第2話 お店飲み~日本酒探検隊~
桜「はーい、とうちゃーく」
桜「ここが今日のお店……こないだ来てすっごい良かった日本酒バル」
桜「お酒も料理もほんっとおいしくて……ふふー、絶対きみを連れて来たいって思ってたんだー」
桜「やっぱりおいしいお酒は、好きな人といっしょに飲むのが一番楽しいもんね」
桜「というわけで……れっつ入店ー♪」
桜「こんばんはー、二人なんですけどだいじょうぶですか?」
桜「ありがとうございます。あ、じゃあカウンターでお願いしまーす」
桜「テーブル席とカウンター席、どっちも選べるんだったらやっぱりカウンターかなー」
桜「いかにもお店に飲みに来てるって感じがするし、お店の人との距離も近いから色々質問とかできるし」
桜「それになにより……」
桜「日本酒が入ってる冷蔵庫が見える!」
桜「や、これは大きいよー。最近の日本酒はラベルが面白いのも多いから、それを見てるだけで楽しいじゃん」
桜「ほら、たとえば『かぶとむし』とか」
桜「あれってカラフルでデフォルメされたかぶとむしがラベルになってるんだよ。エモエモじゃない?」
桜「他にも錦鯉みたいだったり、白熊が水の中を泳いでるのだったり、歌舞伎の化粧をイメージしたのだったり、すっごくたくさんあるんだから」
桜「ほんっと、日本酒って色んな楽しみ方ができるよねー」
桜「……」
桜「とと、ちょっと自分の世界に入りすぎたかも」
桜「うう、こういうところがよくないんだよなー、私……」
桜「日本酒の話になると周りが見えなくなって、ひとりでずっと喋っちゃう」
桜「イヤがらないで楽しそうな顔で聞いてくれるのはきみくらいだよ、ほんと。いつもありがとー」
桜「さ、それじゃ、注文しよっか?」
桜「せっかくお店に来たんだから早く飲まないともったいないもんね」
桜「すみませーん、注文いいですかー?」
桜「ええと、私は……うーん、どれにしようかな」
桜「これだけあると迷うっていうか、『冩楽』は間違いないし、『田酒』もいいな。『栄光富士』も捨てがたい……」
桜「……うーん……」
桜「……よし、決めた。『冩楽』!」
桜「きみはどうする? あ、この『飛露喜』? わ、いいねー。これ私もすっごい気になってたんだー」
桜「じゃあそれでお願いしまーす」
桜「わ、きたきたー!」
桜「はー、やっぱりこの瞬間がたまらないよねー」
桜「お酒をグラスに注ぐ音を聞きながら、なみなみと注がれてるのを見てるとそれだけですっごいわくわくしてくるっていうか」
桜「お店で飲むときに盛り上がる第一のクライマックスポイントだと思うんだー」
桜「ありがとうございまーす」
桜「くんくんくん……」
桜「うーん、フルーティーないい匂い」
桜「それじゃあさっそく飲もっか?」
桜「かんぱーい♪」
桜「……はぁ……」
桜「もう最高……」
桜「フレッシュな香りがまず春の風みたいにふんわりと鼻孔をくすぐって、でもそのあとには芳醇で米旨な味わいが口の中いっぱいに広がったかと思うと、そのまま心地いい切れの余韻を残してさらりと消えていって……」
桜「やっぱり日本酒はいいよねぇ……」
桜「これはあれだよ、もう飲むしあわせだよ……」
桜「あ、きみは『飛露喜』だったよね? どうどう?」
桜「おいしい? だよね! そうだと思った」
桜「そっか、『飛露喜』か……」
桜「……」
桜「……」
桜「あの、さ……」
桜「……」
桜「こんなこと言うの……ほんとは恥ずかしいんだけど……」
桜「きみだから……言うね」
桜「えっと……」
桜「……」
桜「それ……ひとくち、もらってもいいかな……?」
桜「その、さっきも言ったけど、それすっごく気になってたのなんだー。私が飲んだのとどっちを最初の一杯にしようか最後まで悩んだので……」
桜「いい? わ、ありがと!」
桜「それじゃあ……いただきます」
桜「んくんくんくんく……」
桜「はぁー、やっぱりおいしい!」
桜「同じ福島のお酒だから味の傾向は似てるけど、『飛露喜』の方が少しだけ無濾過生原酒らしい透明感がある感じだよね!」
桜「ふぅ、やっぱり日本酒はいいなあ……」
桜「あ、お返しに私のもひとくち飲む?」
桜「ほらほら、遠慮しなくていいから。どうぞ」
桜「どうどう、おいしいでしょー?」
桜「ふふ、きみと私はだいたい好みが似てるから絶対好きだと思ったんだー」
桜「うん、好みが近い者同士だとこうやって飲み比べができていいよねー」
桜「……」
桜「……ん、でも今のって」
桜「……も、もしかして、間接……」
桜「……」
桜「……な、なんでもない! き、きみはそんなこと気にしないでいいの!」
桜「ほ、ほら、次、飲も!」
桜「まだまだ飲んでみたい銘柄はたくさんあるんだから……!」
