第10話
途中でコンビニに寄りコーヒーと線香を買ってナビ通り車を走らせていたらだんだん街というよりポツポツと田園風景が広がってきた。ナビシートに座っている瑞貴は神妙な表情をして黙っているので、おそらく極度に緊張しているのだろうと思った。
「…あと15分くらいで到着するよ。花屋探すか。」
「ん…。」
音楽も流してはいるが聞く耳持たずという感じでそれどころでは無い瑞貴はずっと難しい顔をしている。道なりに走っていたら花屋を発見して、少し車を戻らせて駐車場に入って停めた。
「…ちょっと買ってくるから待ってて。」
「はいよ。」
供花を買いに行った瑞貴を見送り、俺は俺でハンドルに腕を乗せて顔を置き大人しく待っていた。
…どんな心境なんだろうな、と思案した。4年間も墓参りへ行く事すら禁じられて、ずっと手を合わせたいと思っていただろう事は間違いなくて。本当に瑞貴が原因でその彼が死んだのだとしたら瑞貴にとっては耐え難い事のはずで、だからこそ墓にはいかなければならないという気持ちがあったはずなのだ。事件の全貌を知らない俺は未だに瑞貴が原因とは思っていないが、本当のところはどうなのだろうか。本人から実際に聞くまでは分からないしいつか話すと言っているからにはそのうち話してくれるのだろうし、俺はそれを待つしかない。窓を開けてポケットからタバコを取り出して火をつけて煙を吸い込み、外に向かって煙を吐き出していたらややして瑞貴が戻ってきた。
「おかえり。買えた?」
「うん。店員さんにどんなのがいいのか聞いて作ってもらった。」
「そっか。あればカフェか喫茶店かどっかで休むか?このまま弾丸で行くのもしんどかろ。」
聞くと少し悩んで首を横に振った瑞貴。このままもう済ませて早く楽になりたいということらしい。そりゃそうか…。それを受けて俺も車を出し、霊園へと向かった。
十数分後到着した霊園はそこまで大きな所ではなく、割りとこじんまりとしていた。駐車場に停めた車から二人で降りて砂利道をゆっくり歩いていき、まずは墓地管理人のいる所へ行ってユウト君が眠る『瀬川家』の墓がどのあたりにあるかを伺った。そこで教えて頂いて場所はわかったので水道のある所で手桶と柄杓を借りて水を入れ、花は瑞貴が持ち、手桶は俺が持って二人で移動していたらビタッ、と瑞貴の足が止まった。
「…どした?」
振り向いて瑞貴の方を見たら、強烈に怯えた表情である一点を見ていて。
「瑞貴…?」
「……、ユウトのお父さんだ。」
「え。」
マジでか、今日は平日だし二日後が命日だというのになんで今日ここに来ているというのだ、このままだと鉢合わせになってしまう。ザッ、と一歩、また一歩と前を向いたまま後退する瑞貴。…怖いのだろう、何を言われるか予想ができるから。だけど俺はユウト君の父親がいるのならちょうどいいと思った。もし何か言われでもした時に、瑞貴の持つ権利を俺が主張出来るからだ。だから後退する瑞貴の右手首をガシッと掴んだ。
「…もう逃げなくていい。だってその必要が無い、俺がいるもん。」
「………、でも、」
「わかってる、怖いんだろ。でも大丈夫だ、何か言って来ても俺が前に立ってやれる。瑞貴を守れるよ、ちゃんと。」
「…………、」
恐怖でどうしようも無いという表情のままの瑞貴。だけどここまで来たからにはきっちり墓参りさせてもらう。瑞貴だって俺の同伴がアリだとしても勇気を出してここまで来たのだ、それを阻止される謂れはない。
「…行こう、堂々と行ってやればいいよ。ほらおいで。」
瑞貴の手を引いて歩いていき、やがて瀬川家の墓が見えてきたところでユウト君の父親らしき人物が俺の横にいる瑞貴を見つけて驚愕の顔をしている。
「…貴様何しに………!」
