此処は化物の体内

此処は化物の体内(前編)

 イナジンカ:

 毒花。触れただけで皮膚感覚と方向感覚と思考力が麻痺してしまう花粉を放出する。

 かつてこの花粉を戦争で利用した国が存在したものの、その花粉が国中に蔓延したため滅びてしまったという冗談のような逸話がある。世界中の国々は力を合わせてイナンジカを絶滅させたと公表している。その色は……。






「本当に案内していただけますか、モダチさん」

 黒いフードと外套で覆われた不気味な者──「モダチ」は何も語らず大きな葉っぱを取り出し、何かを書き始めた。

「あの、ブラムさん」

「隊長と呼べ、コーニス」

 後ろにいたがフェルー族の彼が、小声で掛けてきた。

「信用できるんですか、アレは」

「抜け道を知っているのは、アイツだけだ。どうしようもない」

「だけどよ……」

 コーニスが言いよどんだ。彼らしくない。

「どうしたんだ?」

「何というか、あの黒ずくめ、人間っぽくないというか、まるで……」

「まるで?」

 その時、モダチが大きな葉っぱを見せてきたのに気が付き、話を中断させた。キッチリした文字で書かれている。

〈まずは抜け道まで、案内してあげます〉

 モダチは俺が読み終えたタイミングを見計らい、振り向いて歩き始めた。

「行くぞ、コーニス」

「でも、アイツについていくのは……」

「達成すれば、金貨がたんまりと貰えるはずだ」

「行きましょう隊長!」

 明らかに目が輝いていた。

 ……そうだった、後ろで待機するアイツらも呼ばなければ。

「ターラ、カムド、セトロア、みんなも来るんだ」

「は……、はい!」

「へいへい」

「……はぁ」

 ターラとカムドはすぐに来たが、セトロアだけがそっぽ向いていた。

「セトロア、どうした?」

「……うわっ!?」

 カムドがいきなり乱暴に引っ張り出した。

「おいセトロア! チンタラすんじゃねぇ! 早く終わらせてぇんだってのによぉ!」

「わ、分かったから、襟を引っ張らないでくれよ!」

 セトロアが嫌がっていても、不満そうなカムドは引っ張るのを止めなかった。大柄なカムドは熊、セトロアはさしずめ仔犬のようだった。しかし、眺めている場合じゃない。

「カムド、離してやれ!」

「……チッ」

 俺の呼びかけに、ようやくカムドが離した。セトロアが座り込むと、ターラが不安そうに駆け寄っていった。

「だ、大丈夫ですか!?」

「……ええ」

 セトロアはすぐに立ち上がって、こちらに向かってきた。ターラは焦ってついて来ようとしてきた一方で、カムドは不満な表情のままゆっくりと向かって来た。

「……よし、行くぞ」

 三人がきちんと付いてくるのを確認して振り向いたその時、眼を輝かせたコーニスが声を掛けてきた。

「なぁ、ブラム隊長。この『調査隊』の仕事、どんだけ金貨貰えるんですか?」

「たんまり出してもらうつもりだ。……あと、これは『調査隊』に偽装した『伐採隊』だ。今は、な」

 小声でこっそりと言った。あの「モダチ」という奴に聞かれてはいけない。


「ブラムよ、『世界樹』を伐採してくれ」

 一ヶ月前、広大な会議室に呼ばれて突然、国王陛下がおっしゃられた。

 陛下だけではなく、周りには女王や大臣、将軍、発言権のある貴族までそうそうたる顔ぶれだった。入った途端に俺は緊張し、同時に隣国と戦争でも起こす気なのかと疑問に思った。しかし、暗澹あんたんとした空気が漂っているので違うようだった。

