第4話 お散歩飲み~ワンカップと〝桜〟と~
桜「あ、こっちこっちー! おーい」
桜「ありがと、今日は来てくれて」
桜「ん、なんでこんな散歩道で待ち合わせなのかって。ふふ、それはねー」
桜「……」
桜「――じゃじゃーん、今日はお散歩飲みにやって来ましたー!」
桜「ぽかぽかな陽気、かわいらしい鳥の声、ひらひらと舞い散る桜、そして香る吟醸香」
桜「今日のテーマは、お散歩をしながらお花見を楽しみつつ、同時においしい日本酒も堪能しちゃおうというものなのです」
桜「え、外で飲むのは落ち着かないんじゃないかって?」
桜「ふっふっふ、まだまだだなー。外で飲む日本酒っていうのもまた格別なんだよ? 今からきみにそれを教えてあげる」
桜「というわけで、お散歩飲み、始めるよー」
桜「あ、その前にいつものやっとこうか?」
桜「んん……」
桜「それじゃあ今日も……良い水、良い米、良い酵母。楽しんじゃいましょう、おいしい日本酒。おー♪」
***
桜「さ、とりあえずそこのベンチに座って……」
桜「よーし、準備はばっちり」
桜「じゃあさっそくカンパイしよっか?」
桜「ふふー、だいじょうぶ、お酒ももちろん準備済みだから」
桜「ええと……」
桜「今日飲むのはこれ……ワンカップだよ!」
桜「え、ワンカップなんてお父さんたちが飲むもので、あんまりおいしくないんじゃないかって? ちっちっちっ……そんなのは昔の話」
桜「今は見た目もおしゃれでしかも味もおいしいワンカップがたくさんあるの」
桜「たとえば『鮎正宗』のあゆカップ、『鶴齢』の雪男、『秋鹿』のバンビカップとかも私のお勧め」
桜「それにそれに……なんといっても」
桜「ワンカップには――にゃんこの絵柄のカップがあるんだよ!」
桜「『志太泉』のにゃんカップシリーズとか、『三芳菊』のネコと和解せよとか、『十旭日』のわんにゃんカップとか」
桜「あー、どれももうかわいすぎて想像するだけでにゃんにゃんにゃーん!」
桜「考えるだけで心がにゃんにゃんしてくるっていうか、しあわせまっくすになってくるにゃん――」
桜「……」
桜「……」
桜「……こほん、ま、それはともかくとして」
桜「と、とにかく飲もう? 案ずるよりも生むがやすしだよ!」
桜「はー……おいし……」
桜「どうどう、ワンカップの味は?」
桜「意外といいでしょ? ていうか普通においしくない?」
桜「そう、ワンカップはおいしいんだよ!」
桜「こんなおいしい日本酒がワンカップで気軽に飲めるなんていい時代だよねぇ」
桜「あ、そうだ。あとね、こうしてワンカップのグラスをちょっと上に掲げて……」
桜「ほら、こうすると落ちてくる花びらがグラス越しに溶けて見えるでしょ?」
桜「好きな漫画に、いい景色がお酒に溶けるとおいしいっていうのがあるんだけど、これがいいんだよー」
桜「で、そんなことをしてたらカップの中に花びらが落ちてきたりするのもまた乙かな。うんうん、風流風流」
桜「はー、いいねぇ……」
桜「……」
桜「……」
桜「ん?」
桜「え、どうしたの?」
桜「あ、ちょ……」
桜「な、なんで顔を近づけてくるの……? ま、待っててって……」
桜「……っ……」
桜「……」
桜「……」
桜「……え、髪の毛に桜の花びらがついてた……?」
桜「あ、そ、そうなんだ? あ、ありがと……」
桜「……」
桜「……わ、私、てっきり……」
桜「! う、ううん、なんでもない!」
桜「い、いいの、気にしない! ステイ!」
桜「も、もう……ほ、ほら、飲もう?」
桜「……」
桜「でもほんと、桜ってきれいだよねー」
