第8話
フッ、と意識が戻ってきて目を覚ましたら外が薄暗い。
「え、…夕方?マジで?」
流石に寝過ぎだし、…そうだ瑞貴を放置したままだ。焦って起き上がってリビングへ行ったら、テーブルに伏せている瑞貴の姿が目に入った。
「…寝てんのか……。」
なんとなくほっとしてハンガーから俺のロングコートを取ってきて肩から掛けてやって、俺はと言うと時間を見てキッチンに向かった。
「ん〜、何作るべ…。」
思いながら冷蔵庫をバカッと開き中身と相談を開始した。
「材料は揃ってんだよな…。でもアイツ寝てるから何食いたいか聞けんし…。」
瑞貴の方を見て小さく息を吐き、取り敢えずはパスタでも作るかと思い材料を並べた。瑞貴の専属でドラマーをやる前はずっとイタリアンレストランの厨房でバイトをしていたため、料理はそれなりに出来るしイタリアンなら鉄人瑞貴と張り合える。
キッチンでゴソゴソ動き回って調理していたら、やがて起きたらしい瑞貴がやって来て横から顔を覗かせてきたので頭を撫でておいた。
「…おはよ瑞貴。ごめんな、昼間起こしてくれたら良かったのにガッツリ夕方まで寝てたわ。」
「それは別にいいよ、俺のせいで眠かったんだろうし寝かせとこうと思ったからだし、俺も寝てたし。ところでこれは何作ってんの?」
「ん?パスタとカルパッチョと手抜きミネストローネの予定。」
「得意分野で来たね。」
「うん、1人だとテキトーに作るんだけどな。」
作っていたらそこにいたはずの瑞貴が忽然と姿を消していた。
「あれ?どっか行った。」
まぁいいか、どの道今手が離せないから好きに過ごしてくれればそれでいい。と思っていたら瑞貴がリビングに戻ってきて、自分のダウンジャケットを羽織ってキャップをかぶっていて。
「ん?どこ行くん。」
「コンビニ。換えの下着ないから買いに行くだけ。あとおやつとか。」
「あー、そっか。封開けずに置いてる新品のパンツあるけど、それ使うか?」
「早く言ってよ。え、まさかブリーフとかブーメランとか言わないよね?」
「なんで俺がブリーフだのブーメラン履いてると思うんだよ、やだわあんなもっさりしたパンツ。ブーメランに至ってはギャグだろ。安心しろ、ボクサーだよ。」
「それならオケ。ブーメランは冗談だとして、俺ブリーフとトランクスダメなんだよ、トランクスはなんか履いてる気がしないしブリーフに至っては見た目がもう嫌だ。」
「あはははは、なんかわかるわ。」
「んじゃそれ使わせてもらうね。…類の誕プレにギラギラのブーメランパンツの詰め合わせあげるよ。」
「いらねぇぇぇ。って俺の誕生日覚えてたのか。」
「覚えてるよ?類とコータとユウキとHAL、あと社長の誕生日は覚えてる。」
「それも凄いけどな。」
そんなやり取りをしながら俺は俺で調理を進めていき、しばらく経過して完成。
「出来たよー。持ってくから手伝ってー。」
「はぁい。」
そこから食事を開始したのだが、さすがは俺である。ちゃんと美味しかった。
「…ご馳走様でした。美味しかった。」
「そ?なら良かったわ。」
「ドルチェは?」
「ねぇよ!そこまで考えてなかったわ。つかドルチェ食いたかったらもうイタリアンレストラン行け。」
「あははは。」
…しかし、夕方までしっかり寝てしまったので目が冴え冴えしている。もうすぐ20時か。風呂の湯を溜めて来ようと思い席を立ち風呂場に向かいお湯はりボタンを押してまた戻り、待っている間に食器を洗い。
片付けをしていたら風呂の湯が張り終わったらしくきらきら星のメロディが流れて。
「ん、風呂ってこい。」
そう言ったら瑞貴がじっと見つめてきて。
「…な、なに、かな?」
「一緒に入る?」
「なんでだよなんでそうなるんだよ。やだ俺のカラダが目当てなのねぇぇぇ。」
ふざけて胸を覆い隠すポーズをしてそう言ったら瑞貴が鼻で笑って俺を見下した。
「なにその冷ややかな眼差し。鼻で笑うなよ…。」
「類のハダカなんか見ても俺になんもメリットないもん。」
「確かにそれはないな。」
