Ⅱ
06 Ⅱ‐1
「体調は大丈夫だな?」
「大丈夫です。……でも、私が知っているのは、鉱山の入り口までです。それでも、いいんですか?」
「ああ」
雪の中、私はテム達と共に、逃げた道を逆行していた。あの時より、吹雪が強くなっていた。その上、積もり積もった雪の上を歩くのだから、とても進みづらい。だけど、これでも地面までの距離が低くなったほうだ。生贄が始まる前は手つかず状態で、私の身長よりはるかに高く積もっていたんだから。道の両脇には、村人達によって端に退けた雪が崖のようにそそり立っている。まるで、雪の洞窟にでもいるかのようだ。
生贄として連れ出され、逃げ出した時は、完全に薄着で何も持ってなかった。だけど、今度は防寒具を全装備の上に、非常食や小型のツルハシ、護身用のナイフまで。
──あれ?
私は歩みを止めた。
「どうしたんですか?」
テムが心配そうに声を掛けた。私は振り返った。
「このあたりで助けてもらった上に、防寒具までいただき、本当に助かりました。ありがとうございます」
私は深々と頭を下げた。
「いえいえ、あれは予備ですから……」
私は頭を上げて、二人を見た。
「でも、何で、予備の防寒具を持っていたんですか?」
「え……?」
テムの表情が固くなった。明らかに痛い所を突かれたというような表情だった。一方のエイは、相変わらず無表情だった。
「一人分の防寒具を予備で持つ人なんて、私、少なくとも見たことないです。あんなにかさばる物を持つなんて、何か理由があるんですか」
「え……、えっと、その……、あ、の……」
テムの目は上下左右に動いた。何も言えず、しどろもどろになっていた。
「……あ、それよりも、早く行った方がいいですよね。行きましょう」
テムがホッとすると、私はまたあの山に振り返り、歩みを進めた。
──そんな細かな事を気にしている場合じゃなかった。早くしないと、シリーとお母さんが……。
「な、あんな怪物を、倒せるとでも言うのか!?」
「倒す」
ブローグの問いに対し、エイは平然と答えた。それは自信というには、とてつもなく冷静な答え方だった。
「た、倒せるんだな?」
「あの竜は、絶対に倒す。そうならなければならない運命だ」
〝運命〟──。
私が目覚めた時にも、あの男は言っていた。当たり前かのように。
今までの私だったら、竜を倒すなんて絶対に無理だと考えるのが当然だった。村人達だって、そう思うはずだ。実際、そう言って帰ってこなかった戦士はたくさんいたんだから。だけど、あの時の戦いを見ると、攻撃が効かなかったとはいえ、竜を撤退させた。今度こそ、出来るかもしれない、そんな期待があった。
「な、なら、用意させる。その手を離せぃ!」
エイは、ブローグの腕を離した。ブローグは嫌そうに掴まれた部分を手で払った。
「ただしっ!」ブローグはエイを睨みつつ、シリーとお母さんに向けて指した。「あの二人は人質にする。もし明後日までに倒せなかった場合は、竜の生贄にするぞ、いいな!」
「な──」
「別にどうしようと構わない」
エイは即答した。突然の決定に怒りを覚えたが、この状況ではどうしようもないとすぐに気がついて、諦めた。
「お、おがあざぁ~ん、おねぇぢゃあ~ん」
シリーが泣き出した。お母さんが必死であやそうとしたが、泣き止まない。私は無理矢理脚を動かして、シリーの所へ駆けつけた。
「大丈夫よ、」私はシリーの手をしっかりと掴み、瞳を見た。「お姉ちゃんが、何とかするから。だから、泣いちゃダメ。しっかりして」
シリーが少しだけ泣き止み、コクリと頷いた。
今度はお母さんの瞳を見た。
「リュネ……」
「待ってて。絶対に、何とかするから」
お母さんは、心配そうに見ていた。
「でも……」
「絶対、絶対に、何とかする。だからっ!」
「……絶対に死なないでね」
そう笑顔で言いつつも、お母さんの表情には、不安がまだ残っていた。
「この町を抜けると、この山の──坑道の入り口があります」
大きな門は、既にボロボロだった。強い吹雪に打たれている。ここをくぐるのは多分、生贄として入った時と逃げた時に続いて三回目──いや、三年前に逃げた時を含めて、四回目だ。
〈ようこそ、魔石の鉱山町フロイルへ!〉
傾いた看板の文字は擦れていたが、何とか読めた。
町の中に入ると、雪が積もり積もって小さな山がたくさん出来ていた。その山の中には、元々瓦礫と化した建物があるはずだ。生贄制度が出来てからも取り除く事無く、そのままの状態だ。
