ご主人様の弟

ご主人様の弟(前編)

 人寄せぐさ

 正式な名は「コティラ」だが、一般的には「人寄せ草」で有名。一見細長く赤っぽい草だが、この草の香りをかぐと、幸福な気持ちになれると言われている。そのため、たくさんの人がこの草をかぐ為に近づく事から、「人寄せ草」と呼ばれるようになった。しかし、においに敏感な人間や動物は嫌悪して近寄らない事もある。






「迷っちゃったなぁ、こりゃ」

 冷たい雨降る森の中で、これだけ笑顔を絶やさないフェルーの者は彼──クオンだけだ。

「パルシーロ、どこにいるんだ!?」

 私の名を大声で呼ぶ。確かに雨音は大きいが、そんなに叫ばずとも聴こえる。私の聴力をなめないでもらいたいものだ。とはいえ、彼には心配かけぬよう、速く駆けつけなければならない。

「パルシーロ、濡れてるね。風邪、引いてない?」

 クオンは私の目線にあわせてきた。ゴワゴワな布切れで私の身体を拭こうとしてくる。

 ──おい、よしてくれないか!

「あっ、嫌だったか。ゴメンよ」

 クオンは布切れを仕舞い、辺りを見回した。もしものために、弓が構えられるよう準備しているが、こんな雨粒を打ちつける今じゃ、所詮気休め程度だ。

「しっかし、何処だろうココは。いつも狩りしてる場所と雰囲気が違うような……」

 それは私も感じていた。樹や植物の種類が全く違う。見た事の無いものもある。だが、何より──異様な雰囲気を感じる。

 理由はハッキリしている。虫はちらほらといるのだが、動物や鳥が全く見当たらない。いつもなら出合い頭に会うのが当たり前なのだが、ここには全くいない。わたしも出来ればこの森に居たくない。本能がそう感じさせる。

「あ~あ、やっぱり深入りし過ぎちゃったかなぁ……」

 深入りも何も、森の中でたまたま見つけた洞窟(かなり昔につくられたもののようで、土がかなり崩れていた)をくぐり、上に開けられた穴から出て、この知らない森に来たのだ。深入りの程度が異常だ。

 クオンの持つ好奇心の旺盛さには、とにかく参ってしまう。森の中で閉じこもり暮らす保守的なフェルーの一族には珍しい、自由奔放な少年だ。今は行方知れずである私のご主人様リアンもどちらかというと開明的だが、その弟──今キョロキョロと辺りを見回す彼には限度というものがない。もうすぐ成人になるというのに、未だ子供のようだ。おかげでついて行くのが大変だ。慣れているとはいえ、やはり勘弁してほしいものだ。

「うわぁっ!?」クオンは何かを蹴ったようだ。「……死体?」

 死体の臭いは吐き気がするほど苦手だが、雨が流しくれているからかそれほどしない。私もその死体に近づいてみる事にする。

 濡れてはいるものの、皮膚は干からびて変色し、骨がクッキリと見える。耳は丸く産毛が無いので、フェルー族ではないのは確かだ。分かりにくかったが、首に絞めたあとがある。自殺だとしたら、自分で絞めたのだろうか。だが、ロープらしきものはついていない。他には、痕にそって、穴が出来ているようだ。奇妙過ぎる。誰かに絞められたのだろうか。

