04 Ⅰ‐4
──ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!
私のせいで、シリーも、お母さんも、更には無関係な旅人まで、巻き込んでしまった。
村人達に囲まれた中、私を含め五人が揃って、雪の上に座らされた。みんな同じように、身体と両手を縛られ、後ろには元鉱員の屈強な男達が両肩を抑え、立てないようにされた。地面は意地汚いブローグらしく、氷の上だ。雪を踏み固めた後、冷たい水を撒いて凍らせた、即席の拷問場所だ。冷たさだけでなく、硬さでスネを痛めつける。
左側では、シリーとお母さんが寒さで凍えていた。特にシリーは泣いていたが、ビービーやかましいからと、口を手で抑えられていた。一方、右側のテムとエイは大人しい。震えてもいない。そしてその奥には、顔がボコボコになって出血したままの男二人が倒れていた。あの時の門番だ。
「どうしましょうか、ブローグ様。こいつらは反逆者ですぞ」
あざ笑う表情で私達を見てくる村長を殴りたい気持ちだったが、文字通り手も足も出せなかった。
ブローグはアゴヒゲを触りながら、何かを考えている。その間に、ブローグに従う村人達は、私達に敵意や軽蔑の眼差しで攻撃してくる。
──お願い、私はどうなってもいい! 生贄になっても構わない! だから、シリーとお母さんには手を出さないで!
「おい、」ブローグが杖で私を指した。「その娘を、ワシの所に連れてこい」
後ろの男が私を無理矢理立たせ、歩かされる。冷たさと痛さで感覚を失った両脚はうまく動かせなかった。でも、後ろから強く押されたので、何回か倒れながらも、どうにかブローグの前についた。
「座らせろ」
両肩を強く抑えられ、無理矢理座らされた。こっちは雪だったから柔らかかったけど、氷と変わらず冷たかった。
ブローグが私を見下し、睨んだ。すると、杖の先につけている石を、私に見せつけてきた。
「今度は、逆らうな」
突然、石が光りだした。
「ウッ!?」
頭が、心が、かき乱されていく。目の前にいる男が、怖い、こわい、こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい……。
「もう一度言う、今度は、逆らうな。わかったか?」
「ウウウ……」
「……わかったな!」
「は、はい!」
杖の光が消えた。
──この男が怖い。この男が恐ろしい。この男に、従うしか……。
「やめてください!」
背後からの叫び声に、我に帰った。振り向くと、お母さんが身を乗り出そうとしていたが、男に抑えられていた。隣のシリーは、お母さんを心配そうに見ていた。
「これは母親である私の責任です! ですから、私を代わりにしてください!」
「お、お母さん……」
今までに見た事の無い表情だった。あんなに必死で、ブサイクになったお母さんを、初めて見た。
「ホエカッ、ブローグ様に逆らう気か!」
村長の言葉を気に、村人達の非難の声が大きくなった。しかし、お母さんは構わず叫んだ。
「ブローグ様、村長、お願いいたします! 私を、私を代わりにしてください、お願いいたします!」
私がシリーの代わりに生贄になるとブローグに言った時、お母さんはブローグを怖れて、何も言えなかった。その時は、お母さんの臆病な性格をわかっていながらも、子供心でどこか止めてほしかった気持ちもあり、少しバカにしていた。でも、今のお母さんは、そんな臆病さは無かった。嬉しかった。でも……。
「お母さん!」私は叫んだ。「これは私が決めた事だし、こんな事になったのは、私のせいだから、お母さんが生贄になる必要なんかないよ!」
「お願いいたします、お願いいたします!」
お母さんは何度も頭を下げた。私の言葉が届いていないようだった。
「お母さん、やめて!」
「お願いいたします!」
何度叫んでも、お母さんは止めなかった。その間にも、村人達からの非難が大きくなっていった。
「この裏切り者!」「ブローグ様に逆らう気か!」「竜が来たらどうする気だ!」「私達の生活を脅かすな!」「バカ親!」「クソガキ!」「死ね!」「消えろ!」「首を切れ!」「今すぐ殺せ!」「ブス!」「女子供は黙って従え!」「気持ち悪い!」……
無関係な罵倒までもが私の耳に入った。耳を塞ぎたかったけれど、どうしようもなかった。
すると、突然ブローグが、杖で近くの岩を叩いた。一瞬で、周りが静まり帰った。
「そんなに生贄になりたいのなら、望み通りにしてやる」
「ブローグ様!?」
「やめて!」
村長が叫んだと同時に、私はブローグにすがりつこうとしたが、後ろの男に取り押さえられて動けなかった。しかし、それでも動こうと必死になり、倒れた。柔らかい雪が、身体の前半分を冷たく包んだ。
「やめてください! 母は関係ありません、ですから!」
私は雪の上で強く押さえつけられながらも、必死に叫んだ。しかし、ブローグは私を見下しの眼差しで見続けた。
「それなら、親子共々、生贄になってもらおう! お前の妹も含めて三人でだ!」
全身の血の気が一瞬で引き、また一瞬で沸騰するように血の気が多くなった。私はさらに激しく抵抗した。
「やめて! シリーとお母さんは関係無い! 約束が違う!」
ブローグがあざ笑うように見下してきた。