「……国王陛下、それはどういう意味でしょうか?」

「ブラム、言葉通りの意味だ。分からんのか」

「……申し訳ございません、将軍。唐突の事で頭が整理できず、とんだ失言を……」

 将軍と国王に頭を下げたが、国王は気にしていない様子だった。部屋に入った時から、神妙な面持ちを崩さない。威厳ある白いヒゲが、今は覇気無くダラリと垂れていた。

「……いや、今のでは説明が足りなさ過ぎた。西方担当大臣」

「はっ」

 立ち上がった大臣は、いつもは堂々とした態度を誰彼構わず見せているのだが、この時はどうにも元気が無かった。

「七年程前に、我が国の西方に突如として現れた森と大樹──『エリオンの森』と『世界樹』については知っているな?」

「はい。現在、高い柵で取り囲んで監視している、あの地ですね。新しい砦を建設する為、多数の木こりや大工を加えた一軍を向かわせたと聞いておりますが……」

 大臣が俯いた。

「……全滅した」

「な!?」

「陽が沈まぬうちにだ。ほとんどの者が死んだか消えて、瓦解がかいした」

 その言葉を聞いた全ての者達が俯いた。百戦錬磨の将軍達は揃って落ち込んでいた。

「敵国でしょうか!? あるいは、フロイルのように途轍もない化物が……」

「……森に襲われた」

「も、森に?」

「そうだ」大臣が力なく溜め息を吐いた。「わずかな生存者達の証言によると、エリオンの森に入って伐採作業を開始してすぐさま行方不明になる者が増加し、次々と死んでいった。毒で死んだ者もいれば、トゲのある黒いムチのようなもので絞め殺された者もいた。死体は全体の半分すら回収できず、残りは行方不明。捜索隊も結成したが、彼らも森に消えてしまった」

「まさか……」

 大臣の溜め息が室内に大きく響いた。とても虚しく感じられた。

「そこで、あの森について情報の収集を始めた。すると、ある噂に辿り着いた」

「噂?」

「エリオンの森にある『世界樹』の中に、『賢者』がいるそうだ」

「……賢者?」

「その『賢者』は幼い少女の姿をしていて、その者に聞けば、求めている植物を教えてもらえる……という噂だ」

 賢者と聴いてすぐに思いついたのは、老人だ。だから「幼い少女」というのは、どうにも違和感しかなかった。

「……それは、本当なのですか?」

「ブラム。陛下のお言葉を信じられないというのか」

「……申し訳ございません」

 大臣は少し苛立ちの表情を見せたが、それ以上に「仕方ない」と言いそうな気持ちが顔全面を覆っていた。

「前に、あのヴォレスト・マータ・グラニアント卿が従者と共にあの森に入って戻ってきたとの事で詳しく話を聴いたが、噂と同じ事を話した。……しかし、それだけでは情報として弱かった」

「我が師の一人であるヴォレスト先生は、大仰なモノの言い方はするが、嘘はつかぬ。正直な御方だ」

 陛下は大臣を軽く睨んだが、大臣が詫びの礼とすぐさま表情を緩めた。

「……そして更に調査したところ、あの森に無断侵入した者が数十人程いた事が判明した」

「無断で!?」

 兵士達は何をやってるんだ!? と叫びたくなったが、陛下の視線が気になり、飲み込んだ。

「……無断侵入の問題はまた別に対応するとして、ともかく訊いてみると、どうも『モダチ』なる者が、抜け道を教えているそうだ」

「それならば、そのモダチという者を捕らえれば……」

「見つからなかった」大臣は大きく溜め息を吐いた。「捜索も指名手配もしたが、まるで森の中に隠れたかのように見つからなかった」

「それでは、一体どうすれば……」

 空気がさらに重くなったように感じたが、大臣は淡々と話を進めた。

「証言を統合したところ、森の近くにまで来て、植物を求めていれば、その者の前にモダチは現れるそうだ。つまり、こちらから探すのではなく、あちらからやって来る、という事になる」

「なるほど」

「そして、ここからが本題だ」大臣は一呼吸した。「ブラム、お前は植物の『調査隊』に成りすましてモダチと接触し、あわよくば『世界樹』を伐採して欲しい」

「……『調査隊』ですか?」

「『調査隊』はあくまでだ。調査結果から予想するに、『世界樹』と呼ばれる樹、あるいはそこに住む『賢者』が何らかの鍵を握っているか、全ての元凶である可能性は高い。であれば、『世界樹』を伐採して欲しい。……とはいえ、あの森や『世界樹』の情報があまり多くない以上、情報収集だけでも行ってほしい。『賢者』の件も気になる。引き受けてもらおうか」

