添い遂げた種子(たね)(後編)

 そうしてたどり着いたのが、森の中にあった小さな砂漠……いや、砂場だった。

 小屋くらいの広さの砂地がいくつもあって、まるでどこかの砂漠からそこだけ切り取って持ち運んで来たかのようだった。俺はあの時も今も砂漠に行った事は無かったし、物語とかでしか知らない場所だけど、そんな不思議さに驚いた。いくつものサボテンが点在していたのが印象的だった。

「うわぁ……不思議……」

 そう言って感嘆のため息を漏らしたシェリーの嬉しそうな顔が忘れられなくて、今でも思い出す。だけどこの時の俺は、あのモダチという奴の存在が気になって意識が散漫としていた。だって、親切に案内してくれたとはいえ、あんな不気味な奴、気になるだろ? ……それもあるが、それだけじゃ……。いや、何でもない。

 俺達は早々とその小さな砂漠群を通り抜けて行き、ギギギギ・ガランの所まで到着した。すると突然、モダチが肩に手を掛けてきた。俺は驚いたが、モダチは何というか、人形みたいな動きで、俺に大きな葉っぱを見せてきた。

〈私は用があるから離れます。ユユの所へ戻るなら、私がつけた目印を辿ってください〉

 腕で指し示した先には、木にバツ印があった。俺はあれを辿ればいいのかと訪ねようとしたら、いつの間にかモダチがいなくなってな。更に不気味さが増したさ。

 でもそれは直ぐに消えた。シェリーが俺の腕を引っ張って来たからな。

「……ギギギギ・ガラン!」

 あいつの頭の中は多分、あの不気味な黒いあいつの事なんか頭に無かったと思う。言っちゃ悪いが、そこまで賢くは無かったようだった……と、あの時は思っていた。


 シェリーが指したそれは、ただの緑の大きな球にトゲがあり、頭に花が咲いていただけのものだった。あの時の俺は、サボテンの事なんか知らなかった。他にも形大きさは違えど、緑の物体にトゲが生えた同じようなものがたくさんあって、他と一体何が違うのかサッパリ分からなかった。

 だけどシェリーは指で示しながら、笑顔で俺を引っ張った。

「ガラン……、ギギギギ・ガラン!」

 そう何度も叫んでさ。あまりに力が強いから驚いた。俺は引っ張られるままに、そのギギギギ・ガランに近づいたんだ。

 だけど、あと数歩の所で突然、シェリーが俺の右後ろにいきなり回って、押してきたんだ。

「何するんだよ!?」

 俺がそう叫ぶと、急にオドオドしてな、

「……急に……怖く……なった……。先に……行って……」

 そう言ってしり込みしたんだ。押す力も強かった。

 俺は気乗りしなかった。だけど、あの時はガキだったとはいえ、男だからな。可愛らしいシェリーの表情と目線に負けて、ゆっくり近づいて行ったんだ。あの態度が豹変した真意に気がつかなかった俺は、馬鹿すぎたんだ……。

 ともかく俺はその、ギギギギ・ガランに恐る恐る近づいて行った。

 そしたら、ギギ、ギギ……と、とても不快な音を発してきたんだ。俺もシェリーも思わず耳を塞いで背を向けたんだ。

 その途端、ボウン! と爆発音がした。俺はビビった。その音と同時に、背中に何かが勢いよく当たり、「イッ!?」と叫んで、へたり込んだんだ。

「だ……大丈、夫……?」

 平気だったシェリーは、心配そうに俺の背中に回ったんだ。俺は背中がどうなってるのか訊いたけど、すぐに答えようとしなかった。

「ど、どうなってる、背中は?」

「……う……」

「どうなってるんだ!?」

 俺はあまりに痛みが続くもんだから、叫んだ。そしてようやく答えた。

「た、種……いっぱい……」

「種?」

「うん……種……」

 そう言って見せてきたのは、小粒で緑のトゲトゲしたみたいなものだった。あのギギギギ・ガランを極限まで小っちゃくしたみたいなモノだった。

 冷静に周囲を見ると、あのギギギギ・ガランの周囲に、同じような緑のトゲトゲがたくさん転がっていて、埋まっていたんだ。

「あれ、何なんだよ!?」

「あれの……種……」

 その時のギギギギ・ガランに咲いていた花は、エネルギーを使い果たしたかのように、しおれていた。後から知ったが、ギギギギ・ガランは花から種を勢いよく放出して、エネルギーを使い切ると花がしおれるそうだ。俺はモロに背中に直撃したが、シェリーは俺の身体が盾になったから、全く大丈夫だったみたいだ。

