第3話

…と、勝手に予想しているのだが大方当たっていると思う。音楽を作る人間というものは得てして繊細な人間が多いが、例に漏れず瑞貴もこんなにも繊細人だったのかと思ったら今までのように付かず離れず、関わりすぎずドライな関係でいたのがもう無理になる。俺の瑞貴に対する興味が一気に膨らんだからだ。

もっとその内面を知りたいし見せろと思う。17のくせに色々達観していて生意気だし仕事中は鬼畜だしドSだし、さらに偉そうなヤツというのは間違ってはいないが、そこだけじゃないだろう。コアとなる本質を見抜いたからには俺は絶対にコイツを裏切るようなことはしない。俺が裏切ったり背を向けたりしたらコイツがどういう反応をしてどういう胸中になるかがもう簡単に予想出来るからだ。全部ではないにしろ、俺を信用して一部分でも話してくれた以上は俺にも請け負わないといけないという責任がある。


「…ごめ、類、ちょっと鼻かみたい。」


「ん。…ほい。」


腕の中でもごもごしながら鼻をかみたいという瑞貴を解放して、今までの視点とはまるで違った視点で横からじーっと凝視していたら、それに気づいた瑞貴がティッシュペーパーを鼻に当てたままふい、と顔を横に逸らした。


「なーんだよ、顔逸らすなよ。」


「鼻かんでるとこそんな見られたら嫌でしょ、普通に。」


「あ、そか。すまん。」


顔を逸らしたまま鼻をかんだ瑞貴はキョロキョロとしていて何かを探している。


「ん、何探してる?」


「ゴミ箱…、ティッシュ捨てたい。」


「ああ、ちょっと待って。」


俺側のテーブル脇に置いてあるゴミ箱を取って瑞貴の前に置いたら折り畳んだティッシュペーパーを更に丸めてそこに捨てた。まだ泣くかもしれないし近くに置いておこう。思って瑞貴の足元にゴミ箱を設置しておいてやった。


「…さて、じゃあどうやって瑞貴を墓参りに行かせるかだな〜。」


「…行けないよ。行きたいけど…。」


「行けばいいんだよ?さっきも言ったけど墓に来るなって言ってるのは親御さんと親族の人達だけで、亡くなった親友くんが言ってるわけじゃない。」


「…け、けど、」


「行くことが罪だとか思ってるだろ。」


「…………、」


そう訊ねたら酷く落ち込んだような顔で俯いてしまって。…ああもう、なんて繊細でかわいいのかしら。俺自身はわりとあっけらかんとしていてその繊細さというものがあまりないから、瑞貴のように繊細なヤツを見るともうダメ。母性本能と庇護欲が思い切り発動してヨシヨシいい子いい子してやりたくてムズムズする。もちろん誰にでもする訳では無いし余程俺のツボを突っついて来る、俺が人間性がかわいいと思える人間にしかしない。瑞貴がまさにそれで、初めて出会った時がほぼほぼマイナス感情からのスタートなので、こうなってくると俺の興味が尽きないのだ。視野を広く持てば墓になんていつ行っても誰にも咎める権利もないと分かるのに、自責の念から行けないと思い込んで落ち込んでる瑞貴は繊細そのものだし、ああもうかわいくて撫でくりまわしたい。ただそれをやりすぎると瑞貴の場合プライドが高いので威嚇してくる恐れがあるから出来ない。


「瑞貴さんはちょいと悲観し過ぎだと思うよ?」


「え…、悲観?」


「うん。」


悲観、という言葉に顔を上げて悲しそうな表情で俺を見てくる目が涙でうるうるしていてあああぁぁもう語彙力。瑞貴は元々が中性的な顔をしているから不思議な魅力は常々ある人間だけれど、それにしてもだ。嫌だわ、このまま俺はバカになるのだろうか。そんなことをちょっと考えつつ真面目な話をしているのでちゃんと真面目に接する。

テーブルの上に置いてあるタバコに手を伸ばして1本取り出して咥え、その横のZIPPOで火を付けて煙を吸い込んだ。


「だってさ、どういう理由があって親友くんが亡くなったのかは知らないけど、その子瑞貴を恨んでたわけ?瑞貴の事が嫌いで死ねばいいのにとか思ってたわけ?」


落ち着いたトーンでそう訊ねたら、瑞貴はまた俯いて、それでもなんとか言葉を紡いだ。


「…死ぬ間際まで、親友は俺の事気にかけてくれてた。直前まで俺の事で心配かけて走り回ってくれてた時に俺が……。」


ふむ、なるほど…。と言うことはその直前まで傍に居たという事だし、本当に親友くんは瑞貴を気にかけていたのだろう。…事故死か病死か?でも病死なら瑞貴がそこまで責められる謂れがないし、直前まで走り回っていたのなら病死ではない事が予測できる。兎にも角にも、瑞貴が罪の意識に苛まれるわけだ。つまりは自分が心配をかけさえしなければ防げたのではないかと、多分そう思ったのではないだろうか。


「……瑞貴、だったら親友くんは瑞貴を恨んでなんかいないよ、むしろ会いに来いと思ってると思うけど。」


そう言うとチラ、と目線だけで俺を見た瑞貴が悲壮感たっぷりの表情で言った。


「…なんでそう思える?俺が殺したんだよ?恨むのが普通じゃん。」


「だからその殺す殺さないのパワーワードやめろっての。…そうだなぁ、状況にもよるけど…、瑞貴が親友くんに恨まれるようなことをそれまでにしてないのなら恨んではいないんじゃないかな。だって心配して走り回ってくれてたんだろ?だったら死んだ後も尚自責の念に囚われたままでいる、心配ばっか掛けてる瑞貴には会いに来いって思うと思うけどな。俺は死んだ事ないからそのへんわからんし無責任な発言にはなるけどさ。」