***
桜「あ、料理がきたよー」
桜「ありがとうございまーす」
桜「うんうん、このテーブルの上をお皿が埋め尽くしていくのもいいよねー」
桜「テーブルの隙間は心の隙間って、よく言ったもんだよ。……や、私が言ったんだけど」
桜「きみは……あ、ハツの山椒揚げを頼んだんだ。うんうん、さすが、これは間違いないよねー」
桜「私? 私はこれ」
桜「じゃじゃーん、アジのなめろう!」
桜「なめろうっていうのは房総半島発祥の郷土料理で、魚を包丁で叩いて粘りが出してから、味噌とか薬味を混ぜたものなんだよ」
桜「魚の旨みに味噌と薬味の香りが合わさって……もう日本酒のおつまみとしては最高っていってもいいくらい」
桜「じゃあさっそくいただきまーす」
桜「はぁあああ……」
桜「海の恵みがあますことなく怒涛のように襲いかかってきて、口の中でアジが元気よくぴちぴち跳ねてるって感じ……」
桜「さらに味噌とミョウガ、シソとネギのさわやかな刺激がいいアクセントになって……」
桜「で、そこにすかさず日本酒を流し込むと……」
桜「……つつつつっ……」
桜「純米酒のお米の風味が魚の旨みを引き立ててくれるだけじゃなくて、余分な脂をさっぱり洗い流してくれて……」
桜「アジが日本酒の海の中を、群れで元気よく泳ぎまわってるのが見えるよ……!」
桜「はぁ……もうたまんない、最高……♪」
桜「もうずっと食べながら飲み続けられるかも」
桜「これはあれだね、一種の永久機関だね……」
桜「あ、きみも食べてみる?」
桜「遠慮しないしない。おいしいものはシェアした方がいいんだから」
桜「てことで……」
桜「はい、あーん」
桜「どう、おいしい?」
桜「でしょー? うん、きみはほんとおいしそうに食べるねー」
桜「はい、もうひとくちどうぞ」
桜「あーん」
桜「ふふ、なんか小鳥にご飯をあげてるみたい」
桜「で、このアジのなめろうに今度はきみの『飛露喜』を合わせると……」
桜「もうばっちりでしょ? これ以上ないくらいのナイスな組み合わせでしょー?」
桜「はー、ほんと至福だよね」
桜「さ、この調子でどんどん飲んでこ」
桜「まだまだ楽しい日本酒の時間ははじまったばっかりなんだからー!」
***
桜「ふー、いい気分♪」
桜「ちょこっと休憩かな。あ、チェイサーでお水を飲むのを忘れないようにね。飲んだお酒とおんなじくらいの量を飲むといいんだよ」
桜「でもやっぱりお酒はいいねぇ……」
桜「……」
桜「あのさ、ちょっとヘンなこと言っていい?」
桜「ふふ、ありがと。えっとね……」
桜「私ね、お酒って川みたいなものだと思うんだよね」
桜「なんだろう、毎日の生活にちょっと疲れた時とか、自分を見つめ直したくなった時とかに、そっと寄り添ってくれる癒しと憩いのせせらぎっていうか……」
桜「それだけじゃなくて、お酒って人と人との大切な縁を繋いでくれるものだと思うの」
桜「ほら、川って本当だったら交わることがなったかもしれないたくさんの流れが、途中で合流して一本に繋がって、それで海になるでしょ? それって人と人との関係性になんだか似てるなーって」
桜「人生っていう大きな流れの中で、転換点になるものっていうか……」
桜「まあ……ちょっとこじつけかもしれないけど」
桜「でもほら、きみと私が知り合うきっかけになったのも日本酒だし」
桜「そう考えると縁を結ぶものって考えもあながち間違ってない気がするんだよ、うん」
桜「……って、ちょっと哲学的なこと言い過ぎじゃったかな」
桜「あはは、私らしくなかったかも」
桜「ちょっとそんな気分だったっていうか……ま、気にしないでくれていいから」
桜「そうだ、気分を変えるっていうか、ちょっと口休めにこういうのもどう?」
桜「すみませーん、バニラアイスと『はなじかん』をお願いします。……ありがとうございます」
桜「ふっふっふ、これはただのアイスクリーム。もちろんこれだけでもおいしいよ? だけどここに甘口の『はなじかん』をかけると……」
桜「んー、たまんない♪」
桜「冷たくて舌ざわりがいいアイスに、『はなじかん』の甘みがまるで蜜みたいに溶け合って……」
桜「味が二倍にも三倍にも深く立体的になるんだよ」
桜「すごくない? 普通のバニラアイスが日本酒をかけるだけでこんなに味が変わるなんて」
桜「他にない唯一無二の極上のスイーツになるんだよ!」
桜「ほんと、日本酒は無限の可能性を秘めてるんだよねえ……」
桜「……」
桜「というわけで」
桜「さ、まだまだ新たな日本酒の可能性をどんどん探っていくよー! 日本酒探検隊だー!」
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