添い遂げた種子(たね)

添い遂げた種子(たね)(前編)

 ギギギギ・ガラン:

 球状のサボテンの一種。砂漠に多く存在し、人や動物が近づくと、ギギギギ……と不快な音を大音量で鳴り響かせ、頭の花から種を吐く(なお、「ガラン」は太古の砂漠の民「~と鳴る」という意味)。「ギギギギ・ガランは動くものを嫌って叫ぶ。その叫び声は地の底(『あの世』を意味する)からのもので、聞いてはならない。聞けばガランはその魂を吸ってくる」という砂漠の言い伝えがある。






 ……その黒い格好と白い顔の者は知らん。エイ、と……、あと、テ……、テム、だったな。すまん、お役に立てん男でな。

 ……いや、思い出した。私が幼い頃、近くの森……そうだ、エリオンの森で見た事があった! あれは確かに、全身黒い格好で……、いや、白い顔かまでは分からなかったな。あんたらの言う、手の甲に何かがあったし……。何、違う? ……会ったのか。そうか。

 何? もう行くのか? ……待て、待ちな。今はもう夜だ。狡猾こうかつな獣たちが活動するころだろうから休んでけ。この精根せいこん枯れ果てた寝たきりジジイでも、それくらいは分かる。

 ……あんたらは変だな。俺のこの姿を見ても驚かんし、特に、その、えっと、エイ、だったな。あんたは、人間とは思えん。まるで人形のようだ。……何? ハハハ、〝管理者〟だと? あんたは何を言ってるんだ。

 ……折角の縁なんだ。俺の話を聴かないか? ……おいおい、そう足早に去ろうとするな。……ほら、そうさ。おまえの連れさんもそう言ってる。そうだそうだ。年寄りの昔話でも、あんたらの役に立つかもしれんぞ。

 ……もうすぐ、俺は記憶も知恵も奪われるんだ。本当はこんな姿のまま死にたくない。だからせめて、今ここであんたらに話したい。今日はいつもより饒舌じょうぜつに話せる自信があるし、記憶もここ最近でとても鮮明だ。とにかく、俺の話を聴いてくれ。

 ……おお良かった。え、え、そう急かすな、……エキ、だったかな。いやいや、エイだな。……ハァ、ほんとあんたはせっかちだな。まあいい。早速始めよう。この俺、ロムの話だ。

 俺は小さい頃、エリオンの森で、人を殺した事があるんだよ。

 その名はシェリー、俺の従妹だ。


 そいつがな、一緒にエリオンの森に行こうって、言ったんだ。そこにいる賢者に会いたい、一目見たい植物があるから教えてもらいたいが為にな。

「ロム……行こう……」

 そう何度もせがんでな。俺は戸惑った。「賢者」の噂は知っていたが、何せあそこは、王国が管理していて、入れなかったんだからな。

「ダメだろ。そもそも、あそこは王様が入れないようにしたんだから無理だ」

 俺はそう言って断ったが、シェリーは譲らなかったんだ。

「抜け道……知ってる……人……いる」

 そう言って何度も繰り返したんだ。シェリーはいつも大人しくて無口で、喋ってもたどたどしい感じで、とても引っ込み思案なのに、この時ばかりは譲らなかった。何日も言い続けた。だけど結局は俺が折れて……いや、折れたんじゃない、決意したんだ……とにかく一緒に行く事に決めた。俺の両親には、遊びに行くと言って、ひそかに彼女と一緒にな。護身用に置かれていた木刀をくすねてな。


 ……ああ、シェリーの事か。

 シェリーはさっきも言った通り、俺の従妹だ。俺の父親の弟の子だが、あいつの母親はフェルー族の一人、つまりフェルー族のハーフだ。

 だけどな、そのフェルー族の母親は、シェリーを置いて蒸発した。理由は良く知らん。

 その後、人間の父親が引き取って育ててたが、お酒飲んでばかりで虐待してくるばかりだったらしい。腕とかに傷跡があったし、右目はそのせいか視力が弱かったようだ。そうして父親からの虐待は何年か続いたが、酒を飲み過ぎたせいか、病死した。そうして親族である俺の家族に引き取られた。