「ふぅ…。じゃあ風呂借りるよ。パンツどこ?」
「あぁ、そうだった。先行っといて、持ってくから。」
そう言って瑞貴を先に風呂場へ行かせて俺はタンスにある未開封の下着を持って風呂場のドアをノックした。
「はーい。」
「持ってきたよ。開けていいか?」
「どうぞ。」
「ん。」
…と、そこでなんの躊躇もなくドアを開けた俺をぶん殴りたい。ドアを開けた瞬間目の前に全裸の瑞貴の後ろ姿が目に飛び込んできたからだ。振り向いた瑞貴から咄嗟にパッと目を逸らして洗面台の上に未開封のままの下着を置いて。
「……ここ置いとくよ。」
「ありがと。」
「んじゃごゆっくり。」
「はーい。」
………。パタン、と静かにドアを閉めて無言無表情のままリビングに戻ってきてテーブルに座り両手で顔を覆った。
「ん"あ"あ"あぁぁぁぁ…。せめてパンツ履くとかタオル巻くとかしろよなんで全裸で待ち受けてんだよ無警戒無防備にも程があるだろ…。」
あまりにも目に毒な光景すぎて動揺が隠せない。ただの男の裸と言ってしまえばそれまでなのだが、なんせあの瑞貴様の御裸ある。奴が普段適度に鍛えているのは知っているのである程度綺麗な筋肉の付いた肉体なんだろうなとは思ってはいたが、いやもう、程よく筋肉がついててきっれえぇなカラダぁぁ。あれは女が見たら見蕩れて目がハートになるとかいうやつだ。俺でさえドキドキしている。
「はー、やば…。」
顔が熱いのでパタパタと手のひらで風を起こしてアイスコーヒーを飲んで、スマホをいじって心を鎮めていたら15分後くらいにドアが開いて瑞貴が出てきた。
「だから早ぇんよ。カラスの行水すげぇな、どうやったらそんなさっさと上がって来れるんだ。」
「俺からすると長風呂の人が信じられないけどな、1時間も2時間もよく湯船に浸かってられるよね、逆上せないのかなって。」
「逆上せ…る時とそうでない時があるけど、風呂にスマホ持ち込んでる時はよく逆上せるな。」
「あぁ、スマホ持ち込む人だったか…。」
「うん、動画とか映画見たり音楽聴いたりしてる。さて、俺も風呂ってくる。」
「いてら。」
「んー。」
そこで俺も風呂へ消えていき色んな雑念を洗い流して出て、リビングに戻る前に寝室に向かって使っていない毛布を1枚収納から取り出し、そのままリビングに戻ってきた。
「おかえり、…なにその毛布?」
「ただいま。何って、今日俺ソファで寝るから上になんか掛けないと風邪ひいてもやだし。」
「………。」
じとっ…。それはもうじっとりした視線で見つめられてなんとなく言いたい事を察した。だけど無理なものは無理だし、言う事を聞いてもらわなければ困る。
「そんな目で見んなよ…。無理なもんは無理だよ?」
「だからなんで。」
「それ言って欲しい?…言おうか?」
「………。」
一応聞いて確認してみたのだが何も答えない。という事はちゃんと分かっているという事だ。ソファに畳んだ毛布を置いてテーブルに戻ってきて瑞貴の横に座った。
「…あのさ瑞貴。なんで俺が一緒に寝るのを嫌がってるのかは言わなくても分かってると思うんだよ。」
「わかんないよ。わかりたくない。」
瑞貴の気持ちは分からなくはない。要は俺と気持ちが通じたのに一人で寝る意味が分からないのだ。恐らくは寂しいのだろうし、もしかしたら『その先』を期待しているのだろうとも思う。
でも、だからこそだ。俺は瑞貴よりも10歳年上だからこそしっかりしてないとダメだし、気持ちばかり先走って事を成してしまうのは確かに簡単でも、今日気持ちが通じ合いました、っていうタイミングで一緒に寝るなんて俺はそんな無責任な事出来ない。だってもう俺自身も瑞貴も暴走するのが目に見えてる。手を出すのは簡単過ぎるくらい簡単で、だけど俺は瑞貴を大切にしたいと思うのだ。今日なんか瑞貴は特に明日向かう墓参りの事で弱っているから余計に一緒に寝たいだなんて思うのかもしれないが、そこは我慢して頂きたい。
「分かってるだろ。好きなヤツが横に寝てて手出しできない苦痛は分かるはずだ。」
「すればいいじゃん。」
