いやらしい目的で透視魔法を習得した俺が、やがて世界の“コトワリ”すら変えてしまう話。〜あと魔王軍も全滅させます〜

おみゅりこ。

コトの始まり

 異世界に来てまず最初に思ったのは、気圧けおされそうな程に熱気にあふれているってコト。踊り狂う者、酒を浴びる様に飲んだり、もう浴びちゃってたり。なんならビールが出るシャワーもこの間見た。1回20ドンドボス(この世界の通貨。1ドンドボスは100円相当。)だった。


 雄弁家ゆうべんかを気取りすぎて喉が破裂する者。調子に乗りすぎて全治1000ヶ月の怪我を負ったらしいサーカスの一員。


『元の世界に戻れますわね!』とかいう頭悪そうな看板を掲げた店。もはや見飽きた騎士同士の決闘。王様が入浴中に城下町に転送し、禁固500年の刑に処された宮廷魔術師きゅうていまじゅつし


 あふれかえる屋台。鳴り止まない音楽。誰もが夢を見て、誰もが現状にあらがった。


 徐々に。徐々にだが、俺もこの世界で方法を考えている。しかし、どれもまだしっくりこない。

そんなこんなで俺は、日課の道場の前に来ていた。


「こんちゃーっす」ガラガラ

 稼いだ日銭のほとんどは、ここに収められる。なぜ俺がそこまでするかって? そりゃあ……

「……師匠! いつになったら会得できるんですか! 透視の魔法は!」

「ん、もうすぐ」

「そればっかじゃないですか師匠テメェはよぉ!」


 師匠こと彼女の名はルノ。いつも気怠けだるそうにしているし本ばっか読んでるし酒癖は悪いし、すぐキレるし、金を必要以上に無心してくるし、胸は小さいし、そのクセ帽子はデケぇし、あと背も小さいし、すぐキレるし、ペットの世話を押し付けてくるし、飯作らされるし。(物凄い剣幕けんまくで言ってくる。食事の用意をしろォ!! とか)すぐ野菜残すし、しかもコイツ年下だし……何か妹を思い出す。


 それにコイツが透視魔法を使える事さえ最近は疑わしくなってきた。

 まあ、『箱の中身を当てようゲーム!』などで、ある程度は認めている。しかしなぁ……。


「ん、肩」「本ばっか読んでるからですよ師匠! たまには外に出ましょうよ! ホラこれ! 屋台で買ったカラメルケーキ!」マッサージをしながら色々施す。


「……酒は?」「まだ昼でしょうがよォ! 聞いて下さいよ! 俺なんか早朝から撤去の仕事を……」

「酒は?」


 その時、道場の扉が開かれる。初めて見る顔だ。


「ヤッホー♪ ルノっち! 遊びにきたよー!」

 何やら馴れ馴れしい女が入ってきた。

「ホミィ! 珍しいじゃん昼間っから!」


          !?


 ……え?

(いや、なんだこの……師匠の……明るさ? ていうかテンション? 俺ん時と、違いすぎない……?)


「予約なかったからねー! ね、新しくできたカニのアクセサリーのお店行こうよ!」

 「行く行くぅ! 私カニ大好き!」


 去り際に師匠は言った。


「あ、みんなの世話よろしく」


 説明するまでもないが、俺は1人取り残された。……ペットを除いて……(カニ、トカゲ、ヘビ、ネコ、クモ、変なヤツ、カメ! 昆虫! フィンチ! などなど)


 説明するまでもないが、俺は叫んだ。

「カニのアクセサリーってなんだよ!!」


 夕方頃、師匠はノコノコ戻ってきた。

「遅いですよ師匠! 世話代はきっちり貰いますからね!」

「怒鳴るな、瘴気しょうきが散る」「何ですか瘴気って!?」


「……ヤバい奴」「あ、じゃあ師匠。師匠が飯作れーって怒鳴ってる時とか、あれ瘴気散ってますよね?」


「私は散らない」「理由は?」「散らない」「理由は?」段々俯いていく。

 コイツはいつもそうだ。反論の言葉が思いつかないと俯いて顔を赤くして……


「うるっせぇんだよ! 魔法の一つも使えない木偶の坊でくのぼうがよぉ!! さっさと飯! 作って!! 仕事でも何でも行ってこい!!」説明するまでもないが、かつてない程の瘴気が散った。



 晩飯の豚肉のハーブ焼き的なモノを作っていると、師匠が紙袋を渡してきた。

「ん」「えっ!? くれるんですか俺に!?」

 このチビが贈りモノとは。俺はかつてない期待を抱いていた。


「カニの指輪だ……」「カニの指輪」

     えっと——ありがとう……?


「体内を巡る魔力がソレによって意識しやすくなる。指輪を中心にな。まずは集中から始めろ。指先への魔力集中に慣れてきたら、その感覚を維持いじしたまま魔力を両目に移す。腕や肩をつたう感じでな。両眼に熱いモノを感じられる段階になったら私に報告しろ」

 

 師匠は仕事の時だけ流暢りゅうちょうに喋る。しかし今回も的確なアドバイスだ。そして俺は急に気持ちが浮き立った。


「ありがとうございます! ルノっち師匠!」


 彼女が買ってきたカニのネックレスで首を締め上げられた! 今回も危なかった……。

 ——するとあまりに突然! 道場の扉が蹴破けやぶられた!


 大男がズカズカ入ってくる。強そうだ。

「お前か、城下町の一等地にも関わらず、不必要に大きな店を構え、且つ、その業務内容は店の面積に拠らず手軽に行え、しかしながらその実態は詐欺と見紛みまがう信憑性のない魔法を教える師匠というのは」

「ペット居るからね。ご用は?」

「王から直接の命が出た。この店を縮小し、隣に私の『魔王討伐まおうとうばつっ! 一撃の重みに重きをおいた重破断剣じゅうはだんけん! 〜魔法の時代の終わり〜』を新設しんせつする」

「昨今の魔王軍の不穏ふおんな動きは王すらも不安にさせた。そして何か私も不安になった。そこで私に声がかかったのだ」

「ちなみに王が魔法を毛嫌いしてるのは知ってるな? 説明不要だと思うが。ま、そんなこんなでお前はお役にゴメン♪ 現状を俯瞰ふかん♪ 魔法は不安♪ 力こそ普遍ふへん♪ ……というワケだ」したり顔の中に若干じゃっかんの照れが見え隠れした。


「……ねぇ」やっと師匠の番が回ってきた。


「私が見る限り、アンタの体内魔力はそこらの魔導師の数倍はあるわ。あー、勿体ない。折角持った才能を活かさず変な名前の訓練所開こうって言うんだから」

「入ります」

 

          !?


「歓迎するわ。じゃあ契約書へのサインと、来月末には月謝げっしゃ300ドンドボス。それと扉の修繕費しゅうぜんひ600ドンドボス。お願いね」


「トホホ……」


「トホホじゃねえよ!!」俺は叫んだ。

「イヤですよ師匠! 折角この世界に来たのにこんなむさ苦しい男と修行なんて!」


「……『この世界』って所は後で聞かせて貰うけど……。ま、いいでしょ? 賑やかで」


よろしく頼む! 私は元・王国重騎士団団長ドリス! 且つ、重剣技じゅうけんぎの指導者でもある! その特徴は! 天高くかざした重剣をひと思いに——」「聞いてねぇよ!」


「あー、可笑おかしい。なんか喉乾いたわ」師匠が珍しく自分で飲み物を取りに行った。そして、直ぐに戻ってきた。

「あれ? 俺水補充しときましたよ? 紅茶もありますし……」


「ご飯」

           !?


「できてないんだけど……」マズイ……!

 

「さっさと……!」俺は机の上の財布を握った!


「屋台ですぐ食えるモン買ってこい!!」

「ガッハッハ! 頑張れよ! 若いの!」

「お前も行くんだよ!!」サイン中のドリスも蹴り出された!


「酒もな!!」

 師匠の怒号を背に受けながらドリスと買い物に出掛けた。彼に師匠のざっくりとした好みを教え、手分けして調達した。そして町の喧騒けんそうから少し離れた河べりの土手に2人で腰を下ろした。風が生ぬるい。ドリスが口を開いた。


「お前は……どうして透視魔法を?」

「この町には銭湯が多いだろ?」「……ふっ」

 これ以上の言葉は不要だった。最低なことに。

「お前はいいのかよ? 王様裏切って。それに給料いいんだろ? 騎士団長ともなれば」

「理想を抱きすぎだな……普通に生活できる程度だ。それに私は、もう嫌気が差していたんだ」

「なんで?」

「最初はよかった。自分の腕っ節うでっぷしを振るえる機会を与えられてな。他の騎士や民からも賞賛される。気が付くと今の座に着いていた。もう10年も前だ……」

「んー、順調じゃないか?」

ハタから見ればな。しかし私は、これ以上先が見えなくなった。王の命を受け、遂行すいこうする。ただそれの繰り返し。時折、生命の危機にひんした時、生きている実感をするくらいだ」


「……」


「そしていずれ老い、朽ちる。授けられた勲章も、全て無意味だ。だから私は自分だけの——」


「……俺たちで見つけようぜ。生き甲斐ってヤツを。しかもとびきり儲かるヤツをな」


「……」


「俺たちはもう、あの厄介な師匠の元で修行する……同士だ」

「……ふっ。若者に励ましを貰うとはな。所でお前、名をなんという?」


 ああ、自己紹介がまだだったな。俺はいずれ新事業でこの世界の『コトワリ』すらも変える……


 ——日向一郎ひなた いちろう。普通の日本人だ。


 ドリスには適当に名乗った後、彼が右手を覗きこんできた。

「イチロー、その指輪は何だ? カニのように見えるが……」

「ん? ああ、さっき師匠に貰ったんだ。何か魔力に集中? できるらしいぜ」

「私も欲しい!」「んじゃ行くか!」俺たちは立ち上がる。町の人に聞き、えらいへんぴな所にある店をようやく見つけた。


 中に入った途端とたん、俺たちは驚愕びっくりした!

「7000ドンドボス……こっちは12000ドンドボス!?」「ひぇえ!」店員がジロジロ見てくる。

「でよっか……」「うん……」財布を無くした子供ばりのテンションで店を出る。そして自分の右手を見つめた。


(師匠……)


 道場に戻ると、師匠がナイフとフォークを持って部屋の中央に鎮座ちんざしていた。


「遅い……」「こ、これはアレですよ師匠! これでも全力で……! なぁ!? ドリス!?」「う、うむ……!」ドリスは激しくうなずいた!

「あのなぁ!? 私は視てたんだよ! テメェらがチンタラ河原でキャピキャピしている所をよぉ!?」

(しまった……! コイツが透視魔法の師匠だってこと忘れてた……!)

「まあいい!! さっさと買ってきたモン出せ!!」

「「た、ただいまっ!!」」全力で配膳はいぜんやらをする!師匠の首にナプキンを装着する!フィニッシュだ……!


 ……?


「あ、あの師匠……。食べないんで……?」

「酒は」


「「あっ——」」


「すぐに行ってこい! ドリス! テメェがな!!」

「ひぇえ!!」転がりそうになりながら出ていった!


