14 Ⅱ‐9
「おおっ、使徒様だ!」
「使徒様、使徒様ぁっ!」
三人の歓喜に反応するかのように、倒れていた人々が立ち上がっていく。倒れていたグレイブおばあさんやチコも、まるで蘇ったかのように起き上がった。
「使徒様……」「使徒様だ!」「ついに来た……」「使徒様ぁ!」
人々がその〝使徒様〟に向かって、続々と集まってきている。私達を見る事無く、操り人形のように、ゆっくりと。
私は行こうとするチコを必死で止めようとした。でも、進む力が思っていた以上に強く、最後は振り払われた。今度は同様にグレイブおばあさんを抑えようとしたけど、やっぱり老人とは思えない力で振り払われた。私は二人を止める事が出来ず、見守る事しか出来なかった。
「やっと、やっと……」
テムは、いつの間にかナイフを握っていた。そのまま突進して刺すつもりで準備をしていたけど、足はガタガタと震え、踏ん切りがついていなかった。
「テム……」
ドォッ!
突然の轟音。
私は一瞬放心し、テムが驚きのあまりナイフを落とした。
使徒の頭上で、エイが斬りかかった。しかし、見えない壁が防いでいる。剣と見えない壁がぶつかる部分から、雷のようなものがほとばしっている。バチバチと痺れる音が響き、頭が壊れそうだと思って耳を塞いだ。
エイは無理矢理剣を押し通そうとしている。しかし、使徒には近づいていない。あっという間に弾き飛ばされた。けれども、すぐに姿を消した。
途端に、様々な方向から光と音がほとばしった。エイが高速で連続攻撃を行っている。だけど、使徒には届いていない。肝心の使徒は、まるで石像のように動かない。周りの人々は、あまりの激しさに困惑していた。
「使徒様!」「使徒様……」「使徒様ぁ!」「あぁ、使徒様……」
何十回も攻撃したところで、光も音も止んだ。同時に、エイが姿をあらわした。
「相変わらず、攻撃が届かない上に、先の行動がわからない……」
エイは剣先を使徒に向ける。全く攻撃が効いていない事が判っているのに、表情は変わっていない。
すると、一人がエイを指し、使徒に向かって叫びだした。
「使徒様っ、お願いいたします、あの背徳者に、裁きを!」
「裁きを!」「裁きを!」「裁きを!」「裁きを!」「裁きをををををっ!」
伝染していくように、誰もが騒ぎだした。使徒はその喧騒を受けつつ、ゆっくりと歩いてる。その存在感は、エイ以上に不気味だった。
「おお、使徒様!」一人の男が、使徒にすがりつく。「どうか、あの背徳者に、死の裁きをお与えください!」
使徒は歩みを止めた。すがりつく男を受け入れる事も拒絶する事も無く、ただ直立したまま動かない。
「使徒様!」
男は何度も使徒を揺さぶった。しかし、使徒は全く動じない。
「使徒さ……うぐっ!?」
男が腕を離し、苦しみ始めた。
「使徒さ……ま……、何、を……?」
男の全身が白くなっていく。手足の爪が伸び、口が裂け、背中から何かが膨らみ始める。
周りの人々がざわざわし始めた。私もテムも、異様な光景に恐怖した。ただ唯一、エイだけが無表情でその様子を見ていた。
「うがっ!?」
「ぎゃっ!?」
「ひぎっ!?」
周りの人々も、同じように苦しみ始めた。倒れていたおじさんもチコもおばあさんも、身体を震わせ、息を乱した。それは騒ぎが伝染した以上に早く、あっという間に、私とテムとエイ以外の全員が苦しみ始めた。
「な、何なの、あれ……」
すると、最初に苦しみ始めた男の背中から、服を破って飛び出した。翼だ。しかも、あの竜とそっくりのが。
「な、何、何なの、何が起こってるの!?」
そう戸惑っているうちに、男は、白い竜になっていた。あの元凶である、白く巨大な竜が小さくなったような姿だった。私は目を疑った。
「う、嘘、でしょ?」
だけど、あの小さな竜は、男の服を来ていたままだ。所々破れているとはいえ、間違い無かった。竜に変化している。
他の人々も、次々と小さな竜に変化していく。おじさんも、ノサさん姉弟も、ジョイルさんも、グレイブおばあさんも、チコも、戦士達も、みんな、みんな……。
「あいつ……」
テムは怒りで何も持っていない拳を強く握った。
「テム、何か知っているの? ……教えて!」
テムは私を見て、悩んでいた。けれども、すぐに覚悟を決めたのか、口を開いた。
「……あいつの仕業だ」
テムはそう言って、〝使徒〟を睨んだ。
「ど、どういう……」
「あいつしかいない。こんな無茶苦茶な事が出来るのは」
この時、全ての人々が小さな竜への変化が完了していた。紛れもなく、あの白い竜の子供のような姿形だ。一人──いや、一匹が高い唸り声をあげると、また伝染するように、他の竜達も鳴き始めた。響き渡るその声は、もう人じゃ無かった。
竜達が鳴き止んだその時、使徒の中心が発光し始めた。それを見たエイは、すぐさま突進していった。姿が消える程速くなったと同時に、光は大広間中に拡散していった。
発光の中心から使徒は消え、代わりにエイが立っていた。剣を降り下ろした後の状態で、止まったかのように立っていた。
グァァァァァッ!
