16 Ⅲ‐2
攻撃が突如止んだ。浮かんだままだったたくさんの骨が、一斉にその場に落ちた。やかましい音をかきたて、新しい骨の山が出来あがった。
「テム……」
私は、力なくへたりこんだ。さっきまでテムがいた所は、跡形もなく消えていた。すると、恐ろしい速さで動いていたエイが、姿を現した。
「どうした」
エイは冷酷に尋ねてきた。いくら人の心が無いとはいえ、怒りがこみ上がってくる。
「だって、テムが、テムが……」
「問題無い」
「どこが問題無いの!? テムが、跡形もなく消えて……」
グギャァァァァァッ!
突然、竜が吼えだした。だけど、様子がおかしい。何だか、のたうち回っているように見える。
「い、一体何が……?」
「あそこだ」
エイが指す先に、人の姿があった。それは、竜の揺れる背中の上で跳ねまわっている。
「テ、テムッ!?」
その姿は間違いようが無くテムだ。服は燃えてほとんど裸に近い状態だった。なのに、肌は焼かれる前と何も変わらず白いままだ。髪も焼け焦げていない。そのテムが、竜の背中に剣を刺し、振り落とされない様にしがみついている。必死な様子は、遠目から見ても明らかだ。
「な、な、な……」
その時、テムのほうに顔を向けていたはずの〝使徒〟が、消えている事に気がついた。すぐに浮いて移動しているのに気がついたが、明らかに暴れる竜と堪えるテムへ向かっている。
「今は大人しくするんだ」
エイもすぐに消えた。そしてすぐさま〝使徒〟の前に立ちふさがり、激しい光をまき散らした。
「……」
私は唯、呆然とするしかなかった。力が抜けて、再び地面にへたりこんだ。
テムは竜と戦い、エイは〝使徒〟と戦っている。単純に言えば、そういう事だ。だけど今、目の前に起こっているのは、そんなモノじゃない。そもそも、戦う相手もおかしいし、味方もおかしい。
巨大で硬い身体の白い竜に対して、火に焼かれても死なない人間。
訳がわからないけど恐ろしく強い人間に対して、高速で動く人間。
こんな妄想じみた作り話のような事が目の前で起こっているなんて、誰も信じないだろう。私も信じられない。だけど、目も、耳も、肌も、感じている。錯覚じゃなく、実際に感じている。全ての感覚が、真実だと教えている。
私は、座ったまま感じるだけで、精一杯だ。もう、立ち上がるだけで混乱しそうだ。
そうだ、あの時、助けられた時から、いや、生贄にされた時から、いや、竜が現れた時から、いや、爆発事故が起こった時から……。一体、いつからだろう、おかしくなったのは……。考えがまとまらない。ぐるぐる回り、色んなものが混ぜこぜになり、もう訳が分からなくなる。
グギャ、グギャ、グギャァァァッ!
竜の悶え声に、我に返った。状況は変わっていない。テムが暴れる竜の身体にしがみ付き、そこに向かおうとする〝使徒〟をエイが止めている。
──いや、変わっている! テムのいる部分が、少し赤黒くなっている。剣で同じ所を何度も刺したり剣を動かしたりして、傷口を広げているんだ!
心なしか、竜の顔が苦痛に歪めているように見える。動きも少し落ち着いているのかもしれない。
──もしかしたら、もしかすると……。
身体が軽くなったように感じた。私は立ち上がろうと、折りたたんだ足を伸ばした。
……ゴガガガガガガガッ!
いきなり、世界が揺れた。周りの骨の山がたやすく崩れていく。耳が壊れそうな程に騒音が鳴り響く。私は体勢が崩れそうになったけど、すぐに壁に寄り添って堪えた。前方から骨の山が雪崩れ込んできたので、必死に後ろへと下がった。
ふと、テム達のほうをみると、その瞬間にしがみついていたテムが、剣を持ったまま竜の背中から転がり落ちた。地面に着いた時に頭を打ったけど、すぐに立ち上がろうとしていたので、無事のようだ。一方、エイは空中で何か光の縄のようなものに縛られていて、身動きが取れていない。その縄は〝使徒〟の片腕から放たれている。しかも、もう一つの腕からは別の光があちこちへと散らばっていき、雷となってこの場所を動き回っている。
──あの雷だ。あれが揺れを起こしているんだ。
そうだとわかっても、手が出せない。その様子を見る事しかできない。
すると、あっという間に雷が消えた。同時に揺れも治まった。エイを縛っていた光の縄も消え、落ちた。表情こそいつもの無表情だったけど、立ち上がり方は産まれたばかりの小鹿みたいに頼りない感じだ。明らかに堪えている。
エイは再び剣を構えた。まだやる気だ。しかし、突然の轟音が響き渡ると、エイの姿が消えた。良く見ると、地面か窪んでいて、そこからエイの頭がかろうじて見えた。地面にめり込まれている。
一方のテムは、剣を地面に刺しながら立ち上がった。だけど、竜はすぐさま頭突きを食らわせ、吹き飛ばした。テムは剣を手放し、勢いよく転がって壁にぶつかると、そこで尻尾を勢いよく当て、壁にめり込ませた。
私の身体が一気に重くなった。軽く目眩もする。二人ともめり込まれてしまった。思わずまた座りそうになったけど、壁に身を寄せ、もちこたえた。