「元々、お前の妹を生贄にする予定だったのだから、何の問題がある? それに、あの女が生贄になる事を望んだのだから、その通りにしたまでだ。ワシの慈悲深さに、むしろ感謝すべきではないのか?」
「結局、邪魔者を消したいだけじゃない! そうやって、恐怖支配を確立させたいだけじゃない!」
「フン、全く、威勢だけはいいな」
そう言うと、ブローグの持つ杖が、再び光りだした。
「あ!? ウゥゥ……」
心が、かき乱される……。
「お前が逃げださなければ、こんな事にはならなかったんだ」
「私、が……?」
「そうだ、お前のせいだ。お前が招いた。自業自得だ」
「私の、せい……」
──そうだ、これは私のせいだ……。私が逃げださなければ、シリーも、お母さんも、こんな目にあわなかったんだ……。
「ワシに従え。もし、これ以上抵抗したら、生贄にする前に、家族もろとも、殺す。いいな?」
「……」
「いいな!」
「はい……」
杖の光か、また消えた。
──私が、私のせいで、私が……。
「そうだ、ワシの言う事を──」
「がぁっ!?」
突然、後ろから男の悲鳴が聞こえた。その声で、私は我に帰った。
後ろを見ると、エイは両手を自由にして平然と立ちあがっていた。一方、後ろで押さえつけていたはずの男は、手足を縛られたまま寝そべられていた。よく見ると、その縄は、さっきまでエイを縛っていた縄だ。
「時期尚早だが、今回は余裕があったほうがいい」
周りの村人達はどよめいた。私も状況が飲み込めずにとまどっていた。しかし、村長が慌てふためく様子を見て、思わず笑いそうになった。笑わないよう堪えたが、隣のブローグが、信じられないとでも言うようにあんぐりと口を開けていたので、我慢出来なくなった。 私は顔を見せない様にするため、顔が見えない様に俯いた。
「貴様達も、」エイは家族とテムに声をかけた。「早く立つんだ」
よく見ると、三人の後ろにいた男達も、同じように縛られて寝転がっていた。みんなが驚いて動くと、手が動かせる様になっていること気がつき、立ち上がった。
シリーはよろよろしながらもお母さんに飛びつき、抱き合った。一方、テムのほうは、跳びはねて喜び、エイに感謝した。
「そこも、」今度は、私のほうに顔を向けた。「早く立て」
──そうだ! 上から押さえつけられている感覚がない。
そう思って両手を動かすと、自由に動かせる事に気がついた。真横を見ると、私を押さえつけていた男が、同じように縛られて寝転がっていた、私は立ち上がり、脚をもたつかせながら母親の方へと走り始めた。
「こ、こら!」
「あっ!?」
村長に腕を捕まれた途端、ガクリと倒れた。脚に力が入らす、まるで抜き取られたかのように感覚が無かった。
「逃がしてなるものか!」
「離すんだ」
村長の腕に、何かが当たった。村長はウッ、と声をあげ、私の腕を離した。すると、別の腕を捕まれ、引っ張られた。私がその腕を掴むのは誰かと見ると、エイだった。
「ど、どうして!? ついさっきまで、あそこにいたんじゃ……」
「早くここから離れろ」
そう言って、強引に引っ張ってきた。
「待てい!」
ブローグが速足で周りこみ、立ち塞がってきた。
「勝手な事は許さん!」
杖がまた光った。
この光だ。この光が、私の心をかき乱していく。
──見ないようにしないと、抵抗しないと! ……だ、ダメだ。心が……。
「どけ」
一瞬、銀色の筋が真横に走った。我を取り戻した時には、光が消えていた。よく見ると、杖の先にあった石が無くなり、光を失った石が近くに転がっていた。ブローグは唖然としていた。
「あ……ああ……」
「魔石による
エイは唖然とするブローグを横目に、私を連れて素通りした。
「お、おい待て!」
後ろを振り替えると、痛めた腕を抑えた村長が、こちらを睨んだ。
「ブローグ様に、そして村長であるこの私に、逆らうなぁっ!」
村長が、こちらに向かって走り出してきた。私が動かない脚を無理矢理動かして逃げようとしたがエイが突然立ち止まった。
「ど、どうしたの!? 早く逃げましょう!」
逃げようとしたが、エイが私の腕を掴んでいるため、逃げられなかった。
「……もうすぐ、来る」
「え?」
エイが、掴んでいた私の腕を離した。
「目を守れ」
「い、一体どういう……」
「早く」
私は言われるがまま、手のひらで目を覆った。指と指の間から、村長が走ってくる姿が見えた。
「そうだ、そのままここに……」
ドゴォォォォォォッ!
「ギャアァァァッ!?」
その時、村長がいる場所が一瞬暗くなったかと思うと、雪が嵐となって襲いかかってきた。轟音が耳の奥、そして頭の中にまで達した。あまりの勢いに、目を覆った片手では耐えられないと、すぐさま両腕に切り替えた。
勢いが止むと、私は目を守っていた両腕を降ろした。
「来たか」
エイは冷静に呟いた。
霧のようになった雪が晴れると、何かの塊に押し潰されていた村長が見えた。眼球が跳び出るようにひんむき、明らかに息絶えていた。
「ヒィッ!」
私は悲鳴をあげ、尻餅をついた。そして、その押し潰している塊の全体を見た。
あの時の恐怖が、再び蘇った。
見間違いようがない。
白く巨大な竜が、今、目の前にいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます