嘘をついた魔女の果実(後編)
上の隙間から、チョコレートケーキに振り撒いた粉砂糖のような星空が見える。
身体全てが覆えるほど大きな葉っぱ(樹の中で寝て過ごす事を決めた時に、ユユから夜は寒いから、近くにあるから取って使うようにと言われた)を布団代わりにして、見上げていた。ここに来ても料理の事を考えている自分に、思わず苦笑いした。
僕は料理が好きだったし、今も好きだ。
料理は、人を幸せにする「魔法」──魔法を扱えない者でも使える「魔法」だ。現に、僕も貧乏生活でも楽しく過ごせたのは、
だから、僕は義母と同じ、料理人を目指した。そのために修行した。
だけど、その道は想像を遥かに超えて苦しかった。
僕は、どこの料理店でもイジメを受けていた。先輩や同僚からは様々な口実で暴力を受け、悪口や身に覚えのない噂や罪を作られた。後輩からも軽蔑され、無視された事もあった。そんな事がどこへ行っても起こり、僕は店を転々とするしかなかった。
その最大の理由は、自分が本当の「魔法」を使えない事だ。
料理の世界では、もちろんその腕前も重要だけど、もっと重要なのが、魔法の実力だった。
料理が発達したのは、魔法技術が加わったためだとも言われている。西南のある地方では、ほとんどが毒草や毒を持つ動物達が棲み、「魔境」とも呼ばれていた。しかし、そこに国の迫害から逃れた魔法使いたちそこに住み込み、毒を抜く魔法を使う事によって、魔境の動植物を食べられるように変えた。これが後に、毒を抜いて料理するという、世界でも同じものは類を見ない料理が生み出されたという話もある。それくらい料理と魔法には密接な関係がある。
実際、名だたる料理人のほとんどは、魔法使いか、そうでなくとも魔法の腕があった。魔法が使えない料理人というのは数としてはある程度いるけど、有名になった料理人だけに絞った場合、義母のような例外を除いてはほとんどいない。
自分で言うのも恥ずかしい話だけど、自分は料理の才能や技術には問題が無かった。義母の手伝いをしていた事もあって、魚をおろしたり揚げ物につかう油の温度を調整する事は、先輩方よりも誰よりも出来ていた。それに、舌には自信があった。微妙な塩加減もわかり、そのおかげで料理長から信頼を得た事もあった。
それが
──魔法が使えないくせに、料理の腕が俺より上手いなんて、ふざけやがって!
そう言われながら、暴力を受けた事があった。
時には、何故か義母の事が知られて、それを理由にイジメを受けた事があった。義母は間違いなく有名だけど、魔法が使えないにも関わらず料理の実力でのしあがったために、侮蔑と嫉妬で嫌われていた。その現実は今でも変わらない事を、肌で実感した。
──あぁもう、嫌な事考えちゃダメだ! 寝よう……。
僕は葉っぱ布団の上で登るアリ達を払い、目を瞑った。布団の隙間から入る冷たい風が、眠気を強めた。
「あっ、熱い熱いあつい、ああああああっ!?」
左目から焼け焦げる音がした。右目から、まつ毛と前髪が焼けて煙が出ているのを確認できた。僕は左目の熱さに苦しみ、唸っていた。
「ちょっと、やり過ぎじゃない?」
「いいんだよ。これくらいしなきゃあなぁ。コイツはそれくらい許される価値なんだしよ」
「それもそうだな!」
同僚達の笑い声が耳に刺さる。
──耐えるんだ耐えるんだ耐えるんだ!
