此処は化物の体内(後編)

「俺達が待機していた時、さっきみたいな黒いツタが襲って来たんだ。あの鳥の姿を見失ったし、……本当に大丈夫か、隊長?」

 コーニスは血が流れる右肩に視線を向けていた。先程セトロアに渡された布切れを左腕で抑えながら走っていたが、血を吸えるだけ吸いきった布は赤黒くなり、吸いきれなくなった分がポタポタと垂れ落ちる。

「あ、ああ、大丈夫だ」

「いや、ま、真っ青に……」

「セトロア、どうして俺の場所が分かったんだ?」

 不安を口に出させてはいけない。その思いで言葉を遮った。

「あ、それは、隊長のロープを辿ってきました」

「セトロアと逃げようとした時、このロープを辿って逃げようって言ってくれてな。おかげで隊長と合流できたから良かったけどよ……」

 コーニスは明るい口調で話したが、上ずんでいる。視線も俺の右肩から離れようとしない。

「……だが、俺は途中でロープから離れてしまったから、俺を見つける事が出来なかったんでは?」

「あ、ああ、それはコーニスのお陰です」

「コーニスが?」

 セトロアがそう言ってコーニスに手を向けると、コーニスは慌てつつも自慢げな顔になった。

「ロープの先まで着いて隊長の姿が無かったので探していた時、コーニスが血の跡を見つけて、それを辿って言ったら……」

「俺が襲われているところを見つけた訳か。……二人とも、ありがとう」

「いえ、それよりも隊長の腕、早く止血しないと」

「ああ、そうだぜ隊長。俺達よりもアンタのほうが一番ヤバいじゃないかよ、早く安全な所へ逃げよう」

 頼もしい二人だ。砦の時もそうだったが、この二人を選んだのは正解だった。

「……そういえば、ターラとカムドは見つかりましたか?」

 セトロアの質問に、俺は脚を止めた。

「お、おい隊長、どうしたんだ急に!?」

「……すまない、セトロア、コーニス」

 俺はポケットから破片を取り出した。

「隊長、これは……?」

「ああセトロア、ターラの目玉の一部だ。原型は無いが」

「え……」

 コーニスの顔が真っ青になった。

「干からびた死体になっていて、その後に黒いツタが……」

「クソッ!」

 コーニスが幹を殴った。とても太い樹のはずなのに、大きく揺れた。

「コーニス……」 

「両親の元に帰りたいって言ってたのに、こんなんって、こんなんって!」

 俺もセトロアも、何も言えなかった。特にセトロアは、恐怖で顔が真っ青になっていた。

「取りあえず、今はこの場を……クッ」

 未だ腕の痛みは治まらない。血が少し止まり始めたが、油断できない。

「隊長!?」

「大丈夫か隊長!?」

「あ、ああ、取りあえず、今はこの場を少しでも離れて、安全な場所へ逃げよう。黒いツタが来ないうちに……」


 ……バフッ! バフッバフバフッ!


 また沢山の赤い花が咲き始めると同時に、花粉をまき散らした。途端にコーニスの目が見開いた。

「マズい、逃げろ!」

 俺達は煙のように広がる花粉から必死で動く。先程のように大量に浴びるのは免れた。

「だ、大丈夫ですか、隊長?」

「ハァ、ハァ、ああ。……指先に花粉が……」

「隊長、その花粉を取り払うんだ! あの花と花粉、思い出したんだ!」

 コーニスが今までにない険しい表情を見せてくる。

「コーニス、この花粉は一体何だ?」

「イナジンカの花粉だ!」

「イ、イナジンカ!? そんな馬鹿な、あれは十年前に絶滅したはずでは!?」

 俺よりも大きな声を出したのはセトロアだった。

「ああ。だが、あの赤い花と形状、間違いない!」

 二人の顔が引きつっている。

「コーニス、イナジンカはそんなに危険なのか!?」

 その途端、再び赤い花が咲き始め、再び花粉が空中に散布された。

「ここから逃げるぞ、隊長、セトロア!」

 コーニスの叫びが耳に突き刺さった。全員すぐさまこの場から走って去る。

 しかし、道中はすぐさま赤い花が咲き乱れ続けては花粉を振りまく。

 全員何とか避けながら進む。

 樹の根が道をデコボコにして走りにくくさせているが、どうにか転ばずに走り続ける。

 俺やコーニスは何とかなっているが、セトロアはかなり辛そうなのが表情で分かる。

「あの、十年前に危険植物だとして世界が絶滅させたはずの花があるわけ……」

「ああ、俺も信じられなかった。俺の集落の全員が実物を見た事が無いけど、間違いない。『あの花には絶対近づくな!』って、長老達が口を酸っぱくしてまで言っていた代物だ!」

