18 Ⅲ‐4

「ちょっと、約束が違う!」

 私達三人は、あの時と同じように外に連れ出され、座らされた。また村人達が私達を見ている。前と違うのは、家族三人だけという事と、晴れている事、氷ではなく雪の上になった事の三つぐらいだ。

「おがあざぁ~ん、おねぇぢゃあ~ん」

 シリーがワンワンと泣いている。心配そうにしていたお母さんが、笑顔で声を掛けた。

「シリー、大丈夫よ。お母さんがいるわ。だから、泣かないで」

 だけど、泣き止まなかった。それどころか、ひどくなっているように感じる。

 すると、ブローグが現れ、村人達の注目を浴びるような位置に立った。

「ブローグッ、一体何なのよ、これは!? 早く解放してよ!」

 ブローグはこちらの話を全く聴かない。すると、両腕を上げ、ざわつく村人達を静かにさせた。

「ここにいる彼女、リュネは、共に行った二人を置いて逃げ出し、一人のこのこと帰って来た!」

「なっ……!?」

 ──信じられない。嘘つく気なの!?

「みんなっ、信じないで! この男に騙されムグッ!?」

 後ろから取り巻きの男に口を塞がれた。いくら叫んでも、言葉にする事が出来ない。

「竜討伐は失敗した!」

 すぐさま村人達が騒ぎ出し、一瞬で怒りに変わった。

「この臆病者!」「人殺し!」「自分だけ助かりやがって!」「家族を返せ!」「お前らなんてこの村のゴミだ!」「追放しろぉ!」「殺せぇ!」「死ねぇ!」「クソガキが!」

 ──違う、竜は倒したのよ! 証拠が──。

 そう言いたくても、声が出ない。それに、証拠はあの男に渡してしまった。手立てがない。

「よって、今からこの三人を、処罰する!」

 今度は、村人達が再びざわついた。

「実は昨日、こやつらの死体を竜に捧げれば、もう竜は悪さをしないと、神のお告げがあった。そこで、これより死刑を執行する!」

 ──嘘よ! みんな、こんなメチャクチャな嘘に、騙されないで!

「殺せ!」「殺せ!」「殺せぇ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」

 村人達が煽っている。心が折れそうだ。シリーの泣き叫びも、村人達の喧騒に跳ね返されてしまった。もう、誰も信じてもらえないかもしれない……。

 すると、ブローグが私を指さした。

「まずは、あの元凶から処罰する!」

 大合唱が歓喜に変わった。私は無理矢理ブローグの前に連れ出された。村人達の憎悪の視線に、身体が焼かれそうだ。

「んー、んー!」

 ブローグを睨んで思いっきり叫んだけど、やっぱり口を塞がれているから声にならない。動こうとしても、縛られている上に後ろの男に取り押さえられているから無理だ。

 ブローグが村人達の騒ぎを鎮めると、別の取り巻きを呼んだ。

「あれを出せ」

 そう命令すると、取り巻きはすぐさま何かをブローグに渡した。……剣だ!

「ワシ自らの手で、処刑してくれよう!」

 私は必死に暴れた。無理な状態だとわかっていても、抵抗した。

 ──外道! 竜よりもよっぽど外道!

 だけど、この思いは、ブローグに届かなかった。

「大人しくせんかっ!」

 剣先を喉元に押し付けてきた。それを理解した途端、私は暴れられなくなった。少しでも動けば、喉が裂かれる。

「そうだ、勝手に動いて斬り損ねたら、お前が苦しむだけだ」

 ブローグがニヤリと笑うと、剣を引いた。喉から血が垂れていくのが感じ取れた。

「おねぇちゃあ~ん、おねぇちゃあ~ん……」

 シリーの泣く声が真横から聞こえる。泣き止ませたくても、それが出来ない事に苛立ちと悔しさが込み上げる。

「さあ、執行開始だ! ……だが、最期に言い残した事があるなら、聴いてやらんでもない。あるか?」

 ──この……、いや、チャンスかも!