 この国に忠誠を誓う身として、答えは一つしかない。しかし、だ。

「何故、わたくしめが……」

 強張っていた大臣の表情が、少しだけ緩んだ。

「数ヶ月前、少数精鋭で敵国の砦の内情を調査し、一人も犠牲を出さなかった実績をかってだ。将軍達全員がお前を推薦したし、国王陛下含め我々も異存は無い」

「それは……、光栄です」

 確かにあの時、頼れる二人を引きつれ、他国の難民に偽装して情報収集したが、あの時は砦の侵入があまりに容易たやすかった上に、その二人のおかげで収集が上手くいったからというだけだ。その事も将軍に正確に報告したのだが、そこは評価されなかったのだろうか。

 だが、どうあれ俺の答えは変わらない。

「では、ブラム・アルディション、改めて訊こう。この役を引き受けてくれるな?」

「無論です。永年栄光続きし王国の一兵卒として、喜んで承ります」


 「調査隊」の隊員は次の五人。

 顔なじみで森に詳しいフェルー族の男コーニス。

 やる気は無いが知識豊富な幼い魔法兵セトロア。

 緊急事態のために選出した女性回復士ターラ。

 傲慢な性格に問題があるが伐採役として力のある大男カムド。

 そして隊長の俺、ブラム。

 この五人でエリオンの森近くの村に泊まり、目立つように「植物を探している」だの「それを知っている『賢者』を探している」と言いふらした。エサ撒きだ。

 それはたった数日ですぐさま引っ掛かった。黒いフードと外套をまとった不気味な人間らしき者が現れた、それが「モダチ」だった。

 そのモダチについて行き、知らない洞窟や獣道を通り抜け、柵の中……いや、森の中へと入った。そこでモダチは同じように筆談でこんな文章を見せてきた。

〈時折見上げて、赤い花を辿りなさい。行きも、帰りも〉

 そこでモダチと別れた。……あとは書かれていた通り、赤い花に従って歩き続けた。途中でコーニスが不安そうな表情を見せていたのが気になったが、それ以外は特別問題無く、伐採する世界樹の前に着いた。

 ……のだが。


「……カムド、どうだ?」

「はぁ? 俺をおちょくってんのか? 無理に決まってんだろ」

 森の中の原っぱにそびえ立つ世界樹の大きさは想像以上だった。直径はどのくらいか分からないが、近くに会った村のどの家よりも面積が広い。どう考えても、カムドに持たせた大きなまさかり一本だけで一日の間に伐採させるは不可能だ。「伐採隊」を「調査隊」に切り替えるしかない。

 その気持ちを察したかのように、セトロアが割り込んで入ってきた。

「隊長、伐採は諦めましょう。とりあえず『賢者』に会うのが……」

「うるせぇ」カムドはセトロアの頭を荒っぽく押した。「ガキは黙ってろ」

「……ガキじゃない」

 そう言うとセトロアは、そっぽ向いて樹の方へ入っていった。今度はターラが現れた。

「カムドさん、そんな言い方は……」

「女は黙ってろ!」

「キャッ!?」

 背負っていた巨大な槍斧そうふを引き抜くと、軽く振り回し、ターラを遠ざけた。

「カムド、仲間に向かって得物を振り回すな!」

「なんだと?」今度は刃先をこちらに向けてきた。「隊長だからって偉そうにすんな! だいたいお前は俺と同格じゃねぇかよ?」

「仲間に対してそれは無いだろ」

「なんっにが仲間だ!」

 カムドが俺を睨む。しかし俺も負けじと睨む。仲間割れしている場合ではないが、相手は殺気立っている。ターラも怯えているし、この雰囲気をどうにかしたいが、万が一の為に剣を手に掛けた。その時突然、誰かが間に割って入ってきた。