「コーニス、詳しく話してくれないか。そんなに危険なのか?」

 コーニスは頭を勢いよく縦に振った。

「イナジンカの花粉は、幻覚を引き起こし、体の自由を効かなくさせ、前後左右上下の感覚すらおかしくさせる猛毒だ!」一気に言うと、深呼吸して再び話す。「効き目は短いが、皮膚に少しでも着いただけで作用する危険な花粉で、自然治癒以外に治す方法が無い! だからこうして距離を取って花粉を浴びないようにするしかっ!」

「そうか、なら死ぬ気で、グ、避けないとな!」

 激しく動く影響で、弱くなっていた腕の痛みが再発する。しかし、歯を食いしばる。

「いや、本当にホントに大丈夫か隊長!?」

「……俺よりも、セトロアのほうを頼む!」

 やはりセトロアは遅れていた。さっきまで一歩後ろだったが、四歩くらいにまで遅れている。

「……しかし」

「いいから!」

 コーニスがセトロアの方に向かい始める。一人亡くし、もう一人を見失ってしまったが、これ以上は……。


 バフッ!


「うわぁっ!?」

 セトロアの周囲で大量の花粉が煙幕のように降りかかった。

「セトロアッ!?」

 俺もコーニスも慌ててセトロアに向かった。手でも何でも使って、急いで花粉を取り払った。

「セトロア、大丈夫か!?」

 コーニスの手伝いもあって、花粉はほとんど取り除いた。

「おい、セトロア、おい!」

「……ぅ」

 何度も呼びかけたが、うずくまるセトロアの表情が虚ろだ。

「おい、セトロア、お……」

「あぁぁぁぁっ!」

 セトロアが大声で叫び、立ち上がった。暴れそうになるのを、二人で必死に抑えた

「セトロアっ、落ち着け!」

「ひぃっ、やめてください、お母様!」

「お母様?」

 俺もコーニスも唐突の発言に怯んでしまい、セトロアは俺達の拘束から離れた。

「もう僕は一人前の魔法使いですから、これ以上『教育』はやめてくださいお母様! やめてください!」

「落ち着けセトロア! 俺達はお母様じゃない!」

 俺の呼びかけにも、パニックで慌てふためいている。その表情は恐怖で強張り、唐突に泣きじゃくり始めた。その上まるで取り押さえられてもなお抵抗する猛獣のように無茶苦茶な暴れ方をしている。

「勘弁してください、お母様ぁっ!」

 そう叫び、遠くへ逃げていく。

「セトロア、行くな!」

 コーニスの呼びかけに全く反応しない。俺は走り出そうとした。

「おい待て、セトロ……!?」

 動かそうとした脚を止めた。セトロアが逃げる先に、大きな人影があった。

 ──カムド!

 大柄な身体が、セトロアの前に立ちふさがっている。

「おいカムド、セトロアを止めるんだ! 止めてくれ!」

 しかし、カムドは反応しない。セトロアがもうカムドの目前に来た。

「おい、セトロア!」

 コーニスがしびれを切らして、走り出したその瞬間だった。

 カムドは伐採用のまさかりを出していた。


 ……ザッ!


 セトロアの身体が斜めに分割され、倒れた。

「な……」

「……ぁ、ぁ」

 俺もコーニスも言葉が出せずにいた。森は一瞬で全てが静寂に包まれた。

 しかし、どのくらいかの時間が経過して、カムドの姿に気が付いた。

 白眼でヨダレを垂らし、身体に黒いツタが撒きついていた。鎧はヒビ割れ、ボロボロになっている。よく見ると、首元に絞められた跡とトゲに刺されたような傷痕が複数ある。

 ──死んでるのか。

 その途端、黒いツタと、それに縛られたカムドがこちらに向かって来る。無言で槍斧を構えつつ、普段のカムドより速く。

 俺もコーニスも、気が付けば全速力で走っていた。


   ◆


「……コーニス、そっちはどうだ。隠してる空間とかはあるか」

「いや、特に無いな」

「セトロア、そっちは?」

「……この付近の地図がありましたが、特別目新しいものではないです」

「よし、俺はこっちの棚を調べておくから、コーニスはその壁の部分、セトロアは扉付近を探してくれ。その気絶している兵士を起さないようにな」


 難民として砦に侵入した時、一度だけ本当に危ない事態に陥った事があった。

 砦の侵入自体は簡単で、自身が「難民だ」と言うだけでいとも簡単に入れた。そしてコーニスの逃さぬ視覚・嗅覚と、セトロアの冷静かつ理知的な判断によって、資料室に侵入出来た。

