第4話
瑞貴自身も墓参りには行きたいがどうする事も出来ないで、ただ吐き出したくて俺に話したのだとして、一度も墓参りに行くことが出来ずに居るというのは瑞貴的には傷が癒えることが永遠に来ない問題だとも言える。だからこそ俺に話して少しでも自分の負担を少なくさせたかったのだと思うのだが、…どうしたものか。
そう悩んでいたら瑞貴がカタン、と立ち上がって。
「瑞貴?」
「…もう22時過ぎだ。類も寝ないといけないし迷惑かかるからそろそろ帰るよ。」
「あ、もうそんな時間か。もう泊まってけ、今の状態で一人になんの辛いだろ。」
言うと今度は動かなくなってしまった。取り敢えず話も中途半端だし、元から泊まらせる前提で話は進めていたし。風呂にお湯を溜めてくるべく俺も立ち上がった。
風呂から戻ってくるとまだ立ったまま俯いている瑞貴。
「今風呂のお湯溜めてるから溜まったら入っておいで、風呂でゆっくりすりゃ気持ちも少しはほっとするだろ。」
「…ごめんね、有難く泊まらせてもらう。」
そこでようやく席に座った瑞貴が俺にそんなことを言うのでニカッと笑っておいた。
「別にいいよ、気にすんな。」
「この辺近くにコンビニある?」
「ん?なんで?」
「歯ブラシとか買ってこないとと思って。」
「あぁ、俺ん家未開封の歯ブラシあるからそれ使いな。」
「ありがとう、じゃあ使わせてもらうね。」
…あ。瑞貴に貸す着替えを用意しておかないと。思ってタンスから長袖Tシャツとスウェットパンツ、それとバスタオルとフェイスタオルを取り出して来てテーブルの上に置いた。
「ん。風呂上がったらこれ着な。」
「…え、わざわざありがとう。遠慮なく借りる。」
「いえいえ。ジーパンで寝るのってしんどいし。」
気を遣わせないように笑顔でそう言ったら、瑞貴が口元に手を当てて言った。
「…誰かの家に泊まるのとかどれくらいぶりだろ。だいぶ前に社長の家に泊まった時は屋敷が広すぎて迷子になったんだよね。」
「あははは、分かるわ。アイツんち確かにバカ広い。妹のあきらが婚約者になって純の家に住み始めたころしょっちゅう迷子になってたらしいし。」
その話をしたら、そこでようやく空気を読んだのか少し笑みを浮かべた瑞貴。…そんな無理して笑わなくていいのに、気ぃ遣ってんなぁ。
「しんどいのに笑わなくていいんだよ?無理な時は無理だろ。」
「…ほんとに相変わらず類は良い奴だね、今まで深い話とかほぼしたことないから余計にビックリする。」
「ふん?そりゃどうも?でも良い奴かどうかはわからんよ?俺は好きに生きてるだけだし。」
「好きに生きててそれだけ人に優しく在れるのは、誰かにとっては物凄い救いになってると思うけどな。俺はそういうの真似出来ないからさ。」
「…瑞貴の救いにはなってる?」
ふと気になってそう訊ねたら、こちらを見た瑞貴が目を逸らすことなくスパッと言い切った。
「なってるよ、現在進行形で救われてる。今まで類に深い話なんて数えられる程度しかした事なかったけど、ちゃんと大人なんだなって実感してるとこ。」
「どういう意味だ、俺はちゃんと大人だが?」
「ははは。」
そこで会話が途切れて、時計の針の音に意識が行っていたら、不意に瑞貴がふわっと微笑んで俺の顔を見て。
「類、」
「ん?」
「大好きだよ。」
「…!?」
「ありがとね。」
「や、………。」
物凄い笑顔で突然の『大好き』は普通にドキッとするのでやめて頂いていいだろうか。例え深い意味はないとしてもそんな事言われたら普通に意識するし動揺してしまう。塩を通り越し最早ハバネロとまで言われツンしかない瑞貴のデレ?デレ期なの?