「た、隊長っ、早く入りましょう『世界樹』に!」

「いきなりなんだ、フェルー族の野郎!?」

 コーニスは子供のように俺の腕を引っ張る。

「ほら早くしましょう!」

 それを見ていたカムドが、ふてくされた表情で武器を降ろす。

「……クッソ、冷めた」

 カムドは槍斧を背中に戻すと、ゆっくりと「世界樹」へと向かっていった。

「ほらほら、隊長も、ターラちゃんも!」

「は、はい……」

 ターラはほんの少しだけ離れた。それにはコーニスもさすがに気づいて少し溜め息を吐いたが、結局向かう事にした。無論、俺もだ。

 「賢者」について、幼い少女であるとは聞いていたが、やはりどうにも信じられない。


 噂通り、確かに少女だ。

 樹の中に大きな部屋があるのもそうだが、その中にある穴から頭だけ出した「賢者」が想像よりもあまりに幼過ぎる。七歳になったばかりの娘と同じくらいだろうか。

 耳が尖っているのが目についたが、それ以外は普通の人間だ。……フェルー族だろうか? だが、耳には獣のような産毛が無い。最近よく見かける、半分だけ血を引く者だろうか。

「あっ、みなさまが、モダチのいっていた、『ちょーさたい』、のひとたち?」

 だけど、声は見た目よりも幼く、喋りはたどたどしく感じる。

「ああ、そうだ。私はブラムだ」

「ユユは、ユユ! よろしく、ブラム」

「よろしく……」

 ユユと名乗る娘は、顔を一度下げる。礼儀は他の隊員の紹介も簡単に済ませる。その度に「賢者」は丁寧に挨拶する。やはりみんな、顔だけ出す幼い少女に困惑している。特にカムドは不審そうに睨んでいるので、少女の視線がカムドに向かないように自分が壁になるようにした。

 この子一人だけ住んでいるという事か? ……いや、隣にいる青い小鳥と一緒だ。

「早速だが、調べたい植物がたくさんあってな……、近づいても大丈夫か?」

「だいじょぶだよ。……こらトリィ、にらまないのっ」

 小鳥はまるでこの子の父親か兄のように、俺達を敵視している。今にも突進しそうな構えをしているが、気にすればこちらの狙いがバレてしまうかもしれない。

 賢者の少女に、早速お目当ての植物を記載した羊皮紙をたくさん取り出し、一つ一つ見せる。全て絶滅が危惧されている植物だ。しかし、少女は全て「ある」と即答する。

「その植物がある場所を案内してほしいのだが……」

「トリィ、おねがい」

 少女が小鳥に声を掛けると、仕方が無いとでも言いたげな態度で羽ばたき、真っ直ぐ出口へと飛んでいく。

「あの小鳥に、ついていけばいいのかい?」

「うん。……トリィ、ゆっくりね~」

 しかし、小鳥の速さはあまり変わらない。遅れるわけにはいかない。

「さ、みんな、行くぞ」

「は、はい!」

 元気よく返事をしたのはターラのみ。カムドとセトロアは乗り気でないのが明らかだ。

「……鳥なんて信用ならねぇな」

「小鳥の案内なんて、信用できないですね……」

 そしてコーニスだが、様子がおかしい。

「……この樹、……もしかして、……ユー・ユ?」

「おいコーニス、行かないのか」

「い、いや、俺はその……」

 目が泳いでいる。外を気にしている。

「……さっきからどうした」

「いや、なんというか調子が……」

「……もしかして、あの子の事か」

 心配そうにこちらを見ている少女を指したが、コーニスは頭を左右に振る。

「違う違う違う、そうかもしれないですけど、いや、そうじゃなくて」

「だったらどうしたんだ」

「そ……外は……、いやでも、この中も……」

 そういえば、ここに入ってから、いつものお調子者な性格が引っ込んでいる。

 だが、この場所でこそコイツが必要だ。ポケットからコイツの好きなものを取り出して、見せつけた。

「……ついてきたら、これあげるぞ」

「うおっ、金貨!?」

 コーニスが跳びつこうとしたところを避け、金貨をポケットにしまった。

「今はダメだ」

「ああ、金貨ぁ、キラキラ……」

「ついてきたら、あげるぞ」

「うぅ……、わかったよ隊長……」

 コーニスは嫌々した表情を見せながらも、脚を動かした。

 ──よし、これで全員だ。

「行くぞ」

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