 だが、なかなか目ぼしい情報は無く、難航していた。その時だった。


「……静かに!」

「どうしたんだ、セトロア?」

 セトロアが「シッ!」と静寂を促した。

「コーニス、大声出さないでください! ……誰か来る」

 よくよく耳をすますと、足音が聞こえてきた。しかも、段々と大きくなっている。

「まずい、隠れる場所を探すぞ!」

「いえ、動かない方がいいです」

 俺が慌てて動こうとするのを、セトロアが冷静に制した。

「それはマズいだろセトロア! もし入ってきたら……」

 コーニスの焦る気持ちは自分も同じだった。扉は内側からでは鍵がかけられないから、閉めても容易に開けられる。もし入られてしまったら一気に危険度が増す。

 だがセトロアは、冷静な態度を保っていた。

「入る可能性はほぼ無いです。動かずに物音を立てないでください」

「どうし……」

「もう喋ってはダメです!」

 そう言うと、資料室は一瞬で全てが静寂に包まれた。

 足音が近づいていく。


 カツ、


 カツ、

 カツ、

 カツ。


 ……。

 ………。


 カツ、

 カツ、

 カツ、


 カツ……。


「もう、大丈夫です」

 一気に息を吐いた。特にコーニスは必死に空気を吸って吐いてを繰り返した。

「さすがセトロアだ」

 笑顔で感謝をするが、セトロアはいつものように無愛想だった。そして相変わらずコーニスは気軽に質問した。

「なんで入らないって、わかったんだ?」

「ここの砦にはあんまりお金をかけていないようで、兵士達の食事や兵舎がとても粗末でした。難民と名乗るだけであんな簡単に入れた事と言い、ここの兵士達はやる気がないのは明らかです。なら、下手に物音さえたてなければ、入る気はないだろうと」

「ふぅん、わからないけど、すごいな」

「わからないなら訊かないでくださいよ」

 セトロアは表情をしかめたが、満更ではなかっただろう、多分。

「だけど、あんた凄いな。正直頼りない感じしたけど、俺より肝が据わってるじゃないか」

「……これくらい、お母様のしつけに比べれば……」

「お母様?」

「コーニス、セトロア、お喋りはここまでだ。調査を続けるぞ」

「お、おう」

「はい」

 二人は俺の指示に素直に従い、調査を続けた。セトロアが母親の話をし始めると恨み節しか吐かなくなってしまう。

「……資料を集めたら、すぐに砦から脱出する。セトロア、脱出の道筋は?」

「はい、大丈夫です。時間通りなら……」


   ◆


「セトロア、ターラ……、カムド……」

「動かないでくれ隊長、血が噴き出るから」

「ああ」

 あの時の事を思い出していたせいか、奪われた右腕の痛みは気にならなくなった。

 砦に侵入した時に頼れる存在の一人だったセトロアが、あれほど恐怖でひきつっていた表情が、目に焼き付いて離れられない。強張り、泣きじゃくった表情が。

 彼の母親については、死ぬ程厳しい教育を息子に施していたという事を噂では聞いていたが、あの様子を見るに、彼にとっては死ぬほど恐ろしいものだと理解できた。


 黒いツタと傀儡ぐぐつになったカムドからようやく逃げ切り、大樹の陰に隠れながら、コーニスに処置を受けていた。回復士のターラを失ってしまった事がとても悔やまれる。腕を失った事よりも大きい。

 大量に血を失ったせいか、それともあの花粉の効能のせいか、思考が上手く回らないように感じる。

 ──しかし、なぜあの赤い花を目印にしたのだろうか?

