5.お家探索

「またあとでねっ、アル」

「あい」


 家庭教師のお迎えに頬を膨らませてはいたが、部屋を出るときには俺に笑顔を向け扉が閉まるときまで手を振り続ける金髪金眼美幼女ことリア姉。

 俺はそんな今世の姉に手を振り続け、ドアがバタンと静かに音を立てたのを確認してからコテンと転がり、床に大の字になった。


(そろそろ動こうかな…)


 リア姉剛速球事件から一週間がたった―――。

 あれからというもののリア姉は以前にも増して俺に構ってくれるようになり、あの事件を侍女伝手に聞いたであろう父上と母上からも外遊び禁止を受けなかったので暇はしていない。非常に充実した日々を送っていたと言えるだろう。


 だがしかし、人間っていうのは何にでも慣れてしまう傲慢な生き物なんだ。それは前世も今世も変わらないらしい。

 一週間前まではあんなにも中庭が輝いていたのに、今の俺はもう別の場所に目移りしてしまっていた。


 そう、家の中を見て回りたいと思ってしまったのだ。


 一昨日までいつか見て回れたらいいなぁと呑気に考えていたんだけど、昨日見ちゃたんだよね~、中庭で。庭の四方を取り囲む白亜の壁の頭からひょっこりと顔を出している青い尖塔を。


 前世で世界史が大の得意だった俺氏、ピンときました。俺ん家お城じゃね?と。

 もうね、テンションぶち上げ。侍女さんの腕の中でふおおおおお!って叫んだよ。


 それからはもううちの中がどうなっているのか気になって仕方ない。リア姉には申し訳ないけど遊んでいる間も頭の中はキャッスルだった。


 だから動こう。お家探索をしよう…という考えに至ったのである。


「ねぇはっちぇん…おそとでたい」

「お外…ですか。中庭ですか?」

「ん~ん、おうちのなか」

「お家の中……お城の中ということですか?」

「あい」

「分かりました、ジビラさんに聞いてみますね…!」


 一歳児を意識してたどたどしく、言葉足らずの口調で近くにいた侍女ハッツェンにお願いしてみる。

 他にも近くに数名御付きの侍女がいるわけだが、彼女にお願いをするとそのお願いが通る確率が三割り増しするのだ。

 ハッツェンはすごく真面目でそれはダメでしょっていうお願い以外は基本すべて聞き入れて、侍女リーダーのジビラにお願いしてくれる。

 そしてジビラは多分だけど幼い子供に弱い。この場における最年少(一歳)の俺だけでなく御付き侍女の最年少(多分十歳くらい)であるハッツェンが加勢してくれると―――脆くなる。


「あのジビラさん」

「ん?何ですか?」

「若様が城内を見て回りたいと仰られています」

「城内…ですか。…今日は既に中庭で遊ばれていましたし……」

「ダメ…でしょうか(しゅん…)」

「…ぅ……御屋形様に伺ってきましょう。あなた達、この場は頼みましたよ?」

「「「はい」」」


(ほらね?)


「若様、少し待っていてくださいね」

「あい」


 ということで多分お家探索することが決まりました。




 ◇◇◇




「若様、御屋形様にご許可を頂きました。参りましょう」


(ジビラ…それ一歳児に向ける言葉じゃないと思う)


 ハッツェンに遊んでもらいながら自室で待つこと十分ほど。部屋に戻ってきたジビラが堅苦しい言葉を並べてぺこりとお辞儀をし、扉を開けた。


 う~ん、普通の一歳児としては見られていないのか~と日々の努力が実っていないことに少し落胆しつつも、まぁ変に赤ちゃん言葉で過保護にされるよりはマシだなと思い直しテクテクと扉を潜る。

 先ほどまで一緒に遊んでいたハッツェンのスカートの端を掴みながら、だ。


「あの…若様」

「なに?」

「い、いえ。何でもありません」


 もちろん意図的である。未知の領域に足を踏み入れるのが怖いからじゃない…いや、本当に、マジで。


 近い将来、俺には専属の侍女が一人付くことが予想される。その時は父上か母上が今の御付き侍女の中から一人適当な人物を付けるだろう。大切な長男の御付きだ、実戦経験が豊富である程度年かさを積んだ侍女が抜擢されるだろう。


 申し訳ないが御免である。


 折角転生して、恐らくは特権階級にある家の子供になれたんだ。堅苦しく行動が制限される未来の可能性の芽は早々に摘まなければならない。


 だから今のうちに若く、融通が利きそうな侍女――最年少のハッツェンを周囲に若様のお気に入りとして認知してもらい、来たる将来、俺が発言するまでもなく父上と母上が専属侍女にハッツェンを抜擢するよう仕向けたいのだ。


「いこ?」

「は、はい」


 顔を上げてハッツェンの顔を確認する。彼女の水色の瞳は揺れていたが、幸い表情からして嫌がっている様子はない。どちらかというと困惑しているような、緊張しているような表情だった。


