07 Ⅱ‐2

 あの時も、突然だった。何の前触れも無く……、いや、あの五年前の事故は、前触れだったのかもしれない。

 冬が終わるというのに再び雪が降り始めたのも、まさにあの日だった。それからというもの、暖かくなった日は、今日まで一度も無い。だから、雪が止まないのは、間違いなくあの化け物のせいだと、誰もが確信しているはず。


 あの日より数日くらい前に、とても嬉しいニュースが町中を駆け巡った。高純度で、しかも巨大な魔石が見つかったと。当然、今までにないくらい、町中大騒ぎだ。貧乏からサヨナラできると、誰もが大喜びした。

 直接見た事はない。だけど人づての話では、今まで採れていた火系の魔石ではなく、万能系の白い魔石だとか、家一軒分の大きさだとか、とにかくすごい噂が広がっていた。真偽は不明だったけど、もし本当だったらと、喜んだ。

 ──もしかした、お父さんは出稼ぎに行くのを止めるかもしれない! 一緒にいられる時間が増える!

 あの日の朝、私はいつも通り、お母さんと一緒に朝食の準備を始めていた。

「あら、リュネ。何鼻歌うたっているのよ」

「そういうお母さんこそ、ニヤニヤしてぇ~」

 二人で笑いあった。それはそうだ。私もお母さんも、お父さんも同じ気持ちだ。

 ──巨大魔石が発見したってことは、再び魔石が採れるかもしれない! お父さんは再び鉱員の仕事に就く事が出来る! そうなれば、前の生活に戻れるし、私も大好きなお父さんと一緒にいられる時間が増える!

 そう考えると、喜びを抑える事なんて出来なくて当然だ。

「お、いい匂いだ」

「あ、お父さん、おはよう」

「おはよう、リュネ」

 お父さんが起きて来た。昨日出稼ぎから帰って来たばかりで疲れていたはずだけど、巨大魔石発見のニュースを聞いたからか、そんな素振りが全くなかった。

「あ、シリーも、おはよう」

 シリーは、お父さんに抱かれていた。かなり寝ぼけている。その頃のシリーは歩けるようになったばかりで、相変わらずお母さんに甘えてばかりだったけど、朝は苦手だった。

「ごはん、できたわ」

 お母さんはそう言って、料理を皿に盛りつけた。私はその間にフォークとスプーンを並べた。

「リュネ、おねがい」

「はぁい」

 私は盛り付けた料理を、テーブルの上に並べた。あの日の料理は今でも覚えている。牛肉の炒め物に、フロイルでは採れないトマトのポトフだ。朝食とは思えないメニューだ。

 巨大魔石発見のニュースを聞いたお母さんが、そのお祝いとして、どうしても力の付くお肉と、お父さんの好物であるトマトのポトフを出したかった。本当は夕食に出したかったけど、お昼には出稼ぎに行ってしまうという事で、わざわざ朝食にした。

「お、ポトフか」

「ええ、魔石発見のお祝いよ」

「ハハハ、まだ分からないさ。魔石と決まったわけじゃない。見慣れない石らしいからな。調査を待とうじゃないか」

 そうは言っても、お父さんの表情は明るかった。お父さんは抱いていた妹を専用の椅子に座らせた。

「ほら、シリー、はやく起きないと、食べれなくなるぞ」

「ふあぁ~い」

 シリーが返事をすると、私もお父さんもお母さんも、自分の席に座った。

「さて、食べるか」

 私は頷いた。家族そろっての食事に、幸せを感じた。

「いただきまぁ~……」


 ドゴォォォォォォォォォォッ!


「な、何っ!?」

 突然、大きな音と地震が起きた。その音で、寝ぼけていたシリーが完全に目を覚まし、ポカンと口を開いた。

 私の頭の中で、五年前の事故が頭から甦った。

「落ち着くんだ!」お父さんがスプーンを置いて叫んだ。「家からすぐに出ちゃダメだ!」

 だけど、外がだんだん騒がしくなっていく。悲鳴も耳に入ってきて、不安が増していった。私は恐怖からいてもたってもいられず、外に出た。

「リュネ、ダメよ!」

 私はお母さんの言葉を振り切り、外を見た。

 ──遠くで、火の手が上がっている!

