第7話

「さて、じゃあいつ行く?瑞貴の心境的にさっさと済ませたいだろ。」


少し元気が戻ってきた瑞貴に問いかけたら、うっ、と言葉に詰まって。だけどちゃんと答えてくれた。


「出来れば早く済ませたい、かな…。」


「3日後なら早めに行くのもアリだし過ぎてからでもいいし、どうする?」


「…早めに行きたい。」


「じゃあ今日とか。」


言うと中途半端な笑顔のまま固まってしまって。その気持ちはとてもよく分かる。人間は都合の悪い事は後に回しがちになるし、避けられるなら避け続けていたいからだ。


「…こ、心の準備が……。」


「ほらきたよ、心の準備。そんな事言ってっとだんだん行けなくなるぞ?」


「明日!…明日にしよう。今日はちょっと無理。」


「俺はそれでもいいけどさ…。」


「て事で今日も泊まるよ?」


「は?」


「今日も泊まるのでよろしく。」


なんだと……。

それは、遠回しに俺に寝不足で倒れろって事を言いたいのだろうか…。なので複雑な心境になってしまって、だけどここはしっかりしないとと思い断った。


「やだよ帰って。明日ちゃんと迎えに行くから今日は帰って。」


「えぇ…。」


「『えー』じゃないの。ちゃんと一人で寝てくれるなら泊めてやってもいい。」


アイスコーヒーを飲みながらそう言ったらしょぼんとした顔をしていて。なんでしょぼん顔だ、どういう意味だ。


「どういう反応だよ、なんでそんなしょぼんとした顔すんだよ。一緒に寝たら俺が眠れねぇだろうが。」


「寝ていいんだよ?俺は寝てたじゃん?」


「瑞貴はな。俺は無理。」


ちょっと冷たいが突き放してそう言ったらしばし落ち込んだ風の瑞貴が名案を思いつきましたみたいな表情で言った。


「じゃあ俺ん家に泊まりにくればいい。」


「あの、なにが『じゃあ』なのかさっぱりわからんのだけど…。」


「そうしよ、霊園までも俺ん家からの方が近いし。」


「…霊園どこだよ。」


「神奈川。」


「大して変わらんだろが、ここから神奈川だろうが瑞貴ん家からだろうが。俺ん家に泊まるなら俺は一人で寝るし、瑞貴ん家に行こうがそれは変わらんからな。俺おじいちゃんだから寝ないと死ぬ。」


神奈川に霊園があるということは、実家も神奈川なのか。そんなことを考えていたら瑞貴が立ち上がって何故か俺に接近してくる。


「…ちょっと?おい?…近い近い近い近い、え、なに、」


立ち上がって至近距離にまで接近した瑞貴が今度は椅子に座っている俺の両肩に手を乗せたと思ったらそのまま顔を近付けてきて、コイツの謎の圧に負けて動けずじっとしていたら首元に顔を埋められて、そこを思いきりギュッと吸われた。


「……!!!」


咄嗟に瑞貴の身体を両腕で押し返して吸われた箇所を右手で覆った。


「…いきなりなにすんの、なにしてんの。」


埒が明かないと思いキロッと睨んでそう聞いたら、ペロ、と上唇を舐めた瑞貴が自分の唇に人差し指と中指を押し当てて少し妖艶な雰囲気を纏いつつ平然と言った。


「え?キスマークつけた?」


「………そ、それはなんのおつもりで…?」


「誘い受けのおつもりで?」


「…………。」


…もうやだ、泣きたい。どういうつもりかはさっぱり分からないが瑞貴が誘ってくる。


「…なにしてくれてんだよ、なんのつもりだよ…、俺をどうしたいんだよ…。」


本気で泣きたくなりながら盛大なため息と共にそう言ったら瑞貴までため息と共にこう言った。


「なんのつもり、かぁ。分かんないのかなぁ…。」


「何がだよ。」


「昨日俺からキス2回して、今はキスマークを付けました。そして俺は誘い受けとも言いました。」


「そうね。2回もキスしたしキスマーク付けたし誘い受けって言ったな。」


「なのになんのつもりとはこれ如何に。」


「え、ちょっ、」


腕で押し返して少し距離を取ったというのに再び接近してきた瑞貴が座ったままの俺の髪の毛をガッと掴みあげて至近距離からこう言った。


「鈍感なの?それともはぐらかしてる?俺今誘い受けって言ったんだよ?」


「…痛い痛い、髪の毛抜ける。」


「知るか。」


「知るかじゃねぇわ、…なんなんその威圧的で高圧的な態度。俺をどうしたいわけ。」


こっちの気持ちなどまるで無視しているかのような瑞貴の謎の猛攻を躱しながら、それでもまともに受けようとしない俺にイライラしているのだろう、瑞貴が舌打ちをしたので驚いてそのまま聞いた。