僕が心の中で何度も叫ぶと、いきなり髪の毛を掴まれ、顔を上げた。
「おい、今のはお前と俺達の秘密だ。店長に言ってみろ。今度は全身丸焼きにしてやるからな」
「うぅわっ、劣等種の丸焼きなんてマズそう! おぅえっ!」
また、笑い声が響いた。僕は何度も必死に頷くと、僕の頭を乱暴に投げ捨てた。頭を打って痛かったけど、左目の痛みが勝っていた。
──我慢するんだ、自分。我慢、我慢、我慢我慢我慢我慢我慢ガマン……。
「じゃ、行くか。……おい、ここの掃除も任せるからな。綺麗にしなかったら、今度はもう一つの目が焼けるぞ」
そう言って、僕から離れていった。
「ふん、コイツの親と同じ、料理人の面汚しだな」
──〝面汚し〟……。
「……て言った」
考えるよりも前に、立ち上がった。同僚が振り向いた。
「あ?」
「今、何て言った!」
今まで出した事のない叫びを放った。
「あぁ、何度でも言ってやる」同僚が睨みながら向かって来た。「お前の親は、魔法が使えないクセに、料理人になった面汚しだ」
「違う!」
さっきよりも更に大きく叫んだ。
「何が違うんだ、あぁ?」
「僕の義母さんは、面汚しなんかじゃない! 僕の義母さんは、お前なんかより、ずっとずっと偉大な料理人だ!」
右の拳が、ちょうど左目に命中し、調理器具を巻き込んでまた倒れた。殴られた痛みが火傷の痛みを再び呼び起こした。
「魔法も使えない劣等種が生意気言うんじゃねぇっ! お前に意見する権利なんかあっか!」
「おい、もうよせっ!」
もう一人が同僚の肩を叩いた。
「こんな奴の言葉なんかマトモに取り合っても、耳が腐るだけだっての」
「……それもそうだな」
同僚の表情が、怒りから蔑んだ笑顔に変わった。
「コイツなんて、どうせ親と同じようにクソみたいな死に方がお似合いのクソ野郎だ」
──〝クソみたいな死に方〟……。
「そうそう、あんな恥知らずの子らしく、クソみたいな死に方すりゃいいっての」
──〝クソみたいな死に方〟……!
二人の笑い声が響いた。
ふと、自分の手元を見ると、包丁が転がっていた事に気がついた。
僕は迷わず、今までしたことのない構え方で包丁を握った。そしてあいつらに向かって……。
「あぁっ!?」
目が覚めると、僕はあの時の構えをしていた事に気がついた。
「ゆ、夢、か……」
僕は突き出した両腕をすぐに引っ込めた。とても涼しいはずなのに、どうして額から汗をかいているのか、わからなかった。
また、あの感触が戻ってくる。ひとかたまりの豚肉を切るよりも簡単に包丁が入った、あの感触が……。
「おはよう!」
横からユユが頭を飛び出してきた。
「わっ!? ……あ、おはよう」
「ふふっ、いいてんき! おひさま、まぶしい!」
ユユは天井の隙間から差す日光を眺めている。とてつもなく眩しい笑顔だ。
「あっ、そうだ!」ユユがこちらを振り返った。「もうすぐ、もどってくるはず!」
「もうすぐ?」
……パタパタパタパタ。
「きた!」
羽ばたきがする方向に顔を向けた。明るい入り口から、鳥のシルエットがふらつきながら飛んでいる。……トリィだ!