 俺の両親はシェリーの事をあまり快く思ってなかった。あいつの実父のような虐待まではいかなかったが、あまり表に出ないようには言った。二人とも俺の叔父の事を嫌っていたからと、その血を引く娘も嫌っていた。その上、その血の半分が森に住むあまり見知らぬ一族の者だ。叔父とそのフェルー族の女性が、どういう経緯で結ばれたかは知らん。けど、確信を持って言えるのは、自分達とは少し違って、少し毛深く尖った耳を持っているというだけで、俺の両親をはじめ誰もが未知の恐怖をシェリーに抱いていたって事だ。あの時はまだフェルー族の存在自体、王国内では知られて間もなかった時だからな。

 一緒に学校にも行ったが、シェリーはいじめられてばかりだった。傷もついた。だけど、あいつは我慢強く耐えたんだ。臆病で引っ込み思案だったんだ。……今はいい時代になったもんだ。

 そんなシェリーを見かねて、俺は出来るだけ一緒にいて話をしようとした。最初こそ俺を怖がっていたけど、次第にたどたどしくも話す様になって、俺の右側にいつもいるようになった。視力のある左目で、俺を見るためだったのかもな。

 特にあいつが興味を示したのが、植物図鑑だった。俺の祖父母からプレゼントされたもんだ。俺は興味が無くて読まなかったが、シェリーはその図鑑がとても好きで、いつも俺に見せては目を輝かせて楽しく話してきたんだ。植物に興味を持ったのは、もしかしたらフェルー族の血かもしれないな。

「これっ! ……すごい……きれい!」

 あいつは毎回そう言っては見せてきたんだ。俺もそれはそれでとても楽しかったんだ。

 ……ただ、俺は大きな牛飼いの一家だったから、いつも一緒にいられるわけじゃない。学校には一応、監視の名目で一緒に行ったが、両親の仕事を手伝う必要もあった。両親はシェリーに手伝わせるを嫌っていた。一緒に手伝わせるのもダメでな。けどもな、離れようとすると、シェリーはとても嫌がって腕を掴んできたんだ。

「嫌……嫌っ……一緒に……いて……」

 そう言ってはいつもな。俺はいつも乱暴に離して去ってばかりだった。……それなのに、あいつはそんな事をされても、戻ってきたら笑顔で迎えに来てくれたし、抱きついてきたりもした。……俺はウザいと思っていたが、悪い気はしなかった。だけど、両親はそれ以上に嫌がってた。

 そうして彼女がそうして俺にベッタリとくっつくようになった時、謎の傷害事件が発生した。それは全て矢による攻撃ばかりだったんだ。しかも、ほとんどが俺を「悪臭持ち」呼ばわりする奴だったり、両親に厳しくしてきた地主とかだったりと、俺や俺の家族に因縁をつけた奴ばかりだ。

 そこで真っ先に疑われたのは、シェリーだった。俺達が住んでいた村で弓矢を扱う者がいない。というより、乱獲防止の為に所持すら禁止されていた。それに、フェルー族は弓矢を扱うのが上手いという話だという事も理由にして槍玉にあげてな。俺はその時は違うと思った。そん時はシェリーがそんな事をする度胸タマがないって思っててな。あの時は証拠が無かったし、シェリーも否定していたが、みんなは決めつけていた。その不安の矛先は、養っている両親にも向けられたんだ。両親としては、厄介な親族のせいでこちらまで迷惑を被るから嫌がっていた。

 だから両親は、シェリーを家から離れた倉庫のほうに閉じ込めた。学校へ行くとき以外は外出を禁止されたし、俺も食事を持ってくる時以外はダメだと言われた。さすがに酷いと抗議したが、そうでもしないと疑いが晴れないだと屁理屈を抜かして無理矢理押し込めてな。結局、俺はそれ従うしかなかった。内心、親に対してクソだと思いながらな。俺はシェリーといつも一緒にいたから、そんな事するような奴じゃない、そう信じていたんだ。

