緑を踏め!

緑を踏め!(前編)

 ユー・ユ:

 フェルー族の昔の言葉で「生命(を食す)樹」という意味を持つ樹。「魂を弔う大地の種」「命を吸い取る者」「庇護の植物」とも呼ばれている。学会では〝絶滅した植物〟とされており、その生態は不明。

 あるフェルー族の研究書では、「かつてのフェルー族はその樹の近くに亡くなった同胞を埋めると、死体が消えてその樹の『血肉』にさせた」と書かれている。また、歴史書の中には、戦争などで大量虐殺があった地に大樹が現れた例があり、その樹は「ユー・ユ」である可能性が高いという研究報告がある。






 ……ああ、コれで、私ノ役割は、終ワった。


 ユユ、もウ〝世界樹ココ〟に縛ラれル事は、ナい。


 こノ森の全テノ植物は枯レ、無くナル。


 私にハ、想ウ資格は無イのかモしレなイ。


 だガ、ソレデも、私ハ願う。


 どウカ、ソの脚デ、緑を、大地ヲ踏ミ、強ク生きテクレ。


 ドうカ……。


  ◆


「案内人、邪魔をするなら斬る」

 男が、二人。

 一人は、針山のような白髪アルビノと赤い瞳で、私に剣を向けて今にも斬りかかろうとしている。

 もう一人は、ふんわりとした黒髪と碧い瞳で、後ろで戸惑いの表情を見せている。

 私は葉を一枚千切り、急いで書き、それを見せる。

〈何者十ご?〉

「何も…、ん?」

「『何者だ?』だろう。私はエイ、こちらはテム」

 エイと名乗った男は、表情も剣の構えも崩さず答えてくる。

 そして再び葉を取り出し、書いて見せる。

〈目的は?〉

「〝世界樹〟を破壊しに来た。あの改変で誕生した不条理は存在してはならない」

 即答。

 ──交渉は、絶対拒否。

「ひゃっ!?」

 ペイルーヌの黒いツタを呼び出し、彼らの周囲を取り囲まる。テムと呼ばれた男はエイにすがりついたが、そのエイは周りを確認しても剣を降ろさない。

 ──只者、ではない。

 なれば、先手──。


 ……パタパタパタッ!


 仕掛けようとした途端、青い筋が間を横切り、今度は空中で止まった。

 ──トリィ!

 毎度役割の邪魔をする小鳥だが、あのの「おともだち」には、手が出せない。

 ──また邪魔をする気か! いや、様子が違う。

 空中で止まっているが、いつもよりフラフラとしている。

 何かを伝えているのか? 一体……。


 ──、──!?


 ──最悪だ……!

 〝世界樹〟を通して、理解できた。

 後ろで怯える男も、すがりつかれている男も、相手している場合ではない。

「あ、ツタが……」

 気弱な男の呟きを聴く余裕は無い。早くあの娘を助けなければ!


 〝世界樹〟の前は葉っぱの山で、いつもより木漏れ日が多い。

 急いで葉っぱを大量に落とした事もあり、捜すのは大変だったが、かき分けてユユの姿を見つけることが出来た。

 やはり、倒れていた。かすかに息切れしている。体温も低下しているが、急いで葉っぱを落として保温と冷たい空気を遮断させたことで、最悪の事態を避けることが出来た。

 ──大丈夫か!?

 抱き上げ……。

「いやっ!」

 両手を突き出され、離される。明らかに嫌悪の意志を感じる。

 ──どうした!?

 私は再び手を伸ばすが、はたかれる。

「やめて! ふれないで! もう、!」

 ──なっ!?

「ひとを、にしてまで、いきるなんて、いやっ! ぜったい、いやっ!」

 ……

 昨日、この娘の目の前で、伐採か調査目的で来た奴らをあやめたのを見せたのが……。

 急いで葉を出し、殴り書きする。

〈おちついて〉

「こないでっ!」

〈いきをすって、はいて〉

「『せかいじゅ』なんて、ユー・ユなんて、なくなればいい! あの『き』がなにか、もっとはやくしっていれば……!」

 私の言葉を見せても、癇癪かんしゃくが収まらない。ユユは泣きじゃくる。

 ──らちが明かない。昨日と同じ手しかない。


 パラ……。


「やめて! こないで! やめ……、ふぁ……」

 瞼が閉じられていく。


 パラ、パラ、パラ……。


「あ、あまいにお……」

 頭がガクリと下がり、一瞬で寝息を立てた。抱き上げ、まとわりつく葉を払い落とす。

 ──だが、どうすれば……。

「ポレムヌの花粉……」

 ──!?