昨日、逃げた時の足跡はまだかすかに残っている。それより深いのは、多分私を連れ、そして追った男二人の足跡だ。
「うわっ!?」
テムが勢いよく転んだ。すぐに立ち上がって転んだところを見ると、錆びたツルハシの刃が、雪の中から刃先を出していた。
「あっぶな!?」
テムが一歩後退した。驚くのも無理はないのかもしれないけれど、ツルハシが地面に置かれたままなのは、どうしようもなかった事だ。
「ここは、さっきと比べて、風が強いな」
「……それもこれも、あの竜が現れたせいよ」
私は立ち止まった。
「鉱石が枯れてから、追い打ちをかけるように……、しかも、お父さんを……」
「あ、あの……」
「話したいのなら、今話してもいい」
無口だったエイが、突然口を開いた。それに続いて、テム
「そ、そうですよ、リュネさん! 何か苦しい気持ちがあったら、話してよ。聴いてあげるからさ。エイも、聴いてあげようよ」
「私は別に構わない、好きにしてくれていい」
「……ありがとう、ございます」
今度は振り返らず、再び歩き始めた。泣き顔を見せたくは無かった。
「あ、ちょ、ちょっと!?」
「さすがにこの場所は危険だ。どこか雪風しのげる場所があるはずだ。そこでゆっくりしよう」
エイの言う通りだ。この先に、生贄として連れられた時に、休憩場所としてまだ壊れていない小屋があった。そこへ連れて行こう。
かつてのフロイル地方は、寒い日だけでなく暖かい日があり、それなりに作物は取れた。あの看板の通り、魔石が大量に発掘される場所として、とても潤っていた。
特に採れたのは、いわゆる火系の魔石で、一瞬で発火や爆発を起こすものだ。少量で絶大な威力と、誰もが使えるという利便性から、人気があった。
しかし、魔石自体が世界的には希少な為、市場価格も高い。当然、質が高い物ほど、威力も値段も高い。
だけどこのフロイルの山では、適当な場所を掘るだけでその貴重な魔石がたくさん採れる。その為、危険な代物であるにも関わらず、続々と鉱員となり、しまいにはこのフロイル地方に住む八割以上が鉱員になった。周りの村のいくつかが過疎化して滅びてしまうほど、この町に人口が集中した。
鉱員になった者やその家族は、当然の如くお金持ちとなり、豊かな生活を送るのが当たり前だった。中には、金品を全身につけながら肉体労働をしていた人もいた。まだ幼かった当時の私は、その違和感ある恰好の人を何人も見かけたのを覚えている。
私のお父さんも、同じように鉱員だった。一方のお母さんは、あまり身体が強くなく、主に家の中で家事をやっていた。私も幼い頃から、母の家事を手伝っていた。
お父さんは、豪快で金遣いが荒い男達とは違って、真っ先に家に帰っては、お母さんと私との会話を何よりも優先してくれた。多分、お母さんの身体が弱かったのと、そのせいで私自身も産まれてすぐに命の危機に陥った事があったから、そうしたのかもしれない。特に、妹のシリーがまだお母さんのお腹にいた時は、私よりも優先的に大切にしていた。あまりにお腹の中にいるシリーを可愛がるものだから、私は焼きもちのあまり、お父さんにもお母さんにも反抗した時もあった。でも、すぐに反省して、謝った。そんな繰り返しだったけど、その時が一番幸せだった。
だけど、幸せが終わったのは、今から五年前の事故がきっかけだった。
それは突然だった。日が暮れて町がオレンジ色に染まった頃、いつものようにお母さんの家事の手伝いをしていた。この時は、お母さんが料理をしている間に、食器を丁寧に洗っていた。
「リュネ、ありがとうね。お陰で助かるわ」
「うん、これくらい、てつだうよ」
お母さんは身重な状態で、いつものように家事がはかどらない程になっていたので、私はいつも以上に手伝っていた。今まで食器を置いたりとか服を畳んだりとか簡単なものだったのが、料理以外はほとんどやるようになった。お父さんは仕事を休んででも手伝いたかったようだけれど、お母さんは大丈夫だから、と断った。お父さんは家事が下手だから、というのもあるけれども。
「もうすぐ、お父さんが帰ってくるわね」
「うん!」
「それまでに、皿洗いを終わらせないとね」
「うん!」
私は、お父さんが早く帰ってこないかと待ちわびつつ、お皿を洗っていた。その時だった。
ドゴォォォォォォッ!