シルエットからトリィの青い身体が浮かび上がってきた。よく見ると、何か小枝のようなものを加えている。その先には、トリィよりも大きな赤い実が二つ……。
「ホメクライメ、きたぁ、きたよぉ!」
「ほ、本当に、再び食べられるなんて……」
ヨダレが思わず出そうになる。鼻息が荒くなったのに気がついて、落ち着いて深呼吸した。
あの机のような大きな膨らみの上に、ホメクライメが二個、置かれている。
「ほ、本当に食べていいの?」
ユユは笑顔で頷いた。だけど隣のトリィは、僕を睨んでいるようだ。やっぱりあれが重たかったからなのか、頭を上下に動かしている。
僕は用意した包丁とフォークを構えた。ホメクライメの一個に狙いを定めた。
「よし、じゃあ早速……」
「まって!」
ユユの叫びにフォークが滑り、ホメクライメを刺し損ねた。ホメクライメは転がり落ち、地面にペシャリと潰れた。果実からあふれた汁が、花火のように広がった。
「あ……」
「うぁ……」
僕もユユも大きく口を開けている中、トリィがその場でせわしなく羽ばたいた。
「ご、ごめんなさぁい……」
「あ、いや、僕がうっかり手を滑らせただけだから……。うわ、もったいない……」
僕はフォークを置き、素手で拾おうとした。
「ダメッ!!」
今度はユユが恐ろしい剣幕で叫んだ。僕は思わずユユのほうに振り返りながら変な声を出してしまった。
「ど、どうして……」
その時、ジュウジュウと何かが焼けるような音が聞こえてきた。だけど、臭いはしない。「あれ? 火なんてつけていないはず……」
フォークとホメクライメを置いている膨らみの上を見たけど、別に変わった所はない。
──いや、この音……。
僕は、落としたホメクライメの方に顔を向けた。
そこには、ホメクライメと飛び散った汁から、煙が浮かび上がっていた。ホメクライメに近付くアリが汁に触れた途端、動かなくなり、身体が溶け始めた。
「そのままにして! ぜったい、さわっちゃダメだよっ!」
僕は煙を立てる地面のホメクライメから離れた。
「これは……」
「ホメクライメは、どく、なの! いきものを、ドロドロにとかしちゃうの!」
ホメクライメの汁に触れたアリは、完全に黒い液体に変わっていた。原形が全く残っていない。煙は未だに立ち込めている。
「そ、そんな……、じゃあ、僕が食べたのは、何だったん、だ……」
膝に力が入らず、ガクリと身体が落ちた。アリだった黒い液体を見ているうちに、目が回る。
「ホック!」
「うぁ!?」
「ホメクライメは、やいて、たべるの!」
「やいて、たべる?」
「そう、ひで、やくの」
「やく……焼くの!?」
「そうだよ。やいて、どくを、とばすの!」
──ホメクライメはね、炙って食べる果物なのよ。
そうだ。あの時、熱かったのにそのまま食べたんだ。
ユユが穴の中から取り出した小枝の山(この樹の枝ではなく、トリィが外に巣を作っていた時に余らせた何かの枝らしい。乾いているからよく燃えると言った)、膨らみの上に置いた。この膨らみの上で火を使っても大丈夫だと言われたけど、それでも不安だった。
「この樹、燃えないの?」
「だいじょぶっ!」
笑顔で言っているのなら、大丈夫なんだろうけれども……。
僕は取り出したマッチで火をつけ、小枝の山に放り投げた。小さな火柱がすぐに立った。
「さ、はやくはやく!」
ユユに言われた通り、あらかじめ十字にいれたホメクライメをフォークに刺し、火の中へ入れた。切れ目に火が直接当たるように回転させながら、黒ずんでいく様子を見た。完全に黒ずむまで、炙り続けなければ、毒が抜けないとの事だ。
──早く、早く食べたい!
焦げた臭いに混じって、甘い匂いも沸き立っている。
鼻の穴が広がっていく。ヨダレが口の中を溢れんばかりに潤っていく。ただでさえ詰まっていない僕の胃袋が、大きくなっていく……。
「あっ!」
「ひゃっ!?」
ユユの叫びに、気を取り直した。
「もう、だいじょぶだよ」
ホメクライメの皮は、完全に黒焦げになっていた。僕は火の中からホメクライメを出した。切れ目にいれた黄色い十字がとても映えていて、何だか壁の切れ目から太陽が見えているような感じだ。
「あとは冷ませばいいんだよね?」
「うん!」
ユユが笑顔で頷く横で、トリィがこちらを凝視していた。何だか怖くなって黒焦げのホメクライメのほうに視線を変えた。切れ目から滴る果汁が地面のアリに当たったけど、煙を立てることもアリが溶ける事も無く、自分の身体より大きな
触れる事が出来る程に冷めたホメクライメをフォークから外し、さっきまで火を立てていた黒ずみの近くに置いた。花が咲くように皮をめくると、封印が解かれたかのように輝き現れた。何でだろう、やっぱり太陽みたいに眩しく感じる。初めて見たあの時よりも、神々しい。
僕は持っていたナイフで四つに切り分け、そのうち二つにそれぞれフォークを刺した。それをユユとトリィの所に持っていこうとすると、ユユは頭を左右に振った。トリィも短く鳴いて同じように頭を振った。
「ユユはいいよ。トリィもそういっている」
「でも、ここまでしてもらって……」
「これはホックがたべたかったものでしょ? はやくたべて」
僕は何度か粘ったけど、ユユもトリィも遠慮した。僕は止む無く諦めた。
二つの内一つを空いた手に渡し、残った方を自分の口の前に持ってきた。
──ついに、ついに、この時が……!