 背後にあの男──エイがいた。普通の人間ならば、悪路かつ長い距離で十分以上も掛かるはずだが、息は切れていない。

 ユユが彼の視線に入らぬように背を向けつつ、様子を見る。

「鎮静・催眠効果のある甘い香りのある花粉をもつポレムヌ。しかし、生活を破綻させるほどの中毒性を持つ為に、三年前に人類の手によって絶滅させられた花──。やはり、貴様も〝世界樹〟のか」

 近づいてくる。

 今までに見た事が無い人間だった。いや、人間とは思えないくらいに、生命を感じさせない。生き物とすら思えない。何故かは分からないが、そうとしか感じられない。

 ──どうすればいい?

「無駄だ、抵抗するな」

 その言葉は、刃物よりも、とても鋭い。

 ──消す。

 黒いツタを全てエイに放つ。二十八本のツタが全方向で、高速の突進だ。人間ならば──!?

 いつの間にか、消えていた。

 ツタが全てみじん切りされていた。

 切り口は今まで見た事が無い程に滑らか。硬度を刃物では切れない程極限までに高めたはずだ。……だが、間違いなかった。

「無駄だ。だから抵抗するな」

 再びエイが姿を現した。

 切れたツタを伸ばそうとしたが、根元まで切られていたため、これ以上伸ばせない。ものの数秒しか経っていないはずだ。

 まだまだ、こちらに向かってくる。

 ──殺せない。

 逃げようと体勢を立て直そうとすると、いつの間にか逃げようとした方向にも

「無駄だ、抵抗するな、三回目だ。これ以上は、時間の無駄だ」

 同じ台詞。だが、「無駄だ」という言葉がどんどん重みを増していく。

 ──まさか!? ……だとしたら。

 葉を取り出し、殴り書いてそれを見せる。

〈ユユはかんけいない、手を出すな〉

 そこでようやく立ち止まる。

「そのは対象外だ。私の目的は、〝世界樹〟の破壊のみだ」

 その言い方は、まるであらかじめ用意していたかのように抑揚が無い。

「ちょっ、ちょっと、エイッ! 置いてかないでって、あと何やってるの!?」

 遠くからもう一人──テムが駆けつけて来た。周りに青い点が浮遊していた。あの鳥に案内を受けたのだろう。何故連れてきたのか解せなかったが、害は弱いはずだから攻撃を後回しにしてしまった以上、自分の落ち度でもある。……それより、あのエイが問題だ。〝〟かも知れない。……あの能力だとしたら、おかしくない。

「死なず、傷つかない身体である貴様を置いていっても問題は無い。それに、その鳥とともに必ず私を追ってくる未来が見えた」

「未来が見えて確信してたからって、思いやりくらいは……」

「不要だ。それにこれは『確信』ではない、『確定』だ」

 テムはそこで口を止め、息を整えだした。トリィは彼の周りをからかうように動いていた。

 その隙に再びツタを構えようとしたが、エイが凝視してきた。

「無駄だ、今度は貴様を破壊する」

 剣に手をかけている。

 ──駄目か。

 ツタを引っ込めると、エイは手を離した。急いで私の中に残る筆談用の葉をむしり、殴り書く。今度は誤字がないように気をつけながら。

〈話し合いたい。詳しく知りたい〉

 それをエイに見せる。……反応しない。

 ──駄目か?