突然、一匹の竜が私達に向かって再び鳴き出した。それに反応して、他の竜達も一斉にこちらの方に向いた。
「逃げましょう!」
テムは私の腕を掴んで引っ張った。
「どうしよう、どうしよう……」
テムは落ち着きなく周りを歩いている。私も気持ちは同じだけど、どうしようもなかった。
竜になった人達に襲われる前に、どうにかあの白い竜の石像がある場所に立て籠った。出入口には、竜達が雪崩のように押し寄せてきているけど、身体が大きすぎる為につっかえていた。無理矢理入ろうとして頭や身体を壁や地面にぶつけているために、鱗が剥げ、少し血が垂れている。時折、唸り声や炎を出しては殺意をみなぎらせている。
私は体育座りしながら、時間をかけて頭と心を整理した。竜を討伐しようとした人達や生贄にされた人達は、竜を〝神様〟として崇めた。それで、討伐する私達を倒そうとしたけど、エイに返り討ちされた。しかし、〝使徒〟なる人が現れた途端に、人々を小型の白い竜に変えていった……。
──何?
──何なの、これは?
──何が一体、起こっているの?
やっぱり、うまく飲み込めない。あまりにも突拍子もない事が起こりすぎて、そしてありすぎて、もう何が何だかわからない。
私はそこで、考えるのを止める事にした。生き残るのが先決だ。だけど、気持ちは落ち着きなく動くテムと同じだ。
出入口はあそこだけ。土の壁を掘ろうにも、分厚すぎる。今持ってるツルハシでは時間が掛かりすぎる。それに、見た事の無い魔石がちらほら点在する以上、余計な刺激を加えるのは、何としても避けたい。
「どうしよう、エイがいないんじゃ……」
「ここにいる」
「おわっ!? ……って、エイ、驚かさないでくれよ」
いつの間にか、エイが近くにいた。私はもう驚きはしなかった。多分、例の超高速移動で来たんだろう。
「テム、どうすればここから脱出できる?」
「ここから脱出しても意味が無い。竜と化した人達は、死ぬまで追ってくる。どうやら、リュネ、貴様を狙っている」
「わ、私が!?」
思わず叫んだ。その声が辺り構わず暴れるように響いた。
「そうだ。あくまで分岐の一つだが、貴様が殺される未来を見た。そうなった場合、この山を下って、村の人間達を殺しに行く事になる」
「あの人達を元に戻す方法は……」
「無い」
「そんな……」
エイは冷たい人間だけど……、いや、冷たい人間だから、嘘はつかない。だから、私は信じるしかなかった。
「それじゃ。あの人達を、殺さなきゃ、いけないの……」
「そうだ。それ以外に方法はない」
エイは即答した。当たり前のように、無表情で。
私は、顔を両膝にうずめた。
「ちょっと、エイ。さすがにストレート過ぎじゃ……」
「その場しのぎの嘘を口に出しても、無意味だ」
「……」
私は、言い返す事が出来なかった。感情的には殴りたかったけど、エイの言う事を考えれば、当然の事だ。
そうしている間にも、竜達の叫び声が私を刺し続ける。私は顔を上げ、出入口を見た。竜達の頭がさっきよりも迫っている。
「時間が無い」
エイが一歩踏みだした時、テムが呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待って。殺す気なの!?」
「そうだ」
「でも、あの竜の中には、リュネさんの知り合いもいるから……」
「このままあの竜を生かせば、彼女を殺害するまでしつこく追ってくる。竜達に殺されるのは彼女の運命ではない。どちらにしてもあの竜達は道を外れている以上、消さなければならない」
「ねぇ、」私は立ち上がった。「もしも、もしもだけれど、元凶である竜とその〝使徒〟を倒せば、あの竜になった人々が元に戻るって事、ある?」
「無い」エイは即答した。「それとこれとはもう別の運命だ。例え、竜とあの〝存在〟を倒したところで、竜に変えられた人々が生きている限り、村は襲われるだろう」
「ダメなんだ……」
