09 Ⅱ‐4

 エイの話では、竜は山に戻った時、山の上層部にある巣に必ず入ると話していた。しかも、そこへは坑道から行けるという。

 当然、こんな事は誰も知らない。何故知っているのかと訊いたら、あの男は平然とこう答えた。

「それが最も確実な運命だからだ」


 エイは、ロウソクランプ──本来なら魔石ランプを使いたかったけど、小屋にはそれしか無かった──を持ちながら勢いよく坑道の中を進んでいった。私とテムもランプを手前にかざしつつ、ついていった。

 明かりがあるとはいえ、先が暗い洞窟の中を進むのはどうしても脚が遅くなる。なのに、エイは迷いなく速く進んでいき、速度が衰えない。

 ランプはその周囲を照らす事は出来ても、先までは照らす事が出来ない。前が良く見えないから、どうしても進む速度が落ちてしまう。それなのに、エイはためらい無く前進していく。

 途中で掘った時にそのままにしていた土の山があっても、まるでそこにあるのが最初から分かっているかのように避ける。

 途中で道が分かれていても、まるで知っているかのように選び、進んでいく。

 あまりにも綺麗に動くものだから、不気味に感じた。だけど、それよりも苛立ちのほうが大きかった。

 ──歩きながら、何を知っているのか話すんじゃないの?

 そう思いつつも、ついていくのが精一杯だった。

「エイ、速すぎるよ。もっとゆっくり歩いて!」

 そう言っても、エイの速さは衰えなかった。

 私は息が切れ始めていたが、テムは息切れしていなかった。体力無さそうに見えて、案外あるのかもしれない。


 しばらく歩き続けたその時、突然、エイが立ち止まった。私達はその内にエイに追いついた。エイが止まった場所は、さっきまでと変わりの無い二又の道だ。特におかしなところは見当たらない。

「どうしたの、エイ?」

 エイが左右を見回した後、こちらを振り向いた。

「……見えない」

「え?」

「どちらも、見えない」

「どういう事?」

「今までは、先を見て行き止まりだったところをはじいて進んでいったが、ここに来て、どっちも先が見えなくなった」

 ──先を見て?

 ホントに、この人は何を言っているのか理解出来なくなる時がある。

「エイは、未来を見る事が出来るんです」

「え……?」

 テムの言葉に、一瞬戸惑った。

 ──未来を、見る?

「未来予知が出来るの?」

「予知とは違う」すかさずエイが話しだした。「その方向や方法を選択した結果が、確実に理解出来る、と言う事だ」

「んん?」

 何を言っているのかサッパリわからなかった。

「例えば、今のように二つに分かれたみちがあり、」と、エイは左側を指す。「左側がゴールで、」今度は右側。「右側が行き止まりだったとしよう」

「はあ……」

「当然、どっちがゴールかは誰一人として知らないし、ヒントとなるようなモノが無い前提だ。そうなると、どっちがゴールかは、実際に行かなければ分からない。だが、私の場合は、」再び左側を指した。「左側を選んだ場合の未来と、」また右側。「右側を選んだ場合の未来、この二つの未来を、一瞬で見る事が出来る。そして、左側がゴール、右側が行き止まりだと分かり、左側を選ぶ。そういった事が可能だ」

「う、うーん……」

 何となく程度でしか理解できなかったけど、エイは構わず話を続けた。

「さっきのように道が分かるだけではない。相手が今からどんな動きをするか、どう攻撃すれば倒せるのか、どうすれば危機を回避出来るか……。その結果をある程度見る事が出来る、それが私の持つ力だ」

「そ、そうなの……」

 言っている事は何となくイメージ出来たけど、信じられなかった。

「つ、つまりは、」テムが慌てて話に入ってきた。「未来が分かるから、エイは無敵って事だよ。そうだよね、エイ!」

「そういう事にしてもいい」

 テムは浅い笑いで誤魔化した。私は何だかどうでもよくなり、そういう事にした。

「逆に、過去を見る事も出来る。竜の場所が分かったのも、その能力を使って、竜の動きを見たからだ。改変されたばかりの存在だが、過去は完全な確定事項だから明確に見えた」

