第6話

………朝日が昇りしばらく経過して、もそっと瑞貴が動き、顔を上げて眠そうな顔で一言。


「ん……、もう朝かぁ、」


そう言って瑞貴と目が鉢合い俺がどうしたらいいのかわからず相変わらず固まっていたら、それを見た瑞貴がニコリと笑顔を浮かべてまた顔を近付けてきて、まるで当たり前の事のように一瞬キスをしてきた。


「……おはよ、類。」


「いや…、おはようじゃねぇのよ…。なにいまの?なに寝てる時のあれ?なんで当たり前のようにキスしてんの?お陰様でほぼ眠れてねぇ。」


「?…なんで?」


「…………。」


なんでって、なんででしょうねぇぇぇ…。不思議そうに聞いてくる瑞貴のすっとぼけ小悪魔感、いや訂正する。悪魔感が凄まじい。思いながら疲れ果てているので言葉を発する気力もなくぐったりしていたら瑞貴が身体を起こしてグッと身体を伸ばして起き上がった。


「類、冷蔵庫の中何入ってる?」


「え、…なにかしら入ってると思うけど…。」


「自分ちの冷蔵庫なのにはっきりしないなぁ。まぁいいや、材料あるなら朝ごはん作ってあげる。」


そう言った瑞貴は静かにベッドから降りてスマホを持ち寝室を出ていってしまった。

そこでようやく全てのストレスから解放された俺は文字通りぐったりとして、痺れている右腕を顔の上に持ってきて朝日を遮断した。


「…なんなんだよ、もう……。」


昨夜のあれはもしかして寝ぼけての事だったのかもしれないと思うようにしたのに、寝起きにまたチュッて、何とは言わないがもう確信犯じゃねぇか。俺にどうしろって言うんだよ…。思いながらも重い身体を起こして俺もベッドから出てリビングに向かった。


「…よく朝からそんなチャキチャキ動けんね…。」


冷蔵庫の中から野菜類やウインナーを取り出してシンクの上に並べて鍋やフライパンを用意している機敏な瑞貴を見てそう言ったのだが、瑞貴にはこれが当たり前の事らしく文字通りキビキビと動いている。


「別に、普段からこんなんだし。それに泊まらせてもらったからお礼もしなきゃいけないじゃん?」


「別にいいのに…。」


「なんか作らないと朝ごはんないでしょ?類いっつも何食ってんの?その辺に生えてるタンポポとかムシャムシャ食ってないよね?ちゃんと自炊してる?コンビニ弁当とか偏るからダメだよ?」


キッチンで忙しなさそうにあれこれしている瑞貴に近づいた。だるいけどせめて手伝おう。


「タンポポはバカにしすぎだしコンビニ弁当とか滅多に食わんよ?仕事落ち着いてる時なら一応自炊してるもん。んでこれなに作んの?手伝うわ。」


「自炊してるの偉いじゃん。ユウキとコータに爪の垢を煎じて飲ませたいところだよ。」


「あー、アイツら料理音痴だもんな…。まだHALは作れるし。」


「なんだっけ、ユウキは味付けだけは出来るんだっけ?」


「そう。味付けは出来るのに包丁が使えないから結局邪魔になるやつ。コータに関しては料理の何もかもが出来ない。」


「目玉焼きくらい出来るでしょ。」


「瑞貴知らねぇの?コータに目玉焼き作らせたら目玉形成出来ないし常に強火だしただの潰れて焼け焦げたダークマターになるぞ。」


「ふは、そんな酷いんだ。」


ケラケラ笑いながら瑞貴は鍋に水をかけて火をつけ、まな板の上で野菜類をカットしている。


「俺何したらいい?」


スタジオでの料理と同じであまりにも手際が良すぎて手伝う隙が正直ないのだが、突っ立っているだけも申し訳なくて再度そう聞いたところ、瑞貴はテーブルをちょいちょいと指差した。


「座ってていいよ、キッチンそこまで広いわけじゃないから2人いたら邪魔になる。」


「そう?じゃあコーヒーだけ淹れて持ってく。ホットコーヒー?アイスコーヒー?」


「ここん家のコーヒーインスタントで美味しくないからまだマシなアイスコーヒーでいいよ。」


「へいへい、申し訳ありませんね。」


そんなやり取りをしながら俺はアイスコーヒーを2人分作ってテーブルに持っていきテレビをつけた。朝なのでニュースくらいしか見るものはないが、今なんとなく静かな空間で瑞貴と過ごしたらダメな気がするのでテレビで静寂を破ることにしたのだ。