その時、〝使徒〟が竜に対して腕を振った。すると、竜は再び頭を動かし、壁にめり込まれたままのテムをあま噛みして、引っこ抜いた。テムはダランとしたまま動かない。
「テムッ!」
エイに助けを求めようとしたけど、未だに地面から抜け出せてない。その間にも、テムは竜にくわえられたまま、〝使徒〟の前にさしだされた。
〝使徒〟は、空中を漂いつつ、動かないテムを観察しているように見えた。──目が無いはずなのに、どうして見えるのか、一瞬疑問が湧いた。いや、それよりも、テムが心配だ。……ん? 動いてるような……。
「この、悪魔め!」
「テムッ!?」
テムが顔を上げ、〝使徒〟を睨んだ。表情はきちんとは見えなかったけど、遠くの私にも憎しみと怒りが伝わってきた。あの気弱で優しそうなテムとは思えない。
「僕の家族や村の人達を殺し、僕に死を奪うだけに飽きたらず、ここの人達まで殺し、化け物に変えてっ!」
その叫び声は荒く、まるで針のように心に突き刺さる。全ての呪詛を、〝使徒〟向けている。だけど、〝使徒〟は全く動じない。テムは散々言葉にならない叫びを放った後、ナイフを取り出し、〝使徒〟に向けた。
「お前を、お前を……!」
その時、〝使徒〟が顔を動かした合図をした。すると、竜は頭を天高く上げた。
テムは必死にもがいて、振りほどこうとした。でも、竜がテムの身体をガッチリとくわえていて離さない。そのうち、竜の首から先まで垂直になり、天井を見上げた状態になった。
「殺してやる、殺してやる!」
テムはナイフを持つ腕を振り回し、叫び続けている。だけど、虚しく響くだけだ。
──何を……、まさか!
私がその事に気がついたと同時に、〝使徒〟が頷いた。
「やめ──」
竜が大きく口を開くと、テムが叫びと共に飲み込まれていった。
声も出なかった。私は、背中を壁に擦りながら、落ちるように座り込んだ。
テムが、今度こそ死んだ。エイは、死んだのかもしれない。私も、もうすぐ死ぬ。
──もう、ダメだ。
──やっぱり、倒す事なんて、出来ない。
目の前が、絶望に暗転して……。
グルァァァァァァァァァァッ!
「え?」
竜が再び悶えだした。さっきよりは明らかに苦しんでいる。暴れ方も、尋常じゃない。激しいけいれんを起こしているようだ。あまりに暴れすぎて、周りの壁や地面に身体を強く打っている。
ガァァァァァァァァァァッ! ゴァッ! ゴァッ! ガッ!
今度は、何かを吐き出した。炎じゃない、血だ。大量の血をまき散らし始めた。
「一体、何が……」
頭を抱えた。何故あんなことになっているのか、わからない。でも、これは……。
困惑している内に、竜の動きが止まり、倒れた。
──死んだ……。
あまりのあっけなさに、言葉を失った。
私は呆然としている間にも、竜の口からは、血が湧き出るように流れた。
ドゴゴゴォッ!
その時、真横で爆発に似た轟音が響き渡った。そこから、骨の山が弾け、散乱した。
「何、今度は!?」
私は、音が響いた場所を見た。
──〝使徒〟だ!
〝使徒〟が骨の山に埋め込まれている。追い詰められている。
「効いたか」
エイが、ゆっくりと現れた。全身が土で汚れている以外、地面に埋もれる前とほとんど変わらぬ姿だ。
「エイ、無事だったの!?」
「ああ、私に〝死〟は無い。私もあの存在と同じ、人間ではないからな」
「人間ではない……?」
見えない速さで動く時点で、もう人間とは思っていない。だけど、今はそんな疑問を考えている場合じゃない。
「どうして攻撃が効いたのかは分からないが、それならば都合がいい」
その時、骨の山に埋もれていたはずの〝使徒〟が、いきなり消えた。いつの間に、私の目の前に現れた。何もない白い顔が、眼前にある。私の腕を乱暴に掴んだ。
「イヤッ!」
振り払おうとしても、強く掴まれ、離すことが出来ない。あっという間に後ろに回り込まれ、もう一方の腕も掴まれ、身動きが取れなくなってしまった。
「は、離して!」
やっぱり、どんなに抵抗しても、強く掴まれているから逃げられない。これじゃ、まるで……。
「人質などという陳腐な手は、私には通用しない」
エイは表情を変える事無く、こちらに向かってきている。私を捕まえる〝使徒〟も、何も反応しない。
「ちょ、ちょっと!?」
「何が目的なのかは分からない。どういった行動原理なのか理解できない。……だが、」エイは私と〝使徒〟に剣先を向けた。「この世界を壊す存在は、消す。貴様は、この世界に存在してはならない」
エイが消えた。同時に、身体の自由が戻った。左右から〝使徒〟の両手が切れ落ちた。後ろを見ると、両手を失った〝使徒〟が、仰け反っていき、倒れた。良く見ると、身体がみじん切りのように分割していたのがわかった。その状況を理解した途端、脚の力が一気に抜けた。
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