「フェルー族じゃないなぁ。森の外の人みたいだけど……。あれ? 荷物だこれ。何だかめちゃくちゃボロいなこれ」

 クオンがその死体の荷物をあさり始めた。……さすがに無礼すぎる気もするが、ここに誰も見ていない以上、大目に見る事にしよう。

「う~ん……、食料とかは無いなぁ。……包丁、まな板、底の浅く平らなお鍋みたいなの……、料理人っぽいなぁ」

 形状や大きさはどれもフェルー族のとは違う。特にその鍋らしき物は持っていない。基本的に半球のようなものが普通だ。間違いなくフェルー族以外の者だろう。

 クオンは次にポケットの中を探っていたが、特に何もなかったのですぐに止めた。

「埋めたいのはやまやまだけど、こんなに根っこがいっぱいあっちゃあムリかぁ……」

 すると、適当な小枝を見つけて折り、死体の頭近くに植えた。

「これで勘弁してね」

 死体に黙祷もくとうした後、笑顔を向けた。

「さて、雨宿りできる場所を探そう。パルシーロ、行くよ!」

 威勢よく掛けていった。私も黙祷した後、ついて行った。私も心を切り替えねば。

 ──この木の根っこがすじう地面を、よく早足で行けるな。

 クオンの身のこなしには、感心するばかりだ。……身のこなしだけは。

「おぅい、パルシーロ!」

 遠くからクオンが呼びかけてきた。

「何か、草原があるぞ! しかも、めっちゃでっかい樹!」


 想像以上に大きな樹だ。まさに天へと穿つ槍のごとく伸びている。この大きな樹の傍でなくても、すこし距離をとるだけで十分雨宿りになるほどだ。しかも、その巨大な樹には、大きな洞穴が出来ている。私達はそこで雨宿りをし、荷物を置いた。

 私は身体を震わせて、まとわりつく雨水を吹き飛ばした。もちろん、クオンに当たらないように距離は取っている。一方、クオンは下着だけになって、脱いだ服の水分を絞り出している。

「ふぇ~、すっげぇ濡れちゃったぁ~」

 クオンは絞ったばかりの服を着直した。シワがくっきりとついているが、案の定気にしていない。

「雨、やまないなぁ……」

 雨は弱まるどころか強さを増している。日が暮れるまでに止んでくれればいいのだが。

 すると、クオンが樹の洞穴の奥を見始めた。……まぁ、この後の展開は大体わかる。

「パルシーロ、行こう! 探検しよう!」

 クオンは駆け足で中に入っていった。どうせ止められない。彼が暴走しないよう、私が見ておかないと……。でなければ、ご主人様に申し訳がたたない。

「ひゃあっ!?」

「うわぁっ!?」

 ──何だ!? 声が二つ!?

 クオンと、聞いた事の無い少女らしき叫び声。

 考えるより先に脚が動いた……が、あっという間に着いた。

 とても大きな空間の中で、クオンが腰を抜かしていた。

「あ……あ……」

 元々白い顔が、血の気が引いて更に真っ白だ。

 ──一体、どうしたんだ?

「ゆ、ゆゆ、幽霊っ!?」

 クオンが指さす先に、少女のお面が──。

「だ、だれっ!?」

 ──本物!?

 思わず唸ってしまった。


 この空間は雨漏りが酷く、水溜りが出来ている。正直ここにいるのはイヤだが、ワガママを言えない。

「ゆ、ユユ、ちゃん、で、いいんだよね……」

 クオンは身体が小さい私を盾にしながら、顔だけ出す短髪の少女に尋ねた。クオンはあんなに好奇心旺盛なのに、幽霊のような得体のしれない存在が苦手なのだ。

「うん、ユユだよ! あなたは?」

「ク、クオン! こっちはパルシーロ……。あ、あの、ゆ、幽霊とかじゃ、ないよね……」

「ちがうよ! ヒト、だよ! ほら、クオンとおなじかたちのみみ、してるでしょ!」

 確かに、耳はフェルー特有の尖った耳だ。だが、産毛が全く無い。混血だろうか。フェルーでは基本的に混血は忌み嫌われている。フェルーが追放されて他の者と一緒になったのであればあり得るが。

 ……いや、まずそれ以前に、なぜ少女がこの巨大の樹の中にいるのだろうか。あまりにも奇怪だ。邪推すら出来ない。

「よ、良かった……」

 クオンは立ち上がってユユと名乗る少女に近づいたが、歩幅が異常に狭い。三歩で止まった。全身が分かりやすい程に震えている。樹のにおいが充満する中、あの少女からフェルー族特有のにおいが若干するから、間違いなく人間だ。においのある幽霊など存在しない。クオンは信じ切れていないようだが。

「どしたの?」

「あ、うん、いや……、ユー・ユ? だっけ。耳にした事があるというか……」

「ユー・ユじゃない! ユユ!」

「あっ、ごめんなさいごめんなさい!」

 クオンは謝りながらガクリと座った。少なくとも私はそんなに寒くはないのだが(とはいえ、私はとても毛深いので、あまり寒さは感じにくい)、クオンは真冬の日の時のように震えている。その様子を、あの少女が真顔で見ている。それがクオンを更に怖がらせ、渋い顔をさせているようだ。