「…………。」


しかし、昨晩のアレは一体なんだったというのだ。夢でなければ俺の腕で腕枕を製造され頭を乗せられくっついて寝られたしキスもされた。そして寝起きにも再度キスをされた。よく思い返してみてもその意味が最高に分からないし、何回考えてみてもやっぱり誘い受けにしか思えないのだ。これで瑞貴のガタイがムキムキで顔も男らしいとかなら全力拒否をしたところなのだが、アイツは決してめちゃくちゃムキムキなわけではなく、どちらかとスラッとスレンダーなタイプ。そして俺の頭が混乱していたのとアイツの顔がアレだから拒否ろうという気持ちが全く湧かなかったのだ。いや、男は男なんだけど、なんというか俺の気の迷いであって欲しいと思う反面でこの状況をハッキリさせたいという気持ちもある。瑞貴がなんのつもりであんな事をしたのかはわからないけど、誤解はする。俺に誤解される行動を取ったという自覚があるのかないのか、今瑞貴はいつもと変わらない態度で俺に接してくるわけで。

…もしかして弄ばれてるのだろうか。そう思ったらだんだん凹んできた。17歳に手のひらで転がされる27歳とか情なさすぎるだろ…。乾いた笑いしか浮かばずに半目になっていたらキッチンから瑞貴が朝食を運んできた。


「出来たよ。」


「…あ、ありがとう。運ぶのは手伝うわ。」


「いいよ、あとトースト持ってくだけだから。」


「そう?」


「うん。」


結局何から何まで全部やってもらってしまった。手際が良すぎるというのも問題なんだよなぁ、だって手伝う意思があってもその隙がないのだから。

皿にトーストを載せて持ってきた瑞貴が横に腰掛けて。


「ん、食べよ。勝手に冷蔵庫の中身使わせてもらってごめんね。」


「それは全然いいけど…。じゃあいただきます。」


…黙々。黙々と2人で朝食を摂ったのだが、やはりテレビをつけていて正解だった。俺が気まずくて間が持たなさすぎる。やがて食べ終わり、後片付けだけは俺がやってまた戻ってきて、頭をシフトチェンジさせて昨日の話の続きをするべく瑞貴に身体を向けた。


「…昨日の話の続きするけどいいか?」


そう問いかけたら、瑞貴は少しだけ目を伏せて静かに口を開いた。


「もういいよ、その話は。どうせ墓参りには行けないし。」


「いや、絶対行かせるからな。今回のミッションはおまえが墓参りにちゃんと行ってユウトくんの墓の前で手ぇ合わせて帰ってくるまでだ。」


「……行けないよ、来るなって釘も刺されてるのに。」


「それは親族側の単なる押しつけだ。墓参りを阻止して、墓に立入ること自体を制限する権利なんてやっぱり何回考えてみても誰にもねぇよ。」


「………。」


また表情が曇っていく。笑っていて欲しいなとも思うし、だけどこの問題を俺に共有した時点で俺は瑞貴が墓参りを諦める事を許さない。もう瑞貴はいい加減に墓参りに行くべきだし、開放されるべきなのだ。


「…3日後だよな、命日。」


「…うん。」


「なら今日か明日行こう、もう俺が連れてく。命日の直前で親だの親戚だのが来ることもなかろうて。」


「無理、だよ…。だって…。」


怖いのはわかる。行ってもし鉢合わせたりしたらまた瑞貴は瑞貴自身を否定され、その資格がないとでも言われてしまうからだ。

小さく息を吐いて瑞貴をしっかりと見据えた。


「…ならいつまで過去に囚われ続けんの?」


「え…?」


「いつまで4年も前の出来事に囚われたまま動けないでいるつもり?」


「そ、れは…、だって、」


「バカか?だってもへったくれもねぇわ。俺が言いたい聞きたいのは、瑞貴がどうしたいのかって事だ。どうしたいんだよ、瑞貴曰くはユウトくんを殺しました、でも通夜も葬式も墓参りも来るなって言われて言われるがままに引き下がってなんもアクション起こさないままで4年経過。墓参り行きたくて昨日俺にあんなボロッボロになりながら話したんじゃないのかよ。」