「へ、へぇ……」

 もう分からなさ過ぎて、どうでもよくなった。

「それで、」私は話を戻す事にした。「どっちも見えないのは、どうして?」

「本来、あってはならないモノが、この先にあるからだ」

「それって、竜の事?」

「それもある。しかし、それだけではない可能性も否定できない」

「それだけでない可能性って?」

「未来を見る事が出来るといっても、完全ではない。あの竜のように、本来存在し得ないはずのモノがこの世界に現れた事で、本来起こりうるべき複数の結果を破壊してしまう。それはその結果まで行き着く過程も連鎖するように崩壊して──」

「とにかく、竜のせいで、これ以上先が分からなくなったって事、……だよね?」

「そういう事にしてもいい」

 さっきと全く同じような答え方だ。この男、やっぱりおかしい。

「さっきまでは、行き止まりに行き着く道を避けていく事で竜に辿り着くと考えて行動していたが、これではどうしようもない。止むを得ないが、別の方法を使うしかない」

「別の方法?」

「単純な方法だ」

 すると、エイは左側のほうへ一歩進めた。

「私は左側を行く。テム、貴様は彼女とともに、右側へ行くんだ。もし行き止まりや枝分かれの道を見つけたら、一度この場所まで戻る事だ。その時には、私も戻る」

「だけど、僕と別れるのは極力避けてたんじゃなかった?」

「……貴様が逃げ出す意思が無い事も、必ず私と共になる事も、未来が見えずとも明白だ」

 そう言うと、速足で左側の道へと進んでいった。

「ちょ、ちょっと、エイ!?」

 声を掛けた時には、エイの姿は闇の中へと入り、持っていた明かりもすぐさま消えた。

 私の目の前で、二つの明かりが戸惑うように揺れていた。


 長い長い一本道……。未だに先は暗闇で見えない。

 テムが先頭となって私がついていく形になったけど、不安だ。弱虫というわけじゃないけど、勇ましさがない。あの冷血な男よりは優しいけど、こんな文字通りお先真っ暗な場所では頼りなく感じる。

 テムは立ち止まってこちらを振り返り、疲れていないかを尋ねる事をこまめに行ってくる。その度に、私が大丈夫だと答える。そうすると安心した表情を浮かべては進む。それを何度も繰り返す。本当は歩きすぎで脚が少し痛かったが、これくらいは、と自分に言い聞かせて耐える。

「待って!」

 テムが突然叫んで止まった。

「どうしたの!?」

 テムが明かりを奥に向けて照らすと、そこから先の道が途切れていた。

 ゆっくり近付いて見てみると、完全に崖になっている。下は真っ暗闇で、深さが分からない。

 テムは試しに近くに転がっていた石を落としてみた。だけど、どれだけ待っても、耳をすましても、地面にぶつかる音がしない。

「どれだけ深いんだ……」

 テムは溜め息を吐いた。

「でも、どこかに道があるはずよ。調べてみましょう」

 私もテムも、ランプをあちこちに回しながら、周囲を調べた。しかし、テムはやる気がなさそうだ。真面目にやってほしいと内心怒りながら調べ続けた。しかし、何も見つからない。しばらくすると、テムが完全に諦めた表情になった。顔の下からランプの光が当たっているので、暗い表情が更に暗そうに見えた。

「仕方ない、戻りましょう……」

 テムが方向転換しようとしたその時、私は何か光るのに気がついた。

「待って! あそこに何かある!」

 私はその場所に駆け寄った。

「あ、ちょっと!?」

 テムの叫びを無視して、その場所に着いた。そこには、トロッコ用の線路が、闇の上に伸びでいた。奥にまで明かりを向けると、その到着先に地面が見えた。距離は二十歩か三十歩くらいだろうか。渡るのは難しくないかもしれない。