「ふー」打って変わって上品に食事を始めた。

「ん」肉野菜炒めから肉を抜き取った皿を寄越よこしてきた。やっぱ下品だわコイツ。

「いい加減覚えて」「いやコレはドリスが……」

 無視して師匠は棚に唯一残っていた酒を煽った。

「っっはーーーーーーっ」相変わらず長い。


「で、さっきの話なんだけど」「へ?」

「この世界云々」「……! ああっ! あれはソノ……言葉のアヤと言うかなんと言いますか……」


「別に普通よ」「へ?」「アンタだけじゃないってコト」「マジすか!?」

「ま、大抵はアンタみたいに隠してるみたいだけどね。何か不都合があるワケ?」

「いやぁ……深く考えたコトないんですけど、信じて貰える材料も無いですし……。それに話したって、与太話よたばなしとしてしか受け取られないかな……と」


「そういやアンタ、元の名前は? 確か、最初に来た日に……」


「ああ、あの時は適当に“ルーク”とか契約書に書きましたね。この世界っぽいかなと。元の名前はヒナタ イチローです」


——一瞬。見落とす程一瞬。

 師匠の顔が強張こわばった気がした。


「そ。まあどっちでもいいわ」新たにコップを酒で満たし、一気に飲み干した。

「っっはーーーーーーっ」


 ……ん?


「し、師匠。……笑ってます?」 

「ふ、笑うワケないじゃない! 理由もなしに! ふふふっ!」

 

 初めて見る師匠の笑顔は、思ったより可愛くて、そして何だか……


 ——守ってあげなきゃいけない気がした。



 時間が進み、師匠はその場で寝てしまった。俺は扉を破壊したドリスに警備の任務を与え、支度をする。


 去り際に、小さな寝言が聞こえた気がした。


「…イチ……カ…」


 俺は仕事に向かう。……とにかく俺は、仕事に向かう。

 流れで仕事を終える頃には、朝を迎えていた。日銭を受け取り、よく利用する安宿に向かう。


(ひと眠り……するか……)


「よぉルーク! 今日はボロボロだな!」宿の親父が話しかけてくる。

「まぁなぁ……いつもの部屋頼むわ」

「身体壊さんようにするんよ」宿の夫人も話しかけてくる。

「あいよ。じゃ、寝てくるわ」部屋に向かう。


「なんだか……元気ないわねぇ」「キツイ仕事だったんじゃねぇのか?」「そうじゃなくてねぇ……」


 昼前に起き、道場に向かうと、ドリスが真面目に突っ立っていた。

「お前なぁ、一言言わせてくれ」「イチロー! おはようさん!」「よくやった……!」「いいってコトよ! ガハハ!」


「こんちゃーっす」「たのもう!」ガガガガ

「ああ、お前ら。早速で悪いんだが、留守番頼む」何かソワソワしている。


「えっ!? 何でですか!?」「あんまりですぞ!」

「各自修行しろ! アンタはドリスに基礎を教えとけ! 私は——」


「……ちょっと酒浴びしてくる」師匠は去った。

「ちょっ!? 師匠!」「小娘……!」


(あのシャワー使うヤツいたのか……)


 仕方なく2人で修行を開始する。ドリスに基本的な知識を授け、坐禅のようなモノをするように命じた。


「さて——」


 俺は俺で、師匠に言われた魔力集中に取り組んだ。暫くすると、成程ナルホド確かに指先に熱のような、温かいような感覚を覚える。俺は更に意識を絞る。


 ……意外とあっさりなのだが、魔力が身体を伝う感覚はすぐに掴めた。そのまま両眼を目指す。

 自分の集中の度合いによって、魔力が進んだり戻ったりする。殊更ことさらに意識を絞る。額に汗が伝う。


 ——すると突然! にゅるんと勢いよく両眼に魔力が移った! あ、熱い! いや、熱くは……


「やっぱアチぃ!!」俺は床に転げた!

「イチロー! 大丈夫か!?」ドリスが駆け寄って来たが、俺はそれを手で制す。再びドリスに坐禅を命じ、感覚を忘れない内に復習を試みる。


 静かな時間が流れ、俺は奇妙な感覚に捉われていた。


「なあドリス……」 「何だ?」


「俺今さ、……浮いてる?」 「いや、普通に座っているようにしか見えんが……」何か床に、現実感がない…。 


 ってコトは。——ってコトは!?


「で、できてる……?」

 俺は即座に道場から一番近い銭湯に眼を向ける! 夢叶ったり! 俺の勝ち(?)だ!!


 ……? ぼんやりと道場の外は見えるが、それだけだった。


(えと、こっから何すりゃいいんだ……?)


 俺は自分の無力さを呪った。


「——クソォ!!」拳を床に叩きつける。

「駄目……だったか」 「………」

「まぁ、焦るな。お前はまだ若い。努力を怠らなければきっと……」


「——ああ、わかってるさ。」


「いつかお前の野望、叶うといいな。」ドリスが拳を差し出してくる。


「ああ……!」俺はソレに応じた。


 ガガガッ…ガッ! …ガッ!! 立て付けの悪い扉が開くと、師匠が姿を現した。無言で道場の奥に進んでいく。

「師匠……。当たり前っちゃ当たり前なんですけど……」


「すごく……酒臭いです……」

「私もそう思う……」


 師匠は奥の浴室に消えていった。銭湯が盛んなこの町では珍しい造りだ。しばらくしたら出てきて、何か思った程じゃなかったとか話してくれた。

 

 ——俺は修行の経過を報告する。


「聞いて下さいよ師匠! さっき眼のトコに! 何か熱いモノが! こう……!」


「ま、いい調子ね。ドリス、アンタは?」

「私はイチロー殿に指示され、静かに座っておりました。恥ずかしながら、魔力を感じる事はできず。後半戦では、イチロー殿が銭湯を覗こうとする様を、横目で見ておりました」


 おまっ!? ドリス!? 

 ……つーか後半戦って!?


「!!(しまった! 王とのやり取りの癖でつい供述を……!)」ドリスはそっぽを向く!


 そして俺は恐る恐る師匠を視界に入れる。


「……ふぅぅん……」


 その“眼”に宿るのは憐憫れんびんの感情。それ以外に形容する術を俺は持たなかった。


「一ついい?」「な、なんでしょう……?」


「まず、透視魔法を使える人は、私の知る限り両手で数えられる程度なの。そしてご存じの通り、この魔法はホントに地味で、使ってるかどうか分かり辛いよね?」


 ?


「で、そうなると誰がソレを使ってるか確認するのは難しい。住民は不安を覚える。——そして一定数アンタみたいな馬鹿クソバカが居る」


 ……まさか。


「そして現在、ほとんどの宿泊施設や銭湯、プライバシーに影響がある建物には魔法防壁がほどこされているの。ま、お金の問題から個人宅はなおざりになってるケドね」


 ……ふざ……け! って——アレ?





 目を覚ますと、俺は師匠の寝床の上に居た。ドリスの声が聞こえる。

「では、私は仕事を探して参ります」「ああ、頑張ってな」徐々に意識が戻る。


「……張り切りすぎだ、馬鹿」

「す、すみません……」師匠は席を外す。そして直ぐに戻る。

「ん」

 トレーの上に水と煮込んだ穀物があった。

「……コレ、師匠が?」「ん」

 師匠がスプーンを俺の口に差し出す。無言でやり取りを続ける。5口目を飲み込んだ所で、俺はある重大な事実に気がつく。


「——ていうか師匠! 俺師匠に頑張れって言われたことないんですけど! ドリスには言ってたのに!」

「うるさい寝てろ!! 駄々っ子かお前は!!」

 頭をはたかれ、再び意識が遠のく。そして朝を迎えた。



 俺は師匠に用事がある事を伝え、礼をして道場を後にした。——そしてまたしても重大な事実に気がつく。ある言葉を俺は聞き逃さなかった。


 宿泊施設や銭湯。俺の夢は、ついえていない——!


「さて、と!」相変わらず騒がしい町中を歩き、目的の店に到着する。看板にはこう書いてある。


『足ツボマッサージ!あと言語とかの問題も治る!』

 非常にアホっぽい店だが、ここのお陰で俺の暮らしは成り立っている。自分に都合が良すぎる店だとは思っていたが、転生者が多数居るなら納得だ。

 順番が回ってきたので奥に進む。店主兼施術師てんしゅ けん せじゅつしのマィリカが居る。呼びにくい。

「いらっしゃいルーク。じゃ、そこにうつ伏せになってねー」


「最近どう?定職は見つかった?」お馴染みの質問を投げかけられる。

「んー、まだ日雇いですけど、最近ちょっと見えてきましたねー」

 俺が元居た日本と同じで、日雇いでは安定した生活は望めない。この町の皆みたいに起業をしないと。

「おっ! いいじゃんいいじゃん! まとまったら聞かせてよ!」

「あっ! それとっ! 透視のヤツっ! ちょっと! 上達! しましたよ!」マッサージが痛い!

「でもっ! コツがっ! 掴めなくって!」


 マィリカの手が止まる。後ろを見ると、何か思い出してるような顔をしていた。


「……だいーぶ前に来たじじぃがさ、何か言ってたわ。魔法のコツみたいな話。」俺は集中する。

「私あんまり興味なくてさ、うろ覚えだけど聞いてね」「はい」


……が、とにかく重要なんだって。一番大事だって。でね、それを察知した空気中とか土の中とかの魔力元素が術者に……まとわりつくの。不思議よね。それが大雑把な魔力のみなもとなの」「はい」


「で、例えばルークが『雷を操って魔王を倒したい!!』とか、幼稚な願望を持ってるとするじゃない?」「はい……」


「その願望を深層意識に留めたまま、例えば炎の術者とか聖職者の道に進んだとするでしょ?」「ふむふむ」


「すると本来の力が発揮できないとか、魔力元素が味方しないとか、そんな感じの事言ってたわ」


「……めちゃくちゃ勉強になりました!」

「つまり願望やら欲望に忠実であれ! ってことね。」

「その点は自信があります!!」俺は叫んだ。

「うるせぇよ! 静かにしろ!」怒られた!


「で。ルークの願望って何なのさ」

「——想像に任せます」突然! 俺は脇腹をくすぐられ始めた!


「言えよなぁー! 言わないとさぁ、終わんないよコレ? 困るよねぇ! こんなん続けられたらさぁ!? ホラ! 白状しろ! ね、ねっ!?」


 ちょっ!? コイツっ!? ふざけっ!?


 料金を返却して貰う事を視野に入れていると、ピタリと止んだ。振り向くと息を荒くしたマィリカが居る。若干楽しそうだ。

「ま、プライバシーの事はいいわ」「じゃあすんなよ……」

 施術を終え、いつもの『言語確認! チェックシート!』に記入する。異常がない事を伝えると、俺は店を出た。

「また来月ねー」マィリカが小さく手を振る。


「ふぅ——」


 軽い足取りで町の外れを散策していると、この間道場に来た馴れ馴れしい女が居た。彼女は店らしき扉の鍵を開け、パタンと消えていった。


(あれ? ここって確か……)


 近づいて看板を見る。そこにはこう書いてあった。



『元の世界に戻れますわね!』



(アイツ! ここのヤツだったのか!!)

 ……正直ちょっとだけ興味があった俺は、思い切って入る事にした。


「こんちゃーっす」


「ん? 予約の方? 朝の相談あったかなー?」彼女はノートをめくる。


「いやその、ここ何の店なのかなーって……」おずおずと聞いてみる。


「ああそう……じゃあ——」


 ?


「——よくぞ聞いてくれました! この店こと! 『元の世界に戻れますわね!』は! その名の通り! 元の世界に戻れるのです!!」中身の無いセリフを大声で喋り出した!?