 俺はあの時、何でシェリーがこんな奇妙なものを好んだか、分からなかったんだ。……こんな状態になるまではな。だけどその時の俺は、背中の部分が痛くて気になっていて、それどころじゃなかった。

「もしかして、背中にそんなのついてんのか? 取れ!」

 あの時のシェリーは、いつも以上に返事が気後れしていたし、動きがのろかった。


「全部……取れた……」

 シェリーはそう言ったけど、俺はまだ何か感じていて気になったんだ。特に首のあたりがな。

「本当に無いのか?」

「……うん……」

「本当か? 俺はまだ感じるんだけど……」

「大丈夫……大丈夫だからっ……、本当に……無いからっ……」

 そう言って今までにない目力で言って来た。俺はあの時、奇妙なサボテンから離れたかったから、あいつの言う事を信じた。俺はそこで立ち上がって「帰ろう」と言うと、シェリーが笑顔になった。

「うん、帰ろ!」

「おい、靴が脱げてるぞ」

「え……?」

 そうしてシェリーが俯いた途端、俺は持っていた木刀で、あいつの頭を殴打した。

 何度も。

 何度も。

 死ぬまで。

 頭皮がけるまで。


 頭がバックリ割れたシェリーを、木刀でつついて確認した途端、俺は自分がやってしまった行いをやっと実感して、脱力したんだ。「俺は何て事をしてしまったんだ」という罪悪と、「やっと解放された」という喜びで。

 しばらくは動けなかった。森の中は心地よい風が吹いていたけど、俺にはそれが虚しさを感じただけだった。

 そうしてやっと我に返り、この彼女の死体をどうするか考えていたその時だった。黒い影が現れた。……モダチが、突然後ろからな。

 俺は慌てて、再び木刀を構えた。もしかしたら俺が殺害していたのを見られたのかもしれないと恐怖してな。ガキながらに口封じのためにまた行おうとも考えた。

 だけど、あのモダチは平然として近づいてきた。……まあ、あの時の俺はガキだったし、木刀は震えていた。近づくと俺は後ずさりして、急いで逃げた。

 しかし突然、逃げた先にモダチが瞬間移動していたんだ。信じられないだろうが、本当に一瞬だった。俺はパニックになって滅多やたらに打ったが、全く効かなかった。まるで大木に攻撃しているみたいな感触だった。それに、モダチはまったく反撃しなかった。

 そうして滅多やたらに打ち続けて、体力切れを起こした所で、また葉っぱを見せてきた。

〈君が殺したあの子、どうする気?〉

 俺はもう冷静に考えられる状態じゃなかった。だから、正直に話した。

「あいつを、ココに置き去りにしたい。埋める場所が欲しい」

 良心が働くなら、死体を持ち帰るとでも言うべきだったんだが、あの時の俺はそれが嫌だった。あいつを一緒にいるのがもう嫌だったんだ。死体だったとしても、だ。

 そんな良心の欠片も無い俺の申し出に対して、あいつはまた葉っぱを見せて答えた。

〈それなら、私に任せてくれないか〉

「え?」

 俺は驚いたが、更に続けて葉っぱを見せた。

〈私が彼女をとむらってあげよう。安心してくれ。君が殺した事は、私は誰にも話さない〉葉っぱの書くスペースが無くなってもう一枚出して書き続けた。〈良ければ、そのまま出口まで案内してあげよう。あの子には、私が話をしておくから〉

 すると、いきなりどこからともなくトゲトゲのツタが飛び出してきて、シェリーの死体を運んだんだ。俺は驚いた。植物が意思をもって動いているのかと。……多分それは、あのモダチの魔法か何かだったのかもな。