「ええぇ…、今舌打ちした?なんで?舌打ちする要素今あった?」


「俺さ、分かってて分かってない振りしてる奴大っ嫌いなんだよね。」


「…分かってない振りってなに。」


「ほらそういうとこ。分かってるくせに。」


「そんな態度でわかるかよ。もっと可愛く言ってみろやこのバーカ。」


べっ、と舌を出してそう言ってやったらカチンと来たのだろう、瑞貴が髪の毛から手を離して両耳をギリギリと引っ張ってきて。


「痛い痛い痛い痛い、耳取れる。」


「チッ、大人ぶりやがって。」


「だって大人ですもの。」


「うっせぇ黙れ。」


「ん、じゃあ以降喋らないのでよろしく。」


「は…?」


「…………。」


うるさい黙れと言われたのでその通りにして喋るのをやめてただ瑞貴を凝視していたら、イライラが限界突破したらしい瑞貴が俺の頭をガッと両手で固定して、そのまままた3回目のキスをされた。


‪……考えないようにはしていたけど、なんとなく昨日の夜からそうなのかなとは思ってた。だとしたら俺もだし、もう受け入れるしかないのかと半分諦めの気持ちが出てきた。

それにしても自分の思う通りに俺が動かないし言葉を発さない事でイライラするとか子供過ぎてかわいいんだが?

思ってその頭を掴み返してキスをされたまま今度は俺が立ち上がり瑞貴を強制的に座らせ、唇で唇を押し開いてリード反転。思いっきり濃厚かつハードなディープキスをくれてやったらパチパチパチ、と瞬きをしている瑞貴がボワッと赤くなったところで解放して、半目になって唇を右拳で覆った。


「…っはーーー、あんま大人舐めて煽ってくんじゃねぇわ。」


「………、」


「何赤くなってんだか、キスしたのおまえだよ?」


赤くなったままキロリと俺を睨んでくる瑞貴だが、はて。


「なに、なんで睨まれないといけないわけ。瑞貴こそ言ったらどうなん?」


「…は?何を……、」


「ーーー"俺さ、分かってるくせに分かってない振りしてる奴大っ嫌いなんだよね。"」


「!!!」


全く同じことを言ってやったらカッとなった瑞貴が腕を振り上げて俺の顔を叩いて、来る寸前でその右腕をバシッと握って止めた。


「…なぁ、なんでこんな険悪な空気にならんといかんの、ただ気持ちを言うだけなのに。」


「…手ぇ離して、痛い。」


「ん?離して欲しけりゃどういうつもりで今キスしてきたのか言いな。ついでに昨日の2回もどういう意味があったのか説明しな。」


喧嘩をしているように見えるかもしれないがこれは俺にとってはただのお戯れである。俺は別に怒ってる訳では無いし、ただ瑞貴が1人でイライラしているだけだ。だからその分こちらに余裕があるし、先手を取れるわけで。なので、分からない振りをしているらしい俺から行動を起こしてやろうと思った。


「俺も瑞貴の言うところの誘い受けとやらをしてやろうか?」


「は?」


「ーーーこういう事。」


瑞貴の右腕を掴んだまま距離を縮め、空いている手でその小さな顔に指を絡めてくい、と持ち上げ、高さ的に上の位置にある俺の目と視線を強制的に合わせてそのまま顔を近付けて傾け、俺からキスをしてやった。


「………ん…、んッ、」


鼻にかかるくぐもった瑞貴の甘い声が脳内に響く。…遊びや冗談で俺はキスなんて出来ない。そこに気持ちがあるからこういう事が俺には出来るのだ。それも分からないでよくもまぁ誘い受けだのキスだのをしてくるお子様瑞貴。それでも尚俺の手を解こうとする瑞貴に何もさせないように、追い込むようにキスを深めていったらある瞬間にストン、と力が抜かれて。そこで握っている手と唇をほどいてやって、頬、目元、鼻先、そして耳元に唇を1回ずつ押し当ててもう1回顔に戻ってきたら、もう泣きそうな赤い顔をしている。


「…ッ、類のばか、」


「…うん?なんとでも?」


「……………………好きだよ、ばか。」


ポソッと蚊の鳴くような声で、だけど確かにそう言ったのが聞こえてその頭にポンポン、と手を乗せた。


「よく出来たました。ありがと、俺も好きだよ。」


言ってニコッと笑みを浮かべてそう返事をしてやって。一応両思い?なのか?そんなことを考えながら立ち上がってキッチンにアイスコーヒーを淹れに行ったら、なんだかあまりにも食うか食われるか感のある色気のない告白シーンだったせいで全くその気になっていない俺に学習していない瑞貴が言った。


「責任取って俺と付き合ってよね。」


「うん?はは、それはそうね。んじゃ瑞貴さんは俺の恋人ということで。」


「…じゃあ一緒に寝れるじゃん?」


「あ?バカなの?寝ねぇよ?」


「なんでだよ。」


「なんでも。無理っつったら無理だよ?」


「だからなんで。」


「言う事聞いて。あと煽ってくんな。」


そう言ったらやっと言うことを聞いてくれたのか静かになった瑞貴の前にアイスコーヒーを置いて、俺もほっとしたせいかめちゃくちゃ眠くなってきて欠伸をした。


「はー、眠……。ちょっと仮眠する。」


「え、その間俺は何をしてれば。」


「好きな事すればいいよ。ゲームもあるし洋画のDVDも腐るほどある。…んじゃおやすみ。昼になったら起こして、メシ作るから。」


そう言ってスマホを持って部屋を後にして寝室に向かい、フラフラしながらベッドに倒れ込んで、そこでぷっつり意識消失していた。




第7話 完





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