「さぁお客様! こちらにお掛けになってお待ち下さい! 直ぐにお茶をお持ちします! あっ! 目の前に垂れ幕がありますよね!? それとか見つめながら待っててね!」ガランとした部屋の中央に椅子があり座らされた。目の前には大きな垂れ幕が掛かっている。


「はいお茶! できたて! おいしい!」

「さぁさぁお立ち会い!!(中略)」内容が薄すぎたので俺は聞き流した!


「——と! いうワケで! いよいよお披露目ひろめです! 刮目かつもくの程よろしくお願いします!!」勢いよく垂れ幕が取り払われる!


「ジャーン!! どうでしょう!? ちょっとコワいけど! 効果のホドは実証済み!!」


 禍々しい転送門のようなモノが姿を現した! 元の世界というより魔王城に通じてんじゃないのかコレ!?


「はい! 拍手! 拍手の程を——」俺は立ち上がり、片手を上げる。


「あの、質問いいですか?」「どうぞっ!!」


「これ本当に……元の世界に……」「勿論もちろんろんですっ!!」


「……質問を変えます。この門をくぐった人を、再びこの世界で見た事は?」「大丈夫!!」「質問に答えて下さい」「大丈夫!」「質問に答えて下さい」「大丈夫だから」「質問に——」


「……うるっせぇんだよォ! この木偶の坊でくのぼうが!! 得意なのは背の高さと小賢こざかしさだけかぁ!?」意味不明な罵倒ばとうを受ける! 俺は負けない!


「じゃあどうやって元の世界と繋がってるって証明してるんですかぁ!? 実証済みって言ってましたよねぇ!? さっき!!」俺も含まれるが、どうしてこの世界の人はこんなに喧嘩っぱやいのか……。


「……じゃあお姉さん入って」「ヤダ」「入って」「ヤダ」「入っ——」


「入れるかよォ!! こんな得体の知れないモノに!! お前が入れぇぇえ!!」「はい認めた! お姉さん認めました! この門の不確実性を!! ……つか押すなよ!!」


「上がったりなんだよォ! 商売が!! お前みたいな小賢こざかしいやからのせいでよォ!!」



 暫くして、俺たちは多少冷静さを取り戻していた。

「この門……お姉さんが作ったの?」「元からここにあった」は?

「えっと……」「なんかたまたま夜中歩いてたらあって、見つからないように布で隠して、そこに自分で店を建てました」

 その根性はスゴイが……ていうかコイツの方が小賢しくないか……?


「今まで何人くらい利用したの?」「35人」

「——ちなみに料金は?」「10万ドンドボス」


 高っっ!?!?


「はぁぁ……何かもういいわ。疲れた」

「いやお姉さん、待って欲しい」

 雲をつかむような内容だが、俺の中にあるビジョンが視えた。

「何……?」「うーん、また今度来た時に話すよ。今はまだ……」

「そ。ちなみに私、ちょっとした情報屋でもあるから、そこは力になれると思う」「ああ、わかった」


 彼女が拳を差し出してくる。俺はソレに応じた。


「……あっ!」彼女が声をあげる。

「今思い出した! ルノっちの肩揉んでた男だ!」どうやら覚えていたようだ。

「ねね! 元気!? 私心配なのあの子のことっ!」

「はぁ、まあいつも通りって感じじゃないですか?」

「ならいいんだけど! じゃ、また遊びに行くわ!」

 俺は店を出た。なんだか疲れた……。


 そして俺はたまたま見つけたドリスを捕まえ、すぐさま店に戻った!


「ん? 何ー? 忘れモノ? って……そちらの方は?」

「私は元・王国重騎士団団長!(全略)」


 お茶をすすりながら、俺は空想に近い作戦を2人に話した。

「……そりゃあ、その人の力が確かなモノならさぁ……上手くいくかもだけど……」

「もし知っていたら、教えて欲しい。……頼む!」

「うーん。ていうか犯罪だしなぁ……」

「私からも頼む! この重剣に誓って、彼の熱意は保証する!」

「熱意だけでメシは食えないのっ」ドリスは諭された。


「まっ、今の商売も飽きてきたし! いっちょ力を貸しますか!」

「「うおおおおおぉ!!」」俺とドリスは叫んだ!

「ありがとうございます!」「ホミィ殿……!」

 彼女は立ち上がる。


「——聞けっ! お前ら!! 私はこの町一番の情報屋ホミィ!! ——この町に!!」


「「この町にー」」


「——私の知らない情報はー!?」俺たちも立つ。


「「ありませーん」」


「……ただし転送門の行き先以外は」——ここで一同爆笑。彼女の舞台の幕が降りる。喝采かっさい(2人)が彼女を包む。


「さて。じゃあドリス、頼むわ」

「承知した。お2人は下がっていなさい」


「……むぅぅん!!」

 ドリスがその重剣を天高くかざし——そして!!

「ッッつぁああああああ!!」

 ——その一撃を持ってして床に巨大な穴を穿うがった!!


「ホミィ!」「あいさっ!」

 俺たちは瓦礫ガレキを次々と転送門に投げ込む! そして経過を見守る!


「……何も、起きそうにないわね」

「取り敢えずは成功かな」「うむ、では……」

「今日は解散っ!」


 俺たちは店を出た。この作戦は、俺の手に掛かっている。今はまだ、その時じゃない。

 昼飯を調達し、道場に向かう。師匠はいつも通り読書をしていた。彼女の首にナプキンを装着していると、口を開いた。


「今日は次の段階に進む。食べながら聞いて。ドリス、アンタは基礎の復習ね」


「変な質問だけど、透視魔法ってどんな魔法だと思う?」


「そりゃあ……物体をかして目的の対象を視る。って感じじゃないですか?」

「それは基礎中の基礎中の基礎中の基礎よ。用途を限定する思い込みはやめろ。アンタの解釈次第ではもっと面白い使い方ができるワケ」

「……例えばどんな?」

「それこそ言えないわ。私が出した例を鵜呑うのみにしたら、新たな思い込みが生まれるから」

「心にとどめておきます」

「まあ、まずアンタは持続力を身につけろ。単純だけど大事よ? これからは、日常生活においても常に魔力集中しておいて。両目にな」

「そうします」

「自由にやればいいのよ? ま、自分の下らない目的に使うのはやめて、誰かの為に修行しなさい」


「ありがとうございます!」


「あー、疲れた」師匠が数分喋っただけで疲れたとか言い出した。そして昼間にも関わらず酒を開けた。



 暫くは地道な日が続く。仕事をし、修行をする。時折ホミィの店に行き、作戦に必要な道具を作ったりした。そんな日々の一幕。

「なあホミィ、最初に会った時、師匠の事心配とか言ってたけど、あれ何でなんだ?」道具作りをしながら聞いてみる。

「俺が見た感じさ、いつも悠々自適ゆうゆうじてきに過ごしてるし、すぐ元気にキレるし、飯もよく食べるし(野菜以外)、まぁ酒は飲み過ぎだとは思うけど」


「……もしかしたら、もしかだけどね? 今回のアンタの作戦が、あの子の問題を解決するかもしれないの」


「……? どういう事だ?」話が見えてこない。

「あの子もさ、転生者なの」「……まぁ、可能性はあると思ってた」

「そ。でね? あの子が小さい頃、この世界に来て途方に暮れてる時、町の世話好きの魔導師に引き取られたの」

「それで私も、何かほっとけなくてさ! よくあの子の家に遊びに行ってたりしたの。可愛かったんだよねぇ小さい時。今も可愛いけど」

「わかります!!」俺は叫んだ。

「私も歳が近い友達ができて嬉しかったわ。一緒に出かけたり、悪さしたり……」


「でもある日……魔導師は姿を消してしまった。あの子が半狂乱はんきょうらんになって狼狽うろたえてた姿を思い出すとね、私今でも……」ホミィの目がにじむ。

「強い子よ? あの子。仕事を転々としながら、魔法の勉強をして、それで……」


「あの訓練所を開いた……」


「ま、ざっくり言うとねー。長くなるから今日はおしまいっ!」

「つまりその魔導師が、俺の今回の目的と一致してるん……だよな?」

「昔私たちによく見せてくれたわ。『モノが消える手品! 〜タネも仕掛けもありませんぞよ〜』とか言ってね。あれはもしかして……それに、私が知る限り物体を移動させる魔法の使い手は他に居ない……」


 ——モノが消える魔法……王の全裸転送事件……突如姿を消した魔導師……。


 判断材料が少なすぎるが、俺は宣言する。


「よし! とにかく続行だ! 『!』」



 更に時は流れ、俺とドリスはホミィの店に来ていた。恐らく準備は万端だ。

「さて、修行の成果をみせるかな」

 俺の両目が鈍く光る。そして俺は『千里透視魔法せんりとうしまほう』を発動する! ホミィが割り出した宮廷魔術師の方角を見やる。そこには予め目印が立ててある。


 視認すると、俺は視線を下に移す。複雑に入り組んだ牢獄。当然ながら全てに魔法防壁が施されいる。

 合図を送ると、ドリスが俺の肩に手を置く。“視界共有透視魔法”を発動。続けてドリスが“重貫通透視魔法”を発動。

 ……意味不明な解釈だが、これで魔法防壁を突破できるのは実証済みだ。ちなみにいやらしい事には使っていない。念の為。

 共有した視界で牢獄を見渡す。ここでもドリスが活躍する。彼は、元王国の騎士団。そして宮廷魔術師の顔を知っていた。

 暫く探っていると、ドリスが肩を叩く。発見の合図だ。


「……ふぅー」俺たちは集中を解くと、早速作業に取り掛かる。先日いきなり魔力覚醒を起こしたドリスによる『超重断破砕剣ちょうじゅうだんはさいけん』を駆使し、効率よく掘り進める。

 ちなみにいちいち轟音ごうおんが鳴り響くが、ホミィの財力にモノを言わせて店に“魔法防音”を施しておいた。30万ドンドボスもしたらしい。

 用意した道具を使い、黙々と土やら岩を転送門に送る。そして暫く掘り進めた頃、俺に疑問が湧いた。


「なぁ……コレ崩落の危険性とか……どうすんだ?」

「! 確かに!」「考えてなかったわ!」

 汗だくの3人は笑う。……イヤ笑ってる場合ではないのだが……。


「お困りのようね」


「「どわぁあああああ!?」」俺とドリスはひっくり返った!——って、アレ?


「し、師匠!?」「ルノ殿!?」


「ホミィから事情は聞いたわ。私も手伝う」


「……ねぇルノっち。いいん……だよね? だってアナタ……」ホミィの発言の意図を、俺は何となく想像できていた。そして既にあった疑問をぶつける。

「あの、師匠……師匠はその、探さなかったんですか?居なくなった魔導師を、その……魔法で」


「……」


「……私が言うわ。ねえ……やっぱりまだ……恨んでるんだよね? 急に、居なくなったから……」


「…………」


「私はさ……どうにもならない事情があったんだと思うよ?だから——」

「……だって」師匠の目から大粒の涙があふれ出す。


「だって! だって!!だって……!!」


「……一人じゃ、……何もできないもん……」


 俺は師匠に近づく。——すると突然!! ドリスも近づいた!! そして師匠の肩に手を置いた!!

「今は我々がいます。必ずや、彼を救出してみせましょう」

 

 おまっ!? ドリス!?


「何やってんだテメぇえええ!!」

「うるさい!! 静かにしろ!! 崩落したらどうすんだ!!」師匠は一瞬で元の調子に戻った!