「わかった」

 エイが再び歩き出す。

〈ユユに近づくな〉

 意識よりも先に、書いた葉をエイに見せつけていた。ユユはまだ安らかに眠ったままだ。

「だ、大丈夫です! その子には手を出しませんから! ……目的は、あの樹を破壊するだけですから」

 エイの背後から駆けつけてきた男は、両眉を垂らしたまま答えた。

「テム、貴様がこの交渉に参加する必要性は皆無だ。それに、あの副産物は……」

「『副産物』って言うなよ! あの娘は人間なんだって!」

 ……そうだ、そうだった。

 ユユはだ。とは違う。

 わかっていた事だった。こんな生き方は、本来人間には合わない生き方だ。

 再び葉を出し、人間で言う腕に当たる部分で〝世界樹〟を指し示す。

〈あの中で話そう。あなた達を知りたい。絶対におそわない〉

 テムは不安そうな表情を変えなかったが、エイは無表情で思案した素振りを見せた。

「……なら、あの〝存在〟の事を、知る限り話せ。特に、貴様を繋ぐ〝世界樹〟を創った元凶についてを。私は〝それ〟を『見る』事が出来ない」

 そう言ったエイが歩み始めると同時に、私も動き始める。

「ちょっと、待ってよ!」

 テムの叫びに構う暇なく向かう。私もエイも。しかしテムは追いついて、私の人間で言う肩に当たる部分を掴んだ。私とエイは止まる。

「何故止める、時間の無駄だ」

「いや、その、ええと……あなたの名前くらい、教えてくれませんか?」

「不要だ」

「あと、そのフードを外してください! 顔が見えないのは、正直……」

「不要だ」

「教えてください! ……ついでに、外してください」

「不要だ。三回目だ」

 エイの否定も聞かず、私を掴む。

 ──仕方ない。

 葉を取り出そうにも、きらしてしまった。私は袖から腕に当たる部分を露出させた。複雑に絡まった複数の太い木の枝を。

「え?」

 テムが戸惑っていたが、構わずその表皮を削って書いた。

〈モダチ〉

「こ、これが、あなたの名前?」

 頷き、頭に当たる部分を上げると同時に、フードを外す。

「えっ……!?」

「何を驚く。それはではないのは、明白だったはずだ」

 テムは絶句し、エイは無表情。

 その人間の反応は当然のものだ。私を見て、驚かぬ者は普通いないだろう。


  ◆


 私はあの娘のために、人間達をこの森におびき寄せ、にしてきた。その為に私は〝世界樹〟より生まれた。

 〝世界樹〟が生まれた時、人々をおびき寄せるために宿していた知識を元に多種多様な植物を反映させ、森を作り、甘い匂いなどでおびき寄せ、人々を殺めては死体ひりょうを作り出していた。この森なら植物の力だけで確実に殺せた。

 だが、人間達全てが愚かではなかった。唐突に出来た森という事もあり、王国は〝世界樹〟及びその森を排斥しようとした。だが、追い払った。あまりにも容易かった。

 しかし、今度は封鎖をした。全て柵などで覆い、監視をつけて、余程の理由がない限り何人たりとも入れないようにした。これにより、栄養源にんげんはほぼ断たれた

 私は森を操って柵を壊そうとしたが、却って怪しまれてしまって近付くものが減ってしまうと考え、耐えるしかなかった。

 ──このままでは、死なせてしまう。

 〝世界樹〟そのものがユユの揺りかごであり、その樹液で生きながらえている以上、〝世界樹〟の栄養源が断たれてしまうのは致命的だった。


 そんな新たな調達方法が思いつかず、対策を考えていた時だった。

 世界樹を拡張し、中に大きな空洞を作り、そこであの娘が穴から顔を出せるようにした。こうしておけばもしもの時に外から見られることなく、安全に毎日様子を直接見る事が出来たからだ。

 しかし、少女はあまりに肉付きが良くなかった。成長の糧である樹液が足りなくなっていたのが、明らかだった。そのせいか、言葉を発する事はその時まで無かった。

 『筆談』という方法は私が生まれた時から知っていて出来たが、まだこの幼さでは意思疎通は困難だと思っていた。

 ──いずれにしても、このままでは餓死してしまう。

 そう悩んでいた時──。

「……ポ」

 ──ポ?

 少女が私の頭に当たる花を興味津々で凝視し、口を開いた。

「ポ、ポレ、ムヌ?」

 ──何故知っている。教えていないはずだ。

 〝世界樹〟は私が生まれた時から既に知識を蓄えていたが、どうやって……。

「おお、きな、はな……」

 ──比較の概念まで学んでいるのか? ポレムヌを実際には見ていないはずなのに、分かるのか?