僕は、思い切って口の中に入れた。ホメクライメをゆっくりと噛んだ。
「……っ!?」
「どうしたのホック?」
突然、目頭が熱くなった。視界が歪みだした。
「ホック、どうしたの!? なんで、ないてるの!?」
ユユの呼びかけに、僕は答えられなかった。
僕はホメクライメを噛み続けた。確かめるように味わった。だけど、視界はなかなか元に戻らなかった。
森の中は、昨日と変わらず大きな草が色々と生い茂っている。カブを逆さにしたような形の丸い草、ネギよりも細長い草、トマトにも似た赤みが買った草、アロエよりも葉肉がたっぷり詰まった草……。同じだ。全く変わらない。当たり前だけど、全く変わらない。
荷物を持ってあの巨大な樹から出た僕は、抜け道からこの森に入る前に言われたあの人の言葉を思い出しながら歩いていた。
〈時折見上げて、赤い花を辿りなさい。行きも、帰りも〉
あの人は黒いフードとコートを羽織り、顔は全く見えなかった。しかも、喋れないのか、大きな葉っぱに書いて伝えて来た。とても怪しさ満点だったけど、あの人のおかげで、ホメクライメを食べる事が出来た。
……確かに、食べる事は出来た。間違いなく、本物のホメクライメを。だけど、僕が望んでいたホメクライメじゃなかった。
「ユユ……」
「あっ! よかった……。どくがまだのこってたかと……」
涙を拭きとってユユの顔を見た。とても心配そうな表情で僕を見ていた。心なしか、トリィも心配そうに見えた。
「ねぇ、ユユ。ひとつ訊いてもいい?」
「いいよ」
「あの……」
「ん?」
訊く事が怖かった。
訊いてはいけないような気がした。
知ってはいけないような気がした。
だけど……。
僕は勇気を振り絞った。この気持ちを解決したい。そう強く思った。もしかしたら、食べたホメクライメに宿る力がそうさせたのかもしれない。
「どうして、ホメクライメに切れ目を入れないといけないの?」
ユユは別に表情を変える事なく答えた。
「だって、そうしないと、どくがきえないもん。かわのままだと、ひがとおらないから。でも、ぜんぶむいちゃうとあぶないから、きれめをいれるだけで、だいじょぶになるんだよ」
「そう、なんだ……」
持っていたもう一つのホメクライメを危うく落としそうになった。俯いた僕をユユが心配そうに声を掛けてきたけど、大丈夫だとごまかした。
僕があの時食べたホメクライメは、初めて食べたホメクライメと、ほんの少し違っていた。
初めて食べた時と比べると、あの時のほうがかすかな酸味と、植物特有の青臭い香りがした。いくら昔と比べて品種が変わったり、個体差があったとしても、経験からしてあまりに違いすぎた。自分の舌だって、いくら何でも変わったりしない、それは自信をもって言える。
僕はその時、初めて気がついた。義母が用意してくれたホメクライメは、偽物だったと。
義母は、貴重なホメクライメを用意出来なかった。だけど、僕がホメクライメを食べたいと寝込んでいたのを知って、ホメクライメに似た果実(多分、闇市場とかで出回っている偽物だ。それなら無理すれば手に入る)を用意し、調理方法も似せ、味付けをした。芋虫を牛肉のステーキ味に変えたり、その場にある野菜や魚で極上の料理を作る事が出来る、「魔女」と呼ばれる程の腕前だ。それくらいは簡単だ。
だけど、義母は調理工程で一つだけ、忘れていたことがあった。
──どうして、ホメクライメに切れ目を入れないといけないの?