 無理強いしているわけじゃないと分かった俺はニコリとハッツェンに微笑みかけ、それから歩き出す。


 いつもは中庭に繋がる出口のある方向、部屋を出て右に進むのだが、左に進む。まだまだ右側にも知らない世界があると思うと気になってしまうのだけど、今は左側だ。


「どこに向かわれるのですか?」


 迷いなく左へと進みだしたちびっ子を不思議に思ったのか、ハッツェンが聞いてくる。


「あ~…」


 俺としたことが。

 自分の部屋と中庭にしか行ったことがない一歳児が迷いない足で馬鹿でかい城の中を進もうとする。これじゃあ不審に思われてしまうじゃないか。

 まぁ事実、迷いない足取りではあるんだけどね。

 魔法が存在する未知の世界、前世の記憶と意識、非力な身体。右も左も分からないことだらけだった俺は遊んでいる最中や時には寝たふりをしながら侍女たちの何気ない会話に耳を傾け続けていた。情報を集め続けていたのだ。

 だから大雑把で部分的ではあるけど城内のどの位置にどんな部屋があるのかを把握している。

 例えば、俺の部屋は家族と違って二階以上にはなく、誤って俺が階段から転げ落ちないようにと一階にある。あと少しで家族のみんなと囲むであろう食卓がある食堂も一階だし、使用人たちが利用する食堂は渡り廊下の先、これまた一階だ。


 そして今回の探索の仮目的地である、情報の集積所――図書室は自室から出て左。長く長く続く廊下の先にある。


「…ごほんみたい本を読みたい


 少し考え、目的地への誘導を含んだ言い訳をしてみる。


「あ、それなら図書室ですね。色々な部屋を見ながら向かいましょうか」


 するとハッツェンはニコリと笑ってついてきてくれた。


「ここは?」

「ここは第一―――室ですね」

「―――ってなに?」

「―――というのは古いお宝ものという意味ですね」

「おたからもののへあ部屋?」

「そういうことです」

「はえ~」


 目的地は図書室。しかしこれは探索なのだ。目的地までの道のりでも帰り道でもなるべく情報を集めたい。新しい扉が見えるたびに指をさし「これは?」と聞くと丁寧に、言葉の意味までをハッツェンは答えてくれる。


(ほう…―――は骨董品という意味なのか…)


 赤ちゃんは語学の天才とはよくいったものだ。知らない単語を聞き、意味を知れば次の時にはたちまち元から知っていたように、簡単に思い出すことが出来る。


こえこれは?」

「ここはオレリア様がご使用になっている―――を練習する部屋ですね」

「―――って?」

「ん~っと…お茶とかご飯の食べ方をお勉強する…という意味ですね」


(礼儀作法か)


 とまあこのように言葉の勉強をしながら仲良く進んでいると突然ハッツェンが止まった。そしてチラリと後ろ…俺たち二人を見守っていた侍女リーダーのジビラに視線を向ける。


「―――への立ち入りは御屋形様から許可を頂いています。そのまま進みなさい」

「……はい」


 どうやらここから先は俺だけでなくハッツェンにとっても冒険らしい。

 普段なら入れない場所。身分が関係しているんじゃなないのだろうか。


 その証拠に俺の御付きとはいえ一介の侍女に過ぎない隣にいる女の子の足は少しだけど確かに震えていた。


「はっちぇん。―――ってなに?」


 図書室に行くためとはいえいくら何でもこのまま進むのは気が引ける。せめて足が震えない程度にはリラックスしてほしかったチビは先ほどまでと同じ調子で、能天気に言葉の意味を聞いてみる。


「……」

「はっちぇん?」

「…え、あ、すみません。…え~っと、―――の意味ですよね。ん~…すごく偉い方々しか入れないところ、という意味です」

ちちうえとははうえもここにいうの父上と母上もここにいるの?」

「はい、いらっしゃいますよ。御屋形様と奥方様は今、お仕事をなされていると思います。あ、オレリア様のお部屋もここにありますね」

「へ~」


 知りたいことは知れたし、ハッツェンの足の震えもなくなったので再び歩き出す。

 それから上京したての田舎者さながらの様子で周りをキョロキョロ。なるほど、こりゃさっきまで通っていたところとは違うなと思う。

 俺の部屋の周りも大概だったけど、ここは別格だ。床や壁、天井、廊下の端に置かれた調度品。そのどいつもこいつもが「私、超高級品ですけど何か?」と語り掛けて来ていると錯覚してしまう空間だった。

 高級感の序列をつけるなら、骨董品部屋とかがあった区画<俺の部屋の周り<<<ここ…といった具合。左から高級士官が入れる区画、俺の養育係だけが入れる区画、やんごとなき身分にある人間しか入れない区画……かな?当たらずも遠からずと言ったところだろう。


「ぼくはここにはいれるの?」


 口にしてから、あれ?これ一歳児が言っちゃって良い台詞かな?と思ったが、時すでに遅し。眼を少し見開いたハッツェンがこっちを見ていた。

 あ、やべっ…と取り繕う前に後ろから難しい言葉が飛んでくる。


「はい。若様がご自分のお力で階段を上り下りできるお歳になりましたら、今のお部屋からこちらの特別区画、二階へとお引越しなされる手筈となっております」


(だからジビラ…それ一歳児に向ける言葉じゃないと思うんだ)


 なんかもう一歳児のフリをするのが馬鹿らしくなってきてしまった俺氏。納得とも理解不能とも言えない微妙な頷き方でお茶を濁し、ハッツェンのスカートを強く引く。


「こえはなぁ~に?」

「あはは…これはですね~…―――」


 ハッツェン、苦笑いしやがった…。

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