第6話 転機
もちろん、グレイスも例外ではなかった。
彼は何度も両親と話し合い、「金は要らないから、働くことだけは許してほしい」と懇願したが、会話はいつも平行線。衝突の日々だった。
そのうち、両親の方が堪えられなくなり、グレイスの世話係であり、召使の中でも一番年寄りだったノトイアを押し付けて家を追い出した。勘当しなかったのは、それくらい辛い目に遭えば、目が覚めて戻ってくると考えていたからだろう。
さらにグレイスを追い詰める出来事が起こる。
何とか一人だけ、壮年の研究者がしがみついていてくれたが、家族を養うための金を得られず、大学からお情け程度に与えられた小さな研究室から出て行くことになってしまったのである。何度も謝られたが、グレイスも「引き留められるほどの財力を確保できなかったのだから」と、ここまで共に研究してくれたことに礼を言い、その人を見送った。
以来グレイスは、ひたすら働き、たった一人で必死に研究に励んだ。
一人で行うにはとても難しい研究だったが、ソラースが遺した論文と地道な天候調査の結果、「天候の予測」や「水脈の発見の仕方」などが出来るようになっていた。彼が一人で研究をし始めて6年後、26歳のときである。
あとはこの研究内容を実際に村に落とし込み、細かな修正をするつもりだったが、中々請け合ってくれる村は近くにはなかった。もっと遠くの村へ出向かねばならないだろうかと考えていたところ、彼はタカテラスと出会ったのである。
タカテラスは辺鄙な村の出身ではあったが、周囲の村からグレイスのことを聞いて辿り着いたのである。
「話を聞きたい」と言われ、グレイスは嬉しかったが、その反面心配もしていた。ここに来るまでに、あまりに多くの人に不審がられたせいで、逆に向こうからこちらに興味を持たれるなど何かありはしないかと思っていたのである。
しかし、それはとんだ杞憂だった。
「天候の予測」について簡単に話をしたところ、「あなたの知識が必要です!」と言ったのである。そして「力を貸してほしい!」と力強く、そして丁寧に頭を下げてお願いしてきたことで状況は一気に変わった。
グレイスの研究によって、タカテラスの村人たちは雨が降るのを予測したり、より多くの雨水をたりする方法を学んだ。さらに井戸も引くことによって、一時的な水不足にも対応できる状況を作り出すことができたのである。
タカテラスの村は彼の研究によって水不足の悩みが解消されたが、その一方でグレイスも救われた。
ソラースが創設した自然系研究の成果が認められたのはもちろん、研究によって人を救えたことで、心からの喜びを得ることが出来たのである。
それからというものグレイスの研究は、他の研究者たちからの注目も集まるようになり、あれよあれよという間に研究室は拡大。元々の研究者たちもほぼ戻って来たし、新参者も増えた。さらにこの研究が金になると分かった大学側は、彼を教授にまでさせたのである。
ただ、自然系研究が認められたばかりのころのグレイスは、「俺の研究を認めなかった奴らが偉そうに!」と思っていた。
それも当然だろう。自分たちの利益になると思った途端、大学はもちろん、投資家たちがこぞってお金をかけるようになったのは面白くはない。
だが、それを知ってか知らずか、タカテラスはグレイスを励ますように「困っている村が他にもあるんですよね? だったら、その村をグレイスさんの力で助けてあげて下さい」と頼んだ。それを機に、彼は研究の傍ら、学会に顔を出したり、授業を行うなどをして、渋々とではあるが後継者の育成を引き受けている。
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