 私は激しく頷いた。

「おい、その手をどかすんだ」

 塞がれた手が取れた。……喋れる! これなら……。

 すると、ブローグが剣を首の横まで近づけた。

 ──少しでも、おかしな事を言えば、斬る。

 そう言わんばかりに、見下している。

「ほら、どうした。さっさと言え」

 笑顔で言ってくる。本当にこの男は、腐っている。

 ──だけど、何を言えばいいの?

 この男が嘘をついている事を真っ先に言おうと思ったけど、今私を睨む人達は聴いてくれそうにない。その前に、首を斬られる。

 竜を倒したという証拠を見せるしかない。だけど、竜の目玉をこの男の目の前で出して、奪われてしまった。あれが──、あっ!

「それなら、」私はブローグを見上げた。出来るだけ不快な表情にならないようにした。「ひとつ、お願いがあります」

「ほう、何だ?」

「私が持っている宝物を、ここにいる人達全員に見せたいんです」

 ブローグが笑った。完全にバカにしてる。

「こいつは、可笑しな事を言う!」

 取り巻き達もつられて笑った。人を見下した、下品な笑い方だ。だけど、村人達は笑わず、厳しい顔つきのままだ。ある意味、救われた気分だ。

「いいだろう! その宝物は、どこにあるのだ?」

「私の腰にある、革袋の中にあります」

「おい、その袋を取れ」

 私の後ろで取り押さえていた男が、腰に着けている革袋を乱暴に取り出した。

「ちょっ、ちょっと! 雑に取らないで!」

 でも、幸いにも、中身がこぼれたり、袋が破れたりする事無く取り出された。私は安堵した。

「袋の中にある物を取り出して、天高く上げて欲しいの。みんなに見せてほしいから」

「ハッ、そうか。……それなら、ワシ自らやってしんぜよう!」

 ブローグは剣を地面に刺し、取り巻きが持つ私の袋を奪った。口を閉ざした紐を緩めると、手を袋の中に突っ込んで中を確かめた。すると、ブローグは村人達のいる方を向いて、胸を張った。

「見よ! 今から、この憐れな人間の遺産を、お前達に見せよう! 目を凝らして見るがいい!」

 ブローグは、袋から中の物を取り出し、天高く掲げた。

「どう……、ん?」

 村人達がそれを見て、ざわついている。

「おい、あれって……」「ああ、間違いなく……」「ちょっと待って、もしかして……」「本当か……」

 私はブローグの背中側しか見えていないからわからないけど、間違いなく困惑しているはずだ。

「お、おい、どうしたお前達、そんな表情を──!?」

 ブローグが天高く掲げているものを見た。その横顔は、竜を初めて見た時と同じぐらい驚いている。

 何せ、奪ったはずの竜の目玉を、持っているんだから。


「はい、一個取ったよ」

 巣から去る前、テムが竜の目玉を取り出し、私とエイに見せた。

「思ったより小さい……」

 テムの顔くらいの大きさだ。あんな巨体の割に、こんなに小さいのが驚きだ。私も持ってみた。すこし粘り気があって気持ち悪かったが、思ったよりも軽い。

「そうですね、目の赤い部分のほとんどは、よく見ると瞼が赤かっただけみたいですね」

「でも、これだけでも、あの時に村を襲った竜の目玉だと、ひと目でわかるわ」

「そうですね」

 良かった、これを持って帰れば──。

「待て」

 無口だったエイが、いきなり口を開いた。

「どうしたんだ、エイ」

「もう一個取るんだ」

「えぇっ!?」

 私もテムも驚いた。

「エイ、一個だけで充分だよ。二つは邪魔になるだけだから」

「ダメだ。二個でなければ、信じてもらえない。そういう未来が見えた」

「ええ……」

「必要だ」

 エイは頑なだ。未来が見えると言ってはいるものの、本当に当たった所は見た事が無いから、信じられない。でも、テムは諦めたように溜め息を吐いた。

「テムが言うのなら仕方ない。取ってくるよ……」

 そう言って再び竜の頭へ行った時の後ろ姿が、本当に面倒臭そうに見えた。


 あの男は嫌いだったけど、この時ばかりは感謝した。確かに、あの男の言う通りにして良かった。

 ブローグに見せたのは、二個の内の一個だけ。もう一個は出していなかった。しかも、その場ですぐに縛られて連れてこられたから、腰の革袋まで手を付けてなかった。

 お陰で、みんなの前で竜を倒した証拠を見せる事が出来た。ブローグは外道だけど、こうしてみんなの前でキチンと見せてくれた事に感謝だ。その恩人は、天高く上げたまま固まっているけど。