桜「きれいで華やかで賑やかだけど同時にどこか神秘的で、心に訴えかけてくる何かがあるっていうか」
桜「え、私の『桜』って名前は、桜の花からきてるのって?」
桜「あはは、そんなロマンティックな理由だったらよかったんだけどねー」
桜「でもあいにくそうじゃないんだよー。あのね、うち、お父さんも日本酒が好きでさ」
桜「日本酒のために家に業務用の冷蔵庫を買っちゃうくらいハマってて。私もお父さんから教えてもらって、こんな風に日本酒好きになっちゃったんだけど」
桜「とと、それは今はいいとして」
桜「あのね、日本酒には『なになに桜』って名前の銘柄が多いんだよ。『薄墨桜』とか、『日置桜』とか、『前船桜』とか」
桜「で、お父さん、絶対娘が生まれたら『桜』って名前にして、日本酒の銘柄みたいにしたかったんだって」
桜「もうそこまでいくと笑っちゃうっていうか」
桜「まあそういうわけで、私の名前は『桜』になったというわけなんですよ」
桜「以上、僭越ながら桜さんの名前の由来でした」
桜「あ、でもね、私、『桜』って名前は気に入ってるんだよ?」
桜「日本の春の花だし、ピンク色でとっても華やかだし」
桜「それに日本酒と関係してる名前っていうのも、実はそんなに悪いと思ってなかったり……」
桜「あはは、ま、桜っていう言葉自体あんまり私のイメージじゃないかもしれないけど……」
桜「え、すごくきれいで、私に合ってる……?」
桜「……」
桜「も、もう、なに言ってるのかな……!」
桜「き、きみは普通の顔でそーいうことを言うから油断がならないんだよ……!」
桜「……」
桜「……でも、ありがと」
桜「……ちょっと、うれしいかも……」
桜「……」
***
桜「気持ちいいねえ……」
桜「桜の花びらがきれいで、お日さまがぽかぽかしてて、鳥の声が心地よくて……」
桜「こうやって季節の移ろいとか風景とかを肌で感じられるのも、お散歩飲みの醍醐味だよねぇ……」
桜「……」
桜「……なんだか眠くなってきたかも……」
桜「……ん、きみも? ふふ、それじゃあちょっとだけお昼寝しよっか?」
桜「それじゃあ……はい」
桜「ん? やっぱりベンチでお昼寝っていったら、ヒザマクラをしてじゃない?」
桜「だから、はい、私のヒザをマクラにしていいよ?」
桜「ほら……おいでー」
桜「今日は特別サービス。私の名前、きれいって言ってくれたから」
桜「え、酔ってるのかって? ふふ、どうでしょう?」
桜「どっちにしたってこんなチャンスはめったにないんだから、乗っておいた方がいいと思うよ?」
桜「ほらほら」
桜「よしよし、いいこいいこ」
桜「だいじょうぶ、緊張しないで私に身を任せてくれればいいから」
桜「力を抜いて、リラックスしてね」
桜「うん、そう、そんな感じ」
桜「……」
桜「……」
桜「……なでなで……」
桜「ふふ、きみって髪の毛、さらさらだね」
桜「すっごい指通りがよくて、撫でると気持ちいいかも」
桜「うーん、わんこを撫でてる感じ?」
桜「あはは、きみも気持ちいい? じゃあ撫でられるきみもしあわせで、撫でる私も楽しくて、ウィンウィンだね」
桜「じゃあもっと撫でてあげる。ほら、じっとしてー」
桜「ふふ、なでなでなで……」
桜「あれだったら耳かきもしてあげよっか? ふふ」
桜「……」
桜「それにしてもほんとに気持ちいいなぁ……」
桜「風はちょうどいいし、静かだし、すごく落ち着くし……」
桜「もうちょっとだけ……こうしてよっか」
桜「……」
桜「……」
桜「……すぅ……」
桜「……」
桜「……」
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