「さて」師匠が切り出す。

「さっき思いついた新解釈を使うわ。名づけて“一寸先透視魔法”」鈍色にびいろの光をたたえる。

「これで約10秒先の未来が視えるわ。これからは私の指示で動いて。危険そうなら伝える」そう言いながら師匠は酒を一口飲んだ。


 現場監督の指示に従い、俺たちは作業を続ける。

 城の牢獄の見回りが(今日は雷が多いな……)などと勘違いしている頃、俺たちは目標を発見。

 すかさずドリスが確保をし、元の道を辿った。ドリス曰く、宮廷魔術師その人に間違いないようだ。彼は衰弱しきっていた。

 追っ手を防ぐ為、残しておいた土砂と岩で道を塞ぐ。ここが一番キツかった。

 ホミィが慣れた手つきで床を補修すると、作業が完了した。


「おじいちゃん……」師匠が宮廷魔術師のかたわらに居る。ホミィの読みは当たっていた。俺は胸を撫で下ろす。

 顔見知りのドリスに彼を預け、解散の運びとなった。  


 3日後彼は回復し、そして……

 ——俺たちは2人で銭湯に来ていた。


「カッハぁぁあああああああ!!」湯船のフチからお湯があふれる。

「最高だろ? 久々の銭湯は?」

「全く感謝しきれんよ若いの! ひょおお!!」じじいはハシャいでいた!しかし俺は唐突に疑問を感じる。

「ちょっと待てよ! アンタそんな堂々として大丈夫なのか!? 有名な魔導師なんだろ!?」

「ん? ああ、心配するな。『様相変性魔法ようそうへんせいまほう』を使ってある。これにより世間一般のワシのイメージと実際の間に溝ができておる」……よくわからんがスゴそうだ!


「ずっと思ってたんだけど、城から脱出はできなかったのか? 転送の魔法とかで」

「自分自身の転送できんよ、この魔法は空間の認知者が座標を固定して……(略)」


「——そして王は一度手中に収めたモノは絶対逃さない。あの手この手でワシは脱出の機会を奪われていった。そういう事ばかりに気が回るのだよ、ヤツは」


「限界を迎えたワシはある日、ヤツが呑気ノンキに大浴場に入っているのを見計らって、ダッシュした! ヤツの所にな! 傑作ケッサクだったぞ! 突然の来訪者! 愕然がくぜんとする王! ワシは中指をおっ立て! 転送魔法を発動する! 振り向くとヤツのお抱えの魔導師が雪崩なだれ込んで来ていた! ワシも抵抗するが、数の暴力に負け集団固縛魔法しゅうだんこばくまほうに囚われる! そして吸収魔法を得意とするヤツらも来た! もう絶望! 魔力を奪われたワシはイチ老人と化す!」


「……後はお前らが知ってる様に、牢獄あんなとこにブチこまれたのだよ」俺は聴き入っていた! 何だか胸が熱くなる。


「所でお前は、何故ワシを助けにきたのだ?」

「ああ、それは皆んなが集まってから話すよ。ドリスから話は?」

「あの子の事は聞いたよ……本当に、辛い思いをさせてしまった」

「まだちゃんと会ってないんだろ?」

「まあなぁ……気まずいのぉ」


 俺たちはホミィの店に集合する。師匠はまだ来ていない。

「おお、ホミィちゃん。久しいな」「……ヤッホー♪ レインバードさん」


「大きくなったなぁ……色々と」「あ?」さておき俺は質問する。

「なあレインバードさん、勉強させてくれ。魔法が願望の働きの影響を受けるってのは知ってんだけど……」

「ワシの自説を知っとるのか。そういえば一度、誰かに話したような……」

(マィリカの事か……アイツ何歳なんだよ……)

「でさ、転送魔法ってのは、どんな願望を——」

「ああそれはワシはかつて古い本に記してあった転送魔法の存在を知ったのだ。ワシは必死に習得を試みた! まずは小石を任意の場所に転送する事から始めた! 対象は多岐たきに渡り! 気がつけば思いのままに魔法を扱えた! しかし! どんなに探究を続けても! 自分自身の転送は不可能だと悟る! ワシは絶望に暮れる! なぜなら! 銭湯の女湯のいい感じのポジションに転送する夢が潰えたからだ!!」ホミィがじじいの後頭部に蹴りを入れた!


「すっかり元気ですな。レインバード殿」お茶を持ったドリスが出てくる。

「やあ、暑苦しさと技のバリエーションの少なさで皆からけむたがられていたドリス君」

「やっ、やめて下さいよ余計な事言うのは!」

(ドリス……だから嫌気が差していたのか……汗)


 ——すると突然! 店の扉が蹴破けやぶられた!!


 鎧を身につけた兵士がズカズカ入ってくる。


「私は王の使い! 現在! 行方をくらました宮廷魔術師に対し、捜査命令そうさめいれいが出ている! なお、顔がなんか思い出せない為、年寄りは全員強制連行とする!!」メチャクチャな事を兵士は言い出した!


「相変わらずだのう、ヤツは」

 するとホミィが立ち上がった! そしてすかさず兵士の背後に移動した!

「いらっしゃいませお客様! 当店では、現在! 観光キャンペーンを! 実施じっししておりまして!」ホミィが兵士を転送門に向かって押す!


「ちょ!? ちょっと待て!? 何だこの魔界に通じてそうなモノは!?」俺と見解が一致した。

「いえ……! ご遠慮なさらず! 楽しい旅を、保証します! ので!」 

「い、いやじゃ!! 入りとうない!! よせ! よせええええ!」ホミィが兵士のケツを蹴り飛ばす!


「あばよっ!!」

「どわぁあぁあぁあぁ……!?!」



 しばらくしたら師匠も来た。俺たちは固唾かたずを飲んだ。

「ル、ルノよ……」師匠は駆け寄り、思いっきり飛びついた。


「おじいちゃん……! おじいちゃん……!!」師匠はわあわあと声を上げて泣いた。

 レインバードはそっと、師匠の背中に手を置いた。俺は胸に温かいモノを感じた……。


 皆が揃った所で、俺はレインバードに要望を伝えた。焼き菓子を頬張ほおばりながら彼は答える。

「成程な。確かにそれは、ワシに頼んで正解だ。ワシ自身、転送魔法の使い手を他に知らんしな」

「ねぇ、レインバードさん。この門さ、私がたまたま見つけたんだけど、アナタが作ったんじゃないわよね?」


「……私見しけんを述べる。まず、転生者がいつから発生し始めたのか、知っている者は?」全員が首を横に振る。


「そう、ワシ自身……イヤ、誰も決定的な答えを出せん命題めいだいなのだ。大昔からそういう事象じしょうがあったと仮定する。様々な物語があったと思うが、まあそれはいい。そして、いつしか転生者の数は膨大ボウダイなモノとなる。この世界で子を産み、育てる者もおるだろう。反対に、適応出来ずに元の世界に帰りたいと願う者も。そして魔力というモノは、個人よりも集団の方がより大きな力を発揮する。当たり前だけどな。そういった帰りたいという集団の願望に魔力元素が呼応し、形ある存在として顕現けんげんした。ワシはそう考える」


「じゃあやっぱりコレは……元の世界に……」

「それをワシが今から調べる」彼はお茶を飲み干すと立ち上がった。

「この魔法は、複雑極まる数多あまた術式じゅっしきの集合体。故に、技名をつけられないのが残念な所だ」——すると突然!! じじいは勇みだした!!


「——聞け!!  お前らよ!! これより紹介するは! 元・宮廷魔術師レインバードによる、一世一代の大仕事!! ご照覧しょうらんあれぇぇぇえ!!」

 空中に図形やら数式が出現する! それにしても目立ちたがりが多い世界だ。

 転送門の周りを飛び交い、暫くすると所定の位置に収まった。うっすらと光を帯び、数式が様々な計算をする様子が見てとれる。そして俺は思った。


(なんか地味だな……)

「でよっか……」「「「うん……」」」俺たちは昼食をとりに出た。


 レインバードに差し入れを持って帰ると、作業が完了した事を教えてくれた。

「元の世界に戻れる、というのは、やや語弊ごへいがあるな」

「……どういう事ですか?」

「この門は、その人間が最も長く過ごした場所を検知し、そこに転生させる仕組みになっておった」

「じゃあ、さっきの兵士はこっちに居るんですね」

「転生者で、こちらで過ごした時間が少ない場合を除いてな。で、記憶や成長の度合いを継承した同一個体として再び“転生”するのだ」



「ああ、俺も最初来た時そうでしたもん。いやー、焦りましたねあん時は」

「まあ、あちらの世界の者が突然こちらに“転生”する、というのはまた話が違うがな」

「でも全裸になる点は共通してるんですね」


「ねえおじいちゃん」師匠が質問する。


「その突然転生する現象については、見解があるの?」

「——それは、神のみぞ知る、だ」

「そ。まあいいわ」


「ちなみに、『転生』と『転送』で別々の処理がされてるのは全裸の話で理解したな? 物質の転送先は——」

 ——すると突然! ホミィがせっせと直した扉が蹴破られた!!


 黒い鎧を着た異様な風貌ふうぼうをした者が現れた。 


「ついに突き止めたぞ!! 私は魔王軍兵士だ!! お前らだな!? おかんむりだぞ! 魔王様は! お前らがお城に土砂を送りこんだせいでなぁ!! そして魔王様は言われた! 人類に宣戦布告センセンフコクを——」またホミィがひと汗かいた。


「そゆこと」

「何か物騒な言葉が聞こえましたけど……」

「あ。あと気軽に往復できるようにしといた」

   

 !?


「まあ、この条件に適合するのは……」


 ——皆が意見を出し合った結果、俺が門をくぐる事になった。俺は約2年、この世界に居た。つまり日本に戻れる。……しかしなぁ。


 

 ——3日後


「いやぁ……メチャクチャ怖いんですけど……」

「がんばれー!」「応援してるぞ!」「なんとかなる!」

 理屈も何もない声援が飛び交う。ホミィが師匠を肘で小突く。店の奥に行き、戻って来た。

「ん」ロープの様な物を持っている。

魔力紐まりょくひも。おじいちゃんと一緒に作ったの」

「生体として判別されるハズだ。先日、同じ物を門に放り込んだ」

「で、私が透視で魔王城をくまなく見たけど、それらしき物はなかったわ。土砂はあったけど。」

 ちなみに魔王城は町の北側の山を越えた谷の底の方にある。


 万全ばんぜんす為、パンツスタイルになり、肌の部分に魔力紐を巻きつけた。ドリスに反対側の端を持って貰った。


「——師匠、ドリス、ホミィ、レインバード。皆んな、最後になるかもしれないから……」——突然! 師匠に蹴り飛ばされた!!

「さっさと行ってこい!! おじいちゃんを疑ってんのか!!」


「どわぁぁぁぁぁぁ!?!?」俺は異空間に投げ出された!


 何か普通に着いた。俺の部屋だ。誰も掃除してないじゃん……ん? ——突如転送門が巨大な光を発し! 突風が吹き荒れる! ホコリも巻き上がる!!


「!? なんだ!?」騒ぎに気付いた妹が階段を登って駆け込んで来る!!

「なにコレ……!? ってお兄ちゃん!? 何その格好!?」

「ソコはいいだろ!? 危ないから下がってろ!!」


 取りえず場は収まった。そしてクロゼットから服を取り出すと、紐の上に着た。

「どこ行ってたの? お兄ちゃん」「ああ、ちょっと異世界にな」「あー、なんか流行りの」


 妹をリビングに戻すと、俺は門を見る。紐が中に対して真っ直ぐ伸びている。そして禍々しさが消えていた。俺は再び門をくぐる。


「ただいまです」皆がカード遊びにきょうじていた。何故か師匠とホミィは俺から目を背けた。

「どうやら」レインバードが切り出す。

「我々が取った例外的な行動が意外な結果を生んだようだな」

「例外って……この紐ですか?」


「憶測だが、この世界で産まれたドリス君と、お前とが世界をたがえて魔力紐で繋がった事。それがこの結果を招いた。」レインバードは例の魔法で解析しながら続けた。


 ?


