第11話
「…許されなくてもいいと言ったな?」
そこで口を開いたユウトくんの父親の言葉でビクッと肩を震わせた瑞貴。けれどそれでもしっかりと応じた。
「それでも構いません。ただ、…俺はユウトに会って謝りたいだけです。」
「なら慰謝料を払え!貴様は未成年だからご両親に話をする事になるがな。払えるなら墓参りも許してやる。」
…はぁ?何言ってんだこのオッサン、頭湧いてんじゃねぇの?瑞貴が殺した訳でもないのになんで慰謝料だ、付け上がるのも大概にしろ。そう思って再び俺が出た。
「何を訳分かんねぇ事言って、」
そこまで言って瑞貴が頭を下げたまま俺の言葉を右腕で制止してきた。
「瑞貴、」
「…分かりました。ご提示の金額を慰謝料として、両親ではなく俺が直接お支払い致します。もし本当にそれで墓参りを許可してくださるのなら。」
「……ははっ、言ったな?な、ならば3億払え!命に値段は付けられないが、強制的に奪われた事を考えれば妥当だろう?」
3億ぅ!?なんだその額!!ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている父親に対して、そこでようやく顔を上げた瑞貴が凛とした表情で言った。
「ーーー3億。それでいいんですか?」
「は?」
「それで墓参りを許可してくださるのでしたら直ぐにご用意させて頂いて、近いうちに現金か小切手で直接お渡し致します。」
呆けているユウトくんの両親だが、…正直な話3億程度瑞貴にとって見れば雀の涙だし、それでユウトくんの墓参り権を掴めるなら遠慮なく支払う。俺が驚き気分を害したのは、瑞貴や瑞貴の両親が『支払えない前提』でその金額を提示したということだ。完全に舐めているし、それはつまりは瑞貴を許すつもりも墓参りを許可するつもりも毛頭ないということ。腹が立って腹が立って、だけど瑞貴が支払う気でいるから俺には何も言えない。
「すぐにご用意出来ると思います。ご都合の良い日にちを教えて頂けましたらご自宅まで俺が持参します。現金か小切手か、どちらか選んでいただいても?」
「…げ、現金だ!!3日以内に!!わかってるのか、3億だぞ!?1円でも少なければ墓参りは許可しない!!」
それでもまだしつこく何か吠えているので、ため息をついてしまった。小物ほどよく吠えるとはこの事か。
「ガタガタガタガタうっせぇなー、3日以内だろ?払うっつってんだからそれでいいだろうが。瑞貴は払うよ?その代わりきっちり墓参りの権利は瑞貴に渡せよ。そもそも瑞貴が殺人犯でもないのに慰謝料っておかしいけどな。法律事務所もどこも通さず慰謝料請求してきてこっちもそれに応じてんだから、それでも文句あるならこっちはこっちで弁護士立てるからそこを通せ。そしたら全面的に応戦してやる。」
「…では3日以内にご連絡の上持参致しますので。とりあえず今日ところは帰らせて頂きます。」
「………ッ!!」
そこでくるっと身を翻した瑞貴は何か言いたげなバカオヤジに背を向け俺の手を掴んでその場を去ろうとかなり足早で移動した。
「…ちょい待て、も少し速度落とせって。」
「…………。」
聞こえているのかいないのか、砂利道の上を無言でザッザッと音を立てて進む瑞貴の手を一旦解いて、手桶と柄杓を片付けなくてはならないので俺だけ洗い場へ向かって片付け、既に忽然と消えている瑞貴を追って駐車場まで向かったらダッシュしている瑞貴の姿が目に入って。
「瑞貴!待てって!」
大声で名を呼びダッシュして瑞貴の後を追ったら、俺の車の前で立ち止まった瑞貴が俯いていて、その場で震える声で叫んだ。
「……類!早く開けて!!」
「……ッ、」
ああ、ダメだ。こんなんとてもじゃないけど放っておけるわけが無いだろ。思って速度を上げて近付いて、ポケットから車の鍵を取り出してボタンを押しロックを外したと同時に瑞貴が乗り込んで座席でうずくまったのが見えた。
すぐに追いついて俺も車に乗り込み、先に車のエアコンをガンガンにかけてからうずくまった瑞貴の上半身を起こして抱き締めてやった。
「ッ………、っく、う…っ、」
「瑞貴よくやった。よく頑張ったな。」
全身をガチガチに強ばらせて泣くのを耐えてはいるがそれでも殺しきれない嗚咽が漏れていて、強烈に胸が痛くなる。この真冬に全身びしょ濡れになるくらいの水を浴びせられ冷えきっている瑞貴を抱きしめたままその頭と背中を撫でて、落ち着くまで待っていた。
どれくらい経過しただろうか。多分20分は経過したと思う頃に瑞貴が俺を押し返してきて。俺と目は合わさないままで鼻を啜っている。
「…瑞貴?」
「……ごめん、大丈夫。」