なんだこれ、なんと言うか気持ちがギュッとする。これまで生きてきた中で身に覚えがありすぎる感覚だし、さっき瑞貴の泣き顔を見た時に覚えた感覚と一緒で。
…困ったな。瑞貴にはこんな俺の胸中なんて絶対に言わないけど、今日は夜になってから俺の気持ちの変遷が凄すぎて自分で驚く。
そんな自分の気持ちに振り回されてモヤモヤしていたら、壁のパネルからきらきら星のメロディが流れてお湯張りが終わったことを告げた。
「お湯張れたよ、入っといで。あ、歯ブラシ出さないと。」
立ち上がって生活用品を入れている棚から未開封の歯ブラシを1本取り出して瑞貴に手渡し。
「ん、これ使って。」
「ありがとう、じゃあお風呂借りるね。」
「はいよー。」
着替えと手渡した歯ブラシを手に持ち風呂場に消えていった瑞貴だが、…ああぁもおぉぉぉ、色々心臓に悪い…。思いながらテーブルに両肘をつき両手のひらで顔を覆って盛大なため息を吐いた。
1回目、瑞貴と目が合った時は振り切ったしどうという事はなかったのに、さっきの『大好きだよ』で一気に、こう、なんと言うか叩き落とされた気がする。
「はーーーー…、困るわぁ…。どうか気の迷いで明日になったら忘れててくれ…。」
ハッキリ言ってさっきのあれは狡いと思うのだ。大真面目に悩みというか話を聞いていたのに突然『大好きだよ』とか、そんな事を言われたら誰でもドキドキする。だがまぁ救いは瑞貴が男だということだ。まかり間違っても俺が手を出すことはない。ジェンダー問題とか俺は昔から深く考えないタイプだけど、あの見た目が大きな原因になっている事は間違いない。だって瑞貴って中性的だから男だけど女だと言われたら普通に『ああそうなんだ、ボーイッシュなんだな』と思える程度にはかわいいのだ。
「やっばいなぁ、この急激に叩き落とされた感じ…。」
顔を覆ったままボソッ、とそう呟いた自分の言葉が静かな部屋に響いた気がして余計に追い立てられていくのを感じた。そしてグルグルグルグルと思考を巡らせていたら頭に小田和正さんの『ラブストーリーは突然に』が流れ出して自分の顔をとりあえず手のひらで叩いておいた。
「何があの日あの時あの場所で君に会えなかったら僕らはいつまでも見知らぬふたりのまま、だよ。当たってるよふざけんなよ殺すぞ。」
誰に言っている訳では無いのだがもう動揺しすぎて頭がおかしくなっている事は否めない。ため息がノンストップなので立ち上がってキッチンに向かい、持ってきたグラスにアイスコーヒーを作ってまた戻ってきて。
「………どうしよう…。」
ほとほと困り果てた。だって言って瑞貴はまだ17歳である。これが俺と年齢が近ければまた違ったのかもしれないが、流石に17に手を出したら犯罪臭がいきなり立ちこめるような気がするし、いやだからなんで手を出す出さないの前提で考えてんの俺は、ねぇバカなの?バカだろ?自分でツッコミながら混乱しているあたりもう俺はダメだ。瑞貴が俺に対して好意を持っているのはわかる。が、それは俺と違う、深い意味の無い純粋な好意である。この手の病は一度考え出すと永遠に患い続けるので、早いところ頭を切り替えないといけなくて、だけど気付いたばっかりでそれは難しくて。とかなんとか考えていたら突如声を掛けられた。
「類、」
「うわはっ」
「えっ、なに。」
動揺のせいで変な声が出てしまって驚かせてしまった。
「ごめん、ちょっと考え事してた。」
「考え事?…どんな?」
タオルを首に引っ掛けてやってきた瑞貴が横に腰掛けてそう聞いてきたのだが、言えるわけないだろバカか。思って誤魔化すために笑顔を浮かべておいた。
「や、大した事じゃない。」
そう言ったのだが、瑞貴が半笑いになって。ん?何その顔。思ってその顔を見ていたら半笑いのまま言った。
「…嘘つくの下手だねぇ、面白いけど…。」
