第7話 変わっている人
「それならよかった」
グレイスはタカテラスの話を聞いて安堵し、嬉しそうな笑みを浮かべたが、すぐに首を傾げた。
「ん? 待てよ。井戸の件じゃなければ、何故ここへ尋ねて来たんだ? それとも俺の話し相手に?」
「話し相手」は冗談半分で言ったのだろうと思ったタカテラスは、くすくすと笑い「グレイスさんの話し相手に、私では不足だと思いますよ」と答えた。
だが、グレイスはその答えが不満だったらしく、ちょっとむっとする。
「そんなことはない。堅物で差別ばかりする連中と話すより、君と話していた方が新しいことに気づけるし、何より肩の力を抜いて話せるからとても楽しいんだよ」
グレイスが「堅物で差別する連中」と言うのは、彼の研究には興味を持ちつつも、「グレイス」のことを良く思っていない人々のことである。それは、由緒正しき貴族の血を引くグレイスが、学問に疎い者に心を許していることが我慢ならないせいだ。
グレイスはタカテラスよりも年下だが、彼に敬語は使わない。
それはグレイスが貴族で、タカテラスが辺鄙な村の出身であるから当然だ。しかしそんな男とすっかり打ち解けていて、見ようによっては親友のようになってしまっている。普通ならあり得ない――というのが、貴族出身の人たちの考え方である。
何故なら一般的に、教養のある人間は教養のない人間を見下しているためだ。
学問を理解しない者、それを受けることが出来なかった者たちは、格式の低い家で金もない者である。由緒正しき家柄や血筋を重視している者たちにとっては、どこの誰とも分からぬ者と学問の歴史を共有し、共に学ぶことは到底受け入れがたいことなのである。
もちろん、彼が研究していた自然系学問を「怪しい研究」と決めつけ、様々な苦労をさせたことは棚に上げてのことだ。
そのためグレイスは、教鞭を取っている大学や、それに関する学会に参加する連中の一部から「変人」扱いされていたのである。
そしてグレイスは、自分が「変人」扱いされていることをよく知っている。だからこそ、グレイスはタカテラスを大切な友だと思っていた。
自然系研究が金になるからと言って参加するする彼らよりも、研究に価値を見出し、グレイス自信を一人の人間として対等に話をしてくれるタカテラス。それは彼にとって、何にも代えがたい存在なのだった。
「ありがとうございます。光栄です」
「そうだろう!」
グレイスは、ふふん、と胸を張った。
「でも、それはまた今度いたしましょう」
「なに? 俺よりも重要な用事があるのか?」
グレイスはむっとした顔をするが、これは単に「つまらない」と駄々をこねている子どもと同じなのである。タカテラスはその様子を見て、またくすくすと笑う。
大学で教鞭を取っているというのに、こういうところは可愛らしいと思うのはタカテラスだけだろう。
「何で、笑うんだっ」
「あはは、すみません。ちょっと嬉しくて」
タカテラスは笑いが収まると、グレイスに言った。
「そのお話はまた今度。実は今日お伺いしたのは、人探しをしたくて、知恵を貸していただきたかったからなんです」
「人探し? 水脈を探すのは得意だが、人はどうだろう」
グレイスは右手を顎に当てて考えるしぐさをする。
「手がかりがあれば、何でもいいんです。こういうことは、間違いなく私よりグレイスさんのほうが詳しいと思いますから、どうかお願いします」
タカテラスはそう言って頭を下げる。するとグレイスは、そういうことなら、と力強く頷いた。
「分かった、聞こう」
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