「簡単に言うなバカか。そもそもなんの用意もなく出来るわけねぇだろ。」
「………。」
「ほらまた拗ねるだろ。もー…。じゃあこれならどう、一緒に寝るのは無理だけど、寝る時間までくっつくだけならいいよ。それで我慢出来るならベッドいこ。」
言って瑞貴の手を取るために手を伸ばしたらおずおずと右手を差し出してきて、その手を繋いで瑞貴を立たせた。
「はー、世話のやける子だわ…。」
ため息とともにそう言って2人で寝室に向かい、パチ、と照明をつけて俺だけベッドに腰掛けた。
「ん。ほらおいで。」
腕を伸ばして瑞貴を招いたら、素直にやって来て横に座るのかと思ったら、
「…え、なに、え、」
…脚の上に跨って座られて首に巻き付かれて前からピッタリ密着されてしまった。
「なにこれ。なんでこうなった。」
「おいでって言ったじゃん。」
「いや言いましたけど、横に座んのかなって思うじゃん…。」
言いながらその背中に腕を回して緩やかに抱き締めてやったら、流石に女性ではない分柔らかいとかいう感触は全くない。のだが、なんだろうかこの落ち着く感じ。思ってその細い首元に顔を埋めて息を吸い込んだ。
「あー、俺の使ってるシャンプーの匂いする。」
「当たり前でしょ同じの使ったんだから。」
「そうだけどさ。」
……瑞貴が近過ぎて気が触れそうになる。思いながらそのまま真横に瑞貴ごとパタンと倒れ、仰向けにして上から見下ろしてやったら下から真っ直ぐ俺を見ていて、それがすごく俺にとっては不思議な事で。
「……不思議な感じ。こんな至近距離に瑞貴がいるのもそうだし、こうしてる事自体がスゲー不思議。」
「…え、待って?俺ひょっとして受けなの?」
何言ってんだコイツ、俺が瑞貴に抱かせるとでも思ったんだろうか。そう思ったら面白くて、その細く長い指に俺の指を絡めてじっと見つめた。
「なんで俺が抱かれる側なんだよおかしいだろ、どう考えても瑞貴は受けだし俺が攻めです。」
「え、痛いの無理だけど。」
「あっそ、じゃあ一生抱かねぇわ。お互いプラトニックしようぜ。」
そう言ったら小さく笑った瑞貴。その笑顔だけで癒されるのは、瑞貴が俺の『特別』な存在になったから?
「…ふ。無理なくせに。」
「まぁ無理だな、絶対抱くもん。」
「今日?」
「だからなんでだ。再三再四と無理だっつってんだよ俺は。」
「甲斐性なし、意気地無し。」
「…なんとでも言えよしないったらしない。」
そこで顔を徐々に下げていき至近距離で顔をピタッと止めてその目を凝視した。…淡い青の瞳がガラス玉みたいに透けていてとても綺麗で。
「目が綺麗なんだよなぁ…。」
言って目を閉じて唇を重ねた。
…今日は続きはしないしこれで止めるが、問題は瑞貴がちゃんと我慢してくれるかである。なんせ自分の欲求や願望に素直な奴だし、冗談だろうが今まで自分の事で我慢をして抑えたことなどないと言って憚らない奴なのだ。
体感数十秒程で唇を解いて見たらもう顔が蕩けていてエロい。うん、やっぱこれ以上は今日は無理。なのでそのまま瑞貴の横にパスッと倒れて腕の中に巻き込んで抱きしめ、ボソッと本音をこぼした。
「はー、つら…。」
「それなら、」
「抱かねぇよ?」
瑞貴の言葉を遮ってズバッと言ったら黙ってしまって笑いが漏れてしまったではないか。
「………。」
「ふは。黙るなよ面白いわ。」
「こんな激烈にゲロ甘のキスしといてお預けってなに?ひっどい生殺しになるってわかってる?」
「おーおー、お互い生殺されてようぜ。…タイムリミット23時まで。23時過ぎたら俺はリビングに戻って寝るから、瑞貴さんはここで寝てください。」
そんなこんなで2人で23時までゴロゴロしながら過ごして、時間になり。
「ん、23時。リビング戻って寝る。」
ここはしっかりと時間厳守である。そう思い瑞貴から離れてベッドから起き上がろうとしたら胸ぐらを掴まれてまたベッドに戻された。
第8話 完
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