 だけど俺は、倉庫に変わっても、両親から仲良くならない様にキツく言われても、シェリーとは相変わらず話をした。家にあった植物に関する図鑑を持っていったりしたし、両親が寝ている隙を見計らって真夜中を遊びまくったりもした。結果、あいつはもっと俺に依存するようになっていった。俺にはあいつの好意がとても重かったが、悪い気はしなかった。とても可愛かったし、俺に対してだけはとても優しかったからな。……俺に対してだけはな。

 ……ああ、そうだった。話をエリオンの森に戻すか。


 エリオンの森の前まで一緒に来たが、やはり王国が管理していただけあってか、柵で取り囲まれ、入れる場所が無かった。シェリーが抜け道を知っている人がいると言ったので、「その人に会わないのか」と問い詰めると、いきなり謝った。

「ごめん……なさい……誰か……は……知らない……」

 シェリーはその存在こそ知っていたが、誰かまでは知らなかった。何処で聞いたんだっていっても、学校でウワサを聞いただけだったそうだ。

 俺は最初怒ったが、ここまで来た以上は仕方ないと覚悟して、その周辺を回って知っている奴がいないか探した。だが、見つからなかった。俺は諦めて帰ろうかって、シェリーに提案したんだけど嫌がった。「嫌……、嫌!」って駄々こねてな。俺は無理矢理連れて帰ろうとした、その時だったにあいつに出会った。

 ……そう、黒い格好と、手の甲に何かが……どんなのだったかはわからん。……ああそれだ、あんたらの言う通りだ。やっぱり会ったんだな。とにかくそんな怪しい奴に会った。顔も暗闇でわからないし、俺もシェリーも怖がった。

 するとな、突然大きな葉っぱを出してきて、何かを書くと、見せてきた。それには、

〈私は「モダチ」。もしかして、森の賢者を探しているのですか?〉

 と書いていた。不気味だったが、襲ってきたりはしなかったし、あの時、子供だった俺達の目線に合わせて屈んで、その葉っぱを見せてたな。

 俺は警戒して木刀を向けたけど、その「モダチ」という奴は、怯みもせずゆっくりと向かって来たんだ。あの時の俺は警戒して逃げようと思った。だけどな、シェリーがその文章を読んで、反応したんだ。

「そう! 探してるっ!」

 今までに聞いた事が無い、大声でな。俺は何だかマズい気がして口を塞いだけど、遅かった。すると、また別の大きな葉っぱを出して、何かを書いてまた見せてきた。

〈私についてきなさい。森に入れる抜け道を知っています〉

 それを見せると、どっかへ行こうとしたんだ。俺は警戒したけど、シェリーが嬉しそうについて行ってしまってな、それで一緒に行く事になった。


 ……結果、その「モダチ」という奴が、「抜け道」を知る人だった。そいつは森に入れる洞穴を教えてくれた。そしてまた葉っぱを取り出して、行き方を教えてくれた。

〈時折見上げて、赤い花を辿りなさい。行きも、帰りも〉

 俺達はそこでモダチにお礼とお別れを言って、森の中に入った。そこであのモダチの言う通り、頭上の樹の枝にぶら下がっている赤い花を頼りに進んでいったら、巨大な樹がある草原みたいな場所に辿り着いたんだ。一目見てわかったさ。あれが噂に聞いた「世界樹」だとな。シェリーはすぐさま駆けつけ、樹の中へ入っていった。俺もついて行った。そうして出会ったのが──穴から頭だけ出した少女だったんだ。

 そいつは……、ああ、知っているのか。会ったんだな。そうだ、「ユユ」という名だ。それもシェリーと同じ、フェルー族のハーフだ、間違いなく、な。

「はじめまして、ユユ!」

 そう笑顔で自己紹介したの、こんな状態になった今でも記憶に残っている。


 俺は驚いて幻かと腰抜かしたけど、シェリーはそのユユと名乗る「賢者」とすぐさま仲良くなってな。お互いの耳について楽しげに会話しては、お互いにあの尖っている耳を触りあってな。