わなわなしている中年男性がそう言って俺と瑞貴を見ているが、俺は文字通りノーダメージなので普通に返した。それにしても顔を合わせるなり『貴様』とはいやはや。
「どうも、瑞貴を連れてユウト君の墓参りに来ました神王子と申します。貴様ってなんですか?ここに貴様なんて名前の人間はいませんよ?」
ヘラッと笑ってその父親に向かってそう言ったら、父親が俺を無視して瑞貴につっかかってきたので咄嗟に間に入って瑞貴を庇った。
「…その腕で瑞貴に何するつもりですか?」
「うるさい、退けっ!!コイツは俺の息子を殺した張本人なんだぞ!!?なんでこんな所にいる、立ち入り禁止を告げたはずだ!!」
「退きません。残念ながら何人たりとも墓参りを阻止する権利なんてないんですけどねぇ。」
激しい憎悪をバチバチとぶつけてくるあたり、本当に瑞貴に対してそういう言葉をいくつもいくつも吐いてきたのかと思って流石の俺も些か頭の栓がいくつか吹っ飛んでいる。
「瑞貴の意思で来たわけではありませんよ、だって俺が連れてきたんですから。」
「だったら今すぐそのガキを連れて墓の外に出ろ!!」
「何故ですか?」
「だからここへ来る権利などコイツには、」
「………はー、うるっせぇオッサンだな…。」
「…は?」
大概敬語を使うのが馬鹿らしくなったのでもうやめることにした。年上だろうが人として尊敬出来ない人間に敬語は不要と言うのが俺の考えだ。
「あのな、ユウトくんが亡くなって4年間、瑞貴が何も考えずにプラプラしてたとでも思ってんのかよこのクソジジイ。どんだけ罪の意識と後悔の念に苛まれて生きてきたと思ってんだ。そこらにいる犯罪者ですら罰金払ったり刑務所入ったりして罪を償えるのに、それが許されてなくて未だにコイツは4年前のその日から一歩も動けてねぇんだよ。ジジイの4年間と若者の貴重な4年間を一緒にするんじゃねぇわ。」
手桶を置いて空いている手で耳に指を突っ込んでうるさいという事をアピールしながらそう言ったら、顔を真っ赤にした父親が今度は俺の胸ぐらを掴みあげて来たのだが、俺より20センチ以上身長も低いしヒョロいので何も怖くもなければやっぱりノーダメージである。ただ腹は立っているのでその父親の手首を掴みあげて捻ってやった。
「いっ…、離せこの…!」
「いいかよく聞けオッサン。アンタらは確かに息子を亡くして悲しんだんだろうし泣きもしたんだろうよ。だけどな、瑞貴だってそれは同じで悲しんだし泣いたに加えて自責しすぎて潰れそうになってんだわ。もし仮に瑞貴がユウト君の命を奪ったのだとして、それは瑞貴の意思ではない。」
「意思など関係ない!!大事なのはコイツが、コイツが原因でユウトが死んだという事実だ!!意思ではない!?だからなんだ、なら殺人が許されていいのか!?」
「許されるとは言ってねぇよ、アホか。ただそれがほんとに瑞貴が直接の原因なのならな。」
「………ッ!!」
「瑞貴が本当にユウト君を殺したのならなんで瑞貴は捕まってねぇの?なんで裁かれてないわけ?直接的な原因が他にあるからだろうが。」
「類、もういい、」
後ろから瑞貴が俺の腕を引っ張って震える声でそう言うが、知るか。
「瑞貴は黙ってろ。ーーーもう4年も経過したのに何一つとして許されていない瑞貴の立場で俺は言うけどな、コイツは別に許されたくてここに来たわけじゃねぇよ。通夜にも葬式にも立ち入りを禁止されて墓地への立ち入りも禁止され、じゃあ瑞貴はどこでユウトくんに手を合わせればいいんだよ、どこで贖罪すればいいんだよ、今を生きる瑞貴の4年間を奪ってコイツの人生を奪い続けること、それは広い意味で殺人と一緒じゃねぇのかよ。」
「…今からでも死んで詫びろ、そうする事でしか私は許しはしないし喜んで花くらい供えてやる!!」
