第14話
それも見終わっていよいよやる事がなくなりソファに背中を預けて。晩ご飯の下準備でもしようかと考えたがそれも早すぎるしどうかと。
「でも晩ご飯つってもなぁ、アイツお粥とか麺類しか食えんし。なんかスイーツでも作るか?」
思いながら困った時のYouTube様に頼ることにした。
「えー、冬、スイーツ、っと…。」
そこで検索していくと、『みかん大福』なるものを見つけた。ちょうど我が家にはスーパーで買ってきたみかんが置いてあるし、それを作ろう。材料もまぁある。そうと決まれば行動である。動画を要所要所で止めながら手順通りに作っていき。約一時間後完成。
「…おぉー、なんとかなるもんだな、ちゃんと大福になってる。」
フルーツ大福自体は何度も買って食べたことはあるがなかなか美味しくて俺は好きだったりする。出来たみかん大福8個を丸皿に乗せてラップをしておき、冷蔵庫で冷やしておいた。
「うっし昼飯作るべー。」
もう本当にやることがないので完全なる主夫業をこなしている。先に俺の昼飯を作ってサクサク食べて、瑞貴の分の鍋焼きうどんを作って寝室にお邪魔した。
「瑞貴ー、起きろー、昼食えー。」
また凄い寝相で寝ていた瑞貴に声を掛けると、はた、と目を覚ました瑞貴がムクリと起き上がり。
「…なんかちょっと楽になった気がする。」
「はは。風邪はそんなすぐ治らんから、解熱剤で熱が一旦下がってんだろ。ほれ食え、麺が伸びる。」
「麺?お昼なに?」
それでもまだしんどそうにしている瑞貴がパーカーを羽織りながら訊ねてきたので、向かい側に座って答えた。
「お粥ばっかだと飽きるだろ、だから鍋焼きうどん。冬だし、暖まるだろ。」
「はぁ、俺の彼氏様の優秀さよ…。」
「なんも出来ん不能の彼氏よりいいだろ。」
「それはそうだけど。んじゃいただきます。…わ、美味しそう。」
「でそ。」
鍋焼きうどんはあっさり出汁に冷凍の讃岐うどんを使い、鶏もも肉、春菊と長ネギ、人参、それとかまぼこを添え、生卵を落としている。美味しいと言って食べてくれると作り甲斐があるというもので、料理は元々そんなに嫌いではないし不得意でもないからいつでも作ってやろうと思えるのだ。ちなみに瑞貴の場合は母親の身体が弱いため、幼い頃から手伝い続けてきたら三兄弟揃って家事パーフェクトという化け物三兄弟に育ったらしい。
「…うま。類って料理上手くて安心して任せてられる。」
「そぉ?」
「うん。…それはそうと類さん。」
「ん?」
「お風呂に入りたい。」
「アホか無理に決まってんだろが。」
「だって昨日も入ってないのに。」
「昨日は墓参りから帰ってきてから1回入っただろ。」
「あれは必要に迫られてじゃん。」
この熱で風呂は流石に許可できないので止めておいた。
が、汗はたくさんかいてて気持ちは悪かろうと思ってホットタオルで身体を拭くぐらいなら許すと提案をして、それで渋々頷いてくれた。
「…ご馳走様でした。」
「あいよ。ほい、薬飲みな。俺は着替えとホットタオル用意してくるわ。」
…普段一人暮らしでそういうものと分かってて生活しているからヒマということをあまり感じないのだが、瑞貴がいるのにやる事がないのは本当に退屈で。
そう思いつつそんな事も言えないから黙って着替えを持って洗面器にお湯とタオルを浸して持ち寝室に戻ってきた。身体を拭き終わって着替えた瑞貴はスッキリした顔でベッドに腰掛けた。
「ん、寝なさい。」
「寝てばっかで退屈……。ちょっとくらい相手してよ。」
「話し相手くらいならいいけども。」
一応瑞貴をベッドに押し込んでからしばらく話し相手になったのだが、やっぱり話していると瑞貴の顔が見えて落ち着く。
「そういえば次の新曲そろそろ作ろうかと思ってて。」
ふと瑞貴がそんな事を言い出した。前回のシングルリリースからそういえば5ヶ月くらいは経過しているのか。
「もう前回のリリースから5ヶ月くらい経つもんな。どんな曲にするかとかは決めてんの?」
「や、それはまだ。構想練ってく段階だからまだまだだけど、うっすらと書きたい曲はある。」
「どんな曲にすんの?」
「それもまだ決まってないけど、強いて言うなら今回はHALにベースは休んでもらって、コンバスを使いたくて。」
コンバスというのはコントラバスの略である。瑞貴がコンバスを使うと言い出したらお呼びがかかるのがHALではなくユウキというベーシストだ。主にベースはHALとユウキの二人を瑞貴は使うのだが今回はユウキにお呼びがかかるらしい。ユウキはコントラバスを操る事ができるのだ。元々クラシック出身でコントラバス奏者だったのだが、転じてベーシストになった男で、瑞貴がコントラバスを使う時にはいつも呼んでいる。
