17 Ⅲ‐3
「立つんだ」
後ろから、エイが声を掛けてきた。エイが手をさしだすと、私は手にとってゆっくりと立ち上がった。
「終わった、の?」
エイは頷いた。
「逃してしまったがな」
よく見ると、〝使徒〟が潰れている。いや、違う。黒い外套とフードだけで、中身が消えてしまっている。
「だが、竜の討伐には成功した。未来も予見できるから、あの存在もこの場から完全に消失したのだろう。もう大丈夫だ」
そう言われても、私は喜べなかった。
「でも、テムが……」
「テムなら、生きている」
エイは当たり前のように言った。
「何言ってるの。竜に食べられたんじゃ、もう……」
「中でもがいているだけだ」
「へ?」
「来い」
エイは強引に私の手を引っ張り、竜の死体の所へと連れられた。死体とはいえ、目の前で見ても、その大きさには恐怖を感じてしまう。すごく逃げ出したくなったけど、エイの掴みが強くて、出来なかった。
そんな気持ちを抑えながら連れられていくと、エイは迷いなく竜の首元にきた途端に立ち止まった。
「どうしたの?」
「ここから出てくる」
その時、首元の一部が勢いよく盛り上がった。
「ヒッ!?」
私は倒れそうになったけど、エイが掴んでくれているおかげで、そうならずに済んだ。
「安心しろ、中から切っているだけだ」
「な、中から切っているって……」
その部分を中心に、膨らんだり縮んだりを繰り返している。確かに、中で何かが動いている。すると一瞬で中から刃が現れた。刃が上下に動きながら、赤い横線を描く。横線が長くなると、瞼が開くように真ん中が膨らんだ。そこから、ドロドロになった人間が出てきた。
「テムッ!?」
全身が粘液と血に覆われ、服のようになっていた。
「……竜の中も、生き地獄だったよ……」
そう溜め息を吐くテムには申し訳ないけど、鼻を曲げたくなる程臭くて、距離をとりたかった。
「テムは、死ぬ事が絶対に出来ない不老不死の身体だ」
エイは当たり前に……、いや、もう慣れた事だ。しかし、〝不老不死〟なんて平気で口に出しているから、普通は信じられない。でも、さっきまでの戦闘を見たら、〝不老〟なのかは分からないけど、〝不死〟なのは間違いない。そのテムは、エイから受け取った布とお湯で全身を拭き取っている。その様子を見る限りでは、神様でも何でもない、普通の人間だ。だけど、私と同じくらいか少し幼く見える。
「不老って事は、私より年上なの?」
テムの表情が曇った。何だか言いづらそうだ。
「あの、その……、信じてもらえないでしょうが……」
テムが言おうか言うまいか悩んでいた時、エイが割って入ってきた。
「一千年以上だ」
「い、一千年!?」
いくら何でも信じられなかった。だけど、エイが嘘をついているとも思えなかった。
「テムはどこにでもいる人間だったが、一千年前にあの存在によって不老不死にされた犠牲者の一人だ」
エイがこの静かな空気を打ち破った。エイが指す先には、バラバラになった〝使徒〟の忘れ物がある。
「僕は……、」テムが真剣な表情になった。「僕はあいつに会う前まで、平和と暮らしていたんだ。だけど、突然現れ、家族や村の人達を虐殺して……」
言葉にならない声を発し続けた。悲しみと憎しみがヒシヒシと感じる。この冷たい空気よりも、全身に刺さる。
「それなのに、何故か僕は殺されなかった。いつの間にか気絶していて、気がついたらあいつも消えた。僕はアイツに復讐するために旅をし続けた」
「そう、そうなんだ……」
「だけど、旅をするうちに自分がおかしくなっている事に気がついたんだ。お腹が全く減らない、食べても消化されていない、どんだけ動いても疲れない、悲しくても涙は出ない、暑さを感じても汗をかかない、身体に全く傷がつかない、極めつきは、全く年を取らない……。時が経てば経つ程、自分の異常さに怖くなったんだ。自分より後に生まれた人達が年老いて亡くなっていくのを、数え切れないくらい見た。そんな時に、エイと出会ったんだ」
「私もあの存在を追っていた時に彼を知り、邂逅した。彼は、本来なら消さなければならない存在だ」
「え、ええ、どういう事なの……?」
「不老不死の人間は、この世界に存在してはならない。あるべき歴史もあるべき運命も、影響させてしまう。だから、消さなければならない」
「そ、そんな……」
エイは真顔で平然と答えた。
「……だが、私の力では消す事が出来ない。それで仕方なく、私が管理する事にした」
「〝管理〟……」
やっぱりこの人は、自分でも言っていた通り、人間じゃない、心が無い。今までの言動や能力から、そういうふうに感じていたけれど、今の言葉で確信した。この人は、テムを〝人〟として見ていない。
「それに、私にも、誰にも無い力を持っている」
「力?」
「テムは唯一、あの存在によって不死など改変されたモノを殺める事が出来る力を持っている。この竜を殺せたのも、その力だ」
そう言って、竜の死体をポンポンと叩いた。
「という事は、この竜は〝使徒〟と呼ばれていた人が創ったのね……」
「人ではない。正確に言うなら、〝存在〟だ」
エイが真面目に答えた。
「あっ、そうだ!」テムが何かひらめいたようだ。「この竜が死んだ証拠が必要でしたっけ。どこか一部を切り取って、持って帰りましょう」
──あなたも意外と、物騒な事を言うのね……。
そう思ったけど、テムの言う通りだ。多分、あの男は、確実な証拠がないと信じないだろう。
「でも、何を持って帰れば……」
「目玉なら一発で分かってもらえる。そういう未来が見えた」
──やっぱり、この男が一番不可解だ!