 私の顔になってるポレムヌは本来、他の花と同じ、人間の手に乗せられる小ささだ。

 その無垢な瞳を見ながら、私は確信した。

 ──使える!


  ◇


「森には賢者がいて、求めている植物が森のどこにあるか教えてくれるらしい」

 そんな噂を流し、抜け道を作って入れるようにした。

 噂を広めるため、最初こそ手を出さなかったが、少しずつ増えていくと同時に少しずつ殺していった。

 恋人に送る花が欲しいと来た美丈夫。

 昔、母親からねだって食べた希少な果物を求めて来た料理人。

 かつて存在していたという植物の存在を証明する為に来た研究者。

 噂を聞いて、見たい植物があると言って来た少年少女。

 そんな人間達に出会って案内しては、一部を「肥料」にしていった。

 方法は簡単だった。

 赤い花──イナジンカを〝世界樹〟の力で咲かせ、それを辿っていくようにと教える。行きは問題無くユユまで辿り着ける。帰りも同様だ。栄養が余り無さそうなどの理由でわざと生き残らせる場合はそのままにする。

 しかし、「栄養源」として狙う場合は違う。帰りの時だけ、迷うようにイナジンカの配置を変える、というよりは一部を枯らして迷わせるように咲かせ、体力を削る。そして花粉を被らせて思考能力を奪い取って大人しくなったところを、ペイルーヌの黒いツタで殺し、死体ひりょうを調達する。

 この方法で、栄養源にんげんを狩ってきた。

 時折、門を開けて真正面から来た貴族と女中や、抜け穴に偶然入り込んだフェルー族と犬が来たりと、私と会わずにユユの所に来てしまった者もいた。あの時は想定外の事態に慣れていなかった事もあり、逃してしまった事もあった。犬は捕らえたが、人間と比べて栄養があまりなかった。

 最初こそ人間の行動が読めなかった。

 特に、少女を殺めた少年を確認した時は、思わず慌てた。

 しかし、首元に種を埋められたのを確認してもはや「栄養源」として「成長」する見込みが無いだろうと考えて、死体遺棄を任せてもらう名目で少女の遺体を奪い、少年をユユに会わさず帰させたりもした。

 そうして対処も出来るようになり、学習していき、全て思い通りに行くと慢心していた。

 ……だが、昨日のしくじりは致命的だった。


 昨日のあの時のユユの嘆いた表情が忘れられなかった。

 ──どうして……?

 ユユに見せてしまった。人を殺める所を。あの軍隊の後に来た、探検隊を偽る者達を。

 ──まさか……、そうなの?

 そして、ユユは樹液から得ていた知識と結びつき、理解してしまった。

 ──この「き」って、そういう「き」だから、もしかして……。

 ポレムヌの花粉で一度眠らせれば、忘れるはずだ……。

 ──そうなの? こたえて、モダチ!

 人間みたいに勝手に自分の都合よく妄想した。そして実践した。

 その時だけ、あの悲しい表情は安らかな表情に変わった。

 だけど、今日の最悪の結果への帰結を変える事は出来なかった。

 ……そうだ。これは、〝世界樹〟と呼ばれたこの大樹──「ユー・ユ」の宿命だ。避けようがなかったんだ。

 人の死肉を栄養に出来るこの樹は、人間からしたら罪深い植物だ。

 ──来たるべき時が、来てしまった。


  ◆


〈私ではなくこの樹の記録だが、その〝Ⅳ〟の手袋をつける者については、今のが全てだ〉

〈主幹の頂上、枝分かれが始まるところを傷つければ、世界樹も森も崩壊する〉

〈だが、誰も破壊できない〉

〈ユユをヒドい目にあわせたらヨウシャしない〉

〈正直、あなた達を信用出来ない〉

〈今日初めて会った人間と管理者を信用しろなど、簡単に出来ない〉

 世界樹の中であらかじめストックしていた筆談用の大きな葉は、エイからの尋問と説明でかなり消費してしまった。人間は「紙」と「ペン」という記録するための道具を量産できるという世界樹からの知識が、この時初めて羨ましく感じた。

