第5話
少し重い空気にしてしまったのは俺のせいなのだが、どうしても外に出かけて欲しくなかったのだ。寒いし風邪を引かせてしまうというのは事実だけどそれはただの建前だ。今、瑞貴が弱っているこのタイミングで一人になって欲しくなかったというのと、ただ俺が離れたくなかったというのが本音だ。だから俺に都合の悪い後半部分は端折って伝える事にした。
「ごめんな瑞貴、引き止めて。」
「………。」
「風邪ひかせたくないっつのは事実だけど、今凹んでる瑞貴を一人で寒いとこに行かせてあれこれ考えさせたくなかったんだよ、暗くて寒いとこって余計打ちのめされるのわかるから。」
そこまで言うと瑞貴が横にいる俺に顔を向けてきて、ため息混じりにこう言った。
「…はー…。お節介発動してんねぇ…。」
「なんとでも言えよ、ただでさえ打ちのめされて今まで見た事ないくらい落ち込んでボロッボロになってる奴ほっとけるか。心配なもんは心配なんだよ。」
言ってその頬にうにうにと人差し指を押し当てたら、それを取り払うことなく複雑な顔をした瑞貴は困ったように微笑んだ。
「ほんとに面倒見いいよね、なんていうかお母さん?」
「誰がお母さんだぶっ飛ばすぞ。」
「ははっ。」
時計を見たらもう日を跨いでいる。なので小さく息を吐いた。
「とりあえず今日はもう寝よ。明日また聞いてやるから。」
顔を覗き込んで言うと、小さく頷いてくれたのでほっとした。
「ん、おいで。寝室案内するから。俺はこっちのソファで寝るからなんかあったら起こして。」
言うと瑞貴がキョトンとして大きな猫目をパチパチと瞬かせている。
…やめてくれその顔……かわいいんだよ…。
ため息をつきたい気持ちを堪えた。
「なに、そんな見て。」
「え、いや類こそそんなとこで寝たら風邪ひくよ?と思って。俺がソファで寝るよ。」
「それこそそんな事させられるか。ほら寝室行こ。」
そのまま瑞貴を連れて寝室へ移動し、ベッドの上の羽毛布団をめくっておいた。
「ん、どうぞお休み下さい。」
「なんだ、セミダブルじゃん。」
「俺がデケーから、シングルだとしんどいんだよ。」
「なら一緒に寝ればいいじゃん。」
「は?」
「スマホ持っておいでよ、一緒に寝よ。」
「え?」
「え?って、…え?」
「え?」
鬼かよこの野郎…、無理に決まってんだろ、一緒の布団で寝たりなんかしたら色んな広い意味でのストレスで俺の頭の毛根が死滅して翌朝には頭が焦土と化してまだらに禿げ散らかってしまう。なのでもう1回同じことを言った。
「いや、俺ソファで寝るし。」
「何キョドってんの?もー…。」
何か呆れられているが別に好きなだけ呆れてくれ、俺は心穏やかに平和な夜を過ごしたいのだ。そう思っていたら瑞貴が寝室を出て、ややしてからまた戻ってきた。
「はい、類のスマホ。」
「え?」
「ほら寝るよ。」
「……む、無理、かな…?」
「なんで。」
「いや、なんでも。」
完全に挙動不審である。思いつつ断り続けて居たら瑞貴がニチャアと嫌な笑みを浮かべて。
「…ははぁ、もしかしてなんか照れてる?別に平気だよ、だって寝るだけだよ?俺がかわいいからって変な気起こさないでね?」
………し、信用しないでくれ、頼むから今の俺を信用しないでくれぇぇ…。両手で自分の顔を覆って嘆きたい気持ちを堪えていたのだが、断り続ける事が不自然になってきて結局一緒に寝る事になってしまった。
モソモソとベッドに入り込んで壁際に身体を思い切り寄せて壁側を向き固まっていたら後ろで瑞貴がベットに入り込んできて。
「類、電気消したいんだけどどうやって消すの?」
声をかけられたため照明を消さなくてはならず、再び身体を起こしてベッドの頭に置いてある小さなリモコンを手に取った。
「…瑞貴って寝る時どれくらいの暗さで寝てる?真っ暗?それとも豆球程度?」
「明るくなければ寝れるから、類の好きな暗さでいいよ。」
「了解、じゃあ薄暗いくらいにしとく。……んじゃ寝るよ。おやすみ。」
「おやすみ。」
照明のレベルをボタンでピッピッと暗く落としていき、元の場所に置いた。
……俺の身長が189だろ。瑞貴が多分180くらいあるだろ。どう考えてもセミダブルでこの2人はキツいってえぇぇぇ…。ゲンナリを通り越して今から辟易としているし疲弊している。 ハッキリ言って色んな意味で眠れる気がしない。いや、もう根性で寝てやる。はーーー、と盛大なため息をついて再び布団に潜り込んで瑞貴に背を向けたら、後ろから背中をツンツンされてビクッと固まってしまった。
「な、なに?」
「なんもない。デケー背中だなと思っただけ。」