「思うわけないじゃん。」


「なんで言いきれる?」


「だってユウト…、親友は好きな子がいて、その好きな子も親友の事が好きで。お互いその気持ちに気付いてたのに2人とも照れて言い出せなくて、だけどお互いとても大切にし合ってた。そんな大事にしてた子がいたのに殺されたんだよ?俺なら恨む。…ご両親が言うように、そしてその子が言うように、『お前が代わりに死ねばよかったのに』ってセリフは、…本音の本音だと思うから。」


「なに、そんな事まで言われたわけ。」


「………。」


…それは、瑞貴の心に一生抜けない棘を刺す言葉だなぁ……。自分の息子や大切な存在が亡くなったのは確かに悲しい事だし、俺にはその悲しみが分からないからどうとも言えないし言える立場でもないけど、想像する事は出来る。想像が出来るからこそ、悲しい痛ましい事件だったのだろうと思うし、何かを責め続けていないと遺族はどうしようも出来なかったのだろう事もわかる。だけどだからって恐らくは何らかの事故であるその事件を全て他人のせいにして『人殺し』だの『お前が代わりに死ねば』だの、よく言えたなと思う。若くして亡くなってしまって、その直前まで瑞貴が関わっていたのなら瑞貴を責めて自己を保とうとした親や親族の気持ちは分からなくもない。だけどもしそう思ったのだとして、絶対に言ってはいけない言葉だと思うのだ。言われた人間からするとそれは呪縛になり、強い暗示になり、それこそ一生その心を蝕んで食い散らかすものになる。

…気がついたらホットコーヒーもアイスコーヒーも飲み干していた瑞貴のカップとグラスに気付いて立ち上がり、アイスコーヒーをまた作って氷を3、4個入れて戻ってきた。

タバコの灰をトントン、と灰皿に落としてまた咥え、もう我慢が出来ずに瑞貴の頭を右手でわっしわっしと撫でくりまわした。


「瑞貴はもう解放されていい。」


「え…?」


「つか解放されるべき。その罪の意識とやらは多分一生消える事はないだろうと思うよ、瑞貴がそう思ってる限りはな。だけど亡くなってから4年も経って、まだそこから1歩も動き出すことすら出来ずにその時の心理状態のままいさせるその親も親族もユウトくんの大切な存在とやらも俺は理解しかねる。もういい加減解放されていいよ、墓参りに行ってユウトくんに謝るなら謝ってこい。」


頭を撫で回してそのまま手を下げ、頬を親指でチョイチョイと撫でた。

だけどそれでも瑞貴にはその呪縛を解くことが出来ないのだろう。顔が『無理だ』と言っている。

たしかに瑞貴にはめちゃくちゃ難しい問題だよな、と思いながら腕を組んで天井を見据え思考を巡らせた。簡単に『行け』、『分かりました行ってきます』、という問題ではないからこればっかりは瑞貴の心を少しでも溶かしてやらないとコイツは動けないのだと思う。

…そこまで考えて閃いて天井から視線を瑞貴に戻して、タバコを灰皿に押し付けて火を消し、その小さな顔に指を引っ掛けてこちらに向かせた。


「いい事思いついた。」


「…いい事?って?」


「俺がついてく。」


「え?」


「瑞貴は一人で行くのが怖いし行っちゃダメとか思ってんだろ。だったらこういうのはどうだ、瑞貴の親友の墓参りに『俺が行き』、瑞貴は『その同伴で俺に着いてきた』。これなら墓参りの主体は俺だ。その主体の俺に連れられて行くって設定ならどう?」


「………。」


その提案をすると瑞貴の瞳が少し開かれて、何も口を開かないままじっと俺を凝視してくる。


「………。」


「それじゃダメ?それでも行けないか?」


「……、怖い。だって知ってるんだよ、ユウトの親や親族の人がこまめにお墓に行って掃除してるっていうのは、俺の親が何度も見かけてる。類に連れられて行く、って設定はいいとして、何言われるかも予想出来てるのに、またあの時と同じ事言われるのは…、」


「ん?瑞貴の親?なんでユウトくんの墓に瑞貴の親が行くの?」


「そうじゃなくて、霊園が一緒なんだよ、ユウトんちの墓と俺ん家の墓。それに加えてその霊園が俺の実家の近くでよく通る道の脇にあるから、…母親がよく見かけてる。」


「ああ、なるほど…。」


だとすると俺に連れられてという設定で行ったとして、もしかしたらその親と鉢合わせる可能性があるって事か…。それはますます瑞貴はその親から『来てやしないか』と監視されてる気持ちになるのだろうし、行きづらいよなぁ。

だけどじゃあ一生そのままなのか?と。一生瑞貴がユウトくんに手を合わせる事が出来ないままというのは辛すぎる。それはいくらなんでも背負わせすぎだし、解放してやってもいいと思うのだ。俺はただ重たい十字架を一人で背負って歩いてきた瑞貴が、これ以上裸足で熱せられた針の上を歩かなくていいようにどうにかしてやりたいのだ。


「ふむ…。とりま命日当日には行ったらアウトだろうな。ほぼ鉢合わせるだろうし。」


「…もういいよ、類。」


「良くねぇよ何言ってんだバカか。」


諦め始めた瑞貴の頭を軽く小突いてそう言ったのだが、諦めや絶望をその目に宿して再び言った。


「もういい。行けないのは辛いし、…行きたいけど、もういい。心の中で手ぇ合わせることはできる。」


「瑞貴…、」


そうハッキリと言った瑞貴は、また俯いたままで言葉を発さなくなってしまった。



第3話 完

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