 後ろからお母さんが現れた。お母さんは一瞬で状況を理解して、私を無理矢理玄関の前まで連れ戻した。その後に、お父さんも現れ、外の様子を見て、唖然とした。

 その時、お父さんの親友が、慌てて来た。

「ミカンドリーさん、早くここから逃げてください!」

「ど、どうしたんだ、一体!?」

「ば、ばば、化け物が襲ってきてる!」

「ば、化け物!?」

 家族みんな、一体何の事か分からず、混乱していた。

「とにかく、早く……」

 突然、目の前に巨大な炎の帯が通過し、その人は巻き込まれた。

「ぐぁぁぁぁっ!? ぁ、ぁぁ……」

 帯が通過した途端、その人は一瞬にして炭になっていた。私はあの時、昨日の夕飯を吐き、漏らした。シリーは幸いにも、お母さんとお父さんが目を塞いだので、見ずに済んだ。

「……逃げるぞ!」

 その時、お父さんが叫び、我に返った。

「とにかく、ここから逃げるぞ。急げ!」


 家から出て森に入るまでの間の事は、全く覚えていない。でも、森に入った時は明確に覚えている。ハッキリとわかるくらいに雪道だった。夏なのに、もう冬なのかと間違えてしまう程積もっていた。あの時、防寒具を着ようと思わなかった事を後悔した。外がこんなに寒くなっているなんて、予想だにしなかった。

 お父さんが先頭になって、その次に私、最後にシリーを背負ったお母さんと一列になって進んだ。お父さんが出稼ぎで下山した時に、中継地点となる村──今のフロイルがあるところではなくて、そこから東にあった村まで行く事になった。雪道だったから、みんな足先が冷たくなるのを堪えながら、必死に走った。

 進んでいる途中で町のほうを振り返ってみると、あの時以上に黒煙がたくさん上がっていた。それを見たお母さんが、「私達の家が、私達の町が……」と、悲しそうに何度も呟いていた。それは私も、多分お父さんも同じ気持ちだったけど、とにかく逃げた。

 その時、突然辺りが暗くなった。空を見ると、とてつもない大きな白い塊が、空を飛んでいた。

 あの、白い化け物──竜が。

 私も両親も、腰を抜かした。

 ──実在しないはずの竜が、物語にしかいないはずの竜が、空を飛んでいる!

 夢でも見ているのかと思って、何度も頬をつねった。でも、夢じゃなかった。

 みんな呆然としていた時、お父さんが一番最初に我に返って叫んだ。

「森の中に隠れるんだ!」

 みんな急いで、空飛ぶ竜の視界に入らないように木に隠れつつ、そして音をたてないよう、とにかく気をつけながら村を目指した。

 その時は、本当に生きた心地がしなかった。特に、まだ赤ん坊だったシリーが泣かないかどうか、それが一番怖かった。でも、結局最後まで、お母さんの背中で眠っていた。あの大きな音と揺れが起こった時は泣いたのに、案外心は強いのかもしれない、とお母さんを少し尊敬した。

 その慎重な行動が幸いしてか、竜はどこか別の所へと行ってしまった。私もお母さんも安心したけど、お父さんはまだ安心していなかった。

「まだあの化け物が出てくるかもしれない。このまま森の中を進むぞ!」

 そう言って、私とお母さんの気持ちを強く引き締め、引き続き森の中を歩き続けた。

 そのお父さんの言葉と、慎重な行動が実を結んでか、無事に村へと辿り着いた。ここでやっとお父さんも安堵し、家族全員が生きた心地を味わう事が出来た。


 到着した村では、町から逃げてきた鉱員やその家族が何人もいて、お父さんと一緒に生きている喜びをかみしめた。私も、友達と再開して喜んだ。だけど、その後に仲良しの友達の何人かが竜に殺された事を聞いた時は、もの凄く泣いた。

