁しちょうぞ⭐︎」
「キモいです、不愉快です、遺伝子的にも無理です」
そこまで言わなくていいじゃないか!殺人鬼!
「残念ですが、まだ誰も殺せてないのでその表現は不適切かと」
うっせいわ。あとナチュラルに人の心を読むな!
再度横に座っている
背筋をピシっと伸ばして、出どころのいいお嬢様のように気品がある座り方をしている。まあ、座っている場所が体育館裏のじめっとした場所のため、雰囲気が台無しだが…
髪は黒髪のロングで、一本一本が繊細で美しい。まるで日本人形のようだ。
こちらがガン見しているのがバレたのか、透き通るような青色の目でこちらを一瞥してくる。
「こちらを見ないでくれますか?鳥肌が止まらないので」
「大丈夫か?風邪でも引いたのか?」
「本当にうざいですね。殺しますよ?」
本当に殺気を飛ばしてきたので再び黙る。
そんなこんなで、そろそろ肌寒くなってきた晩夏の風に微睡みながらウトウトしていると、一限開始のチャイムが鳴り響く。
「あ…」
「残念でしたね。今回もあの先生の授業に遅刻するなんて」
「いや、他人事のように言っているけど、お前も同じだから。共犯だから。」
「私はいいんですよ…もう、本当どうでもいいです」
…暗いなー、やっぱりこんなジメジメした場所にいるから気持ちもジメジメするのだ。ヘドロのようにネチョネチョした性格になるのだ。
はあ〜
「よし!学校をサボろう!」
「何言ってるんですか?ついに頭がイカれてしまいましたか。残念です。死をもって楽にしてあげましょう」
こいつはどんだけ人を殺したいんだろうか。サイコパスかよ
§
「やっぱり、波の音って心落ち着くよねー」
「海…ですか…」
「そそ」
「………」
波が、大小様々な大きさで陸に打ち寄せている。
もう海で泳ぐという時期は過ぎている、しかし、母なる海と言われるだけはある。俺らの悩みが包み込まれ、洗い流されいくようだ。
久しぶりに海に来たせいか時間を忘れて波を眺めてしまう。
「さ!まだまだいく場所はある。行こうぜ!」
俺たちはそこから、いろいろな場所を訪れた。水産科学館、遊歩道、etc…
チョイスの傾向として自然に触れられるようにした。これで、幾分か気を紛らわしてくれればいいのだが…
§
とりあえず、連れ回して遊んだ。デートとしては女子を連れまわすなんて不適切であるが、相手は殺人鬼予備軍である。心は痛まない。絶対明日は筋肉痛だわ…ともに苦しんじゃえ
太陽が水平線の向こうへと沈んで行く。いろんなところを見て回ったが、最終的にまた波を見に戻ってきた。海に沈んで行く太陽が、四角形に歪んで見え、乙なものだな。
センチメンタルな気持ちになる
「あなたのその黄昏ている顔、とても気持ち悪いです」
こいつ…いや、こいつらは、何故、いい雰囲気に浸らせてくれないのだろうか?もしかしなくてもこいつら仲良いだろ。
「はあ〜、それ皐月も同じこと言ってたぞ、仲良いだろお前ら」
「ちっ」
皐月の名前を出した瞬間、あからさまに機嫌が悪くなる。まあ、そんなこと構わず続けるのだが。
「皐月は先輩のことなんて好きでないことくらいはわかっているだろ?」
「ええ、知っていますよ、それどころか、英梨ちゃんは苦手にしていたでしょうね」
「そこまでわかってたのか…だったら逆恨みか?」
百合草は少し黙ってから再び話し始めた。
「ずっとでした。ずっと、ずっっと昔から、英梨の方が好かれてた!」
そこから堰を切ったように話し始めた。
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