 ユユはテムが所持していた着替えを着せられたまま眠っていた。安全の為に樹の中に戻したかったが、近くで寝かせる事にした。ユユの初めての格好は、小さく痩せこけている事もあってサイズがとても大きい。

 ……近い距離のはずなのに、とても遠くに感じる。

 ユユは悪い夢を見ているのか、その眠りの表情は険しい。それなのに、トリィは寄り添うようにくっついている。

「ならば何故、破壊方法を教えた」

 エイは冷徹に問う。

〈管理者に逆らう事は出来ない。運命だと諦めるしかない〉

「そう、これは運命だ。信用しようとしまいと、世界樹は破壊する。管理者として」

 エイの動じない視線が自らの花弁や柱頭に突き刺さる。知識でしか知らなかった〝管理者〟とは、これ程までに「生物らしさ」が微塵も感じられないものか、と実感する。

〈ユユは?〉

「そ、それは僕が保護しますからっ! 大丈夫だよねエイ!」

 慌てるようにテムが確認を求めると、エイは「どうでもいい」と素っ気なく頷く。

〈本当か?〉

〈保証出来なければ、やはり破壊させるわけにはいかない〉

〈それ以前に、破壊できるとは思えない〉

「教えておいてその手のひら返しは無意味だ。それに、もう時間が無い」

 エイは新聞紙を取り出し、私に見せた。

『エリオンの森 史上最大規模の軍隊投入決定「王国史上異例」』

「貴様は王国の派遣部隊を殺したようだが、それにいち早く気がついた王国は、即座に決めた。軍隊は貴様が今まで『肥料』にしてきた者の五倍以上、他国から植物の専門家や強力な魔法使いまで呼び寄せ、完全に葬る事にしている。この森にいるモノなら何だろうと容赦しない、非情の方針を取っている。これ以上、この〝改変〟で事件の規模が膨大になるのは避けなければならない」

〈脅しにはのらない〉

〈どんなに来ようとも、世界樹を破壊する事は出来ない〉

〈世界樹が存在する限り、この森が消える事は無い〉

「確かに不可能だ。──だが、このままでは副産物は死ぬ」

 思わず、身を乗り出してしまった。

 自分が人間ならば、声に出しそうな叫びをあげたくなる気持ちだった。一方のエイは、冷酷な表情のまま話を続ける。

「生物社会において、子供とは基本的に大人が産み育て、護るべき存在だ。しかし、社会にとっての『異物』や『邪魔者』となる種子こども排斥はいせきを実行する。この森で育った副産物はあまり異質で異常な存在だ。同じ人間の子供ではあるが、だからと言って保護する慈悲は、あちらには無い。言っておくが、これは私の意見ではなく、王国の方針だ。そう書いている」エイは記事の文章を指さした。「『首謀者と思われる〝賢者〟は殺す』とな」

 エイはちらりとユユを見る。

 ──それだけは、それだけは!

「エイ、だから『副産物』って言い方は……」

「副産物なのは事実だ。この呼び方が最も妥当だ」

「でもさ、人間って『人間』扱いされないと傷つくんだよ。自尊心があるんだから」

「傷つこうがつくまいが、〝運命〟が変わらないなら関係無い」

「そんな言い方……」

 思わず、腕に当たる木の根で地面を強く叩いていた。

 ──落ち着け、自分。

 大きな音にテムは驚いていたが、エイは全く動じていない。

 急いで残っていた葉を取り出し、書き殴る。

〈たのすおす〉

「……もしかして、『たのみます』?」

「それなら、早速案内して……」

「ユユも!」

 エイが荷物を持とうとした途端、ユユが上半身を勢いよく起き上がらせた。静かに寄り添っていたトリィが驚いて跳びはねた。

 ──まずい!