 でも、悲しんでいる余裕は無かった。早速、町と村の大人達が集まり、子供達は村の多目的用の大きな館で待機するように言われた。


 館の中には、その時の私と同じくらいの年の子供がたくさんいた。私はすぐに仲良くなったけど、シリーは人見知りだったから、私が何とか中に入れて仲良くできるように頑張った。それもあってか、だんだん笑顔が戻って来た。私も安心して、和気あいあいとお話や遊びをした。そんな時だった。

「うぇ~ん、うぇぇ~ん」

 突然、シリーが泣き出した。どうやら転んで頭を打った為のようだった。

「ど、どうしたの、シリー?」

 私は何度もあやしたけど、全く泣き止まなかった。それどころか、声が大きくなっていた。

 周りからも、変な目で見られているのを感じた私は、やむなくシリーを連れて外に出た。


 あまりにも大きな声で泣くから、どんどんあの館から離れて行った。館の中はストーブがガンガンと効いて暖かかったから、本当は戻りたかったけど、いくらあやしても泣き止まなかったから、戻れなかった。

 しばらく歩いてようやく泣き止んだ。だけど館からあまりにも離れていたから、急いで館に戻ろうとした。……その時だった。


 ヒュゴォォォォォォッ!


 突然、大きな風が吹き荒れ、私は吹き飛ばされた。私は何かにぶつかり、意識が飛んだ。

 すぐさま目を覚まして起き上がると、私は木の下にいたのを理解できた。シリーは、私がキチンと抱いてガードされていた状態だったから、怪我も無く無事だった。この時は何故か泣かなかった。私はふと、館のほうを見た。

 ──嘘、燃えてる……。

 私がさっきまでいた館が、大きな炎の塊となった。ついさっきまで、友達と楽しく話していた場所が、一瞬にして……。


 グァァァァァッ!


 白い巨体が唸り声をあげながら、燃えていたままの館を自分の身体で押し潰した。 

 その巨体は、あの森の中で逃げていた時に空を飛んでいた、あの竜だった。


 その姿をハッキリと見た時、少しだけ漏らした。恐怖で身体が震え、動けなくなった。

「あ、ああ……」

 その時、竜がこちらを見てきた。

「ヒィッ!?」

 私は無意識ですぐにシリーの腕を掴み、逃げた。


 どこに逃げればいいのかわからなかった。でも、とにかく、あの恐怖から少しでも遠くに逃げないといけない。その事だけで精一杯だった。

 その間に、竜は暴れては炎を吐き続けた。逃げている間に聞こえるのは、燃える音と悲鳴だけ。まさに地獄だった。どこも燃え盛っているから、森の中で歩いた時とは真逆に暑かった。汗が止めどなく噴き出た。

 そうこう逃げているうちに、偶然にも大人達が集まって話し合いしている建物に到着した。竜の魔の手がまだそこまで届いてなかったから、気がつかなかったようだった。私が急いで入って来たら、まだ話し合い中だった。そこでお父さんを見つけた時は、泣いてすがりついた。

「ど、どうしたんだ、一体!?」

「お、お父さん、竜が、竜が……」

「竜が現れたのか!?」

「竜が、燃やして……、みんなが、焼かれて……」

「な!?」

 それを聞いた大人達の何人かが泣きわめいたり発狂したりした。多分、館にいた子供達の親だと思う。

「そんな……」「嘘よ!」「俺の娘が……」「ああ神様!」「私の、子が……」「ひぃぃぃぃ!」「嫌ぁぁぁぁぁっ!」

「落ち着くんだ!」お父さんがいきなり叫んだ。「まずは、生き残っている人達を避難させるのが先だ!」

 お父さんがそう言うと、みんなは泣きながらも落ち着いた。

「生き残っている女性、子供、老人、病人を優先的に助けるんだ!」

 お父さんが大声でみんなに言いながら、テキパキと避難の指揮をとった。

「とにかく、リュネ、シリーと一緒に、隣の村まで避難するんだ! あの人達について行くんだ!」

「うん。……あれ?」

 私はその時、あってはならない事に気がついた。辺りを見回したけど、やっぱり恐れていた通りだった。

「どうした、リュネ?」

「……いない」

「いない?」

「シリーが、いない!」

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