「てことは少しゆったりした感じの曲?」
「どうだろう?コンバスの存在感は消したくないからそんなガチャガチャうるさい曲にはならないと思うけど、それも書いてみて調整しながらだね。ちょっとクラシック要素を入れたいと思ってて、前奏とか間奏で生オケの演奏持ってきてもいいかなって。」
「おぉー。」
瑞貴の頭の中でうっすらぼんやりとでも存在している今はまだ肉付けされていないそれは音楽の原石のようなものだと思うので、その邪魔にならないような言葉を選んで返事をしていく。下手に意見を出せば瑞貴の中の作りたい音が崩れていく可能性もあるからだ。
まだまだ熱があるのでそこまで深く掘り下げた話はさせたくないのだが、その熱のある頭で考えてしまうあたり音楽が大好きなんだなというのが伝わってきて微笑ましくもある。が。
「瑞貴、また少し寝な。とにかく風邪の時は食って寝る。それが一番治りが早い。」
言うとしょげた瑞貴だが、一応言うことを聞いてベッドに入ってくれたので、今度は俺がベッドに腰掛けて目にかかる長い前髪を手で丁寧に払ってやった。
「37度台まで下がったら起きてもいいから、今は全力で寝とけ。」
「退屈…。スタジオに行けるわけでもなく類に遊んでもらえるわけでもなく、ただ寝るだけって…。」
「そんなこと言っても風邪引いてんだからそうなるだろ。俺ですら熱あんならそうするわ。」
「類は熱出さないでしょ、滅多に。」
「去年インフルにかかった時は40℃まで熱上がって死ぬかと思ったけどな。普段熱出すことないからマジでキツかった。」
「そう言えばかかってたねぇ、でもあの時類はまだ実家暮らししてたから様子見に行くにも『来んな』って言ってて結局なんも出来なかったんだよね。」
去年インフルエンザにかかった時のことを反芻していたらおぞぞぞぞ、と鳥肌が全身に立った。何かと言うと過干渉の母親と父親を思い出したのだ。
「…俺がインフルの時の両親思い出して鳥肌がやべぇ。思い出したくないのに思い出しちゃったわー。ああキモいキモい、無理無理無理無理。」
「キモいキモいって、そん時何かあったの?」
問われたので答える事にした。要するに、母親は滅多に熱など出さない俺の世話が出来ると思って喜びながら俺の部屋にしょっちゅう出入りし、食事を作ったからと言って俺の口にまで運びたがり、風呂に入れないからと言って頻繁にやって来ては汗を拭きたがり、そもそも仕事でほとんど家に居ない俺が居るのが嬉しいからか部屋から出ていこうとせず、しんどいと言うのにずっと話しかけられていたのだ。その時ちょうど俺の部屋の鍵が壊れ、というか父親に破壊されて出入りが簡単に出来る状態であったため母親も父親もまるで当たり前のように俺に関与してきていたのがもう思い出しても嫌すぎて。それを話したら瑞貴が『うわぁ』みたいな顔をしてドン引きしている。
「想像してたより凄かった…。」
「だろ。キモさの極み。」
「俺の実家のメンツも去年一家揃ってインフルかかって全滅したけど、そん時俺しか看病する人間いなくて俺が見に行ったけどさ、飯作ってあとは放置だよ?黎斗が真面目に大人しく寝てないから時々シバいて無理やり部屋に戻すとか、そういう面倒はあったけど。」
「それが普通だろ、伝染ってもダメだし。ウチの母親なんか"予防接種してるから大丈夫よ"とか言いながら俺の世話やめなかったもんな。頼むからほっといてくれよと。」
黎斗、というのは由良三兄弟の真ん中の子で、瑞貴の双子の弟である。読み方は『あきと』。大層ヤンチャな子でとにかく人の言うことを聞かない明るいヤンキーでたまに瑞貴の家に遊びにくるのだが、俺も何度か会っている。そして何故か初めて会った時から俺によく懐いてくれている。
そんな話をしていたらウトウトしてきたのか、口数が減ってきた瑞貴。寝かせるためにまた頭をなでなでしていたらしばらくして寝息を立て始めたので、音を立てないように食器を重ねてトレーに載せ、リビングに戻った。
このまま熱が引いてくれればいいのだが、夜にはまた少し上がるだろう。早く治ってくれないことには瑞貴にユウトくんの話が聞けないのだ。話すまで待つとは言ったが昨日霊園であんな騒ぎになってしまった以上はもう無関係ではないし、むしろ聞くべき立ち位置だと思ったのだ。そうでもしないと瑞貴のつらさをちゃんと共有してやる事が出来ない。何を抱えているかまでは細かくは分からないが、そこにこそ瑞貴の罪悪感や後悔の原因があると言っていいのだろう。点自体はいくつもいくつも散らばっているのだが、全部結びつかずに綺麗な線にならなくて気になって気になっていてもたってもいられないのだ。