 この森に入った時には全く花粉は出していない。だが、一人になった時は狙ったかのように散布した。

 こんな時こそセトロアの意見が欲しかったが、どうしようもない。

 カムドに至っては、敵の手に堕ちた。

 ──三人も、失ってしまった……。

 それなのに、いや、それだからこそか、一周回って冷静な心持ちになっている。


「おい、隊長! 俺が分かるか!?」

「あっ、ああ、大丈夫だ」

 しまった、考え込んでしまっていた。隊長が隊員に心配されるなど、何とも情けない。

「止血処理は終わったぞ。ボーッとしてたけど、まだ幻覚見えるか? 意識ハッキリしてるか?」

「ああ、お前の瞳が緑だって事はちゃんとわかる」

「……ああ」

 コーニスは安堵の息を吐く。しかし、段々と鼻息が荒くなりはじめた。怒りの表情だ。

「どうした、コーニス」

「クッソ!」コーニスは木の根を叩きつける。「俺があの花の事をもっと早く思い出せれば、みんなを、ターラちゃんを!」

「落ち着くんだ、コーニス!」

「あの『モダチ』って奴の仕業に違いねぇ! あの『賢者』とかいう奴も、もしかしたら少女の皮を被った化物かもしれねぇ!」

「コーニス!」

 何度も呼びかけるが、我を忘れて木の根を殴りまくる。

 立ち上がろうとした時、金貨を落としてしまい、コーニスの前に転がっていったが、それにも気がついていなかった。

「クッソ! 絶対に許さねぇ! 絶対に、ぜっ……」

「いい加減にしろコーニス!」

 コーニスの頬を、思いっきり殴った。

「がっ!?」

 コーニスの動きがようやく止まった。殴った左手は、コーニスの頬骨の硬さに反発して少し痺れた。

「今はここから生きのびる事が先決だ!」

「けどよっ!」

「俺だって悔しいし、隊長としてこんな事態に陥ってしまったのは情けない! 首を差しだしたい程だ! だがな、これ以上犠牲は出したくないし、少しでもこの森の情報を国へ報告しなければならないんだ! それによって少しでも有益になるのなら、それがターラ達の死を無駄にしない事になる!」

「……ブラム隊長」

 コーニスの表情がようやくまともになった。しかめた時のシワがなくなっている。

「今は目印のロープはもう見つけられないが、かといってこのまま居るのは危険だ。ここは化物の体内に入り込んでしまったと言っていい。とにかく全速力で真っ直ぐ……」


 ……ヒュゴォッ!


 バシッ!


「うおっ!?」

「なっ!?」

 唐突に襲って来たのは、あの黒い棘のツタ。

 俺もコーニスもギリギリの所で避ける事が出来たが、右腕を失ったせいか、平衡感覚がいつもと違っているように感じて、転びそうになった。

「隊長、大丈夫か!?」

「ああ、ここを逃げるぞ! とにかく真っ直ぐ走るぞ」

 再び黒いツタが襲い掛かる前に、大樹から離れた。


 バフッ! バフッ!


 今度はイナジンカの花粉が散布される。それも必死で避ける。

 俺もコーニスも、とにかく必死で走り続ける。真っ直ぐに。

 だが、


 ヒュバッ!


 バフッ! バフッ!


 ヒュバババッ!


 バフッ! バフッ! バフッ!


 黒いツタとイナジンカの花粉が襲い掛かり、避けざるを得なかった。

「隊長! ダメだ、真っ直ぐ走れねぇ!」

「ああ! だが、今は避け続けるしか……」


 グォッ!


「うおっ!?」

「何だっ!?」

 今度は真横からまさかりが襲ってきた。ツタに操られたカムドの死体だ。

 白い目がこちらを見ている。

「とにかく全速力だ、コーニス!」

「あ、おうっ!」

 全速力で走る。記憶すらも置いてけぼりになる程に。


「うわわっ!?」

 コーニスが大きく転んだが、すぐに立ち上がった。俺も大きく転びそうになったが、踏ん張った。

「大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ隊長」

 今まで凸凹とした硬い地面だったはずが、急激に平らで柔らかい感触になっている。

 ──ここは、最初に到着した……。

 あの原っぱだ。少し先には世界樹がある。

「まさかココに戻るとは……」

「隊長、後ろ!」

 振り返ると、木々の間を縫うようにカムドが走ってくる。

 俺もコーニスも急いで離れる。しかしあちらの方が進みが早い。

 ──クッ、このままじゃ追いつく。

 カムドが原っぱに踏み入る。

 コーニスは弓を構える。


 ……ビンッ!


