第9話

バサッとベッドに戻されて上から瑞貴に見下ろされてジト目で見返してやった。


「なにすんだよぉ、俺はリビング戻ります。つか胸ぐら掴むなよどこのチンピラだよ。」


言うと瑞貴はニヤッと笑って馬乗りになってきて俺の手を取り、自分の服の下にその手を差し込んだ。

…その吸い付くような素肌に直接触れてしまって、もっと触れていたいなとも思う。だけど。


「ちょっと落ち着きなさいよー、誘い受けが酷すぎるし煽りすぎだしやめろっての。そんなしたいのかよ。」


「…というより、今一人になりたくない。」


「フーーー…。」


そう言いながら今度は俺のTシャツの下に瑞貴の手を持ってきて腹からスルスルと上に滑らせてくる。

…ここまでされたらもう襲撃してもいいか?と思うくらいにはとてつもない誘惑だし、俺の理性をブチブチ遠慮なく切られていくのかわかる。だけどしないと言ったらしない。一人になりたくない気持ちはわかる。今メンタルが弱っているからこそ傍にいて欲しいのだろうし、俺から安心感だのなんだのを受け取りたいのだろう。

…あぁ、だけど。


「ダメだよ、それ以上はまじでやめとけ。」


俺のTシャツの下のその手をグッと掴んで阻止し、腹筋の力のみで身体を起こし、その状態から抱きしめてやった。


「今したらただの勢いになるし止められる自信ない。だからしない。わかって。な?」


「………、類のばか。」


穏やかなトーンで諭しながらその頭をなでなでしてやったら、ようやく分かってくれたのか動きを止めて大人しく俺に抱き締められるまま抱き締められていた。


「…っし、んじゃリビング戻るから離れて。」


「…ん。」


言う事を聞いて俺から身体を退けてくれた瑞貴にもう一度ちゃんとキスしてやってベッドから出た。


「そんじゃ寝るから、なんかあったら起こして。」


「わかった。」


「ん。照明のリモコンそこにあるから、消す時使って。んじゃおやすみ。」


「おやすみ。」


今度こそリビングに戻ってきて、まだ眠れないのでテーブルに座って両手で顔を覆って盛大なるため息を落とした。


「はーーー…、なんなんアイツ…、俺を試しすぎなんよ、つらぁ…。」


だけど確かに、俺も17歳ぐらいの時はあんな感じで余裕も何もなかったなぁとは思うし仕方が無い事なのかとも思う。だからこそ年上の俺がしっかりしてないとズルズルとそういう事ばかりになってしまう。俺にだって性欲がない訳では無いししたくないと言えば真っ赤な嘘になるけど、何かあったらすぐにするような関係にはなりたくないのだ。それは多分動物の交尾と同じレベルになってしまうし、付き合い出しました、そんでその初日にします、ってのはちょっと俺からすると有り得ないのだ。俺に至っては昨晩瑞貴に対してやっとまともに興味が出てきてそのタイミングでほぼ同時に好きになったばかりで、お互いにその気持ちの疎通が出来たのは今朝である。瑞貴の本質を見抜いたはいいが言ってみればそこしか知らないわけで。そんな状態ではいセックスしましょうという流れにどうしてもならない。それが原因で傷付けてしまったらと考えたら怖いし嫌だし、大切にしたいと思うのだ。多分そこが瑞貴になくて俺にある余裕なんだと思う。言って俺ももうすぐ28歳なのでだいぶ落ち着いてはいるから、その分瑞貴よりは余裕はあるわけで。


「………さて、寝よ…。」


ごちゃごちゃ考えていても永遠に終わらないのでもうここで切り上げて寝ることにした。起きたら俺も瑞貴も少しは落ち着いてるだろう。そう思いたい。昼間ガッツリ寝たのでまだ眠くはないが、横になって照明を消しさえすれば俺の場合5分あれば眠れる。というわけでこの日はそのままソファで寝落ちた。


ーーー翌朝。


ピピッ、ピピッ、というアラームの音でぱち、と目が覚めた。…と同時にバチコンと覚醒した。何故かと言うと俺の顔の目の前、つまりソファに腕を乗せてその腕に頭を乗せて寝ている瑞貴が目に飛び込んできたからだ。


「………っとにもー…。」


ペタリと床にあぐらをかきソファにもたれかかって寝ている瑞貴の頭に手を乗せてくしゃくしゃと撫でてやると、はたと目を開いた瑞貴が俺を見上げてきて。


「……おはよ。」


「おはよじゃねぇわ、なにしてんのこんなとこで。風邪ひくだろが。」


「…や、なんか眠れなくて。だからこっち来た。」


「は〜〜〜〜〜…。」


若干呆れの眼差しを向けた。そんな?そこまで俺と一緒にいたかったの?そう思えばかわいいとは思うが本当に風邪でも引いたらどうするのだ。袖の跡が顔に残っているのでそこをスルスルと撫でてやった。