──だって、そうしないと、どくがきえないもん。かわのままだと、ひがとおらないから。
義母は切れ目を入れず、皮のまま焼いていた。もし本物だったら、皮に守られて毒は消える事が無く、僕は死んでいた。だけど、偽物だったから、僕は助かった。実の両親と同じ道を辿らずに済んだ。
いずれにしても、義母は、ホメクライメに囚われた僕を救うために、本物に似せた偽物を食べさせた……。だから、勝手に涙が流れてしまった。
僕は、義母に侮辱された怒りで、二人を殺してしまった。二人が血を流して倒れているのに気がついた途端、記憶が無くなった。気がつくと、荷物を持って当てもなく逃げていた。
僕は必死で逃げた。逃げて逃げて逃げた。もう料理も何もかも嫌になっていた。どのくらいの距離逃げたのかは分からない。だけど、とにかく逃げた。自分が指名手配されているのかどうかも分からなかったから、誰とも顔をあわせなかった。誰もいない森や岩山を野宿しながら逃げ続けた。貧乏時代の時に身に着けた経験のおかげで食べ物に困る事は無かったけど、それでも飢えには困っていた。
そうして逃げ続け、食料にありつける事が出来なかったある日、僕はかつてホメクライメを食べた幼少時代を夢の中で思い出した。
口の中で広がる、蜜の甘み……。鼻を通り抜ける、苦痛も怒りも消してしまう幸福な香り……。
──食べたい……。
──ホメクライメを、食べたい。
──ホメクライメを、もう一度食べたい!
僕はあの時の求めていた思いを蘇らせた。ホメクライメさえまた食べれれば、もう人生なんてどうでもいい気分だった。
──だけど、どうやって……。
そんな時、あの時の事を思い出した。
──なぁ、知ってるか?
──何が?
──ほら、エリオンの森の噂だよ。
本当は思い出したくない事だったけど、この噂が僕を奮い立たせた。
──あれだっけな、何か人が住んでいるとかなんとか。
──そうそう、何か、相談にのってもらえる、賢者がいるんだと。
──そうだ、賢者だ! その賢者に出会えれば、ホメクライメを食べる事が……!
この時には空腹感が無くなり、この細身のどこから出てきたのか分からない力が全身にみなぎっていた。
僕はガムシャラに進み続け、エリオンの森の前まで来た。
だけど、エリオンの森は、王国の管理下に置かれていて、鉄格子と鋭い鉄の刺に囲まれていた。許可なしに入る事は出来なかった。
──どうしよう、これじゃあ……。
そう悩んでいたところに、「あの人」と出会い、こうして密かに森の中へ入る事が出来た。
結局、僕が求めたホメクライメを食べる事が出来なかった。だけど、満足だ。これで心おきなく、罪を償える。
本物のホメクライメを食べるまではどうでも良くなった気分が、今では罪を償いたいという気持ちに変わっていた。食べ物一つでこんなに都合よく変わるなんて、やっぱりホメクライメは「魔女の果実」だ。
ふと、膝を見やる。ケガをした右膝の動きは、もう何ともなっていない事に今更ながら気がついた。僕は右膝に貼ったままの葉っぱを剥がした。傷痕は少し残っていたけど、血は完全に止まっていた。思わず息を呑んだ。
──そうだ、これを……。
僕は剥がした葉っぱを火傷した左目に貼った。だけど、よくよく考えたら、左目の傷は完治している事に気がついた。僕は葉っぱをその場に捨てた。
──そういえば、あの子は、僕の左目の火傷を見て、何にも思わなかったなぁ。
あの子──ユユは、突然訪れた僕の頼みを笑顔で答えてくれた。
──確かにあの子は「賢者」じゃない、「聖者」だ。僕の火傷について多分気にしなかったようだし、僕を変えてくれた。
僕は再び見上げた。高い樹々に絡まり着く赤い花が、葉や枝の隙間から差し込む光に当たって、綺麗に見えた。あの花は、ホメクライメの皮よりも真っ赤な色だったんだと気がついた。そしたら、その花から花粉が舞い降り、星屑のようにきらめいた。
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