首に力が入らず、頭が自然と俯いた。
「リュネさん……」
テムが心配そうに見ている。……落ち込んでいる場合じゃない。
「エイ、さん」私は頭を上げ、エイを真っ直ぐ見た。「でしたら、苦しむ事無く、一瞬でお願いします」
「そのつもりだ。苦しまない保証は出来ないが」
エイは即答した。本当に、迷いが無い。しかしテムは心配そうな表情だ。
「でもエイ、そんな事、出来るの?」
エイが、突然遠くを見るような目になった。まるで何かに憑りつかれた様だ。すると、あの白い竜の石像のもとにゆっくりと駆け寄り、触れた。
「ど、どうしたの、一体……?」
エイが、石像から手を離した。
「可能だ」
「ど、どうする気?」
エイは、変わらない無表情で、私達を見た。
「この場所に、全ての竜を入れる」
「ほ、本当に大丈夫──」
「このまま大人しくしておくんだ」
私とテムは頷いた。エイは私を背負い、テムに前半分をしがみつかれたまま立っている。荷物はその場で捨てた。
出入口には、竜達の上半身が突き出している。頭にある角や羽をぶつける事によって土の壁が掘削され続け、大きくなっていた。侵入までもう少しの状況だ。
「目前まで来たら動く。舌を噛み切らない為にも、絶対に喋るな」
再び頷いた。傍から見たらとてつもなく可笑しな光景だろうけど、そんな事を恥ずかしがっている場合じゃない。
その時、出入口の方から爆発のような音が響いた。土煙をあげ、そこから竜達がなだれ込むように入ってきた。私は思わず、掴んでいたエイの肩を強く握った。
「まだだ」
こんな時でも、エイは冷静だ。身体が震えていない。それこそ、真っ先にある石像のように不動だ。
竜達は止めどなく流れ続け、その重い足音で辺りを震わせた。一面中に散らはる魔石に刺激されないかと恐くなったけど、幸いにも反応は無かった。しかし、その揺れで白い竜の石像が倒れた時は、私もテムもビクッとした。特にテムは、しかみつく腕をガクガクと震わせていた。それか私の胸に当たるのが少しうざかったけど、そんな事注意する余裕なんてない。
「ちょっ、ちょっと、これはまずいんじゃ……」
「大丈夫だ」
竜が完全こちらに狙いを定めてきた。突進してくる。私もテムも、全身が強張った。
残り、三十歩分。
……二十歩分。
……十歩、
九歩、
八、
七、六、
五四三……。
「行くぞ」
突如、景色が一変した。
白く小さな竜達の群れが、ただの白い塊に変化した。いや、違う。エイが速く動いているから、竜の姿形が残像になっているだけだ。エイは、その白い塊の隙間をぬうように、進んでいく。
それなのに、風が無い。むしろ、無風だ。空気が無い世界に入ったようだ。
そう思った瞬間に、既に出入口の前にいた。竜達は全て入ったようだ。どうやら、竜達は全てさっきまで私達がいた場所、こちらに気づいていない。
「どうする気なの?」
エイはすぐさま、ポケットから何かを取り出した。何かの欠片のような、赤い小石……。
「エイ、その石は?」
テムは気がついていないけど、私にはわかった。
「別れていた時に拾った魔石だ。これも、これもおそらく、あの〝存在〟が作り出したんだろう」
しかも、それは元々ここで採れた火の魔石だ。強い衝撃を与えたり、テムと二人きりだった時のように火で炙るなどすれば、爆発する。
「これで、ここを塞ぐの?」
「いや、竜を倒す」すると、これをテムに渡した。「これを、あの魔石の像に向かって投げれば終わる」
「え、え、僕が?」
テムは戸惑ったまま、魔石を受け取った。
「何を戸惑っている。あの竜はあの〝存在〟が手を加えて改変された存在だ。そうなると、改変された貴様でしか倒せない」
「あっ、……そうか」
テムは厳しい顔で、魔石を握った。
「リュネさん……」
テムは不安そうに私の顔を見た。
「やって、ください、お願いします……」
頷くと、テムは腹を括ったという顔つきになった。
──でも、何故エイじゃなくて、テムが……?
疑問に思ったけど、考えている余裕は無い。
「で、でも、僕、当てられる自信が……」
「問題無い。ややかすかな感じだったが、その石が外れる未来は見えなかった。逆に考えれば、必ず当たるという事になる」
「ほ、本当?」
「私は、見えない未来の事は言わない」
「そ、それなら……」
グァァァァァッ!
「やばい、こっちに気がついた!」
一匹がこちらに気がつくといきなり吼えた。それに反応した他の竜達が、一斉にこちらを振り向いた。テムは慌てて構えた。
「は、早くしな……」
「ダメだ、石像に溜まり過ぎている。このままでは
「ええ!?」
テムの顔が恐怖で引きつった。私も同じ顔になっていたと思う。この間にも、竜達が近づいてきている。
「私が見る未来に、間違いは無い。それを知っているはずだ」
「……まあ、そうだけ……、ヒッ!?」
竜達の瞳が分かるまでの距離になった。
「ま、まだ、まだなの!?」
「まだだ」
──いや、すごく近い!
そう言いたかったけど、恐怖で喉元に引っかかってしまった。
グァァァァァッ!
──ダメだ、もう追いつく!
「今だ」
エイが冷静にそう言うと、テムは気合を入れて投げた。魔石は山なりの軌道で竜達の頭上を越え、遠くへと飛んでいく。
「ここから離れるんだ」
エイは、私達を押し出しながら走りだした。私もテムも走ったものの、竜達にもうすぐ追いつかれるのは明らかだった。
「エイ、逃げたって追いつかれるよ!?」
私もテムも、後ろから追いついてくる竜達を見ながら走った。
「逃げるのではない、避難だ」
「へ?」
丁度廊下を出て大広間へ入ったその時、飛んでいった赤い魔石が倒れている石像に直撃した。その瞬間、その地点からまばゆい光が放たれた。
「伏せろ」
エイは私とテムを突如抱え、真横に押し倒した。
ゴォォォォォォォォォッ!
大きな爆発音がこだました。耳を塞いでも、音は耳を突き抜けた。
「な、何ッ!?」
振り向くと、廊下から炎の帯が竜の息の如く放出されていた。
するとエイが、私の頭を無理矢理戻した。
「何するの!?」
「見るな」
気になってまた振り向こうとしたけど、頑なに抑えられてしまい、出来なかった。そうしている間に、音が聞こえなくなった。
更に時間が流れ、プスプスとした焦げた音だけになった時、私の頭を抑えつけたエイの手が離れ、立ち上がった。
「もう大丈夫だ」
私もテムも起き上がった。途端に、焦げ臭い空気が鼻に入った。
歩いて廊下の中を見ようとした時、足に何かが当たった。真下を見た。
「ヒッ!?」
竜の焼け焦げた死体が転がっていた。黒ずんだ中に鋭い眼光が輝き、私に向けて睨んでいた。
たき火の音すら、聞きたくない気分だった。
外は完全に夜となり、本格的に吹雪いていたので、やむなく大広間で泊まる事にした。本当はここに居たくは無かったけれど、耐えるために私は全てを塞ぎ込んだ。
「エイ、あの時、どうしてあんなに爆発したの?」
テムはエイと小声で話している。でも、ハッキリと聞こえた。いや、違う、勝手に耳に入ってくる。何故かはわからないけど、両耳を塞いでも入ってくる。
「あの竜の石像は、超強力な万能型の魔石で出来ている。つまりは、願えば、現実的なモノなら何でも作れるし、あの石像そのものを別のモノに変えられる。あの石像に触れた時、石像そのものを、魔石をぶつけると爆発するように願った。それだけだ」
「そこまで、計算したんだ……」
「計算ではない、未来が見えたから、その通りに実行しただけだ」
「なるほど……」
「だとしたら、」私は二人の会話に割って入った。「みんなが竜になって死んだのは、来る前からわかってたんですか!」
私は、テムとエイを睨んだ。命の恩人なのは分かっていたけど、睨まずにはいられなかった。
「竜になるのは見えなかった。あの存在がいたためにな」
「あの〝存在〟って、〝使徒〟の事?」
「ああ。だが、あの〝存在〟が消えた後に、二つの未来が見えた。あの小さな竜たちがここから出て各地を襲う未来と、先程のように爆殺する未来がな」