「なにか、さがしてるもの、あるの?」

「え?」

「ユユのところにきたってことは、さがしてるくさとか、はなとか、あるんでしょ? また、モダチにはなすことなく、きたみだいだけど……」

「モダチ?」

「モダチは、このもりのそとにいる、わたしのともだち。トリィとおなじ、ともだち!」

「トリィ?」

「そう、トリィ!」

 少女が顔を向けた方向に、クチバシ鋭い青い小鳥が私達を睨んできた。この森に入って初めて見た鳥だ。

 樹と人間以外の謎のにおいがほんのわずかに感じていたのが気になっていたのだが、原因はあの小鳥だったのか。あんなにハッキリとした青い色合い(私は色があまりハッキリと分かるほうではないが、青色は分かる)なのに、今になって気がつくとは、私の注意力もかなり散漫になってしまったものだ。

「へぇ~、青くてキレイだ」

 クオンは動物好きなので、先程とは違って、勢いよく立ち上がって笑顔で駆けだす。しかし、小鳥はいきなりクオンに突進してきた。

「うわっ!?」

 弓矢のような勢いに、クオンは驚き倒れてしまった。

「あっ!? だ、だいじょぶですか!?」

「イタタ……、あ、これくらいヘーキヘーキ」

 クオンは立ち上がった。確かに転ぶのは慣れっこだ。痛がることもしない。

「ごめんなさい……。トリィ、ダメだよ!」

 あの小鳥は少女の注意に意に介さず、元の場所に戻った。

「ハハハ、のっけから嫌われちゃったなぁ」

 ──どうやらあの小鳥は、私達と「友達」になる気はないようだ。

 それは残念だが、クオンの緊張が解けたので、良しとしよう。


「そうそう。なにか、さがしてるくさとか、はなとか、きのみとか、ある?」

 少女が澄んだ瞳で見てくる。宝石のようだ。

「え……、どういう、事?」

「だから、ユユのところにきたのは、さがしているくさとか、あるんでしょ?」

 頭を伸ばしてきたが、身体がつっかえて肩から先まで出せないようだ。

「違うよ。僕達は迷って、雨宿りしてるだけだよ。迷惑ならすぐ出るから」

 この中は雨漏りだらけなので、私とクオンは漏れていないところに座っている。それでも床が水溜まりだらけなので、どうしても濡れてしまう。あまり雨宿りになっていないのかもしれないが、濡れて不快にならないだけありがたい。

「えぇ~っ!? ぜったい、さがしているの、あるでしょ!? ユユのところにくるのは、そういうひとばかりだもん!」

 少女が困惑して頬を膨らませた。

「う~ん……」クオンは腕組して長く一考し始める。今度は両手を頭に抱える。……そして頭を上げ、口を開く。「ごめん、無い!」

「ないのぉ~。うぅぅぅぅぅぅぅ~っ……」

 少女は苛立ちのあまり、頭をハチャメチャに振り回した。

「ごめん! 本当に雨宿りでたまたま来ただけなんだ! 雨があがったらすぐ出るから!」

 少女は力無く俯く。この様子にクオンは申し訳なさそうな顔になった。

 沈黙が続いた、激しい雨の音と、隣の小鳥の視線が、とても痛々しく刺さる。私もクオンも苦痛だ。

 しばらくして、俯いていた少女が頭を上げた。

「それならぁ」

「それなら?」

「なにか、おはなしして!」

「お話し?」

 ──お話し?

 少女は口角を思いっきり上げた。

「そう、なんでもいいから! ユユ、たいくつだから、なにかおはなしして!」

「お話しって言われてもなぁ……」

 クオンは頭を抱えた。それは当然だ。何のお題もなくお話ししろって命令されても、却って困るだけだ。何かしらの縛りが無いと難しい。

「ほら、なんでもいいよ! ともだちのはなしとか、なんでも! そうだん、だっけ? それでもいいから!」

 ──しめた! 少女が振ってくれた!

 クオンは根明なので親友と呼べる人間は多い。話には困らないはずだ。

「……」

 ──どうした?

 悩んでいるようだ。この悩み方は、何か言いたげだけど言っていいのかで悩んでいるようだ。

「……なら」

 ──まさか。

 こんな時に限ってカンが良いとは、自分は神経質すぎるのだろうか。

「僕には兄貴がいるんだ……」

「〝あにき〟って、なに? ともだちのなまえなの?」

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