「………、」


もうはっきり言ってやった方がいいのだろうな、ここは。思って静かに言葉を連ねた。


「いいか、瑞貴のそれはただの自虐って事覚えとけ。」


「自虐…?」


戸惑ったような瞳で俺を見てくる瑞貴に応えるようにしっかり頷いて見せた。


「うん、自虐。だってそうだろ、本当はユウトくんの親が来るなって言われようが行ってもいいのに、行けるってわかってるのにいつまでも何年経っても行かない、行けないのは瑞貴が自分で自分を責め続けてその資格がないとか思ってるからだ。本当は行きたくて仕方ないのに見えない鎖で自分自身を縛り付けて過去に留まったまま少しも動けてなくて、セルフで自分の心を痛めつけて、それは俺から見ればただの自虐だよ。自虐するなとは言わないよ?そういう時だって人間だから絶対にある。だけど4年も自虐し続ける必要がどこにあんだよ。仮に瑞貴が犯罪者だとして、犯罪を犯した人間でさえ罰則というものが課せられてそれで罪を償う事ができる。瑞貴にはそんなもん与えられてないだろ。俺からすりゃ瑞貴が死ぬまで永遠に背負い続けて贖罪し続けろとばかりのユウトくんの親や親族がおかしいの。充分心の中で償ってきたはずだろが。瑞貴は自分で自分に勝手にその資格がないとか来るなって言われてるからって自己暗示かけて痛め続けて傷付いてるだけだ。言い方を変えればきつくなるけど、それはこれ以上傷つきたくなくて逃げてるだけだ。逃げる事は別に悪い事ではないし、時にはそういう時があってもいいと思う。だけど4年間避け続けて逃げ続けて得られたものはなんだよ?なんもないだろ、あるのは4年前と変わらない罪の意識だけだ。なんだってそんな事になってるのかまでは具体的な事は知らされてないから強く言うのもおかしいんだろうけどさ。…いいか瑞貴、墓ってのは単に頭下げたり謝ったり、後悔だけをしに行く場所じゃねぇよ?唯一会える場所なんだよ、死んだ人と。実際に会えるわけじゃないけど、俺はそこに眠ってる人と唯一対話ができる場所が墓だと思ってる。会いに行ってやれよ、待ってるよユウトくん。行かない事それこそが薄情だしちゃんと償えないって事じゃねぇのかよ。いい加減その自虐やめてさっさと謝りに行け、会いに行け、今の瑞貴があれからどうなってるのか、ちゃんと報告しに行ってやれ。」


そこまで言うと瑞貴が目を見開いて俺を凝視している。

…言い過ぎたか?だけどこれぐらい言わないと瑞貴はきっと動けない。だから俺も言葉を引っ込めないし間違った事は言ってないと思う。

瑞貴がその自虐をやめない限りは永久に苦しみ続けるだけで、そんなものは贖罪とは呼ばないし俺はそんなの許さない。瑞貴にだって何もから解放されて心から笑って過ごす権利がきちんとあるのだ。


「………、俺がお墓に行くことで、何か変わる?」


自分の事だからこそよく分からないのだろう、困惑しながらもそう訊ねてくる瑞貴の頭を撫でて頷いてやった。


「変わるよ。ちゃんと謝れることってデカいと思う。だって今までそれが出来なかったから延々と苦しいままだったんだろ。」


「…うん……。」


俯いたままで、それでも頷く瑞貴の頭から手を退かせて両頬を軽く手のひらで叩いてやった。


「しっかりしろ、瑞貴はこんなとこで足を止めてていい人間じゃない。止まっていいとすればそれこそ死んだ人間だけだ。瑞貴は生きてるんだろ?だったら今を、これからを生きるために、前進するために乗り越えなきゃいけない事だってきっとある。」


そう静かに伝えたら手を膝の上でグッと握った瑞貴が俺を見た。


「……わかった、行く。」


「お。」


「行く、…けど、類が言い出したようにちゃんと着いてきて。……1人だと多分俺霊園の前でUターンする。」


やっと決めた瑞貴。全力で褒めてやりたいと思う。今まで怖くて足が竦んで近寄ることも出来なかった場所へ、自分だけは禁忌と思っていた場所へ行こうと覚悟を決められたからだ。


「…偉い。よく決めたな。偉いよ瑞貴。着いてくってか俺が連れてくんだよ?だから瑞貴は俺の同伴。」


そこからしばらく瑞貴を褒め散らかしてやって、どうにか笑顔を見せるところまでは復活してくれた。




第6話 完

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