「おそろいのみみ~」

「うん……おそろい……うれしい……」

 ……穴から頭を出すだけのユユが、キツそうに腕を出したり引っ込めたりしているのが大変そうだったのが、ちょっとほっこりしたな。

 だけどこのままじゃ会話ばかりで目的忘れてしまってるんじゃないかと思ったから、すぐに話を中断させた。

「おい、一目見たい植物があったんじゃねーのかよ?」

「あ……そうだ……ごめん……」

 やっぱり同じ種族? の同性同士で会話するは楽しいもんなんだろうな。だけど俺からしたら、とにかく本題が第一だった。……とはいえ、あいつの口が重いわモゴモゴするわで言わなかったから、俺が急かしてようやく言ったんだ。

「ギ……ギギギギ・ガラン……」

 その時にその「賢者」が不安そうな顔をしていたのを見たが、あの時に俺は気がつくべきだったんだ……。いや、あの時、ギギギギ・ガランの事を知っていたら……。


 ああ、そういえばあの時、青い小鳥もいたっけな。その鳥は確か、「トルィ」か「トリィ」だったか、賢者がそう呼んでいた。俺達の周りを執拗に飛んでいて、邪魔に感じたな。まるで「帰れ」とでも行動で示しているかのように。でも今考えたら、あれは……。いや、今更考えても詮無せんない事だ。

 賢者は少し戸惑っていて、教えるのを渋っていたんだ。だけどな、あの時はシェリーが執拗に固執していた。あんなに熱を帯びて、そして饒舌に話していた彼女を見たのは初めてだ。……多分。

「ギギギギ・ガランはちょっと……、ほかのはダメ?」

「嫌……」

「でも……」

「嫌ッ!」

 結局は賢者が根負けした。だけど、とても分かりにくい場所があるから、案内を付ける事にした。

「ねぇ、トリィ」──さっき言ったっけな? 青い小鳥の事で……。いや、「トルィ」が正しかったか──「あんない、できる?」

 だけどあの時、その小鳥は動こうとせず、ツンと無視していた。何だか羽を繕っていたようだった。

「ねぇ、トリィ」──いや、トルィだったか──「あんない、してあげてよ! いつもそうしていたんじゃない!」

 そう言っても、あの小鳥はその賢者にそっぽ向いたままだった。可愛らしく頬かむりをしても無視だ。でも、あの時は案内なんていいから、場所を教えて欲しかった気持ちだった。……いや、もう正直なところ、ギギギギ・ガランが無くてもいいから、嘘の場所でもいいから良かった。だけど賢者は健気にもどうしようかと考えてくれた。

「うぅ~ん、どうしよう……」

 そうしていた時、突然後ろから黒い奴が現れたんだ。俺達は驚いて振り向いてすぐ後ずさった。でも一番驚いたのは、この後の賢者の大声だ。

「あっ、モダチ! どうしたの!?」

 すごい高揚した言い方だった。樹の中で響いたもんだ。

 そしたらそのモダチはすぐに大きなは葉っぱを取り出し、筆談してきた。

〈私が教えてあげよう〉

 ……ああ、そうだ。その時に青い小鳥──いや、緑だったか、赤だったか──とにかく小鳥がモダチに敵意むき出しで突進し続けてたんだが、そのモダチはまったく意に介さず、追い払う事無く、何事も無かったかのようにその葉っぱを見せつけただけだったな。途中であの小鳥がその大きな葉っぱに穴をあけても、動じずすぐさまどこからか大きな葉っぱを取り出して、同じメッセージを書いては見せつけてきたな。……本当に不気味に感じた。紳士的な態度が、何よりその不気味さを際立たせていたようだった。

 結局、最後はモダチについてく事になった。……本当は二人だけで行きたかったが、仕方なかった。シェリーがとにかく行きたがっていた以上、止めようが無かった。それに、俺もここまで来たからには、止まる気がなかった。

 あの「賢者」に会ったのは、この時きりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る