ーーーその夜。
夕飯を作って再び寝室まで運んできたら瑞貴は起きていて、スマホでゲームをやっていた。
「お、起きてたのか。」
「起きてた。流石にちょっと熱下がってきててそんな延々と寝てらんない。退屈だからゲームしてた。」
「そか。とりまメシ食え。」
「はーい。ありがとね、類。」
「いえいえ。」
食事も食べ終えてさてお楽しみの時間である。
何かと言うと昼間に作ったみかん大福がデザートに控えているのだ。なのでウキウキしながら瑞貴に訊ねた。
「瑞貴フルーツ大福好き?」
「好きだよ?美味しいよねあれ。なんで?」
「中身みかんのやつしかないけど昼間作ったんだよ。」
言うと驚いたような顔をして両手のひらを上に向けてきた。
「え、すごい。食う食う。持ってきて。はよ。」
「はは、了解。ちょっと待ってて。」
食器を片付けてキッチンに持っていき、みかん大福を乗せてある丸皿を冷蔵庫からそのまま引っ張り出してきて、小皿にふたつずつ載せて寝室に持ってきた。
「持ってきたよー。食お。」
「やったね。」
テーブルに皿を乗せたら瑞貴の目がキラキラしている。
「すご、ちゃんと大福だ。かわいいから写メ撮ろ。」
「あはは。これYouTube見ながら作ったんだよ。」
「あ、そうなんだ。YouTube便利だよね、レシピ色々あるし。」
「うん。困った時はよく見てる。」
瑞貴はスマホを持って何枚かみかん大福を撮影し、その後それをベッドの枕元に置いて俺を見た。
「食べていい?」
「どうぞ?」
そんな訳でデザートタイム。結果から言うと普通に美味しかった。もくもくと食べながら俺が感想を述べた。
「へぇ、ちゃんとみかん大福。家で作れるもんなんだな。」
「うん、ちゃんと美味しいよ。これ大福の餅部分は白玉粉使ったのかな。」
「そう、白玉粉。砂糖少しと水入れてレンチンしながら固さ調節してこの生地になった。」
「へぇ。普通にこれ買ってきたやつだもん、凄いね。」
そう言われて嬉しくないはずはなくてニコニコしていたら瑞貴もニコニコしている。こういう何気ない時間というものが俺にはほっと出来て。嬉しそうにしている瑞貴がかわいくて頭をなでていたらこんな事を言い出した。
「類ってよく俺の頭撫でるよね。」
「あー、そうね、撫でるの好きなんだろな。」
「ちょっと撫ですぎだと思うんだよ。」
「そうか?」
「うん。撫でられ過ぎで禿げたらどうしよう。」
「ふっ…。禿げねぇよそんくらいで。」
発想が面白いのでくつくつ笑っていたら悲しそうな目で続けた瑞貴。
「リー〇21…アート〇イチャー…ア〇ランス……」
「くく。おいそんな悲しそうな顔で言うな面白いから。笑うだろそんなん。」
その後しばらく瑞貴の髪の毛が禿げる問題で盛り上がったあと、瑞貴が神妙な顔で言い出した。
「熱だいぶ下がったんだよね。」
「うん、そだな。なにそんな神妙な顔して。」
「もう一緒に寝てもいいと思うんだよね。いつまで俺を放置する気?泣くよ?」
そう言われてふむ、と思案した。確かに熱は下がってきているし今も37.6°C程度である。同じ空間にいるとはいえ寝る時は別にしているので瑞貴からすれば寂しいのだろう。思って瑞貴に乗せられることにした。
「いいよ、大人しく寝てくれるんなら一緒に寝てやる。」
「するする、超大人しくする。」
「わかった、じゃあ風呂入ってくるわ。上がったらここ来るよ。」
「やったね。」
そこで俺は風呂に行き、50分ほどまったりしてから湯船から出て顔の手入れをして髪の毛を乾かした。顔の手入れ、というのは化粧水と乳液、美容液の塗布である。瑞貴のヘアメイクアップアーティストであるオカマのアキラさんという人が昔からそれはもう口酸っぱく『あなた達は顔も商品である自覚を持ってちゃんと毎日お手入れするのよ』と指導してくるので、それが習慣化しているのである。ちなみに瑞貴を含めた瑞貴の専属ハンド隊は全員そのアキラさんとその弟子のマコトさんに髪の毛をいじってもらっているし、何かの撮影の時もヘアセットやメイクを担当して頂いている。
話は逸れたが再び寝室に戻り、スマホゲームをしている瑞貴のスマホをそっと取り上げて身を屈め、上から見下ろした。
「来ましたけどゲームするんならリビング戻るよ?」
「ダメ無理。早くこっち来て。」
ぺろ、と羽毛布団をめくって俺を誘導する瑞貴に笑顔を見せてそのままベッドに潜り込んだ。
第14話 完
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