12 Ⅱ‐7
その像を見た途端、私は膝から崩れ落ち、へたりこんだ。
所々七色に輝く洞窟の真ん中に、神様の像があった。
本物より半分以上は小さいけど、間違いなくあの白い竜だ。
「ど、どういう事、なの……?」
「こらっ、座り込んじゃダメだ。キチンと立つんだ。神様に対して失礼だろ」
おじさんは私の手を引っ張って、無理矢理立たせた。だけど、脚に全く力が入らなかったので、おじさんの身体に寄りかかりながら立つしかなかった。
「ねぇ、おじさん……」私は声を震わせた。「一体、どういう事なの……、何で、あんなのが……」
私が石像に指すと、おじさんはその手を叩いて降ろさせた。
「おいっ、無礼だぞ!」
おじさんは私の手をはたき、今までに無い程厳しい表情で睨んできた。私には、この現実を飲み込む事が出来なかった。
「あれは、神様によって生み出された魔石を使って、使徒様が製作された神様の像だ。あの像の魔力によって、我々はこの聖地で平穏に暮らす事が出来るんだ」
「ま、魔石、ですか?」
テムが不思議そうに像を見た。
「そうだ、神様のお力により、魔石が再び採れるようになったんだ。」
おじさんが胸を張って答えた。
「神様はこの地に魔石を生み出す力を持っている。火系だけじゃなく、水、地、風など他の魔石も採れるようになったんだ。この周りにあるのは全て、魔石だ」
確かに、間違いなく魔石だ。この奥深い輝きは、宝石じゃない。魔石をたくさん見て来たから、魔石かどうかぐらいなら簡単にわかる。だけど……。
「あり得ない、ここでそんなたくさんの種類が採れた事なんて無かったし、魔石を作る事自体不可能よ」
「神様に不可能は無い! ……だけど、信じられないのも無理はない。その証拠を見せてあげよう」
おじさんは、あの石像の前まで行くと腰を下ろし、膝立て状態になって祈り始めた。
「神様、勝手ながらお許しください。あの子らの為に、あなた様のお力の一部をお見せください……」
すると、いきなり石像から光が放たれた。突然の発光に戸惑っているうちに光が消えた。すると、おじさんはゆっくりと立ち上がり、振り向いてこちらに向かってきた。手には何かを持っていた。
「お腹が空いただろう、これを食べなさい」
おじさんが持っていたのは、お肉。しかも、焼きたての骨付き肉が二本も。
おじさんと共に、石像のある広間から出て、使徒様を出迎える準備中の大広間に戻った。作業の邪魔にならないよう、壁に寄って集まっていた。
「ほら、どうした。冷めないうちに食べなさい」
おじさんは二本の骨付き肉を、私とテムにそれぞれ渡そうとしていた。私はその湯気が立って旨そうな食べ物を取るべきかどうか迷っていたけど、テムは明らかに拒否していた。
「いえいえ、お気持ちは嬉しいですが、僕は食べられなくて……」
マズローさんは嫌悪の表情を見せたが、直ぐに柔らかくなった。
「何を遠慮している。毒はないし、本物のお肉だ」そう言うと、テムに渡す方のお肉を少しかじった。「ほら、この通り」
「いや、そうではなくて、本当に食べられないんですって……」
「それとも何か、さっき見せたあの奇跡の力を疑っているのか?」
おじさんが険しい表情になった。
「そういう事でもなくて」テムがひるむことなく言い返した。「僕は本当に、食べる事が出来ないだけなんですって。僕は、マズローさんのご好意に応えられない身体なんです。本当に、本当にごめんなさい。ですから、それはマズローさんがお食べください」
テムは勢いよく謝った後、負けじとおじさんを凝視した。おじさんは面食らった後、ふてくされた表情になった。溜め息を吐くと、笑顔になって、私のほうに顔を向けた。
「リュネちゃん。さぁ、食べなさい」
おじさんはまだ湯気が出てる骨付き肉を押す様に差し出してきた。
私は俯いて、口を閉じた。
「……」
「どうしたんだい、俯いて」
おじさんが、私にお肉を見せつけ、揺らしてアピールした。
「お腹減ってるんだろう、早く食べなさい」
確かに、お腹が減っている。お肉の旨そうな匂いに、ヨダレが止まらない。目の前にあるお肉を食べたい。でも……。
「ねぇ、」私は顔を上げた。「おじさんは、どうしてあのりゅ……神様を信じてるの?」
「何を言ってるんだ、リュネちゃん。さっき見た通り、神様の力は、俺達の生活を豊かにしてくれたんだ。あの村よりも快適だぞ。雪もないし。それに、魔石が枯渇したこの山を、蘇らせていただいたんだ。ほら、さっきの広間だけでないぞ。この大広間の周りも、所々魔石があるだろう」
確かによく見ると、上にも、下にも、左右にも、カラフルな色が所々に輝いている。よく見ると、魔石の輝きだ。
「これも、神様のお力さ」
「でも、おじさんは、あの神様に仲間を殺されたから、恨んでいるって、昔言ってたじゃない。それなのに、何で、信じられるの?」
おじさんは目をつむり、何か考え込んでいた。持ったままのお肉は、退屈そうに揺れている。
「あれは……」
そう言った後、また再び黙りこんた。その間にも、奥ではおもてなしの準備で騒がしかった。
「おじさん?」
我慢できずに、声を掛けると、おじさんはやっと口を開いた。
「あれは、何も知らずに逆らってしまったからだ」
おじさんは伏し目がちにそう言った。
「神様は、本当は襲う気が無かったんだ。それなのに、化け物だと言うだけで攻撃したために怒りを買い、死んでしまったんだ。もし、神様のご意志が分かっていれば、死なずにすんだのに……」
おじさんは悲しそうな表情で、思いを馳せていた。この大広間は暖かいはずなのに、急激に寒く感じ始めた。
「それじゃあ、その神様は、何で度々村を襲っていたの?」
「そりゃあ、神様の姿を見て、いきなり拒絶したからだろう。怒りに触れてしまい、滅ぼしたんだ」
「それなら、何で、今私が住んでいる村をいきなり襲ったの? 拒絶する前に、突然襲ってきたのよ」
「ブローグがいるだろう? あまりにも悪さをし過ぎているから、見るに耐えられずに、自ら手を下したんだ」
「でも、あの男以外にも、たくさんの人が亡くなったのよ」
「当然だ。あの野郎の悪事に加担した奴らも同罪だ。リュネちゃんも家族も、あの野郎の味方じゃなかっただろう? だから助かったんだよ。でも、何だっけ、その、エイという男か? そいつが邪魔しなければ、あの野郎は死んだはずだったんだがな……」
おじさんは舌打ちして、テムを睨んだ。テムは反応する事なく、ただ単におじさんをジッと見返しただけだった。
「だからって、あれは間違ってる、虐殺だよ!」
「神様に間違いは無い!」おじさんの叫びに、奥で働いている人達の何人かが動きを止めて、こちらを見た。「神様の一挙手一投足全ては正しいんだ! 残酷だが、正しい行為なんだ!」
「それで何の関係も無い子供が死んでも構わないっていうの!?」
「な、何を言ってるんだ?」
「おじさんには言ってなかったけど、初めて竜が現れた日に、避難した村で、子供達が集まっていた館を襲ったのよ!」
「な……、まさか……」
「ホントよ! 私もシリーも、この目で見た! 一瞬にして、押し潰したのよ! もしあそこにいたら、私、死んでいたかもしれなかったんだから……」
「……」
「いくら神様だからって、そんな、そんなヒドい事までしていい訳ない!」
おじさんは考え込んでいる。そうだよ、そんなヒドいことをするなんて神様じゃ……。
「それは、そういう運命だったんだ……」
「え……?」
〝運命〟──。