酷い鼻声でそう言った瑞貴にティッシュペーパーを箱ごと渡してその頭を撫でてやった。
「よく頑張ったな…、」
「うん、…怖かったのもあるけど…、ちょっと腹が立ってきて。」
「俺は腹が立つポイントだらけだったからアレだけど…。とりあえず戻るよ?車出すけどいいか?」
「うん、お願い。…悪いけど今日も類んち泊まっていい?」
「ーーーいいよ。なら必要なもん瑞貴の家から持ってこい。下着とかもだけど。」
これはさすがにこのタイミングでダメとは言えなかった。精神的に激しく疲弊しただろうし、傷付けられてまたボロボロにされて、そんな時に俺に頼れないなら俺のいる意味がない。
「ん、そうする…。ってか実家近いから寄ってもいいんだけど、流石にこの顔で行けないな…。」
「はは、ちょーっとかなり心配かけちまうわな。」
「うん。実家はまた後日行く。」
そんな話をしながらもなんとか堪えきってくれて、先に瑞貴の家へ必要なものを取りに行き、次に冷蔵庫の中身が寂しくなってきたのでスーパーに寄って買い物をして、午後3時過ぎにようやく俺の部屋へ帰ってきた。
とりあえず何はともあれ急いで風呂に湯を張って、瑞貴を押し込んだ。まだまだ真冬だと言うのに全身上から下まで強風吹きすさぶ外で冷水を浴びせられたのだ。…もしかしなくても風邪を引くかもしれないな、と思った。
着替えてからホットコーヒーを淹れて飲みつつ考え事をはじめた。ユウト君の両親、特に父についてだ。母親はその場に居なかったのでこの際スルーする。…なんなのだアレは?言っていいことと悪いことの分別もつかないのか。もうここまで来たら瑞貴には辛いだろうが事件の全貌を話して貰わないとあそこまで酷いことを言われ倒した瑞貴が不憫でならなくて俺が気持ち悪い。それにこんなことが知れたら瑞貴の両親も黙っていないし純も黙ってはいないだろうし、今回の事はそういうことだ。若干17歳の瑞貴が言われなくていい事まで言われ深く傷付いて、だけどあの腐ったオヤジの要求を呑んで3億を支払うことになってしまった。あの父親の感じだと俺が最初から最後まで出ていたらねじ伏せられる自信はあったのだが、瑞貴が制止してきたのでそれも叶わず、正直言いたいことを全部言えた訳では無い俺の怒りは全然収まっていない。
だけどきっと瑞貴は平和的解決を望んだのだろう、でなければいくら雀の涙だとしても3億という大金を文句も言わずに支払うなどと言わないからだ。
そんなことを考えていたら風呂から上がった瑞貴がリビングへ戻ってきて、ドサッとソファに崩れ落ちるように座って放心状態になっている。
「………。」
「瑞貴、」
俺もテーブルからソファへ移動して横に腰掛けて瑞貴の目の前で手のひらを振ったのだが反応無し。
「瑞貴?瑞貴さーん?おーい?」
「…………疲れた…。」
そこでようやくそれだけを言った瑞貴の頭を撫でてやって、横から肩を抱いてやった。
「…よく頑張りました……。」
俺の方が身長が高いので必然的に少し上から瑞貴を見下ろすことになるのだが、アルビノの髪の毛が光に透けているし長いまつ毛が夕日の影を落としていてめちゃくちゃ儚く思えた。ただでさえ消耗していてしおしおになってしまって生気が感じられないから、余計に儚い。そんな事を考えていたら、瑞貴が感情の篭っていない声で一言言った。
「寝る。」
「え?」
「もう疲れたから寝る。おやすみ。」
言って立ち上がり無言で亡霊のようにリビングを出ていってしまった。
ええぇぇーーーー…。
瑞貴を慰めるためのこちらの準備は全て無駄??
だけど放って置くことも出来ずに俺もついて行き寝室に入るとベッドがこんもり。
あらぁ…、繭籠りされておられる…。
ふぅ、と小さく息を吐いてベッドに腰かけてそっと羽毛布団をめくったら、壁側を向いてコンパクトに丸まっている。
「丸まってるねぇ…。」
「……………。」
その背中から『闇』の文字が無限に湧いて出てるような気がして放置できず、俺もベッドに入り込んでその頭を持ち上げて腕枕をしてやって、後ろから抱きしめた。ん?なんか瑞貴の髪の毛からグレープフルーツっぽい柑橘系のいい香りがする。…あぁ、自宅から持ってきたトリートメントかなにかか。思いながらもそもそ丸まっている瑞貴をぎゅうぎゅう抱きしめてやった。
…何も言わなくていいよ、それでもちゃんと傍にはいてやるから。
そうこうしていたら俺も瑞貴を抱っこしているせいかだんだん眠くなってきてそのまま眠りに落ちてしまった。
第11話 完
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