その言葉を聞いてバチンッ!と頭の栓が全部吹っ飛んだ音が頭の中に響いて父親の手首を更に捻りあげた。
「うっ…!は、なせ!!」
「死んで詫びろだ?テメェいい加減にしねぇと本気でぶっ飛ばすよ?そんなにユウトくんがいないのが耐えられないならお前から飛び降りでもしてこの世から消えたらどうだ?」
「なんだと!?」
「お前が瑞貴に言ってる事はそれと同じことだよ。」
「………!!」
そこで反論をして来なくなったこのヒョロい父親を解放したら、父親が後ろを向いて手桶を持ち中の水を俺にぶちまけてきた。
避ける気もなかったしまぁいいかと思っていたら瑞貴が咄嗟に前に出てきて俺の代わりにその水を浴びて。
「瑞貴、」
「…類、もういい。」
「良くねぇよこのバカ、今何月だと思ってんだ。」
びしょ濡れになってしまった瑞貴。ハンドタオルしか持っていなかったのでポケットから取りだして拭いてやっていたら、その手をグイッと下げられて。
「…瑞貴?」
見ると瑞貴は悲しそうな、だけど強い眼差しで父親を見ていた。
「…まず、おじさん。ご無沙汰しています。勝手にここへ来て申し訳ありません。」
「いつ私がお前がここに来ることを許可した!?」
頭を下げた瑞貴に対し相変わらずギャンギャンうるさい声で怒鳴りつける父親にイライラしながら、だけど瑞貴が前に出てしまったから一旦俺は横に並んで大人しくすることにした。
頭を下げたままの瑞貴はポツポツと静かに言葉を連ねた。
「…今コイツが言った通りで、俺は別に許されたいとか、そういうことを思ってここに来たのではないです。」
「ならなんで来た。」
「…ユウトに謝るためです。許されなくてもいいんです、俺がした事というのはそれぐらい重い事で、とてもでは無いけど看過出来る事ではない。だから一方的にでもなんでも、俺はユウトに謝りたかったんです。」
「はっ、私への謝罪はなしか、いいご身分だな!?」
「…正直なところを言えば、今日ここへ来る時におじさんやおばさんがいなければいいなとは思ってました。おじさんやおばさんがかねてから俺に何度も言うように、俺に対して『お前が死ねば良かったのに』とか『死んで詫びろ』とか。そう言われるのが分かってましたから。…死んで詫びる、それが出来るならそうしていたと思います。だけど出来ません。俺は生きて贖わなきゃいけない。生きなきゃいけない理由がある。……おじさんに想像できますか、腕の中でどんどん冷えていく身体の温度をただ体感していることしか出来ない絶望、止めどもなく止めどもなく流れ出ていく血液を止めることも出来ない自分の無力さ、…命が消えるほんの、ほんの直前に血を流しながら『もうバカな事はやめて瑞貴自身を生きていけ』って言われて、それが最期の言葉になって遺された俺の気持ちが。」
……この話は初めて聞くが、これがユウトくんが亡くなるほんの手前の話だとしたら、壮絶な経験を瑞貴はしたと言っていい。俺ですらそんなの想像ができない。
…何か大きな事故、ということでいいのだろうか。
拳を握って悔しさや悲しさ、そして恐ろしさを耐えながら、それでもこの父親にきちんと向き合おうとしている瑞貴は強いと思う。
強い風が吹いて、遠慮なく瑞貴の体温を奪っていくことの方が俺は気になって、今この場所ではタオルもないから俺のロングコートを脱いで肩から羽織らせてやった。
その時見えたのは、ギュッと閉じられた瞳から絶え間なく、絶え間なく大粒の涙がこぼれ落ちているその横顔だった。
どれだけの後悔や自責をしてきたのか、瑞貴は本当にもう開放されるべきだ。そう強く思った。
第10話 完
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