「間違いない、あの竜の目玉だ……」「どういう事? 竜は生きてるんじゃ……」「魔石じゃないな……」「あの時見た竜の目だ、怖い!」

 間違いなく、村人達は信じている。あの時襲って来た、竜の目玉だと。

「み、みんな!」

 私は勢い良く叫んた。その勢いで倒れ込んでしまった。後ろの男がまた口を塞ごうとしたけど、今度はその指を思いっきり噛んだ。男の手が引っ込み、悲鳴を上げた。

「聴いて! 竜は倒したわ、あの二人が! 今はどっかへいっっちゃったけど、もう竜はいない! その赤いの、分かるでしょ! あの竜の目玉よ! この男が言ってるのは嘘よ、全部嘘! デタラメよ! みんな、信じて!」

「えぇい、黙れぇ!」

 そう叫ぶと、竜の目玉を投げ捨てた。

「ふがっ!?」

 同時に、私は再び取り押さえられた。今度は頭を溶け切らない雪の上に深く押さえつけられた。

「このガキがぁ!」

 ブロードはすぐに振り向き、地面に刺していた剣を抜いた。

「今すぐ首をはねてやる!」

 私の目の前に立ち、睨んだ。

「おねぇぢゃん!」

「リュネェ!」

「シリー、お母さん!」

 剣が振り上げられる。──もうダメだ、終わる。

「ギャッ!?」

 突然、身体が軽くなった。……真横を見ると、取り押さえていた男が倒れた。顔を覆って痛がっている。近くには、無かったはずの石が転がっている。

「俺達を騙したなぁ!」

 村人達の中から声が上がると、一斉に騒ぎ出した。

「騙しやがってぇ!」「よくも私達を!」「リュネちゃん、ごめんよぉ」「お前らが死ねぇ!」「消えろぉっ!」

 憎悪の視線が私からブローグ達に変わっていたのが分かった。石や雪玉が降り注いでくる。

「こら、やめ、この、落ち着、け、やめ、やめ!」

 ブローグが降り注ぐ物を防ぐのに必死だ。剣で守りながら下がっている。石はもう無いから、操る事も出来ない。

「くたばれぇ!」「死ね!」「嘘つき!」「消えろ!」「出ていけ!」

 怒号までもがブローグ達に降り注ぐ。ブローグの顔が紅い、怒っている。

「おい、こいつらを鎮めろ!」

 そう言い放った途端、取り巻き達が村人達に突撃し、叫ぶ人達を取り押さえようとし始めた。

「こ、こら、やめろ! 何でだ!」

「大人しくしろ! ブローグ様に逆ら、あでっ!?」

「この、離れろぉ!」「この外道!」

「な、な、や、やめ!」

 あっという間に、村人達はその取り巻き達を袋叩きにし始めた。

「こ、こら、お前達! 何を……」

「このジジイも、やってしまえ!」

 村人達が叫ぶと、ブローグはあっという間に袋叩きにされた。

 その隙に、雪の上を這いながらシリー達のもとへ行こうとした。石や雪玉が時折身体に当たりつつも、何とか二人の前まで来た。

「シリーッ、おかあさんっ! 大丈夫!?」

「おねぇちゃん!」

「リュネッ! 良かった……」

 また抱き合いたい気持ちだったけど、それどころじゃない。憎悪がこちらにまで伝わってくる。

「お母さん、ゴメン。私の腰にあるナイフを、取ってくれる?」

「え……、でも、私も縛られてるから……」

「持ってくるだけでいいから」

 お母さんは戸惑いつつも、後ろ手のまま私のナイフを取った。当然握れないからポロリと落ちたけど、私は後ろ手のまま雪に突っ込み、ナイフを握った。必死に手を動かして、何とか刃を縄にかけ、切った。一気に解けた。自由になった。