「……ん?」

 カムドが突然止まった。

 絡まっているツタは、まるで戸惑っているかのように右往左往している。黒くウネウネと動き、気味が悪い。

「何だかわからねーけど、喰らえ!」

 コーニスが矢を連続で放つ。

 何本かはツタに刺さり、怯んでいるように見えた。カムドの拘束が段々と解かれていく。

「よし、コーニスもっとだ!」

「ああ!」

 矢の放つテンポを速めていく。

 そして、六本刺さったところでツタの絡みがほとんど無くなり、カムドが倒れた。まだ絡まっていた数本のツタは、カムドの重さに耐えられず千切れた。

 残りのツタは、逃げるように森の中へと引っ込んでいった。

「おい、ブラム!」

 俺はブラムの前まで駆け寄った。

 確認したが、やはり脈は動いておらず、息も無かった。水分もかなり吸い取られたのか、シワだらけになっていた。これでこの「調査隊」は二人だけになった事が確定した。

「……」

 無言でコーニスがこちらに来るとしゃがみ、いつの間にか持っていた枝をブラムの前に立てた。

「コーニス……」

「コイツの事は生き埋めにしたい程嫌いだけど、森の中で亡くなったのなら、樹として蘇って貰わないとな」

 俺はコーニスの肩を叩いた。

「……ここに戻れたら、ターラとセトロアの分も立てないとな」

 コーニスは静かに頷いた。


「あっ、もどってきたんだ! あれ、でも、ふたり? トリィは? ほかのみんなは? ……どうしたの? おなじみみのおにいさん、そんなかおして……」

「とぼけるな!」

「ひゃっ!?」

「騙されないぞ!」

 コーニスが幼い賢者を睨み、弓を構えだす。

「おい、コーニス! 止めるんだ!」

「ダメだ隊長! こいつが元凶のはずだ! 早く殺さないと、俺達が死ぬ! いち早く気がつくべきだったんだ! その〝ユユ〟って名前と、この大樹! そしてあの惨状! ……あの無くなったはずの樹が今ここにある時点で!」

「コーニス! 一体どうしたんだ!?」

「どういう事なのかよくわからねえけど、早くしないと、こいつに食われる!」

「どうしたの、おねがい、やめて! そんなこわいの、むけないで! やめて、やめて! おねがいだから、やめて!」

 その元凶は、泣きながら早口叫んでいる。

 どう見ても、あの幼い子が元凶とは思えない。

「とにかく武器をしまえ!」

「ここで今すぐ殺さないと……」


 ……ヒュバッ!


 一瞬。

「あがっ!?」

 コーニスの首を、黒いツタが締め付けた。

「なっ!?」

「きゃあっ!?」 

 そして瞬時で、コーニスの首があらぬ方向にねじれた。持っていた弓がすぐに落ちた。


 ヒュバッ!


 別の黒いツタがすぐさま俺の方に伸ばしてきたが、すぐさま避けた。同時にコーニスを締め上げていた黒いツタは巻き付きを解き、同じく俺の方に向かっていった。

 とにかく避け続け、黒いツタが放たれているのが何処か見定めた。

 黒いツタは、世界樹の入口前から放たれていて、そこに黒い格好の者がいた。

「……モダチ、やめて!」

 俺が気付くよりも先に、賢者が気が付いた。

 黒い案内人の袖から、あの黒いツタが伸びている。

「やっぱり、お前が元凶か!」

 しかし、モダチは反応することなく、黒いツタを操って遠くから襲い掛かる。

 黒いツタの連撃に、とにかく必死で避ける。

 そうして必死に避けているうちに、賢者の前まで来た。

「……うわっ!?」

 思わず、体勢を崩してしまった。

 ──しまった、身体が彼女の頭にぶつかる! 避けられない!

「きゃあぁぁっ!」


 シュバッ!


 一瞬。

 俺の全身を、黒いツタを拘束した。

 全身を締め上げていく。骨が折れ、トゲが焼けるように刺さる。

「あああああああああああああっ!」

「きゃあああああああああああっ!?」

 首が締め付けられる。

 息が、できなく、なる。

「ああああああ……あ……」

「やめて、やめてモダチ!」

 視界が、消えていく。

「あ……」

「や…て……」

 今度は、音が、消えていく。

 感覚も。

 意識も。

 ──死に、たく、ない。まだ、妻が、娘、が……。

 少女が、泣き、叫ん、で、る……。

 生きて、帰ら……。


 ……。

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