「簡単に言うと、この世界とお前の世界が固定されたのだ。」

「へー、あっ! ちょっと待ってて下さいね!」俺は再び門をくぐる。そして冷凍庫にあったアイスクリームを持ってきた。


「ジャーン! 師匠! 見て下さいよ! 俺の世界にあるアイスってお菓子です!」しかし俺の手には何も無かった。

「言っただろ。物質は移動できない」

 ……ああそうだった。師匠のが見たかったのに。

 

「イチロー殿……言いにくいんだが……」

 てことは待てよ?もしかして俺——

「おい……」まさか——

「さっさと……!」マズイ……!

「さっさと服でもパンツでも身につけろってんだよお前よォ!?!?」——完全に忘れてた!!


 服を着た俺は、妹に異世界に遊びに来ないかと誘いに行ったが、絶対イヤ! と言われたので戻ってきた。


「……お前学習しろよいい加減!?」また師匠がキレた! しかも妹にもまた裸を晒してしまった! ていうかどうしようもなくないかコレ!?


 ホミィが手際よくカーテンで仕切りを作ってくれたので、は解決した。再び服を着終えた俺は、皆に提案する。


「なあ皆んな! よかったら俺の世界に遊びに来ないか!? ちょっと観光がてらさ!」


 ……? 皆の反応が薄い。


「楽しそうだろ!? ドリス!?」「いや……」

「なぁホミィ!?」「ちょっとねえ……」

「レインバード!?」「やだもん」

「し、師匠!?」「………」


 コ、コイツらっ!?

  

 1時間程説得したが駄目だった。特に女性陣は殊更ことさらに嫌がった。

 1週間後、俺は再び皆を集め、考えていた事を説明した。


 前置きが長くなったが説明しよう。これが俺の考えた、この世界で『』方法。『』の新事業。


 ——その名も


【未知の世界に出掛けられますわね! あと往復できる! つまり観光みたいに気軽に楽しめる!!】(ホミィ案)


 ——旗揚げだ……!!




 再び1週間が過ぎ、俺とホミィは道場に来ていた。店番はドリスに任せてある。


 「誰も来ないんですけど!?」「知るか! 私に聞くな!」この頃既に俺は、商売の難しさを身をもって味わっていた。

「私も色々宣伝して周ってんだけどねー。やっぱ得体が知れなさすぎて……」ホミィが近寄って来たネコを撫でる。

「俺だってあっちの家族に訴えてるんですよ! 友人も誘って欲しいとかも色々!」

「でもねぇ……」「ねぇ……」


「「はねぇ……」」

 そんなに嫌かお前ら。……俺もヤだけど。


 道場を後にすると、河原に向かった。俺は小さい頃から空想が好きだった。ここでふけっていると、仕事のわずらわしさから解放される。今日も静かに寝そべった。

 レインバードから『転生』と『転送』が別物だと聞いた時、俺にある可能性が浮かんだ。勿論、あまりに突飛とっぴな妄想だ。

 俺がよくする日雇いの撤去……これは突然現れたガラクタを仕分けして荷台に積む仕事だ。

 誰も出現する瞬間を見た事が無い為、この世界でよくある怪現象ぐらいの扱いだった。

 内容は木片、石、ガラス、布切れ。取るに足らない物ばかり。あるいは資源に、あるいは廃棄物になる。

 

『こんな世界だから』と、俺含め皆、そこまで疑問視していなかった。

 ……初めて師匠の道場を見た時は驚いた。それは日本にによくある古い木造の建物だったからだ。

 しかし俺は、『こういうのもある世界なのか』ぐらいの感想しか抱かなかった。


 ここからは本当に、万が一の話なのだが、『もし』師匠が転生すると同時に、『もし』師匠の家ごとこちらに転送されていたら……。

 ——そして何より、師匠の所以外で、『ネコ』に相当する生き物を見た事が無い……。


 屋台通りを歩いていると、クリームパイを注文するホミィが目に留まった。俺は同席する。そして我慢出来ずに質問した。


「なあ、ホミィ。師匠の住んでる所ってさ、アレいつから——」「ああアレ? 私が建てた」


 !?


(……なっ!?!?)


「3年前くらいかなぁ? あの門でボロ儲けしたからさ、なんか暇だったんだよねぇ。でさ、適当に土地買って、何かやろっかなーって考えてたの」

「……」

「で、ルノっちに声掛けて、魔法訓練所に決まったの。あの子の要望を大切にしたわ。きっと、元の世界ではあんな感じの所に住んでたんだねー」

「……それにしちゃあ……随分古くないか?」

「そこは私の腕の見せ所っ! わかる? 細部まで施された職人技!」


「…………」


「……なぁ」「何?」

「お前もう大工やれよ……」

「えーやだよー趣味だもん。仕事にしたらつまんないでしょ?」確かに。

「でさでさ! 進めてたらどんどんアイデア湧いてきてさ! 2人で盛り上がって、変に大きくなっちゃった! 面白いでしょ?」「おもしろー」


 仮説が崩壊した事で心も崩壊したが、最後の望みに賭ける。

「……師匠んとこさ、何かホラ、4本足で毛の生えた可愛い生き物居るだろ? アレって——」

「あの子ね! 可愛いよねぇ! 何かさ、抱っこしたまま一緒に来たんだって! 前言ってた!」

(その手があったか! 思いつかなかった……! ていうかコイツも色々疑問に思えよ!)

 俺はレインバードよろしく衰弱しきっていた。すると通りの奥が騒がしい事に気づく。


 変な絵を描いた紙を持ったヤツが肩を鳴らしながら通りを進む。恐らく魔王軍兵士。

「ねぇアレ……」「……わかってる」俺たちは少し身を潜めた。


「我々はこの者たちを探している! またおかんむりだぞ! 魔王様は! 全裸にされ送り返された配下を見てなぁ!! ちなみにオレはアイツを弟の様に思っていて——」

 ——俺たちは誰かに抱えられ!路地裏に連れ去られた!


「少々迂闊うかつだな、ご両人」ドリスだった。

「あぁ、ドリス。店番は?」「マィリカ殿に頼んだ。怪しい輩が見えたので追っていたのだ」

 俺は無理を言ってマィリカに協力を要請していた。観光客に備えてどうしても彼女の力が必要だった。何やら渋っていたが、ホミィの財力にモノを言わせ、示談じだんが成立した。

 ——ドリスは真剣な顔になると、俺たちにな提案を持ち掛けて来た。そして翌日。


 道場に皆が集結。そしてドリスが旨を説明した。


「いいんじゃない? 何かうざいし。」師匠が言う。

「ワシもいいぞ、うざいし」「うざいしやりましょ。うざいし」皆が賛同した。——いきなり道場の扉が開く!! 息を切らせたマィリカが現れた!


「きっ、きき来たのっ!! お、お客さんがっ……!」

「ど、どっち側ですか!?」 「あっちから……!」

 

 !? ついに来たっ!?


 俺たちは全員レインバードに転送して貰った! 店にはいかにもアホそうな全裸の青年が居た! ドリスと俺とで彼を捕獲しベッドに移す! すかさずマィリカがマッサージを施した!

 シミュレーション通りだが、実際に目の当たりすると想像以上にアホらしい光景だった。彼が口を開く。


「ちょいっす。イヤーびっくりしたなぁ。ここが未知の世界っすか?」日本側にもここと同じ看板を取り付けてある。

「いいいいらっしゃいませ! と、と当店におおお越しいただき、ま、まことに——」ホミィがあり得ないくらい緊張していた! 師匠が口を挟む。

「イヤまず服! 服着せてあげろよ!!」最もな意見だ。流石師匠。着た。

「とと当店では! いかんせん前払いになって……おりまして!」頑張れホミィ!

「そんでもってアナタは! この世界を自由に謳歌おうか! まさに自由に謳歌なのです!」……頑張れホミィ!

「金? 金っすか? つーかこっち(日本)のお金使えるんすか?」


 !?


 しししまった!! その辺全く考えてなかった!!


 全員が俺を見る……


「? どうなんすか?」

「ワシが説明しよう」レインバードが合流した! いいぞ! 説明した!

 そして彼は3日プランを選択し、出掛けていった。

「質問」はい師匠。

「これ女性の場合どうするの?」


 !?


 レインバードの提案で言語の問題が解決する足ツボマットを作成し、門の出口に配置。ホミィはちゃんとした試着室をこしらえた。俺はこの世界でよくある服を色々見繕った。もう問題ないよな……?

 ——信じられないがまた来た! 転送門独特の音が試着室から聞こえる!!


「い、いらっしゃいませ! わ、分かりますアナタのお気持ち! いきなり全裸ですもんね!? でも大丈夫! 女性の方は赤い扉に! だ、男性なら青です……!」

(なんかこんな番組あったな……)

 しばらくすると女性が出てきた。妹の友達だった。

「あ。ホントにイチローだ。ここが(妹が)言ってた異世界?」「まあな、楽しいぞ」


 彼女は半日プランを選択し、出掛け、真面目に戻ってきた。好奇心が満たされたようだ。

 この日はこれで終わった。ちなみに夜は妹に頼んで誰も入れないようにして貰っている。俺たちは約2500ドンドボスの利益を得た。


 翌日、ドリスの作戦に参加する為に店に向かっていると、昨日の青年が居た。声を掛けてみる。

「おーい、どうだ?この世界」

「めっちゃ楽しいっすよ! 俺絶対また来ます! 貯金してから!」

「おお良かった。夜は大丈夫だったか?」

「なんか安そうな宿で寝ました! でも興奮でなかなか寝つけなくって——」

 ひとしきり彼の話を聞くと、再び歩む。楽しんでくれて何よりだ。俺は1人で笑みをこぼし、店へと歩いた。


「そういやさ、マィリカさんとレインバードさんは顔見知りなんですよね?」

「うん。何か見たことあるなって思って聞いたら、やっぱりあの時のお客さんだったわ」

「この人じじぃとか言ってましたよ」

「ちょっとルーク!?」くすぐりの構えをとった!

「ワシは忘れとったがの。変わった魔法だったから勉強がてらマッサージを受けに行ったのだ」

「レインバードさんは転生者って訳じゃないよな?」

「間違いなくここで産まれた。純粋に知識の補強をしに行ったのだよ」

「ウチは代々やってんの。ルークみたいな人の為にね。言葉の通じない人がよく店に引っ張られて来るってワケ。ルークもそうだったでしょ?それにそこの——」俺は手で制す。


 何やらマィリカもハッとしていた。師匠は読書に没頭していた。

 俺が師匠を転生者だと知ってる事を、恐らく本人は知らない。何となくこの話題は避けた。レインバードも状況を察した。

 お茶と共に現れたドリスの話を聞き、いよいよ作戦実行の運びとなった。


「さっさと行きましょ。ペットの世話があるし」師匠の合図で俺たちは転送された。マィリカは店番だ。


 ——現場に着く。俺は質問をする。

「どうしても……ここから行くんだな?ドリス」「どんな形であれ……」


「私は誓いを捨て、王の元を去った。暗愚あんぐ極まる王と言えどな……」


「それにこの重剣は、王より賜りし物」ドリスは剣を強く握り、天高くかざした。


「なればこそ!! 私は成し遂げねばならん!! 長きに渡った魔王軍との戦いに終止符を!!」


「……それが私の、せめてもの重騎士道だ……」


「ドリス……(重騎士道って何だ?)」


 といった次第で、俺たちは魔王城正門前に来ていた。千里透視魔法で見回りが居ないのは確認済みだ。

 ——すると突然! 空から謎の物体が飛んできた! 魔王軍か!?