「シリーも、お母さんも、すぐに助けるね」

 私は急いでシリーとお母さんの縄を切った。

「おねぇちゃぁん!」

「リュネ、ありがとう」

「ゴメン、二人とも、待ってて」

 私は直ぐに立ち上がって、暴動の最中へ入っていった。

 一人が十人以上で殴る蹴るの暴行を行っている。年齢も性別も関係なく、みんなが憎悪と嘲笑の目で力を振るっている。屈強な取り巻き達も、数の暴力に負けている。ブローグに至っては、あの威厳も何処へやら、ただの年寄りになってしまった。

 私は中央で立ち止まった。悪魔のささやきに聞かないフリをして、大きく息を吸った。

「やめて!」

 暴動がぴたりと止んだ。みんな、私を見ている。

「こんな事したって、意味ない! ブローグは嘘つきだけど、そこまでしなくていい! もうやめて! もう充分だから、充分だから!」

 ……沈黙。

 沈黙がこの場所を支配した。

 誰もが私を見ている。誰もが無表情だ。

 ブローグが人々の隙間から私を見ている。憐れってこんな気持ちなのか、と何故か自分の気持ちを冷静に考えた。

「……」

「……」

「……そうだな」

「そうね……」

「リュネちゃんの言う通りだ」

 沈黙の空気が支配し、村人達は少しずつ、ゆっくりと、袋叩きにしたブローグ達から去っていった。屈強な取り巻き達は小さくなり、ブローグは更に老けたようになった。

「あ……、ああ……」

 ブローグは私のほうに来た。何とも、情けない姿だ。服が蹴られた跡で汚れている。

「……」

「ああ、あり、ありごあがとうがぜいませうお……」

 何を言っているのか、もう分からない。

 ──こんな、男に……。

 私は、無言でブローグから離れた。


「おねぇぢゃん、うわぁ~ん」

「ああ、良かった、良かった……」

 またみんなで再び抱き合った。

「もう、本当に、全部終わったよ」

「そうね、そうね……」

「おねぇちゃん……」

 お父さんはいない。だけど、シリーとお母さんがいる。

 これで、やっと三人で幸せに暮らしている。

 雪かきして積まれていた大量の雪が低くなっていた。朝日で溶け始めている。

 三年もの間降り積もった雪はいずれ全て溶け、かつての景色に戻るはずだ。

 私達三人は、竜が眠っていた鉱山を見た。太陽に照らされた山は、立派にそびえ立っていた。











































「……あれ?」

「どうしたの、リュネ?」

「あの山、雪がほとんど無い……」

 他の山もそうだ。土色の地肌が見える。おかしい、ここは雪がまだ積もってるのに……。

 ──何か聞こえてくる。段々と大きくなっていく。


 ……ドドドドドド!


「逃げろぉ!」

 村人達が全速力で必死に走っている。ただならぬ様相だ。シリーが怖がっている。

「一体、どうしたんで……」

 話を聞こうにも、みんな無視して走り去っていく。まるで、竜から逃げたあの時ように。

「何が……!?」

 柵よりはるか先から、白い煙らしきものが来る。まさか……。

「早く逃げよう!?」

 私達三人は急いで逃げようとしたその時、柵が白い塊に飲み込まれた。

「そんな!?」

 間に合わない。でも、逃げないと。私達三人は走り出した。

 だけど、白い塊はあっという間に、家も、逃げ遅れた人達も飲み込まれた。

「みんな!?」

 もう来る。私達の前に、もうすぐに。

「おねぇぢゃん、おがあざん!」

「リュネ、シリー!」

「シリー、お母さん!」

 私達は、手を繋ぎ合った。




 ──白……。

















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