 筆談する余裕なく、自分のツタで急いで上半身を抑えて寝かせようとするが、ユユは抵抗する。

「このおそろしい『き』を、はやく、なくさないと!」ユユが激しく叫んだ後、俯いて泣きそうな表情になった。「……だけど、ここは、ユユにとっては、そだててくれた、おうち、だから、せめて、おわかれを……」

 ユユは肩を震わせ、苦しそうに声を詰まらせながら言葉を出す。

 無意識に、ユユを抑えていたツタを離した。

「それなら一緒に行こうか、副産物」

「だから、その呼び方はっ!」テムはエイとの間に割って入るように、ユユに真っ直ぐ対面できる位置についた。「ごめんね、別にあの人は悪気があって……」

「……」

 ユユはきょとんとして、テムを見ていた。

「どうしたの? え~と、ユユちゃん、……って呼んでいい?」

「……あなたのなまえ、は?」

「ああ、そうだった。僕はテム、そしてあの人はエイ。よろしく、ユユちゃん」

「うん、よろしく!」


〈何度も伝えるが、急所が判明しても、人間には世界樹を傷つける事は出来ない〉

 私達は〝世界樹〟の枝の上を歩き、葉をかき分けながら進んでいた。私はテムとエイを抱えながら脚に当たる木の根──〝世界樹〟に繋がっている根だ──を伸ばして頂上に着いたが、急所である中心までは、かき分けるしかない。

「それについては問題ない。テムは〝あの存在〟が改変し、不死になったモノ、永遠と化したモノを殺したり傷つけたりする事が出来る」

 エイの言葉に、テムは「え、えぇ」と力無く返答しただけだった。見た目からして、強いとは思えない。……だが、〝管理者〟が存在するなら、そんな「不死殺し」とも言える存在がいても、おかしくないかもしれない。それに、〝管理者〟が嘘をついているとは思えない。

「……テム」

「どうしたの、ユユちゃん?」

「ちょっと、たかいなって……」

 ユユはテムに背負われたまま一緒に来た。トリィが心配そうに周囲をグルグル飛んでいる。

「下を見ないようにして」

 ユユは無言で小さく頷いた。

 せめて、本当は自分が背負いたかった。

 だけど、その勇気がない。

 ──やめて! ふれないで!

 あの言葉が、あの表情が忘れられない。……だけど、ユユが無事であれば、他はどうでもいい。

 葉と枝をかき分けながら進み続ける。その擦れる音が、とても大きく響く。


〈ここだ〉

 目的の場所は、主幹の頂上らしく幾つもの枝が別れ始め、枝の先から辿っていけば穴に続く。

 その穴からは金色こんじきの光を放っている。その光は、穴の中にある膨らみから出ているものだ。

「……ひかってる」

 ユユは息を呑む。

〈ここを傷つければ、枯れ始める〉

「そこは通常のユー・ユと全く変わらない、か」

 エイの言う通り、〝世界樹〟の元はユー・ユで、同じ急所を持っている。この人間で言う心臓の部分に傷がついただけで、たちまち枯れてしまう。

 エイは所持していた剣でその急所を何度も刺す。当然、表皮に傷は何一つつかない。

「改変の影響による時間停止で間違いない。……テム」

「あっ、はい。……ごめんね、降ろすよ」

 テムはユユを降ろして私のそばにつけた。ユユの表情は不安でいっぱいなのがわかった。私はすぐにでも寄り添って護りたかったが、ユユが距離をとっているようで、出来ない。それに、未だユユに飛び回り続けるトリィも気になる。

 テムは私の気持ちに全く気がつかないまま離れ、すぐさま膨らみの前に向かった。同時にナイフを取り出す。

「刺せ」

 エイは無慈悲に命令する。しかしテムは不安そうにエイを見たまま硬直する。

「……ホントにここ刺したら枯れるの?」

「刺せ」

「わ、わかった!」

 テムはナイフを握り、高く上げた。隣に距離を置く。

「ひっ!?」

 ナイフが一気に振り降ろされたと同時に、ユユがおぼつかない脚で跳ね、私の脚に当たる部分に抱きついた。トリィが軽く突撃しているような気がしたが、無視。

 それは、とてつもなく、あっけない一撃。

 光る膨らみにナイフは、深く突き刺さる。

 途端、光が溢れ始めた。

「ひゃっ!?」

 ユユが目を覆いつつ、私に強く抱きつく。私のツタでユユをしっかり抱いてあげ……出来ない。……何故だ、どうしてだ。

「うわっ!?」

 テムが光を防ごうとした時、揺れ始めた。

「始まった」

 一方のエイは冷静なまま呟いた。

 ──本当に、終わる、のか。

 とても重大な事態なのに、自分の思考能力は異常なまでに透徹とうてつしていた。

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