突然大きな爆発音と地震が発生した。驚きのあまり、持っていた皿を落として、割ってしまった。
「な、なに!?」
激しい音と揺れがおさまった後、外が何やら騒がしいと思って、外に出た。お母さんが引き止める声を無視して見てみたら、鉱山から黒い煙があがっていた。よく見ると、山の一部が削れていた。
この時は、世界の終わりが来たのではないのかと思った。私もお母さんも、絶句したまま固まった。その時、ある事に気づいて、身体が熱くなった。
「……おとうさん、そうだ、おとうさんは!?」
私は慌てて、鉱山のほうへと駆け寄った。
入口前はとてつもなく物々しい状況で、立入禁止状態だった。人ごみの中をかき分けて行こうにも、あまりにも多すぎて出来なかった。私達は人ごみの隙間から様子を見る事しか出来なかった。
中から布を掛けられた遺体が運ばれてきた時は、血が凍るような思いがした。もし、あれがお父さんだとしたら……。したくもない想像が、私を襲った。多分、お母さんも同じだったはずだ。
「そんな……」
私は地面に座り込んだ。お母さんが立ち上がるように促そうとしても、そんな気になれなかった。
「……い、ここだ! どんどん運ぶんだ!」
──このこえ、もしかして!
私は、声があった方を見た。
──おとうさんだ!
お父さんは汚れた姿のまま、担架を運ぶ人達を案内していた。
「おとうさんだ!」
私は無我夢中で人ごみの中をかき分け、一般人の立ち入りを塞いでいた兵士を振り切り、お父さんに飛びついた
「おとうさぁん!」
「リュ、リュネ!?」
お父さんに抱きつく事が出来た時、すぐに泣いた。とにかく、全身全霊で叫ぶようにワンワンと泣いた。
あの時の爆発で、当時働いていた全鉱員の内、一割が即死、七割が爆発の影響で洞窟が崩れて生き埋めになった。連日連夜の救助で助かった人もいたけど、最終的には半数以上が亡くなった。
でも、お父さんは無事だった。あの時、交代時間で鉱山から出て行ったばかりだったから、爆発の衝撃で転んで、膝が擦りむいた程度で済んだらしい。
後の調査によると、採掘中に魔石を誤って刺激させた事が原因で、大爆発が発生したとの事だった。ここで採れた魔石は、火系の魔石ばかりだから、鉱員達の誰もが、慎重に扱うように注意していた。特に超高純度の魔石の場合、条件によっては空気に触れただけで魔力が放出されるくらい、危険な代物だ。あの時、運悪くもその超高純度の魔石が隠れていて、掘削時にそれを刺激してしまった。しかも、最初の爆発がきっかけとなって、採掘したばかりの魔石やまだ埋まったままの魔石にも連鎖して、結果として大規模な爆発になってしまった。
この事故によって、鉱山は安全が確認されるまで閉鎖される事になった。閉鎖されるまでの間は、保険金によって生活費を賄われる事になっていたので、生活が苦しくなることは無かった。もちろん、当時の私はそんな事を知らず、とにかくお父さんと一緒に過ごせる時間が増えた事に幸せを感じていた。
爆発事件から一年後、鉱山が開かれた。
しかし、あの時の爆発のせいか、高純度どころか低級の魔石すら採れなくなってしまった。保険金もすぐに底をつき、あっという間に町は貧乏になった。羽振りの良かった鉱員達は、酒浸りの毎日を送るだけのどうしようもない人になるか、町から去るかどちらかになった。
幸い、私のお父さんはどちらにもならず、出稼ぎでお金を稼いだ。前よりも貧乏になったけど、何とか生活は出来た。この時、シリーが産まれ、私はお姉ちゃんになった。
お父さんが出稼ぎに行く前には、私に必ずこう言った。
「お前はお姉ちゃんだから、シリーを護ってやってくれ」
その時はまだ子供だったから、その言葉の意味はすぐに理解できなかった。でも、何度も言われ続けてきたから、自然と覚えるようになった。
お父さんがいない日が多くなったのが、とても悲しかった。幼心で何となくは分かっていたとはいえ、あの時はまだまだ親に甘えたい盛りだった。お母さんのほうは、病弱なシリーの事で精一杯だったから、余計に寂しく感じた。でも、シリーが私にとても懐いていたから、すぐに妹と仲良くなった。シリーの誕生日になったら、お母さんと一緒に髪飾りとかのアクセサリを作ってプレゼントした。時には、お父さんも一緒に考えてくれた。前よりは貧乏になったけど、幸せな生活には変わり無かった。
そうしているうちに、三年前、あの悪夢のような出来事が起こった。
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