「顔つめたーくなってんじゃん。寒かっただろ。」


「や?俺ん家もっと室温低いよ?」


「どんな室温で生活してんだよ。今2月だからね?」


「俺ん家は暖房自体は付けてるけど20°Cくらいに設定してるし、リモコン見たけどここ26°C設定で暑いもん。」


「20°Cて寒っ。それはもはや暖房と呼ばねぇよ。」


言いながら身体を起こして毛布をめくり、床に座ったままの瑞貴の両脇に両手を差し込み力技で持ち上げて俺の上に馬乗りに座らせて毛布を背中から掛けてやって抱き締めた。


「…うわ瑞貴の身体ひえっひえ。寝れないならせめて起こせよ俺を。そしたらこんなとこで放ったらかしにしなかったのに。ごめんな爆睡してて。」


言いながらその冷たい顔を両手で包んで額を合わせてやると、そのキラキラの猫目がじっと俺を見ていて。


「…なんかあれだね、類は元々優しいけどいざ付き合い出すといきなりフルパワーで優しくなんね。」


「…そんなん当たり前じゃね?付き合ってるってことはその時点で俺にとっては特別ってことなんだし。」


「ちょっと鳥肌が立つレベルで優しくなるからビビる…。」


「鳥肌って、嫌なのかよ。」


「嫌というか、…こっぱずかしい。」


こっぱずかしい、と言われてにやっと笑って見せた。


「ふん?照れてるわけだ。いいよぉ、照れる恥ずかしがるは俺の大好物です。もっと照れてればいいよ、俺が喜びます。」


「………。」


照れて何も言わなくなって俯いた瑞貴だが、文字通り俺が喜ぶだけなのでその頭をわっしわっしと撫で回しておいた。


「…さて起きるか。墓参り行かんとだしさっさと飯食って準備しよ。」


そう言って瑞貴を立たせようとしたら逆に押し返されて再びソファに倒され、上から瑞貴の顔が近付いてきてそのまま唇が重なり、俺からは特に何もせずに黙ったままそれを受け、ややしてから唇が解かれた。その顔を両手で包んで親指で目元をスルスル撫でながら額にキスをしてやって。


「…この寂しがりの欲しがりめ、んな焦んなくてもいいんだよ。…ちゃんと好きだよ?」


言うと凄い顔をした瑞貴がガハーッとため息をつきながら横を向いて言った。


「………っはぁー…、朝からゲロ甘でご馳走様です…。砂吐きそう…。」


「どういう意味だ失礼な。ほら起きるよ。」


「ん。」


今度こそ2人で起きて立ち上がり、朝食を作って色々と話しながら食べ終わり。


「類、」


「ん?」


「1回俺ん家寄ってくれる?着替えとかしたいから。」


「あぁ、それはわかってる。」


言いながら俺は俺で服を着替えてきて髪の毛のセットをし終わり、財布とスマホと免許証をショルダーバッグに入れて鍵類をポケットに突っ込んだ。


「準備完了、いつでも行けるよ。」


瑞貴が2日前にここへ来た時の外着は一応洗濯しておいてやったので、それを着込んだ瑞貴が立ち上がってこちらを見てしっかり頷いた。


「俺も準備出来てるよ。」


「っし、じゃあ行くか。」


「うん。」


2人でサングラスをかけて部屋を出、マンションの裏の駐車場へ向かい車に乗り込み、一旦瑞貴の自宅まで向かった。

俺の部屋から瑞貴の自宅までは普段だと何も無ければ車で20分程度の距離があるのだが、うっかり午前8時半頃に車を出したせいもあって通勤ラッシュに巻き込まれ着く頃には9時半過ぎになっていた。


「いやー、道混んでたなぁ。…っし着いた。降りていいよ。」


瑞貴の自宅前に車を停止させてシートベルトを外して、2人で車を降りて久しぶりにやってきたバカでかい一軒家に入っていった。


「何度来ても思うけど、一人暮らしでこの一軒家必要なくね…?」


3階建ての住宅なのだが総面積と言うのか、かなりの大きさがあるため使ってない部屋も多いのではないかといつも思うのだ。


「そうでもないよ?簡易スタジオもここにあるからちょっと思いついた時とかすごい便利。」


「そりゃそうかもしれんけど。」


そんな話をしながら3階にある瑞貴の私室へ入っていき。この部屋にしたって20畳以上あって馬鹿みたいに広い。6人がけのテーブルの他にパソコンデスク、タンス、棚、キングサイズのベッド、さらにグランドピアノが置いてあるのでそれぐらいの広さの部屋じゃないとそれらが邪魔になるのだろうけど。


「ちょっと準備するから掛けて待っててくれる?」


「了解、水貰ってもいい?」


「勝手にどうぞ。」


「ん。」


隣の部屋、というか隣はキッチンなのだが、そこへ向かいグラスを借りてウォーターサーバーの水を注いで部屋に戻ってきてテーブルに座ったら瑞貴が着替え始めた。


「…お墓参りだから黒い服の方がいいのかな。」


「命日の当日とかならともかく、そうじゃないし別にいいと思うよ?俺も普通に私服だし。」


「そっか。でも類も黒系だし、俺も一応黒系の服にする。」


そう言いながらタンスから色々と服を取り出して黒系で纏めた服を身にまとって、髪の毛をセットし始めた。瑞貴の髪の毛は男にしては少し長めで後ろ髪を少しツンツンさせるようにセットするのだが、それがちょっとハリネズミみたいで可愛いしよく似合っている。

そんなこんなしていたら準備も終わったようで、俺の方に向き直った。


「ん、準備出来た。行こう。」


「おっけ。んじゃ行きますかー。お供えする花と線香買ってくだろ?」


「うん。だから霊園の近くの花屋に寄ってくれると有難い。」


「了解。」


話しながら2人で再び家を出て車に乗り込み、いよいよ墓参りへ。




第9話 完








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