「………。」
やめてくれ、頼むからやめてくれ。ほんのちょっとした事で過剰反応してしまう今の俺の心を保たせる為にせめて何もアクションを起こさず静かに寝ててくれ。そう思いながらじっとしていたらややして後ろから静かな寝息が聞こえてきてほっとした。寝るの早っ。
…でもよかった、ちゃんと寝てくれて。
それにしても昨日は考えすぎで朝方までピアノを弾いていたらしいし、疲れてるのもあったんだろうと思うし、眠れるならそれに越した事は無い。そしてその一方で俺は目がバチバチに冴えていて眠れそうにないので瑞貴がわざわざ持ってきてくれたスマホをいじり始めた。…全く、こんなの目に見える罠だらけである。今日は夜になってからとにかくその罠にハマり続けているという自覚しかない。
だけどスマホを見ていたらだんだん目がいい感じに疲れてきて、スリープ状態にして頭の横に置いて目を閉じた。よしよし、多分眠れる。そう思いながら深い水の中に潜って行くみたいな感覚で緩やかに睡眠の淵に落ちていき。
……ん。ん?なに、なんか誰かに身体を動かされている…。
眠っていたら身体を動かされている気がしてフッと薄く目を開いたのだが。薄暗い中で人影がゴソゴソ動いていて、ああそう言えば瑞貴泊まらせたんだっけ、と呑気な事を考えていたら何故か仰向けにさせられた。
…え、なに?なにごと?
思いながら寝ている事になっているので何も反応せずになされるがままになっていたら、右腕を横に伸ばされ、ますます何が起きているのか分からず混乱して、そうこうしていたら今度は伸ばされた腕の付け根あたりになにか重たい物が乗って。そこではっきりバチコンと覚醒した。
「…よいしょ。」
……ちょっと待ってくれ、よいしょじゃねえええぇぇぇ!!!!!
なんで!?なんで!?さっきまで大人しく眠ってくれていたはずなのに、なんで唐突に俺の腕で勝手に腕枕を製造してピッタリくっついて落ち着いてんの!?つかなんで起きた!!永遠に眠っていてくれ!!
俺の!理性を!試すな!!
永遠に眠れはあれだが、やめてくれよ何してくれてんだよぉぉ…。眠っている事になってるから体勢を変えるにも変えられないし、なに、なんなの、俺は試練の夜を迎えているとでもいうのか。瑞貴の無自覚?かは分からんが誘い受けが酷すぎてこれはもう泣いていいレベルの拷問である。だって俺は自覚したばっかりなのだ。悔しいし認めたくなくて何を自覚したかだなんて言わないけど、瑞貴は俺が同性だと思って油断してるし信用しすぎてるし、少しは俺に疑いの目を向けろ!!警戒してくれ頼む…頼むから…。もう泣きたい。
本気で泣きたいのを堪えていたらピッタリくっついている瑞貴からポソッ、と言葉が発せられた。
「…類起きてるでしょ?」
「!?!?」
バレている!!なんで!!?
…もうなるようになれだ。バレてしまっては仕方が無いのでそのままの姿勢で返事をした。
「…なんで唐突に腕枕製造してくっついて寝てんだよ……。」
「や、なんとなく?俺かわいいから許してね。」
「かわいいから困ってるんだろが…。」
「え?なに?」
「なんもない…。」
かわいいと自覚していてこの行動はまさに悪魔の所業である。思ってまんじりとも動けず、微動だにせずじっとしていたら、腕の付け根にあった重みがふと軽くなったので頭を少し瑞貴の方に向けた。
…え、なに、なに、えっ?
俺の動揺を無視して瑞貴が身体を少し起こしてその顔をだんだん接近させてくるのだ。
え、なにごと?何してんの?
思いながら何も言わず近付いて来る顔を別に拒否するでもなくじっと見ていたら、薄暗い中で瑞貴と目が合って、そのまま閉じられた瞳がまた少し接近して、………え?
ーーー唇が重なった。
その瞬間頭が真っ白になってパーン!!と破裂したような感覚に陥ってしまい、動けないまま受け入れるしかなくて目を見開いたまま固まっていたら数秒後静かに唇が離れて、瑞貴が俺の頬にてのひらを当ててじっと見ていて。
「……おやすみ。」
そう言った瑞貴は身体を元に戻してまた俺の腕枕に頭を置いて今度こそ眠りに落ちた。
………ハアアアァァァァァ!?!?
なにそれ、なに今の!?!?
俺は大混乱の極致だというのにさっさとお休み申された瑞貴様の方を見たら本当に眠っている。
…え、なに?どういう事?愕然としている俺は訳が分からなくてその後も延々と頭の整理も出来ずにいたのだが、気がついたら窓から朝日が射し込んでいた。
第5話 完
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