 レインバードだった。何か逆さにした机に掴まって飛んできた。

タダの応用だ。物体に極々細かい連続した転送を(略)」俺は何となく理解した。

 脇を見ると、窪地くぼちに大量の土砂が投棄とうきしてあった。魔王軍の苦労を思い、アリの触覚程度の罪悪感を覚えた。そしたら何か土砂が消えた。

「これで元通り」

「大変だったのよ? 床壊してまた直すの。あとコイツ作業中チラチラ見てくるし」

「ぬぅ……!」 ぬぅ……! じゃねぇよ。

「穴の空間に座標固定処理ざひょうこていしょりを施しておいた。完全ではないが(略)」俺は2人の労を労い、正門の内部を透視しようとした。

 ——すると突然!! 正門は粉々に砕け散った!!


 おまっ!? ドリス!?


 ——いきなり決戦の火蓋が切って落とされる!!


 中には大量の兵士がひしめいていた! つかひしめきすぎだろ!? 狭っ!?

 有無を言わさないドリスの剣技が炸裂する! ホミィは小賢しさを駆使して作った遠距離武器で地味に支援する! 師匠は一寸先透視魔法でヒラヒラ攻撃を回避する! たまに鈍器で殴った! レインバードは後方で遠くをキョロキョロする! 何してんだ!?

 ……そして思った。


(あれ?俺やる事なくね……?)

 何か新解釈を考えたがダメだった!! 取り敢えずホミィに武器を借りた。


 次の部屋に行くと黒い魔導師が居た!

「去るがいい、我が王は……——すかさずドリスの剣技が炸裂した!! いい感じだ!

 次の部屋に移ろうとしたその瞬間!! 先陣を切ったドリスに瓦礫ガレキが降りかかる!!


「ドリスッ——!!!」

「わ、私の事はいいッ!! 早く隙間から先に行けッ!!」ドリスが徐々にその体を沈める。


「イチロォ!! お前と出会えてから私は——」

 俺たちが通り過ぎると同時に、崩落を起こした……。


「ドリスーーーーーーッッ!!!」

 振り向くと普通にドリスが居た。更に振り向くとレインバードがモジモジしていた。

「いやその、何か言いづらくて……」「言えよ!」 「私も“視え”てた」「言えよ!」


 2人はしばらくモジモジしていたが、安全そうな場所を見つけたので休憩とした。

「順調だねー♪」「ねー♪」師匠とホミィが雑談する。すると屋台にありそうな食べ物や飲み物が出現した。

「腹が減ってはなんとやら、だ」

「レインバードさん!」「レインバード殿!」「よっ! 禁固ゼロ年っ!(?)」「……」

 それらを眺めていた師匠が呟いた。


「酒は?」——すかさず屋台でよく見る酒が出現!

「違う」——綺麗なガラス細工の酒が出現!

「違う」——王室にありそうな豪華な装飾の酒が出現!

「これにしよっと」……なんだか嬉しそうだ!


 先程の魔法の仕組みをレインバードが説明するのを聞き流しながら食事をしていると、地獄からやって来たようなイヌが現れた。説明するまでもないが、ドリスの有無を言わさぬなんとやらが炸裂した。

 透視で見ると、次の階段の先には魔王が居た。


「……ねぇ、ちょっと……」師匠が深刻そうな顔をして切り出した。そして俺を除いて全員が退席した。



 ——師匠が帽子を取る。そして踵を上げ、俺の頭に手を置いた。現実感が無い。


「ここまでよく、頑張ったな……」


「師匠……。でも俺、何にもできてないですよ……店の方も全然ですし……」


 師匠は優しい表情を浮かべていた。


「私はこう考える……」


「お前の熱意が人を集め、お前の熱意がコトを起こした。……そして何より、お前は——」


……』


 師匠の顔が赤い……心臓が、心臓が脈打つ。俺は完全に固まっていた。


「だから……もう、いいよね? お…………って、呼んでも////」


 ?


「わたしの…………////」


 ……?


「えっと……?」

 

「わたしのお兄ちゃんじゃないの!?!?」


「……どういう、アレですか……?」


「だって!! アンタ転生者でしょ!? わたしもそうで……それに昔わたし、生き別れたイチローって兄妹が居るって! 聞いたもんゼッタイ!」


「……普通に別人なんじゃあ……」


「…………」師匠は俯いた。


「わたしちょっと、パワーアップ」

「ええっ!?!?」師匠の眼が輝く——!


「たった今新たな解釈を得た!! オラァ!! 一緒に視るぞ!!」師匠が腰に手を回してきた!

 ——空中に切り取られた文字列が視える! な、何だコレは!?!?


————————————————————————

 ——一瞬。見落とす程一瞬。

 師匠の顔が強張った気がした。

————————————————————————

 ↑まずはコレだ! お前がイチローと名乗った時な!? 説明しろ!

「いや何か、トイレでも我慢してるしてるのかなーって……」「ああ確かにお酒は利尿作用が……って何言わせとんじゃー!!」

 漫才が始まった!?


————————————————————————

 初めて見る師匠の笑顔は、思ったより可愛くて、そして何だか……


 ——守ってあげなきゃいけない気がした。

————————————————————————

 ↑次はコレだ! いかにも意味深な感じがするぞ!

「ああ、コレは最初カワイイなーって思って、だんだんヤバい! カワイイ! ってなって。ああ守らなきゃなぁこの笑顔って」

「……」


————————————————————————

 去り際に、小さな寝言が聞こえた気がした。


「…イチ……カ…」


 俺は仕事に向かう。……とにかく俺は、仕事に向かう。

————————————————————————

 ↑はいコレ! 『とにかく俺は』って所が引っかかりますねー!? 何かなー気になるなー♪!?

 必死だこの人……!?

「えっと、こん時俺、ホントに疲れてて……」

「……」


「イヤだってそうでしょ!? 早朝から仕事して、師匠の世話してドリスが来て、また師匠のワガママ聞いてすぐ仕事行って!」

「……」


「……つーかこの変な寝言何だよ!?」

「知りませんケド!?」


————————————————————————

「なんだか……元気ないわねぇ」「キツイ仕事だったんじゃねぇのか?」「そうじゃなくてねぇ……」

————————————————————————

 ↑じゃあコレは!? 宿屋のおばさんが何かを察知してるぞ!!

「勝手に深読みしてるだけじゃあ……」

「……」


————————————————————————

「……師匠! いつになったら会得できるんですか! 透視の魔法は!」

「ん、もうすぐ」

「そればっかじゃないですか師匠テメェはよぉ!」

————————————————————————

 ↑何かこの辺のお前口悪くない?

(言いがかり……!?)


————————————————————————

「7000ドンドボス……こっちは12000ドンドボス!?」「ひぇえ!」店員がジロジロ見てくる。

————————————————————————

 ↑値段見てんじゃねーよ!!

「コレは素直にすいません!!」


————————————————————————

屋台通りを歩いていると、クリームパイを注文するホミィが目に留まった。俺は同席する。

————————————————————————

 ↑何デートしてんだよ!?

「別に普通じゃないですか!?」



 ——空中のソレらは消えた。師匠が大きな溜息をつく。

「……もういい。こんな魔法使わない」師匠が俺の前に立つ。

「だったらさぁ……」右膝を大きく曲げる。——瞬間!! みぞおちに激烈な蹴りをくらった!!


「おごぉ——!?!?」すかさずマウントを取られ、胸ぐらを掴まれた!


 !?


(——何だ!? 何が起きているんだ!? コレ……!?)


 ……お互いの唇が離れると、師匠は素早く身を引き立ち上がった。

「……いいよね別に! こんなコトしても!! 兄妹じゃないんだし!? ハイ残念! わたしの勝ち(?)でした!!」師匠は走り去った。

「——ま、待って下さいよ師匠……!!」




 ——両目の淡い光が収まると、壁越しに『視て』いた2人から視線を外す。


 ……。

 

 ホミィ・レティアはかつて、ルノとレインバードに触発され、魔法の習得を目指していた。

 極度の知りたがりの彼女の『願望』は、やがてある魔法を生み出す。レインバードが失踪しっそうしてしばらく後、人知れずソレは完成した。無論、公言は控えた。


心透視魔法しんとうしまほう


 ——こんな事……してはいけない……

 そう思いつつも、彼女の生まれ持っての素養がいつしか勝った。

  そして、ルノの心の奥底に漂う深い悲しみの感情に触れる。決して自分1人では受け止めきれない、それ程までの重圧があった。

 以来、彼女は自身に使用の禁止を命ずる。

 ある日を境に、ルノが徐々に明るさを取り戻している事に気が付き、後に理由も知る。

 ルノは彼女に、絶対に内緒にして欲しいと前置きし、日々起きた出来事を話してくれた。身振り手振りを交え、眩しい笑顔を振りまきながら、その男について語る。

 それでも彼女は時折、暗い表情で思いを馳せるルノの姿も知っている。やがてあの救出劇が繰り広げられる。

 しかしながら今、彼女は自身への誓いを破る。


(これで……よかったんだよね……?)


 2人の心の内を読み取ると同時に、涙が頬を伝う。その一滴は、人知れず地面を濡らす。


————————————————————————

 ……彼女の淡い恋心は、静かに幕を下ろした。


 そして1人、静かに笑う。

————————————————————————



「ねールノっちー! これ終わったらさぁ、新しいカメのパン屋さん行こうよ♪!」

「カメのパン屋!? 絶対行くぅ!!」

 ……彼女らがキャピキャピしてる様子を横目に見ている俺は、先程の出来事を思い返して先程の出来事を思い返して先程の出来事を先程——

(いかん! 駄目だ! 魔王との決戦前だぞ!!)

「し、師匠! イヤーどんなヤツなんでしょうねぇ魔王ってヤツぁ! ねぇ!?」


「……////」モジモジ


 ——後方で見守っていたレインバード・リストテレスは思った。


————————————————————————

 ……ルノよ。お前は本当に強くなった。これは(略)

————————————————————————


「ほーらっ!」ホミィが師匠の背中を叩く。

 師匠がトテトテ寄って来る。俺の目の前で俯く。そして小声で言った。


に道場に、帰ろうね……////」


 俺は死んだ。死んで再びこの場に転生したぐらいの気持ちになった。——すると突然!! ドリスが階段を駆け上がり始めた!!


 おまっ!? ドリス!?


 何やら上から叫び声が聞こえる! 俺はできる限り聞き取りに努めた!

「○王……うこそ、の……いに……○○ぞ!」

 よく分からんから全員向かう! 予想通り魔王と対峙していた! いかにもなヤツが居る!