 だけど一番驚いたのは、シェリーが笑顔だった事だ。あの時に、気がつくべきだった……。ああ、俺はそんな事ばっかり言ってしまってるな。


 俺はモダチがあまりに胡散臭くて信じられなかったが、結局あいつはシェリーの死体を回収してくれたし、俺を森の出口まで案内してくれた。しかも、血のりがついた木刀の処分までもな。怪しい身なりだったが、とても親切だった。

 その後、俺は何食わぬ顔で家に戻った。すると案の定、シェリーが行方不明になったと騒ぎになった。みんなは、もしかしたら苛めた自分達に復讐するため姿を消したんじゃないかとか、母親のいるフェルー族の集落に行ったんじゃないかとかと噂が立っていたが、真実を知っていた俺は当然信じなかった。だけど、シェリーの話を聴く度に、胸と後ろの首元が痛み出したんだ。……そう、首元もだ。後ろの。頸椎けいつい……と言えばいいんだろうな。結局は数ヶ月で騒ぎが収まり、みんなも、両親すらも彼女の事を忘れていった。俺が居た間は、墓すら建てられなかった。


 何故? ……怖かったんだ。俺を異常に慕って来るあいつが。

 ……確かにあいつは可愛らしくて好きだった。あの時の俺はガキだったけど男だ、そりゃ可愛い女の子には弱い。だけどあいつはな、あまりに束縛しようとしてきて、ウザくも感じていた。毎回、俺が離れようとすると必死に縋り付いてくるからな。

 ……それだけだったら、まだ良かった。

 さっき話した謎の傷害事件、犯人はやっぱりシェリーだったんだ。

 証拠なら見つけたさ、エリオンの森に行く前に……、そう、エリオンの森へ行きたいとせがみ始めた時だ。

 たまたま俺が食事を持ってきたとき、シェリーがいなかったんだ。トイレで行ってたようだった。

 俺は中で待とうかと思ったが、同時に興味本位で部屋の中を探っていたんだ。

 それで見つけたんだ、弓矢一式をな。

 それはベッドの下にあったんだ。しかも、見た事の無い形状だった。手作りだったのが明らかに分かった。いなくなったあいつの母親が教えたのかもしれない。

 その時、シェリーが戻って来たんだ。俺は何も見なかったふりをして平然としようとしたけど、ダメだった。あいつは新しい弓矢を持っていたんだ。それで全てを悟ってしまった俺は平然とする事が出来ず、身体が震えて寒さを感じた。するとな、あいつは突然俺に抱きついてきて……いや、押し倒して、笑顔で俺にこう言ったんだ。

「大丈夫……あなたを……一生……護って……あげる……」エヘヘと笑って、更にこう言った。「ロムに……永遠に……添い遂げる……わたしが……死んでも……種子たねになって……あなたに埋まって……添い遂げる……あれみたいに……」

 あの笑顔で見せた輝きの無い瞳──特に視力が弱いはずの右目が、俺の一生の中で一番怖かった。シェリーが──右目の視力が弱いはずのシェリーが、いとも容易く弓矢で敵を狙う想像が勝手に浮かんで、背筋が凍った。

 俺はあの時から、シェリーが呪われた存在のように見え始めた。もしかしたら、俺はこのまま彼女に殺されるんじゃないかと、恐怖が膨らんでいった。

 俺はどうにかしてあいつとの縁を切りたかった。食事を持って行きたくなかった。だけど俺の良心が邪魔をして、そこまで出来なかった。出来た事は、嫌われるような態度をとったくらいだったが、あいつはそれでむしろ俺にベッタリとつくようになった。

 どうしようかと考えていたそんな時、シェリーがエリオンの森へ行きたいと言って来たのを思い出した。そこで俺は決意した。殺す事を。


 ……だけど、俺は甘かった。

 シェリーの俺に対する依存は、想像以上だった。そしてこれがその愛で、俺の罪だ。

 ……ご立派だろう。俺の首元から生えたギギギギ・ガランは。この部屋の天井までキッチリ埋まっている……はずだ。俺は身体の向きを変えられないから、どうなってるか分からんが。寝返りが出来た二年前に、鏡越しで見たきりだ。

