4話 間宮カナメ

 間宮の依頼を請け負った小野美佳子は、とりあえず遺体が発見された順番に調査に当たることにした。ひとり目は、陸形ろくがた壮太そうた

「こん人は、大学卒業後陸形建設ろくがたけんせつの正社員になっとります」

「親族経営の会社だね、しかも結構大手」

「そう。陸形家っていうのはかなり有名な……大きなおうちみたいで。それはそれとして、うちが話を聞いた相手もみんな、陸形壮太は、って口を揃えて言うとりましたね」

 聞き取りを行った相手、同じ高校の卒業生、大学の同期、また、地元の友人たち。

「友だち……って感じの人はひとりもおらんかったですね。みんななんか、そん人の話題にはできるだけ触れたくない、みたいな感じで」

「嫌われてたんだ」

「そう……それに怖がられてた? のかもしれんです」

「怖がられて」

 煙草でも吸いたい気分だったが、小野の前なのでやめておく。代わりに彼女が作った資料をぺらぺらと捲りながら、眉根をきつく寄せた小野の言葉の続きを待った。

、の主犯だったって話で」

「S大学経済学部、テニス同好会所属──これのことかな」

「ほうです。テニス同好会っていうのはほんまに名前だけで、ほとんど毎日飲み会ばっかりしてたって同期の男性が言うてました」

 関係者の証言、として書類にも纏められている。S大学は国立大学の中でもかなり広い敷地を有しており、テニスコートやサッカーグラウンドなども学生や地元の小中学生のチームやプレイヤーに解放されていた。テニス同好会、というような名前のサークルは学内に幾つもあり、それらすべてのサークルが敷地内のテニスコートで熱心に活動をしていた(余談ではあるが、S大学のテニスサークル出身者でオリンピックに出た者もいる、ということを間宮は小野の報告書を読んで初めて知った。それだけ熱心にテニスに打ち込む者、指導する者が学内に存在するという良い証拠だ)にも関わらず、陸形が属する同好会は一度たりとも体を動かすような真似をしなかった。

「毎日飲み会、毎日合コン、飲み会の席では新入生の女の子を何人かターゲットにしてお酒で潰して持ち帰り──合コンでの振る舞いも決して綺麗なものではなかった、と」

「死んで当然の人間ってわけだ」

 吐き捨てた間宮に、ふふ、と小野は小首を傾げて笑った。

「うちもそう思います」

「うん? 小野さんも?」

「うち、こういう……なんていうんです? パリピ? っていうんですか? そういう人、だいたい嫌いなんですよねぇ」

 パリピという言葉で人間を十把一絡げにするのはさすがにどうかと間宮も少しは思ったが、小野の言いたいことも分からなくはない。報告書に貼り付けられた大学在学当時の陸形、それに祖父が代表取締役、伯父が常務を勤める陸形建設に入社した後の写真を眺めながら、なかなかに嫌な顔をした男だなと間宮は内心呟く。

「男性からも嫌われていたっていうのが気になる」

 中指で写真を弾きながら唸る間宮に、小野はさらさらと回答を口にした。

「陸形壮太に目ぇを付けられると、誰かの彼女じゃとか、友だちとか、そういうの関係なしに飲みの場に連れてくるよう強制されとったみたいですね。みんな、飲み会のこと『』て言うてました」

「それはサークル内だけの話?」

「いえ。学内でも、それ以外でも関係なく。たとえば陸形壮太が取り巻きと街を歩い撮ったとして、そん時に駅ですれちごおた女の子がぶち好みじゃった。そうなると、陸形はありとあらゆる手ぇを使うてその女の子の身元を洗うんですね」

 ほいで、その子がどこの誰だか分かった瞬間、偶然を装ったり、ナンパをしたりして飲み会に持ち込み──はあ、と小野が大きく嘆息した。

「被害者、2桁じゃ済まんです」

「ゴミだなぁ」

「彼女や友だちを無理やりその……された男の子たちも被害者じゃと思います。陸形に逆らうと、もう大学におることもできんようになるんですね。それに、下手すると親兄弟にも被害が及ぶ」

「んーでも陸形家はこれ見た感じ建設会社の一族だよね? 陸形壮太の父親……は入婿なのか。母親が陸形家」

「ええ。ほいでも、何や知らん、妙な横の繋がりがあるみたいで」

 ソファに深く腰掛けた間宮に顔を寄せた小野が、彼とか、と『被害者(15)』というシールが貼られた男性の写真を指し示す。

「恋人を差し出すように言われて、猛抵抗したそうです。大学ん中で陸形と殴り合いになって、ふたりとも謹慎を言い渡されて」

「喧嘩両成敗、大学の対応としてはまあまあ正しい」

「傍から見れば。じゃけど、こん人はもう生きてません」

「え?」

 ぎょっとして両目を見開いた間宮と鼻が触れ合いそうなほど近い場所で、小野の薄い桃色のくちびるが低く言葉を紡いだ。

「謹慎中にそうで」

「亡くなった……?」

「自殺っちゅうことになっとるみたいですが、ご両親は納得いかんて言うてました」

「そこまで辿り着けたのか、すごい。彼の──No.15くんの事件は、報道には乗ったっけ?」

 書類には、死亡時期は今年の5月と書かれている。5月。連休が終わってすぐの頃。そんな事件はあったか? 新聞やテレビの報道に乗ったか?

「乗ってません。その──一般的な、自殺じゃったけえ」

「一般的な。一般的っていうのが怪しいな」

「うちもそう思って、ご両親に、失礼かとは思うたけどちぃとだけ突っ込んで質問してみたんです。息子さん、何か悩んでらしたんですかって。誰かにおかしなこととかされてしなかったですか、って。そがぁなら」

 葬式当日にスケジュールを伝えてもいない陸形一族が勢揃いで現れて、大量の香典を置いて去って行った、という。

 そして謹慎の切っ掛けとなった交際相手の女性は、被害者No.15の死以降遺族の元にも、大学にも一度も顔を出していない──

「ヘイヘイ小野ちゃん、これはちょっと」

「間宮さんの言いたいこと、分かります。これはちょっと」

 顔を見合わせたふたりの女は、声を合わせて言った。


「被疑者と被害者が多すぎる」


 人間がひとり、いや3人、海辺で顔を潰され腹を掻っ捌かれて死んだ。ただの猟奇殺人事件では済まないらしい。被害者はただの被害者ではない。厄介で、迷惑で、不愉快な事件だ。うんざりと息を吐く間宮に、小野がぽつりと呟いた。

「間宮さん、ひとりで抱え込まんでくださいね。うち、地獄の果てまで付き合いますけえ」

「……ありがと。でもほんとにヤバくなったら、小野ちゃんだけでも逃げてね」

「分かりました」

 ふたり目の遺棄被害者、村市直己の書類を捲る。ツーブロックの黒髪、面長の顔に重い一重瞼の陸形壮太とは違い、ブリーチを繰り返した金髪を軽くカールさせ、良く日焼けした肌に二重瞼の大きな目が印象に残る村市もまた、陸形と同じ犯罪を繰り返していた。


 どうやら、背負う案件を間違えてしまったようだ。

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