【ふん、仲間が居たか……。いいぞ、もう一度やっても】

「魔王よ! 今日こそ長年の戦いに、ケリをつけるぞ!」普通の台詞だった。

「質問」【どうぞ】師匠が聞く。

「私達がこんなに騒いでるのに、どうして玉座から動かないの?」

「あー何か俺も気になってました」「確かに」「理由は?」「ワシの知識を持ってしても分からんの」


 ……。


【……うるっせぇんだよォ!! 矮小わいしょうな人間共が! 古今東西ココントーザイ! わかる!? 決まり事ってのがなぁ!?】

 この世界は魔王も短気だった。彼の身体にヒビが入り、やがて黒炎を噴き出す。


 ——姿を現したのは太古より君臨する不滅の王。数多の時空を消し去り、神に追放されし存在。

 その眼は計り知れぬ怒りをたたえ——


 ★そしたら急に魔王が姿を消した!!★


 振り向くとレインバードが上空を指差しながら、もう片方の手で控えめなピースサインをしながらウインクして、茶目っ気たっぷりに舌を出していた。


「……クソジジイ!」「見損ないましたぞ!」「はい禁固1000年!」「耄碌おじいちゃん!」


 レインバードが、魔王には物理的な攻撃が通用しないなどと弁明したので、ひとまず納得した。魔王は遥か彼方に居るらしい。

 師匠が玉座に座り、したり顔をかました所で、解散の運びとなった。


 翌日、疲れが溜まっていた俺は……


 ——魔王軍の皆んなと銭湯に来ていた!


「ひぉおお!」「ここビリビリする!」「おい! あっちで我慢大会しよーぜ!」「あ、シャンプー貸して。」「イヌは駄目だろイヌは!」「滝だ!」すると1人の男が近づいて来た。


「覚えていますか!? あの時変な所に押し込まれた者です! イヤー、あの時は(略)」

 彼は色々と教えてくれた。城の不便さ、暗さ、食事の貧弱さ、トイレの汚さなどなど。俺は質問する。

「そういやあ、こっちで魔王軍が何やら不穏な動きをしてるって聞いたんだが、何かやってたのか?」

「ああ多分、アイツ(魔王)一時期夜中に山に登って、この町を見下ろしながら立ち小便をするのにハマってたんですよ。それじゃないですか?」聞かなかった事にした。

 更に魔王軍はとっくの昔に弱体化していた事、強さ故に誰も魔王に逆らえなかった事も教えて貰った。


 ——外に出ると異様な光景を目にした! お年寄りが城に向かって列をなしている!?

 レインバードがお尋ね者だと思い出した俺は、彼とドリスに声を掛けた。

 そしてドリスは城に転送された……



「——き、貴様! 今までどこに行っておったのだ!」


 ——彼は轟音と共に重剣そのつるぎを床に突き刺す。王は尻餅をつき、そして失禁した。


「私は務めを果たしました」そう言い放つと、彼は城を後にした。


————————————————————————

恐怖に歪む王と、歴戦をたたえた重剣だけがそこに残された。

————————————————————————


 しばらくするとドリスが戻って来た。清々しい彼の顔を見て俺は、拳を差し出した。彼がソレに応じた。この日を境に、『老人大量連行事件』は止んだ。

 一部始終を見ていた元、彼の部下が、後にこう呼ぶ。


『王国一の重英雄ドリス・アーレスト』……と。



 ————今まで俺は、宿を転々としたり、店の空き部屋で寝泊まりしていたのだが、今日から……


「こ、こんちゃーす……」ガラガラ

「お、おかえり」「……」「……おかえりっ」

「た、ただいまですっ」

「ぬ、濡れたでしょ? はい! 使って?」師匠がタオルを渡してくる。今日は天気が悪く、雨風が強く吹いていた。

 静かな日だ……いつもの喧騒けんそうも音楽も、今日は息を潜めている。雨音と静寂とが道場を満たす。


「師匠……俺結構前から、知ってたんです。師匠が転生者なのを……」

「……ホミィね、あの子そうだから」

「もし……もしイヤじゃなかったらその、知りたいんです。師匠の事をもっと……」

「……ご飯にしよ。別に大丈夫だから、ゆっくり聞かせてあげる」

 窓枠が揺れる。風が強くなってきたようだ。師匠が野菜のシチューを持って戻って来た。……どういう事だ?


「丁度こんな日だったの。わたしが来たのは……」








——10年程前——



「——えっ?……えっ?」気がつくとわたしは、丘の草原に居た。暴風雨で視界がかすむ。


「何、コレ…… 服は? ねぇニャン太!? わたしどうなったの……!?」


「おかあさん!! ねぇ!! おとうさん!!」


「何でよ……!? 何で!? ……ねぇ!?」


 わたしは、何も状況がのめないでいた。廊下で1人、猫と遊んでいただけなのに……


「——! 待って行かないで! 戻っておいで!!」


 追いかけるとそこには、1人の大人が居た。彼はニャン太をわたしに返すと、膝をついた。


「●●●●●」わたしは外国に来たのだろうか。彼が大きな布を差し出し、着るように言った気がした。


「●●●、●●●●●」ソレはじっとりと湿っていたが仕方なかった。わたしは頭を下げた。


 丘を降りると、たくさんの建物が並んでいた。全てに見覚えがなかった。


 知らぬ間に眠ってしまい、外国に来た。わたしにはそのような想像しかできなかった。


「ねぇ……わたし足がいたいよ……」


「●●●!●●●●」


 彼はニャン太を預かり、わたしを背中に乗せてくれた。


 町の外れとおぼしき場所に、古い家があった。わたしはそこに連れられた。


「●●●」彼がパンとミルクを差し出す。ニャン太にも水をくれた。


 食べていると涙があふれてきた。わたしは一体、どうなってしまうんだろう……。


 彼は待っててほしいような動きをし、家を出た。


 少しすると、おばあちゃんくらいの女性が来た。わたしの身体に触れ、肩を叩いた。



「————さあどうだ!? ワシの言葉が分かるかな!?」


 ……いきなり日本語を喋りだした。やっぱりここは日本なのだろうか。わたしはうなずく。


「さて! いいモノを見せてやろう! ぬぬぬ!」


 部屋の隅に居たニャン太が彼の手の中に居た。わたしは目を丸くした。


「驚くのはここからだぞ! あの鉢植えを——」


 彼はニャン太にひっかかれ、大きくのけぞった。


「こりゃあ元気な動物だ! 元気が1番!」



 ……わたしは笑った。そして彼も笑った……。



 数ヶ月がたつ。レインバードと名乗ったその男に、色々と教えてもらった。


 わたしはもう、帰れないんだろうと考え始めていた。おかあさんやおとうさんは、どうしているんだろう。


「ルノよ。遊びに行かんのか? 見よ! この素晴らしい天気を!」


 ——。それがわたしの名前だった。難しいという理由で、彼が新しい名前をくれた。


 わたしは暗い顔で外を歩いた。すると上から声が聞こえてきた。


「もしもーし! そこの君ー! それ取ってくんなーい!?」


 見上げると、わたしより少し大きい女の子が居た。木のぼりをしてるのだろうか。木漏れ日がまぶしい。


「そうそう! ソレこっち投げてー!」


 わたしは投げた。でも届かなかった。もう一度投げると、あさっての方に飛んだ。


「あちゃー! あっちうるさいおばさんの家じゃん! ……ちょっと待ってね!」


 彼女はロープを垂らし、器用に降りて来た。


 怒鳴り声が聞こえ、彼女が戻ってきた。


「めっちゃ怒られたんだけど!? ヒドくない!?」


 わたしはまた、笑った。


 彼女はホミィと名乗り、もうすぐ完成する秘密基地を自慢した。わたしも見にいった。


「よい……しょっと! どう? わたしの最強! 秘密基地は」


 わたしはその出来栄えに、ためいきを漏らした。


「たいへんだったよー? あっちのおっさんの裏庭からさ! 毎日ちょっとずつ——」


「……君見ない顔ね。どこの子?」


 わたしは事情を説明し、2人で家に向かった。



「でたな、悪ガキ」「ヤッホー世話好きじじい」


 彼はなんだか嬉しそうだった。


「この間のは傑作だったぞ? ワシの本で変な塔を作りおってからに……」


「あんなの朝飯まえっ! つぎはもっとヒドイよ?」


「期待しよう! 未来の大建築家よ!」



 この頃からわたしは本を読むようになった。特に、マホウの本を読むと気持ちが晴れた。


「あっ、ルノっち! マホウできた!? 空とべた!?」


 わたしたちは毎日のように一緒に遊んだ。裏山にいったり、あやしい人を追いかけたり。ホミィはいつも面白いワルさを思いつく。



 1年が過ぎ、わたしはあることを計画していた。その日がやってきた。


 おじいちゃんに庭で待ってて欲しいと伝え、わたしは家にもどった。



「——おじいちゃん!! 誕生日おめでとう!! これ見て! 庭の野菜でつくったシチュー!!」



 ? おじいちゃんの姿がなかった。


「かくれんぼ? ダメだよーこんな時に!」


「……おじいちゃん? 居るんだよね?」


 ホミィを連れてきて、いっしょに探してもらった。どんなに探してもおじいちゃんは居なかった。


 2人はわたしの家で朝まで過ごした。それでもおじいちゃんは帰らなかった。


 あの日見たおばあちゃんが来た。困っていることを伝えたが、なんだかよそよそしかった。


 ホミィもまわりの大人に訴えたが、みんなが口をつぐんだ。


 なんで……


 ひとつきが過ぎてももどらなかった。


 どうして…………



「わたし……探しにいく……」「無理だよ! アンタ子供だよ!? 危ないからやめな!!」


 …………。


「だったら——」


「だったらホミィがなんとかしてよ!! わたしじゃダメなんでしょ!? なんとかしてよ!!」


「わ、わたしだって探してるよ!? でも……」


「……もういいよ! もう知らない!!……もうじゃない!!!」


「——待ちなさいよ!! 戻りな!!」



 イヤに騒がしい町、イヤに騒がしい音楽。行き交う人々……わたしには全てがゆがんで見えた。


 わたしは3日間、なにも食べずに探しまわった。でも結局、ホミィの言う通りだった。


 仕方なく彼女の家にもどると、庭先にホミィが居た。


「……ルノっち……」

「……」わたしは彼女に近寄る。


 ホミィはただ、静かに抱きしめてくれた。



 ——5年が経った。わたしは勉強を続けながら、町で簡単な仕事をした。既にホミィの家からは独立していた。


 時々、彼女と一緒に同じ仕事をする。あの話には触れてこなくなっていた。


「さて! 休憩だってさ!」


 彼女ととりとめもない話をする。こんな日々を重ねて、どうなるのだろうか。わたしは無力感に苛まれていた。


 彼女は何やら、スゴイモノを見つけたと息巻いていたが、今のわたしには興味が待てなかった。


 わたしは悩んだが、透視魔法の勉強に力を入れることにした。……もしかしたら。


「……ねぇルノっち。元気? 最近……」


 ?わたしは体が元気な事を伝えた。何だか彼女のヒトミの色が変わった気がした。


「! ホミィ? どうしたの!? 大丈夫!?」


 彼女はいきなり胸を押さえ、うずくまった。


「…………だい……じょうぶ……」


 心配だったが、本当に大丈夫だと言うので仕事に戻った。今日はお互いまっすぐ家に帰った。



 数年経ち、わたしは自分でも信じられないくらいマホウが上達していた。きっと、おじいちゃんの本を沢山読んだおかげだろう。


 そんなある日、ホミィがいつもの内緒の仕事を終えると、わたしの借家に来た。


「色々あってさ! いい所に土地買ったの!」


 彼女はわたしに商売の話を持ちかけてきた。自分の店を持つ。実感が湧かないが、ついには根負けした。


 すぐに作業は始まった。彼女が様々な所から材料を引っ張って来る。そのたくましさに、わたしは今まで何度も救われていた。


「……ねぇホミィ。わたし、考えがあるんだけど……」


 要望を伝えると、快諾かいだくしてくれた。建物は、どんどん形になってゆく。



 そう……ここがわたしの家の玄関。庭に花がいっぱいあって……中に入ると廊下が見えて、左は皆んなが居たリビング、こっちはのお気に入りのお昼寝場所。おとうさんおかあさんの寝室……奥にはお風呂があって……ここがわたしの部屋で……。