「あっちに、何かあるかも」

「うーん、でも、危なすぎる」

 鋼鉄のレールには所々錆や変形があり、レール同士を繋げるまくら木もいくつか外れていた。少しの風や触れただけで、大きく揺れる。確かに危ない。

「やっぱり、戻りましょう。こんな暗闇の中でそんなところを渡るのは……」

「いや、行く!」

「……いくら何でも危ないですって!」

 わかっている。自分がとんでもない事を言っているのが。……だけど。

「家族の命がかかってるの。少しでも、急ぎたい」

「落ち着きましょう。まだ他に道が……」

 私はいてもたってもいられず、空中に伸びる線路の上を渡り始めた。

「あっ!? ダメですって!」

 テムの言葉を無視して、進み続けた。


 勢いよく行ったのに、半分程渡った所で止まった。こんな所で、今更ながら後悔した。

 レールがギシギシと鳴りながら揺れ、しなっていく。ちょうど真ん中だから、一番低い所にいる。

 脚の震えを抑えようとしても、止まらない。そのせいで、レールが更に揺れ、脚の震えも強くなる。悪循環だ。それでも私は踏ん張り、持っているランプを離さないよう、必死に耐えた。

「ちょっ、リュネさん、早く戻りましょう!」

 後ろから、テムが心配そうに声を掛けてきた。後ろを見てみると、テムも線路の上にいた。私は立っているのに、テムは四つん這いだ。

「だ、大丈夫、大丈夫!」

「ここで落ちたら、僕はご家族の方々に何と言えばいいんですか!」

 そう言って手を差し出してくるけど、私よりも身体を震わせている。そのせいで、レールが更に揺れる。

 ──揺らさないで!

 本気で腹が立った。だけど、文句を言える心持じゃない。怖い。下を見ない様にしないと、あの暗黒の中に飲み込まれそう。

「キャッ!?」

 いきなり大きく揺れた。震源地は、後ろからだ。

「わ、ごめんなさい! 脚が滑りました!」

 ──もう……。このままだと、あの人のせいで落ちる!

「あ、ちょっ!?」

 私は一気に走った。もう訳が分からないくらいレールが揺れまくっていたけど、案外バランスを崩すことなく走れた。あっという間に、向こう側の近くまで来た。

「よし、あと少しで──」

「あっ!?」

「え?」


 ……ヒュッ。


 ──あれ? 私、宙に浮いて……。


 足にレールが無い。片手で掴むランプの光すら吸い込む闇だけ。

「よ、良かった……」

 上から、テムが見下ろして、私の腕を掴んでいる。

 この時になってやっと状況を理解した。力が抜けて、背筋が凍った。

「と、とにかく、そのまま動かないでください!」

 私はなされるがまま、引っ張られた。


「あ、危なかった……」

 私もテムも向こう側に着き、安心して地面に座っていた。私は未だに力が入らず、そこまで寒くないのに震えていた。目も、焦点があわない。

「だ、大丈夫、ですか?」

 テムが心配そうに声を掛けてきたけど、返事が出来ない。声が出せない。唇は動かせるのに……。

「怖かった、ですからね……。しばらく休みましょう」

「あの……」

「ん?」

 やっと、声が出せた。

「助けてくれて、ありがとう、ございます……。すみません……」

「いや、当然のことですって! あなたは、落ちたら絶対に死ぬんですから!」

「そ、そうよね……」

 驚いた。テムがこんなに大きい声を出せるなんて、思わなかった。

「あ……、ごめんなさい、驚かせてしまって……」

 テムの恥ずかしそうな顔が、ランプの薄明りの中でもわかった。

「あの……」

「ん?」

「食べ物か飲み物、あります?」

 テムは慌てて、ポケットからビスケットを、荷物からお湯の入った革袋取り出した。私は両方受け取り、ビスケットとお湯を一気に口の中に入れた。やっぱり、空腹には勝てない……。

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