あの冷酷な男と、同じような表情で言った。
「いずれにしても、死ぬ運命だったんだ。それを苦しみなく一瞬で天に召されるようにとの、神様のお心遣いだ……」
私は震えた。おじさんは神妙な面持ちだ。初めて見た。
「それより、」おじさんは再びお肉を差し出した。「早く食べなさい。このままだと冷めて美味しくないぞ」
おじさんは笑顔を作って、私に無理矢理骨付き肉の一本を持たせた。
「ほら、食べなさい」
骨付き肉は、まだ湯気がたっている。ヨダレが口の中でいっぱいになった。私は漏れ出しそうになっているヨダレを一気に飲み込んだ。
「こら、早く……」
「いらない!」
私は、持たされた骨付き肉を投げ捨て、蹴った。思った以上に遠くへと跳んでいった。
「な……!?」
「おじさん、正気に戻って!」私はおじさんの服を掴んだ。「おじさんは操られてるのよ。ブローグみたいに、その使徒とかいう奴に操られているのよ。お願いだから、正気に戻って!」
おじさんの服を掴んで、何度も揺らしては叫んだ。大人の男性だから、揺らす事も出来ない程びくともしなかったけど、それでも何度も叫んだ。
「おじさん、正気に……」
「いい加減にしろ!」
おじさんは私を突き放した。柔らかい土の壁だったから、腰に当たってもあまり痛くなかった。でも、おじさんの表情を見て、心が痛くなった。
「正気になるべきは、お前のほうだ! 神様に間違いは無いんだ!」
そう言って、持っていたもう一本の骨付き肉──あの齧りかけの──を、口に押し付けた。
「お腹が減っているからマトモな考えにならないんだっ。ほら、食べろ!」
お肉の美味しそうな匂いに、またヨダレが止まらなくなった。肉が舌に当たった途端に、お腹が鳴った。恥ずかしさより空腹感が勝っていた。でも、それ以上に食べたくない、という意思が強く働いた。食べちゃいけない、食べちゃいけない、と自己暗示をかけ続けた。
「こらっ、どうして食べないんだ、死ぬぞ!」
おじさんはお肉を私の口にねじ込もうとした。だけど、私は抵抗した。
「こんの……」
「やめてください!」
横から勢いよくテムが割り込み、骨付き肉を払った。思った以上に遠くへと飛んでいった。テムはおじさんの前に立ち塞がった。
「いくら何でも、そんな強引に食べさせちゃダメです!」
「黙れ! 神様を討伐しようとした奴が口を出すな!」
「ぎゃっ!?」
おじさんはテムを渾身の力で殴った。テムは横に跳ばされ、骨付き肉よりも遠くに跳んでいった。
「……ここまで頑なだとは、思わなかった……」
いつの間にか、おもてなしの準備をしていた人々が、私達を取り囲んでいた。誰もが私を睨んでいた。チコやグレイブおばあさんも、私を嫌悪して睨んでいる。あの時、ブローグや村人達に囲まれた時と、全く同じ状況だ。
「お前は、背徳者だ!」
おじさんが私を指し、睨みつけた。
「背徳者には、裁きを!」
おじさんが拳を高くつき上げた。その途端、取り囲む人達も叫び始めた。
「背徳者には、裁きを!」
「背徳者には、裁きを!」
「背徳者には、裁きを!」
「裁きを!」「裁きを!」「裁きを!」「裁きを!」「裁きを!」「裁きを!」「裁きを!」「裁きを!」「裁きを!」「裁きを!」
大広間中に叫びが響き渡った。耳が、壊れそう。
「裁きををををっ!」
拳が振り下ろされてくる。ダメだ、この腕では守り切れない。もうダメだ。
……ゴッ!
──あれ? 痛くない……。
気がつくと、私の前で、堂々と立つ人影が見えた。おじさんの拳を、片腕だけで受け止めている。
「その暴力行為は運命にはない、あってはならない改変だ」
「……エイ!?」
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