「うっ。」
「なに、なんか複雑なこと考えてた?」
「や、別に…、ホント大した事じゃない。」
「ふうん?まぁ言いたくないならそれでもいいけどさ。」
…い、言えるわけが無い。俺は自分の気持ちに非常に素直な自覚があるため、それが誰かにとって喜ばしくないことでなければ思ってる事は口に出さないと気が済まないタイプなのだが、今回はちょっと、明らかに瑞貴にとっては喜ばしくないであろう事なので言えない。言いたいけど。
「俺も風呂ってくるわ。」
「うん、行ってらっしゃい。」
「ん。」
そこで風呂に消えてもう綺麗さっぱり色んな事を洗い流してしまいたいと思いがっしがっしと身体や頭を洗いまくって無になろうとしたのだが、湯船に浸かった瞬間にもうダメだった。意識してしまったものは元に戻せない。
「…とりあえずは墓参りのことを考えないとなんだよな……。」
自分に対してげんなりしながらそう呟いて天井を見上げた。考えをシフトしてやれば少なくともそれだけに意識が行く事はないので、もう無理やりシフトした俺は偉い。
風呂で墓参りの件を考えながら温まっていたらだんだん逆上せてきたので上がって、顔の手入れをしてからドライヤーで髪の毛を乾かして部屋に戻ってきた。
「ただいま。」
「…おかえり。長かったね。」
「あー、俺普段から長風呂なんだわ。待たせて申し訳ない。」
「そうなんだ。俺カラスの行水だからいっつもサッと入ってサッと上がる。」
「カラスの行水って温まらなくね?」
「そうでもないよ?」
言いながら立ち上がって何故かダウンジャケットを羽織り始める瑞貴。
「なに、ジャケット羽織ってどした?あ、寒い?エアコン強くしよっか?」
そう聞いてエアコンのリモコンに手を伸ばしたら瑞貴がキャップまで被って。
「…頭がグルグルしたままだから、ちょっと散歩してくる。」
「え、」
って、今もう23:50になろうとしてる。こんな時間に散歩って…。一人で頭を整理させたいのはわかるが、この季節に風呂上がりにこの時間に外なんか出たら一気に湯冷めして風邪をひく。
だからそこから去ろうとした瑞貴の腕を掴んで止めた。
「やめとけ、湯冷めして風邪ひく。」
そう言ったのだが、困ったように笑って瑞貴は俺の手を取り払って。
「大丈夫、そんな長時間散歩する気は無いから。」
「…俺に話すだけじゃ頭まとまらない?」
「…や、そういう訳じゃ……、」
「なんのためにここ来たんだよおまえ。俺に話して少しでも楽になるためだろ。なのに一人になったら余計追い詰められねぇ?」
「………、ごめん、行ってくる。」
言う事を聞いてくれない瑞貴がそれでも外へ行こうとして、たかだかそれだけの事なのに少しイラッとしてしまって先回りして玄関の前で腕を組んで立ちはだかった。
「…類、退いてくれる?外の空気吸わないとちょっと頭整理出来そうにな、」
「行かせねぇよ?」
「なんで?」
「…行かせたくないから。」
「だからなんで?」
「…………、なんでも。今言ったけど風邪ひかせたくないのもある。」
なんで、と聞かれたら困る。し、本当のことなんか言えない。こんな時間に一人で外をほっつき歩かれたら心配だし、何より俺が今瑞貴と一緒に居たいのだ。ただのワガママだとも思うし、押しつけになる気持ちなのでこんなの言えやしない。
思っていたらため息を落とした瑞貴がUターンしてジャケットを脱ぎハンガーに掛けてテーブルに戻ってアイスコーヒーを飲みはじめた。
…なにやってんだ俺。外くらい行かせてやればいいのに今は俺の傍に置いときたいとか勝手な事考えて。これだからこの病は拗らせると厄介なのだ。少し重くなってしまった空気の中で沈黙が続いた。
第4話 完
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