──太陽だ、眩しい! 青空も! 雪、降っていない! ……て、当たり前か。
巣を出た途端、喜びがこみ上げてきたけど、子どもみたいにはしゃぐのは恥ずかしいから、抑えた。
竜が現れてから今まで、厚い雲が空を覆っていた。太陽も、雲の切れ間から出る程度だった。でも、今は完全に見える。それに、とても綺麗な青空だ。三年振りだ。
「リュネさん、嬉しそうですね」
「え?」
テムが笑顔で話してきた。……バレてた、恥ずかしい! 身体あっつい!
「どうしたんですか? 顔が紅くなって……」
「さ、ささ、早く降りましょ!」
私は急ぎ足で降りる事にした。
「あ、ちょっと!?」
「そこは反対だぞ」
脚を止めた。そしてすぐに反転して、二人の所に戻った。
「……テム、エイ、どうやってここに来たの?」
「あっちだ」私が行ったところとは真逆の方向を指した。「ここから下れる未来が見えた。行くぞ、ついてこい」
私はエイに従った。ゆっくり歩くと、地面の雪がとても柔らかく感じたから、とても歩きにくかった。
「ここでお別れだ」
「え?」
「へ?」
下山し、町を素通りし、門を超えた途端に、いきなりエイが言った。私だけでなく、テムも驚いた。
「エイ、何を言ってるんだよ。別に村に着いてからでも……」
「この地での目的は達成している。我々がわざわざ村に行く理由がない。無駄だ」
「だけどさ……」
「それに、この地には、もうあの存在はいないようだ。現在の最優先事項はあの〝存在〟の捜索である以上、他へ行くほうがいい。いつどこに現れるかわからないが、私達以外に存在を知る者はあの村に全くいないという未来が見えた。情報収集しても、無駄だ」
何だか、このフロイル地方に何も無いと言っているように聞こえる。嫌な事があったとはいえ、大好きな故郷だ。イラッとする。でも、この男は恩人だ。悪い事は言えないし、顔に出しちゃいけない。
「でも……」
「これ以上水掛け論する気は無い。貴様の考えが何であっても、行くぞ」
「……わかった」
テムは、真面目な表情になり、姿勢を正した。
「リュネさん、色々とお世話になりました。本当に、ありがとうございます」
テムは深々と頭を下げた。エイも浅めに頭を下げた。
「い、いいえ、こちらこそ、竜を討伐していただき、ありがとうございます。あなた達は、このフロイルの英雄ですから」
私も深々と頭を下げた。
「いえいえ、そんな……。あ、そうだ!」テムが二つの革袋を取り出した。「この竜の目玉を、あの男に見せつけてやってください」
「ええ、もちろん!」
私は笑顔で受け取った。
「行くぞ」
エイは早々に村への道とは別の方向へと去っていった。テムは慌てて追っていった。
「また、来てくださいね~!」
笑顔で手を振ると、テムだけこちらを振り返った。
「いつか、また来ますね~」
同じように手を振り、再びエイの後を追った。
──私も、早く行かないと……。
テムから受け取った物を大事に持って、村の方へと走り始めた。
「ブローグ!」
我が家でのうのうと食事をしていたブローグとその取り巻き達が、私の姿を見て、吹き出した。ざまあみろ、と心の中で笑った。
「な、戻ってきたのか!?」
──相手はあの傲慢な支配者じゃない。杖を持たない、偉ぶってるだけの老人だ。だから、弱気になる必要なんてない!
「ええ、何度も死にそうになったわ」
だけど、ブローグは強がって、鼻息を吹いた。
「だが、どうせオメオメ逃げ帰ってきたんだろ。あの怪しい二人がいないようだな」
私はブローグが食べていた料理の上に、革袋から取り出した竜の目玉一個を勢いよく置いた。取り巻き達は驚いて後退し、ブローグは何度も見た。
「これがその証拠です!」
取り巻き達は近寄って見始めた。血のように赤さに魅入られたかのように、様々な方向から見続けていた。
「一体、どうやって……」
「あの二人が倒したの」
「な……、だが、当人達がいないではないか」
「倒した後、どっか旅立っちゃったの」
「……嘘はついていないだろうな?」
「それを見ても、嘘だと思いますか?」
ブローグは目の前にある証拠を、何度も何度も見た。時折目を擦ったりもしていた。だけど、見れば見るほど、諦めの表情へと変化していった。
「これでわかったでしょ? だから早く、シリーとお母さんを解放して!」
ブローグが目を瞑って考え込んだ。
……。
……。
……。
「何してるのよ! 竜はいなくなったのよ! 早く解放して!」
「……おい、」目玉に見惚れていた取り巻き達を、一喝した。「連れてこい」
取り巻き達はすぐに部屋を出て、すぐさま戻ってきた。後ろから、シリーとお母さんが現れた。
「シリーッ! お母さんっ!」
「おねえちゃんっ!」
「リュネッ!?」
私達三人は、抱き合って喜び、すぐに泣いた。こんなに嬉し泣きしたのは、五年前の爆発事故以来だ。……お父さんはいないけれど。
「良かった……、本当に良かった……」
「おねぇちゃあ~ん! うわ~ん!」
「シリーも、お母さんも、心配かけて、本当にごめんなさい……」
本当はもっと泣きたかったけど、その前にやる事がある。
「ブローグ、」私は涙を拭いて、ブローグを睨んだ。「いつまでここにいるのよ、もう帰って!」
ブローグは、ゆっくりと立ち上がった。やっと……。
「こいつらを縛って、外に連れ出せ」
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