 なんだか心が落ち着く……この頃わたしはきっと、よく笑っていた。ホミィも楽しそうに作業していた。


「どう……じょう?」


 訓練所のようなモノだと説明した。こうしてわたしの魔法道場が完成した。


「名前がいるわね。『お見通し! あなたもわたしも皆んなお見通しになれる!』……とかどう!?」


 少し面白かったが、結局当たり障りのない名前にした。


 開店祝いとして、ホミィがお酒を持って来た。何だかワルそうな顔をしている。


「ホミィ。ホントにありがとね……わたしなんかの為に……」


「ええっ!? 何言ってんのよアンタ! あったり前でしょ! 友達だもん!」


 わたしは本当に、感謝をしきれない……。



 商売とは難しいモノで、何人かすぐに入ったが、程なくして辞めてしまった。


 道場を閉めてる間、町に出て仕事をしたりした。ホミィの商売は、うまくいっているのだろうか。まあ、彼女ならきっと。


 ある日道場で読書をしていると、扉が叩かれた。わたしは扉を開けにいく。


 訓練を希望したいと、男は言った。久しぶりの客だ。……それにしても、妙にソワソワしている。


「ここ何か、アレっすねぇ! 何かいい感じです!」


 男は毎日プランを選択した。熱心な人だ。これで少しは生活が安定する。


 彼には少し才能があったが、なかなかキッカケが掴めいでいた。


 ……いつものように彼が来る。そしてこう言った。


「……師匠! いつになったら会得できるんですか! 透視の魔法は!」——————————————————






 とっくに日が沈み、相変わらず鬱陶しい雨が降り注いでいた。話を終えると、師匠は酒を一口飲んだ。


「ありがとうございます……話してくれて」

「別にそんなに、面白くなかったでしょ……?」

「……俺がこの世界に来た時、ただ興奮していました。たった1人、この世界に居る特別な存在なんだって」


「俺が適当に過ごしてる間、師匠がそんな苦労をしてるんだって思ったら、何か俺……」 

「……ねぇ、明日天気が良かったら、一緒に出掛けない?」

「? 何処にですか?」

「わたしが居た……あの丘の上に……」


 今日はもう寝る運びとなった。俺は支度をし、師匠に声を掛けた。

「じ、じゃあ俺は! こっちで寝ますんで! また明日です!」


 !?


 師匠が顔を赤くして、俺のそでを摘んでいた。

 ……あり得ないと思っていたが、一緒に寝る事になった。……たった今隣に師匠が居る。俺に背中を向けている。


「……ねぇ、一郎……」


「どこにも……行かないで……」

「当たり前じゃないですか!!」俺は叫んだ! 

「うるせぇよ静かにしろ! 今何時だと思ってんだ!?」怒られた!!


 しばらくすると、師匠は寝息を立て始めた。小さな寝言が聞こえた。


「……おかあ、さん……」

 俺はそっと、小さな彼女の頬に手を置いた。




 ——翌朝の天気はいいモノだった。町も活動を始めている。俺はこの時間が好きだった。


「おはようございます! 鈴音さん!」

「……」

「おはようございます! 師匠!」

「……」

「おはようございます! ルノっち!」

「……」

 結局師匠と呼ぶ事にした。俺は一郎と呼ばれた。


 師匠が水たまりをぴょいと超えると、いよいよ出発した。しかし、見てどうするんだろう?町の外れから30分程歩くと到着した。


「ここね……」あの雨の日に師匠はここに居た。同じ場所に立ち、彼女の気持ちを追体験する。草花が波たった。

 師匠が近くの岩場に歩き出す。そこには、黄色い花が咲いていた。風で小さく揺れる。

  

「この花はね……」



 ——レインバード・リストテレスはあの日、雨と風を使って、新しい魔法を考案できないか頭を捻っていた。

 突如遠くに人影が現れ、状況を察した。言葉が通じないので転生者だと確信する。彼女を連れ、家に戻った。そして近所のあん屋の夫人を連れて来る。


 余談だが彼女の名は、マィリカ・メイテス。あの足ツボマッサージ屋の店主である。

 彼女は東洋の医学と魔法の勉強を続ける内に、ある魔法を生み出した。ある日、自分の手の指のシワが減っている事に気がつくと、1人ほくそ笑んだ。


 話を戻すが、スズネと言う響きが難しかったので、彼はその子に新しい名を授けた。


 ——硬い岩場にをも根を降ろす

 その花の名は『ミーテリカ』

 花言葉は『希望』


 * ルノ・ミーテリカ *


————————————————————————

 ……この世界で強く、自分を見失わないようにと、願いを込めて。

————————————————————————



 店番をしていたマィリカの元にドリスが現れた。

「おはよう。ドリスさん」「ご苦労様です、マィリカ殿」雑談をしてる内に、昔話へと移った。


「私が重騎士団団長に任命されてしばらく後、ある不審ふしんな噂があったのです」

「ん? なになに?」

「王が人をさらうように指示し、口外こうがいする者には兵を仕向ける……と」

「……」

「我々の部隊は、魔法に関する者たちとあまり接触が無かったので、レインバード氏の事は、この時全く知りませんでした」


「ある日、柱廊ちゅうろうを歩いていると、気さくに話し掛けてきた魔導師がおりまして」


「彼から話を聞き、正義感の強かった私は、王に訴えました」


「……私には、故郷に残した家族が居ます。」


「……もう、いいんだよ。ドリスさん……」


「あの王さんが、いかに卑劣か、わたしゃよーく知ってる。そしていかに、自分が無力かも」


「昔、あの訓練所の子に接触した事があるんだ。レインバードに連れられてね。えらい大雨の日だったよ。しかも食事中に」


「ヤツが蒸発する瞬間を、1人の男が止めに入った。……しばらく揉めた後、兵士に切り捨てられちまった。わたしゃ怖くってねぇ……命は大事さね」


「ヤツの家に行くと、近所のワルガキと2人で居てねぇ、不憫フビンだったから、その子の家に行きんさいって、言っておいたのさ」


「あの子は今も、わたしの店に来る。この世界が長いから、半年にいっぺんくらいだけどね。……それと、自分の話は人にして欲しくないって頼まれたよ」


「そんな事が……やはりあの王は、許すまじ存在」


「ま、こないだ一発かまして来たんだろ? ヤツも帰ってこれたし、ひとまず手打ちでいいんじゃないかい?」 

「そう、ですね……」




 ————「ねぇねぇ? もうチューした?」


 !?


 最近ホミィがやたらとからかってくる。俺たちは師匠と3人で出掛けていた。ちなみに商売は……まあ聞かないでくれ。


「ホミィ! アンタって人は! ホントにアンタだよ!ねえ一郎!?」

「そうだよお前! お前ちょっと……アレすぎるぞ!」「質問に答えて下さい」


 !? コ、コイツっ……!!


「へー。してないなら、してないって言えるハズだけどなー。……ふーん?」俺は反撃した。

「はいもうしました!! コレでいいだろ!?」

「ちょっと一郎!? 勝手なコト言わないでっ!」

「ねえいつ? どんなふうに? 味は?」

「ああ何か、酒みたいな——」

「一郎ォォォォオ!!」


 ——私はもう、完全に吹っ切れていた。この子の幸せが、私の夢。……ま、私は私で、恋ができればなぁ。


 ……俺たちは店に着く。——すると全裸の夫婦らしき2人が居た!! マィリカはどうした!?

「ちょっ!? お客様!? まず衣服の方をですね!?」

「あ、おかあさんだ」


 ?


「——って!?!? おかあさん!? おとうさん!?」



 師匠のまぶたの腫れが引く頃、夫婦が口を開く。マィリカはトイレだったそうだ。


「近所の男の子がね? あの家にスゴイモノがあるって教えてくれたの」

「半信半疑で入ったら、まさか娘が居るとはね」

 余談だが、今夜は師匠と地元トークで盛り上がった。まさか同郷だとは……。


「どええええ!! ルノっちいいいい!!」ホミィがあり得ないくらい泣いていた!


「お、お友達? こちらは彼氏さん?」

「はい!! 娘さんを頂き(?)ました! 日向一郎と申します!!」

「お前もう喋んなや!?」


「ねぇ……おかあさん、おとうさん。わたしね?」

 2人は手で言葉をさえぎった。

「色々あったけど……あなたの元気な顔が見れて良かったわ」

「お父さんもお母さんも、もう決めたよ」


「「ここで元気に、やりなさい」」


 感動的なシーンだが、いつでも遊びに行ける事を俺は思い出し、つい水を差した。

 2人はいつでもおいで、全裸で。と言い残し、門の中に消えていった。

 ——すると突然!! 師匠が抱きついてきた!!


「一郎ッ!! ……わたしッ! わたし……!」


 大声をあげ、師匠は泣いた。その場に居た全員が、師匠の為に温かい涙を流した。






 ——こんな所かな、俺たちの物語は。異世界は相変わらず気圧されそうな程に熱気に溢れ、踊り、酒を飲んだ。


 日本の医者の力で雄弁家は再び弁を振るい、サーカスもより盛んになった。


俺の店はまぁ……そこそこな感じだ。普通に暮らしてるいける程にはな。


 騎士は決闘をし、開き直った王様が裸で町を闊歩かっぽし、逆に人気を博したりしたが、第3者委員会(?)の指摘により、禁固10年となった。


 溢れかえる屋台。鳴り止まない音楽。誰もが夢を見て、誰もが笑った。


 ……風が心地いい。俺の傍らには、いつもコイツが居る。共に酒を飲み、皆で集まり。笑い合った。


————————————————————————

 そんなこんなで俺たちは、いつもの道場の前に立っていた。

————————————————————————



 ——すると突然!! 師匠の眼が輝きだした!!



————————————————————————

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


いやらしい目的で透視魔法を習得した俺が、やがて世界の“コトワリ”すら変えてしまう話。〜あと魔王軍も全滅させます〜


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

————————————————————————

 ↑何だよこの文字列!?

「ホントに何ですかねコレ!?」



 ❇︎ しかしながらエピローグ ❇︎



 ——ある日、ルノとレインバードは、かつて2人で住んでいた家に向かった。


「うわ〜……やっぱり草ボーボーだねぇ」


 2人はせっせと掃除をし、時々顔を見合わせて微笑ほほえんだ。幸せな時間だった。


 一通り終えると、彼を庭で待たせる。


 …………


「——おじいちゃん!! 誕生日おめでとう!!」

 特製シチューを持ったルノが現れた!


 すると突然! 大量の肉を持ったドリスが現れた!

「私も呼ばれますかな、レインバード殿」


 大量の酒を持ったホミィが現れた!

「ヤッホーじじぃ♪ ねぇ何歳? 1000歳くらい?」


 ケーキを持ったマィリカが現れた!

「わたしの手作りだよ。ホラ感謝しな!」

 


 ——あの日の師匠は、きっと眩しい笑顔をしていた。

 ——あの日の師匠は、きっとこんな日を待っていた。

     

 そして俺が音頭をとる。


「よし! じゃあ乾杯だ! 師匠とレインバードの——」



 ——『再会』を祝して……!!



               〜おしまい〜

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いやらしい目的で透視魔法を習得した俺が、やがて世界の“コトワリ”すら変えてしまう話。〜あと魔王軍も全滅させます〜 おみゅりこ。 @yasushi843

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