「エイ、爆殺なんて言わないでよ」テムが心配そうに口を挟んできた。「リュネさんの知り合いだったんですから……」
「『だった』じゃない!」
「ご、ごめんなさい……」
私の叫びに、テムは怖がった。……命の恩人とはいえ、心の中で割り切れない何かが吹雪いていた。
「……ちょっと、風に当たってきます」
私は立ち上がり、たき火から離れようとした。
「い、いや、待ってください! 外はかなり吹雪いていて、危険です!」
「それに、」エイも話してきた。「今、未来が見えていない状態だ。何が起こるかわからない。危険だ」
「放っておいて!」
私は走った。涙が勝手に流れた。
夜の雪景色は真っ暗なカーテンに覆われ、その上に白い斑点達が斜めに下っている。
今はこの光景を見て、落ち着くしかない。そう自分に言い聞かせた。……ダメだ、落ち着かない。出来ない。
──生贄にされた自分の知り合い達が実は生きていて、あの白い竜に狂信し、竜に変えられ、爆発して死んだ。
訳が分からない。何? 何なの?
悲しい事が急に起きて、あまりにも色んな事が起こりすぎて、出来事が飲み込めない。
「リュネ、さん……」
後ろから、テムが声を掛けてきた。私は無視した。
「ここは寒いですから……」
「放っておいてって言ってるでしょ!」
冷たい風に当たらないと、頭が熱くなって涙を止められなさそうで、頭がおかしくなりそうで、とにかくここから動きたくなかった。放っておいてほしかった。
「そういう訳にはいかない」
エイも来ていた。でも、私はまた無視した。
「今は未来が見えず、不確定な状況だ。ここで君が死ぬ運命を辿ってはならない」
「なら、」私は拳を強く握った。「竜に変えられた人達は、ああして爆発して死ぬ運命だったんですか?」
「そうだ。正しい運命に戻すためには、それしかなかった。それとも、貴様はあそこで死にたかったのか?」
「そんな訳無い!」
私は振り返った。テムは心配そうに見ているのに対し、エイは表情変えずにこちらを凝視した。
「私はただ、誰も死ぬ事なく、みんなを元に戻す方法が無かったのかって……」
「無い」
エイはあっさりと答えた。
「この方法しかなく、これが最適だった。今更後悔しても、過去は変えられない」
「……でも、でも!」
「それよりも早く、中に入って休むんだ」
そうエイが言うと、干し肉を取り出した。
「お腹が空いてるのは分かっている。早く食べるんだ」
あんな事が起こったのに、平然としているエイが気持ち悪かった。でも、エイの言う通り、確かにお腹が空いている。
「……ありがとう」
私は干し肉を掴んだ。
グァァァァァァァァァァァァァァッ!
突然、後ろから叫びと強風が襲って来た。干し肉を落としてしまい、風に飛ばされた。私が耳を塞ぎながら踏ん張っていると、私の身体が突然ふわりと浮かんだ。テムとエイの姿が急激に遠くなった。
「な、何!?」
何かに挟まれ、暖かい風が背中に当たる。しかし、途轍もなく臭い。獣の腐敗臭。私は辺りを振り向いて、赤い輝きに気がついた。星かと思ったけど違う、眼だ。しかも、あの白く巨大な竜の眼。
そこで私は、竜に咥えられている事に気がついた。私は離すよう必死に抵抗したが、ガッチリと固められていた。
「リュ、リュネさん!?」
「わ、私は大丈夫!」
その時、隣にいたエイの姿が消えた。いや、動いた。いつの間にか竜の眼前まで高く跳んで、斬りつけた。しかし、攻撃が弾かれ、鼻先でエイを勢いよく突いた。エイは勢いよく落とされた。
「エイ!?」
雪煙の中からエイが立ち上がった。無事なようだ。
すると、竜が高く飛び始めた。テムとエイの姿が、だんだんと小さくなっていく。
「リュネさーん!」
「テムッ! エイッ!」
叫びはいつの間にか猛吹雪に掻き消されていった、二人の姿が、あっという間に暗闇へと埋もれていった。
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