 まるで俺に一生死ぬまで添い遂げようとする、シェリーみたいだろう。

 ……しかもな、よく見てくれ。俺の右半分を包もうとしているだろ。添い遂げるようにな。


 エリオンの森から帰還してから暫くの間、右側の寂しさだけでなく、俺は後ろの首元が気になる事が多くなったんだ。

 それで首元を調べてみると、何か小さなコブが出来ていたんだ。この時は少し気になっていたが、大きな病気も無かったから気にしなかった。……いや、少し忘れっぽくなって、勉強がダメだったな。もしかしたら、その時から始まっていたのかもしれない。

 とはいえ、大人になってから、そこまで悪影響もなく、普通に人並みの一生を過ごせた。結婚は三回。子どもは出来なかったな。……だけど、大人になってもシェリーの事が忘れられなかった。「俺はいつまで罪悪感に囚われているんだ!」って振り払おうとしたが、それでも思い出してしまうんだ。あの後ろの首元のコブを見たり感じたりするたびにな。

 だけど、だ。

 俺がこんなに年老いた時、急激にコブのあたりが痛み出した。急激に大きくなり始めて、皮膚がはち切れたんだ。その時に現れたのが……こぶし大のギギギギ・ガランだ。

 医師に診せたが、手遅れだと言われた。完全に寄生して一体化している状態で、これを無理矢理切ろうとしたら死ぬとな。

 そう言われた時、俺は何故か自然と受け入れらた。これはあの時の……罰だってな。


 あの時、シェリーは種を全部取ったと言ったが、嘘だった。後ろの首元だけ残していたんだ。しかも深く埋まっていて、体内に侵入していた。……本当に見逃した可能性もあるかもしれないが、あの死体の笑顔を見た限り、そうとは思えない。

 つい最近、ギギギギ・ガランについて調べた。……本当に今更だがな。俺を介護してくれる奴らにお願いして、本を持ってこさせて、身体を動かせなくなった俺に読み聞かせたよ。まるでガキみたいにな。

 砂漠の言い伝えは知っているか? ……「ギギギギ・ガランは動くものを嫌って叫ぶ。その叫び声は地の底からのもので、聞いてはならない。聞けばガランはその魂を吸ってくる」っていうのを。あのサボテンは、「魂を吸ってくる」──つまり、生き物に寄生して生きる植物だったんだ。

 確か、どっかの学者の説だったか、水も栄養も無い砂漠で生き残るための戦略として寄生するようになった、……らしい。それがなぜあの森にあったのかは分からんけど、いずれにしても、シェリーはそれを知った。自分と重ね合わせていたかもな。俺に「寄生」することで生きていたようなもんだったから、な……。俺がモテてる自慢みたいな言い方になっちまったが、俺からしたら縁を切りたくて仕方が無かった。アイツの存在は俺にとって、恐怖以外の何物でもなかった。

 ……シェリーはもしかしたら、俺がシェリーを殺すんじゃないかと知っていたかもしれない。だから、ギギギギ・ガランの種を植えさせようと、エリオンの森に行きたいと言ったのかもしれない。そうする事で、死んでも俺に寄生できると思っていたんだろう。今振り返ると、あいつはギギギギ・ガランの事を楽し気に話していた。寄生する力にひかれたんだろうな。……いやでも、寄生する力については話さなかったな。それも計算通りだったのかもな……。


 ……ああ、最後まで聴いてくれてありがとうな。

 本当はな、俺はエリオンの森にまで行って、シェリーに謝りたい。殺してごめんなさいってな。……もう死体も無いだろうがな。それに、このギギギギ・ガランに押し潰された今の身では、もう叶わないが……。

 そうだ、代わりにあんたらが行ってきてくれないか。ついででいい。自己満足かもしれないが、お願いだ。……ああ、そういえば、エリオンの森はどうなったんだ。あんたらなら、知って……。

 なっ、もう無い!? 森も世界樹も破壊した!? あんたらが!?

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